クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
「……ハッキリ言って、情報が少なすぎますわ」
ガタゴトと規則正しく揺れる馬車の車内で、エルダが少し不機嫌そうに、美しい紫がかった黒髪をさらりと指先で払いながら口を開いた。
「あの白い翼の連中を追うにしても、連中が一体何者で、どこに潜み、何を目的として動いているのか……その最低限の足がかりすら、今のわたくしたちには皆無。となれば、今すべきことは一つしかありませんわよね」
「一度、学術都市に戻る、か」
「ええ。ギルドへの事後報告も兼ねて。あの街の大図書館が誇る膨大な資料の海を漁れば、連中の正体の、何かしらの糸口くらいは掴めるはずですわ」
そのエルダの提案に、異を唱える者は誰もいなかった。
新しく加わったテラも、胸の前で腕を組んだまま静かに、だが力強く頷く。
「妥当な判断だな。私も異論はない」
「やったぁ、やっと帰れるんですね!」
シアがパッと顔を輝かせ、弾んだ声を上げる。
「アルト様! あの街の広場にあるパン屋さん、また一緒に行けますか!? あのモチモチしたやつ、ずっと食べたかったんです!」
「シアさん……緊迫した旅の帰りに、よくそんな呑気な理由で喜べますね……」
フィリアが呆れたように小さく苦笑し、手元の白銀の杖を愛おしそうに撫でた。
◇
数日後、ようやく辿り着いた学術都市は、いつもとどこか肌を刺す空気が違っていた。
ギルドの近くまでやってくると、普段は穏やかなはずの街の人々が、何やら血相を変えて一つの噂話に持ちきりになっているのが嫌でも耳に入ってくる。
「……おい、聞いたか? 帝国から、直々の使者が来てるらしいぞ」
「あの大物貴族の息がかかった連中だろ? なんでも、血眼になってある『人探し』をしてるって話だ」
「人探し? 一体誰をそんな必死に探してんだ?」
「さぁな……上の連中の考えることは分からんよ。ただ、かなり不穏な空気だってことだけは確かだ」
俺はすれ違いざまにその会話を少し気に留めたが、今はそれ以上にやるべきことが多すぎて、深く考える余裕もなかった。隣を歩くエルダたちの足取りにも、特に変化はない。そのまま俺たちはギルドの門を潜った。
◇
俺たちの詳細な報告を聞いている間、ギルド長は何度も眉のあたりをピクピクと跳ね上げ、渋い顔を崩さなかった。
「……本当に、あの伝説とされていた地の民の国まで行ってきたというのか」
「ええ。現にこうして、彼らの王族であるテラを連れ帰っています」
「地脈の根源を、お前がその鋏で『間引いた』と」
「はい。そうしなければ、地底は今頃完全に腐り落ちていました」
「そして……その裏で、翼を持つ超越的な存在が、暗躍していた、か……」
「そういうことです。奴らは本気で、人類を『間引き』と称して滅ぼそうとしています」
重苦しい、長い、長い沈黙が室内に満ちる。
ギルド長は椅子の背もたれに深く体重を預け、ひどく疲れた様子で天井を見上げた。
「……普通の人間なら、お伽話の妄想だと一蹴するような信じがたい話だ。だが、お前たちがここまで命懸けで持ち帰った言葉だ、嘘を吐く理由もない。これはギルド本部、いや、全人類にとって最悪の国家非常事態として扱う。すぐに全土の最高幹部への通達と、情報共有に動こう」
「助かります。お願いします」
「ただし――」
ギルド長が視線を落とし、射抜くような目で俺を真っ直ぐに見据えた。
「お前たち自身は、まだこれ以上、その危険な闇に首を突っ込む気があるか?」
「ありますよ。というか、ここで止められたら俺の気が済みません」
「そうか……。ならば、引き続き奴らの調査を頼む。命懸けの仕事だ、報酬の件は後で色を付けて吐き出させてやる」
その後の細かい事務手続きや事後処理のために、シア、フィリア、テラの三人は一度ギルドの執務室に残ることになった。
「アルト様、お疲れ様です! いってらっしゃいませ!」
シアがブンブンと元気よく手を振る。
「焦るなよ、アルト。気を引き締めていけ」
テラが短い言葉の中に、確かな信頼を込めて俺の背中を叩いた。
「アルト様、関係ありそうな神話や地脈の資料、絶対に複写してきてくださいね。待ってますから!」
フィリアの言葉に頷きながら、俺とエルダは資料調達のため、すっかり日が落ちた大図書館へと向かう夜道を歩き始めた。
◇
月明かりが冷たく石畳の路地を照らす、静かな夜だった。
「エルダ」
「何ですの、唐突に」
「いや……地底に行く前と比べてさ、お前、随分と雰囲気が変わったなって思って」
「そうですわね……」
エルダは一瞬だけ歩を緩め、夜空に浮かぶ満月を見上げて少し考えてから、悪戯っぽく微笑んだ。
「わたくし自身が変わったのか、それとも、アルト様のわたくしを見る目が変わったのか……どちらかは分かりませんけれど?」
「はは、案外、両方かもしれないな」
「……ふふ。本当に、そうかもしれませんわね」
そんな、穏やかな空気を紡いでいた、その時だった。
「――おやおや。こんな辺境の、虫ケラが這い回るような薄汚くて泥臭い街で、一体何をしているかと思えば。ずいぶんと目の保養になる上品な別嬪さんを引っ提げて夜遊びのご予定ですか? ……なぁ、『無能な元・雇われ庭師』のアルト君?」
月光を背に受けて路地の奥から現れたのは、仕立ての良い、見るからに高級なシルクの魔導ローブを身に纏った男だった。ニヤニヤと、こちらの神経を逆撫でするような薄汚い、嫌みったらしい笑みを浮かべている。
そしてその男の胸元には、帝国の最高峰である【Sランク大農園・世界樹の息吹】の黄金の紋章が、これ見よがしに、傲慢に輝いていた。
俺を無能と罵り、元職場の利権を守るために俺を理不尽に追い出した、あの無能な伯爵――その息がかかった直属の使者、ランドルだった。
「ランドル……。王都のSランク大農園の人間が、わざわざこんな辺境の街に何の用だ」
俺が声音を一段落として冷たい視線を向けると、ランドルはわざとらしく大仰に肩をすくめ、クスクスと鼻を鳴らして笑った。
「用、ですか? 決まっているでしょう。君のような無能な雑用係を追い出した後、我が大農園の魔力植物の生育が、ほんの、ほーーーんの少しだけ滞りましてね。……まぁ、後任の天才錬金術師様方が、君のやっていたような泥臭くて汚い雑用仕事を、プライドが許さないとかでのたまわってやりたがらないのですよ。だから、君を元の職場へ連れ戻して、また泥塗れで働かせてやろうという……これは慈悲深い伯爵様からの『温情』です」
ランドルはあからさまに顎を突き出して俺を見下し、命令書らしき羊皮紙を指先でひらひらと弄んでみせる。
アルトがいなくなってから、自分たちの農園の管理や、国境を護る結界の維持が完全に破綻しかけているという致命的な大ピンチを必死に隠し、あくまで「可哀想だから拾ってやる」という傲慢な態度を取り繕っているのが、透けて見えて哀れなくらいだった。
「断ると言ったら?」
「ハッ、断る!? 辺境のゴミ溜めで泥をいじるのがお似合いの元庭師が、王都のSランク農園からの直々の要請を断るというのですか? 勘違いしないでいただきたい、これは『命令』ですよ、命令。さあ、そこの美しいお嬢さんとのお散歩はここまでだ。今すぐ私と一緒に帝国へ来い。君の代わりなど、どこにもいないのだからな!」
傲慢に言い放ち、こちらの意思など無視して俺の腕を強引に掴もうと、無遠慮に汚い手を伸ばしてくるランドル。
だが、その不躾な指先が俺の衣服に触れるより、ほんの一瞬、早かった。
夜の闇を物理的に切り裂くような、冷徹で、肌が粟立つほどの圧倒的な『本物の貴族の威圧』が、爆発的にその場を支配した。
「――不躾な泥棒猫が。一体誰の許可を得て、わたくしのアルト様に触れようとしていますの?」
一歩、音もなく前へ出たのはエルダだった。
彼女は自身の金と紫のオッドアイを、万年雪の底のように凍りつく冷たさで細め、一切の気品ある佇まいを崩さないまま、ランドルという存在を、ただの「不快な虫ケラ」を検分するような絶対的な蔑みの目で見下ろした。
(第62話 終)