クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
「……っなんだって…!!」
俺は思わず、フィリアの肩を掴むようにして向き直った。
大鷲と視覚を同調させているフィリアの瞳は、焦点が定まらないまま激しく左右に揺れ動いている。彼女が見ている光景の凄惨さが、その青ざめた横顔から痛いほどに伝わってきた。
「お城を取り囲むように、無数の、白い翼が、まるで虫の群れみたいに飛び交っていて……! あちこちの尖塔から、真っ赤な爆炎が上がっています……! 街の方にも、火の手が……!」
フィリアの声が、歯の根が合わないほどに震えている。
「アルト様!!」
シアが既に愛剣の柄に手をかけ、鋭い一歩を踏み出していた。
「ああ、行くぞ!」
俺は頷き、最後にベンチに座ったままの老婦人を振り返った。
「オリビアさん、話の続きは後だ。俺たちは街の様子を見てくる」
オリビアは、燃え盛る夜空を見上げたまま、何も言わなかった。ただ静かに、慈愛に満ちた笑みを湛えて、小さく頷いただけだった。
俺たちは弾かれたように、ルクレツィア邸の個人庭園を飛び出した。
◇
誰もいなくなった静かな庭園で、オリビアは一人、朱く染まりゆく夜空をじっと見つめ続けていた。
「……今日なのね…今日がその日なのね、ゼルエル…」
深く穏やかな、祈りのような響きであった。
◇
公爵邸のある貴族街を抜け、平民たちが暮らす街の中心部へと近づくにつれ、肌を刺す空気が文字通り一変した。
鼻を突く嫌な肉焦げの匂い。煙。
遠くの路地裏から響き渡る、子供や女たちの絶望的な悲鳴。背後を振り返る余裕もなく、狂ったように逃げ惑う市民たちの足音。
そして見上げる上空には、フィリアの言った通り、無数の「白い翼」が乱舞していた。
それは確かに、人型の、背中に美しい翼を持つ天使の姿だった。しかし、その統率された動きはあまりにも不気味だった。一切の感情を排除したように機械的に、整然と隊列を組み、同じ軌道を繰り返しながら、地上の建造物に向けて無慈悲な光弾を次々と撃ち込んでいる。
「上から来るぞ! アルト、下がっていろ!」
テラが野獣のような声を上げて吠えた。
俺たちの放つ濃密な魔力の気配を察知したのか、上空を旋回していた数体の白い影が、急降下爆撃のように猛烈な速度でこちらへと突っ込んでくる。
「各自迎撃! 一体も通すな!」
「はああぁっ!」
シアが神速の聖剣術【刹那】で一瞬にして間合いを詰め、鋭い抜刀一閃で先頭の一体を一刀両断にした。間髪入れずにテラが地響きのような一歩を踏み出し、地龍の闘気を纏った拳で別の一体の胴体を粉砕して吹き飛ばす。さらに、エルダが冷徹に右手を一振りすると、高密度の魔力の障壁が容赦なく残りの二体を同時に弾き飛ばし、石壁へと叩きつけた。
あまりにも、あっさりと倒れた。
「……おい、おかしいぞ」
テラが深く眉をひそめた。
「手応えが軽すぎる。中身がスカスカだ」
「ええ、あの恐ろしいほどの威圧感が何も感じられないですわ」
エルダもまた、警戒を解かないまま静かに言った。
「地の底で天使という存在と対峙した時の、あの呼吸すら許されないような、魂が凍りつく感覚が全くない。これは……」
俺も同じ違和感を抱いていた。生命と刃を交えている感覚が、全くしないのだ。
「エルダ、一体だけでいい。動けないように拘束できるか?」
「ええ、お安い御用ですわ」
エルダが右手を翳すと、光と影で出来た魔力の糸が生き物のように蠢きだした。
「混沌の傀儡人形《カオス・マリオネット》」
凝縮された闇の糸が、突っ込んできた一体の天使の四肢と翼に瞬時に絡みつき、雁字搦めに縛り上げる。天使は機械的に身をよじってもがいたが、エルダの絶対的な魔力の前には抗えず、地面に引き落とされたまま、大の字の姿勢で完全に凝固した。
俺は剪定鋏を握り直しながら、その拘束された天使へと近づいた。
全身を覆う、傷一つない白銀の美しい鎧。頭部を完全に覆い隠し、表情を一切見せない白い兜。
俺は躊躇うことなく、その兜の顎紐を引きちぎるようにして、乱暴に上へと外した。
「……っ」
後ろで、シアとフィリアが同時に息を呑む音が、静かな夜の街に響いた。
顔が、なかった。
そこには、目も、鼻も、口も、眉すらなかった。ただ、陶器のように滑らかで、不気味なほど真っ白な「平らな面」だけが、兜の下からのぞいていた。
「こいつらは……生きた天使じゃない。ただの人形だ」
俺は忌々しげに、外した兜を地面へと投げ捨てた。
「魂の通っていない、ただ量産された兵隊だ。誰かが裏で、こいつらを操り人形みたいに遠隔操作して、この街に送り込んでいる」
「ということは、雑魚をいくらここで間引いたところで、指揮している元凶の首を断たないと、いつまでも湧き出てくるってことですわね」
エルダが忌々しげに呟く。
「あそこだ」
テラが顎を上げ、真っ直ぐに、最も激しく火の手が上がっている帝城の方角を睨み据えた。
「行こう。これ以上、俺たちの庭を荒らされてたまるか」
◇
立ち塞がる顔のない人形たちを蹴散らし、血と炎に染まった城門の前に辿り着いた時
――その広大な広場の中央に、二つの明確な人影が佇んでいた。
二人。人形どもとは一線を画す、圧倒的な質量を持った存在感。
一人は、少年のような体躯に、妖しく輝く黄金の瞳。帝城のバルコニーの欄干に、まるで退屈な昼下がりでも過ごしているかのように、気だるげに身を凭れかかせている、純白の翼を持った少年。
あの日、暗黒の地の底で俺たちの前に姿を現した、あの天使。
そしてもう一人は、岩山を思わせるような、威圧的な大柄の体格をしていた。分厚い白銀の重装甲を纏い、自らの胸の前で腕を組んだ姿勢のまま、微動だにせず直立している。
「天使……!!」
俺の口から、自然とその名が漏れ出た。
気だるげに夜空を見ていた少年――ティラエルが、ゆっくりとこちらに視線を落とした。眠そうな、しかし確実に、俺たちという存在を明確に認識した目が、三日月のように細められる。
「やあ、庭師くん。また会ったね。この前は随分と頑張ってくれたみたいじゃない」
「久しぶりだな。ずいぶんと派手な挨拶をしてくれるじゃないか」
「派手って言われてもなぁ……まぁ、退屈しのぎにはちょうどいいかな」
「ティラエル、仕事の時間だ」
その隣に控えていた大柄な天使が、一歩、重々しく前に出た。その瞬間、周囲の空気が物理的に爆縮したかのような凄まじいプレッシャーが吹き荒れ、シアたちの全身に極限の緊張が走る。
城門の前に、痛いほどの静寂が落ちる。
夜の闇の中、爛々と輝く「四つの黄金の瞳」が、冷酷に俺たちを見ていた。
(第71話 終)