終わってる二次創作のアイディア浮かんじゃったんで供養しておきます。
カイストとして長い年月を重ねてきた。まぁこういったことも何度かは経験があったし、特に避けているわけでもなかった。
街中を歩いていると、急に行く手を遮られた。
「『針一本』裏鋭さんですよね。どうか弟子としてあなたの下で学ばせてもらえないでしょうか」
裏鋭の目の前で首を垂れる、見るからに新米のカイスト。Cクラスの駆け出しであろう。纏う我力、佇まい、そういった諸々の雰囲気からそう感じとる。念のためスキャン・モードを起動するが、得られた結論は同じものであった。
「すまないが弟子の類は取っていないんだ。期待にはこたえられない」
実際のところ、教えを乞うてきたカイストは今までもわりといた。
有名どころでいえば、『暗黒塔』の弟子や、『孤剣』。それから強念曲理に憧れるカイスト。
アドバイスくらいはしてきたつもりだが、正式に弟子として指導することはなかった。
「そこをなんとか。色技士としての究極を目指す上で、人体の究極の急所については絶対に学ばないといけないんです」
沈黙。
「色技士として高みを目指すならば、どんな生命体でも必ず絶頂に導くことができないといけません。ただ僕はまだ駆け出しのCクラスです。先ずは人体から極めていきたいと考えています」
「もちろん裏鋭さんがその手のカイストでないことは百も承知です。ただ、どんなモノでも究極の急所を見立てることのできるあなたなら、人体における普遍的な急所、しかも性技としての急所についても見識があるのではないですか」
「君…名乗ってもらえないか」
「これは大変失礼致しました。セルドナ出身、Cクラス色技士・清見と申します」
後に『指三本』と呼ばれる色技士清見と裏鋭の初邂逅は、概ねこのようなものであったという。
あぁ、あの世界出身なのか。終幕戦争の舞台になったあの。…まぁそれとこれとは何も関係がないのだが。
「…治療士を訪ねればいい」
本心では、もうこの会話を終わらせたかった。他人と話すのはいつだって骨が折れるのだから。
「彼らなら大抵の生物に関して、その肉体を知り尽くしている。あるいは科学士だ。肉体を法則通りに扱う術なら奴らの領分だろう。人体について学びたいのなら、わざわざ私のところへ来る理由がない」
言ってから、裏鋭は内心で舌打ちした。理由がない、は余計だった。突き放すつもりが、まるで「理由を言えば考えてやる」とでも聞こえかねない。今のは少しかっこ悪かった。
清見は、しかし、待っていましたとばかりに胸を張った。
「治療士は、肉体を治すカイストです。科学士は、肉体を法則に従わせるカイストです。どちらも、肉を扱う」
駆け出しのくせに、妙に淀みがない。
「ですが、僕が求める究極の急所は――肉の中には、ないんです」
再びの沈黙。
「人が極まる瞬間。あれは、筋肉や神経の問題じゃない。法則通りに体を動かして届く場所じゃないんです。もっと奥。科学が決して触れられない一点。…魂の座、と言うんでしょう」
黙れ。裏鋭はそう言いかけて、言えなかった。
「科学士は法則の届く範囲しか扱えない。でも、あなたは逆だ。法則の届かない一点を見据えられる。だから、あなたしかいないんです」
「…それを」
裏鋭は、自分の声が掠れているのに気づいた。
「それを、悦ばせるために、使いたいと言うのか」
「はいっ」
清見の即答に、裏鋭はしばし沈黙した。
馬鹿げている。心底、馬鹿げている。だが――その馬鹿げた一点が、裏鋭が誰にも理解されたことのない場所に、まっすぐ刺さっていた。
立ち去ればいい。いつものように、すまない、と言って。それだけのことだ。
なのに裏鋭は、その場を動けずにいた。
色技士の弟子。究極の悦び。馬鹿げている。馬鹿げているに決まっている。
なのに、足が動かない。
その時、ふと、一人の男のことを思い出した。
『把握支配者』ミネガ・アスモス。理を解する。本質を把握する。分かるとは、支配することだ――そう嘯く、カイスト。己の理解の及んだものであれば、それが何であろうと生かすも殺すも生き返らせるも自由自在だという。
ミネガの我力は、Bクラス程度に過ぎぬと聞いた。
その程度の我力しか持たぬ男が、ただ「分かる」というだけで、対象を一撃で殺し、あるいは生かす。
それは、自分が到達していない境地だった。
裏鋭は、点を見る。魂の座という、ただ一点を。見極めれば、我力など要らぬ。針一本で足りる。それが彼の信条であり、生涯のすべてだった。だが、ミネガは点ではなく、全体を見ているのだ。対象の理そのものを、丸ごと掴んでいる。
点を究めた先に、全体があるのではないか。
裏鋭は、自分が一度も視たことのないものについて、考えていた。
彼が魂の座に見出してきたのは、死の一点だけだった。最短の崩壊。完全な無力化。終わらせるための急所。それ以外を視ようとしたことすらなかった。
だが、ミネガは違う。あの男には、把握しきれぬものがあったという。だからこそ執着しそれを追い続けた。裏鋭にも、刺せぬ急所がある。ラ・ルークの。四千世界の。捉えきれぬ一点を抱えて、彼もまたここまで来た。
ならば――。
悦びの急所。生かすための一点。それは、裏鋭が一度も視たことのない、己の盲点なのではないか。死の点しか見えてこなかったその裏側。身体の理の把握できていなかった半分。
なるほど。
もしかしたら、この阿呆の言う通りなのかもしれない。究極の悦びに至る急所を探ることは、究極の急所を見極めるために、役に立つのかもしれない。
「……勘違いするな」
裏鋭は、ようやく口を開いた。
「弟子は取らない」
「はいっ」
「ただ少し、確かめたいことができただけだ」
清見の顔が、ぱあっと輝いた。何か根本的に誤解している顔だった。だが裏鋭はそれを訂正する気力を、もう持ち合わせていなかった。
こうして針一本は、自称色技士の珍妙な旅に、自分の意思で一歩踏み込んでしまったのだった。
なぜこうなったのか、裏鋭にはよく分からなかった。
清見と行動を共にしていた。男は放っておくと勝手についてくる。
そして今、裏鋭は清見と共に娼館の門をくぐっている。
「現在の僕の実力を、師匠に見ていただこうと思いまして」
清見は意気揚々としている。
「百聞は一見に如かず、と言いますからね」
裏鋭は答えなかった。やめて帰る、という言葉を、口の中で何度も組み立てては崩した。なぜ自分がここにいるのか。
Bクラスだった頃のことを、裏鋭は思い出していた。性欲がない訳ではなかった。稀に娼婦を買うこともあった。だが行為の最中に、相手の急所が見えてしまう。見えれば、針一本の手は吸い寄せられる。気づけば、女は事切れていた。それで、もう駄目だと思った。以来、はるか昔にその全てを封じた。
暖簾の向こうから、若い女が顔を出した。裏鋭の視界の中で、白い光点がぼんやりと灯る。魂の座。いつもの、見慣れた一点。
裏鋭の指先が、無意識に、わずかに動いた。
「師匠」
清見が、すかさず声をかけた。妙に、真剣な顔で。
「一応、言っておきますけど」
「昔みたいに、急所を見つけたからって、女の子を殺しちゃ駄目ですからね」
裏鋭の動きが、止まった。
なるほど。多少の下調べはしているんだったな。
「色技士の第一歩は、相手を生かすことです。殺すための急所は、もう十分でしょう」
清見は、にっこりと笑った。底抜けに、阿呆な笑顔だった。
裏鋭は、何も言えなかった。
殺すための一点しか、求めてこなかった。その同じ一点を、生かすために使えと、この男は言う。
…ほんの少しだけ、何か温かいものが、裏鋭の胸の凍りついた場所に触れた気が、した。
「では、まずは僕の指三本を、とくとご覧ください。あ、ちゃんとスキャン・モード起動しておいてくださいね」
清見が、自信満々に指を三本立てた。
温かいものは一瞬で霧散した。
裏鋭は、心底、帰りたくなった。
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「『針一本』には及ばないが、『指三本』でならどんな生物でも絶頂させてみせますよ」
※続きません