シャーレの先生は化け物である 作:人肉の味を知りたいようで知りたくない
翌日、アビドス住宅街。
「あっ、おはようセリカ」
「……………おはよう」
アビドス学園へと向かう途中にセリカを見かけたので、先生は笑顔を見せながら挨拶をする。セリカは目を合わせずにしているものの、挨拶はしっかりと返した。
「これから学校?」
「……別に、私がこれからどうしようと、先生には関係ないでしょ?朝っぱらからこんなところウロついていたら、駄目な大人の見本みたいに思われるわよ」
それだけ云って、もう話す事はないとばかりに背を向け歩き始まるセリカ。先生はムスッともイラッともせず、ただただニコッとしたままだった。
「あ、学校行くなら一緒に行こう」
「――は? 何で私があんたと仲良く学校に行かなきゃいけないわけ? ……悪いけれど今日は自由登校だから、学校には行かなくていいの」
「ん、それならどこに行くの?」
「教えるわけないでしょ⁉︎…も、もういくから!!」
そのまま走り去ってしまうセリカ、少し距離を詰めすぎたなと反省し彼女を見送る。しかし学校に行かずに別の場所へ行くという事に対しては…少し心配の気持ちが湧く。
そんな気持ちを抱えながら、先生はアビドスの門を括り部室へと足を運んだ。部室にいたのはセリカ以外の対策委員会の生徒達、さっき出会ったセリカのことを話して、彼女の行き先がどこかを聞く。
「ん、セリカは今日バイトって言ってた」
「どんなバイトを?」
「『柴関ラーメン』って言う所、店長もいい人で、お店の雰囲気も良くて味もすごく美味しい」
「なんでしたら、今日のお昼はそこのラーメンにしませんか?」
「おっ、いいね〜。先生も一緒にどう?あそこラーメン本当に美味しいよー?」
「ど……どうしようかな…」
「ん、もしかして…ラーメン苦手?」
「ラーメンが苦手というか……実は今朝からお腹の調子が悪くてね。とても食べられそうにないんだ…」
「それなら、無理して食べないほうがいい」
生徒たちの純粋で温かい心配の眼差しが、先生の胸に嬉しく、そして少しばかり痛く突き刺さる。
「(……仕方がないとは言え生徒に嘘をつくのはすっっっごく心にくる……小さなお菓子ひとつ食べただけで、我慢するのに精一杯だったのに…ラーメンは多分我慢できない。)でもセリカの働いているところは見たい……だから私は、椅子に座って水を飲むだけにしておくよ」
「なんだかすごく申し訳ない気持ちになりますが……今日のお昼は、柴関ラーメンで決定ということで」
「さんせーい!」
こうして先生達は昼にセリカのバイト先へと向かう事に決定。生徒達と一緒の食事を取れない、味の共有もできない……改めて先生は自分の体を恨むのだった。
「いらっしゃいませ、柴関ラーメンです!」
店内に響き渡る溌剌とした声。前掛けを腰に巻き、三角巾で髪を纏めたセリカが笑顔を惜しみなく振る舞い、接客を行っている。場所はラーメン屋――『柴関ラーメン』。
「(うっ、仕事中なのに頭の中で先生の顔が離れない……あーもう、最悪よ…! 仕事に集中できない…!)『すみませーん!5名なんですけど、空いている席はありますかー?』あっ、はい!いらっしゃま………せ!!?」
「ん、きたよセリカ」
「わわッ……!」
「あはは、セリカちゃん、お疲れ様」
「ここが柴関ラーメン……いい雰囲気だね」
新たに入ってきたお客は、自分がよく知っている仲間達と先生。どうしてここに……シロコ達はともかく、何故先生まで、そんな考えがセリカの頭の中に駆け巡る。
「アビドスの生徒さんかい?嬉しいのは分かるがセリカちゃん、おしゃべりはそれぐらいにして注文頼むな……お?そこの人は知らねえな」
随分と爽やかな男性の声が聞こえ、その声の主を見ると、柴犬だった。
「はじめまして。シャーレで先生をやっている者です。今は仕事でアビドスに来ておりまして…せっかくなら、セリカの頑張りを拝見したいなと」
「ああ、あんたがセリカちゃんの言ってた…。これはご丁寧に、セリカちゃんは本当によく頑張ってくれてるよ。俺はここの店長、柴大将だ。今後ともよろしく頼む」
大人の丁寧な会話。キヴォトスに来てから喋る犬や猫などと生物に最初はものすごく驚いていたが、先生はもうすっかり慣れてしまった。
ぎこちない笑顔を見せながらも、セリカは先生達を広い席へと案内する。そして各々食べたい物をいい、あとはラーメンが届くのを待つのみ。
先生は大人の男であるため、生徒達の邪魔にならないように近くのカウンターに座っている。一緒に座ればいいのにとシロコは言うが、そこは先生の意地という事で納得してもらった。
「御注文は……はい、塩と味噌が並み、一つずつで――」
あっちへこっちへ、忙しなく動き回りながら働くセリカ。先生はとても誇らしく思っていた、いろいろなことを抱えながらも一生懸命に働く……これほど素晴らしいものはない。
少しして、シロコ達が頼んだラーメンがセリカの手によって届けられると、シロコ達は美味しそうにそれを食べる。なんだかんだ言っていたセリカだったが、ラーメンを美味しそうに食べるシロコ達を見て、少し笑っていた……いい子だ、先生はそう思いながら水を飲む。先生はシロコ達が食べ終わるのを待っていた。
「……先生」
「あれセリカ、どうしたの?」
「本当に水だけでいいわけ? ……その、大将が。お腹の調子が悪いなら、メニューにはないけど、お腹にいいスープくらいなら用意できるって言ってるけど…」
セリカの言葉に、厨房の奥から柴大将が「おう、遠慮すんなよ先生! 病み上がりの身体には温かいもんが一番だからな!」と元気よく声をかけてくれる。
ありがたい話ではあるが、その話は逆に先生を苦しめる一言でもあった。人間の食べ物である以上、結果はラーメンと同じだ。口にした瞬間に、激しい胃痛と嘔吐が襲ってくる。
「あはは、大将もセリカも、気を使わせてしまって本当にごめんね。でも、本当に大丈夫なんだ。……こうして、一生懸命に働いているセリカのカッコいい姿を見ているだけで、なんだかお腹がいっぱいになっちゃってね」
「なっ……!!」
先生がいつもの調子で優しく微笑むと、セリカは一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。
「な、何言ってんのよっ!! 私は別に、あんたに見てほしくて働いてるわけじゃないんだからねッ!も、もう知らない!」
「ハハハ! うちの従業員をあんまりからかってやらないでくれよー先生」
柴大将がガハハと笑いながら、カウンター越しに先生へと視線を向けた。
「でもさ、今までセリカちゃんのことを褒めてくれる大人なんて俺以外にいなかったからさ……正直、めちゃくちゃ嬉しいんだと思うぜ。これからもいっぱい褒めてやってくれよ?」
「勿論です、私は先生ですから」
「まぁ、今はゆっくり休みな。次に店に来るときは、体調を万全にして、俺自慢の特製ラーメンを一杯かっ喰らってくれよ!」
「──はい、約束します。」
先生は、嘘をつく痛みに胸を締め付けられながらも、最高の笑顔でそう返した。
その後は先生が全額奢ると言って、シロコ達からちょっと待ってと声がかかったり、ノノミがカードで払うと言い出したりしたが、結果的には先生に甘える形で、生徒達は奢ってもらう形で話はついた。
(次来る時は……本気で頑張るか)
先生は帰り際、そう覚悟するのであった。
「お疲れ様でしたー!」
頭を下げ、挨拶と共に店を出る。セリカがアルバイトを終え、帰路に就く頃にはすっかり夜も更けており、周囲には人も疎らで元から少ない店も閉まり始めていた。
「はぁ、やっと終わった……今日は特に、酷い一日……それにしても皆で来るなんて……騒がしいったらありゃしない。席が離れていても楽しそうにして」
今日のことを振り返っている中、セリカが良く思い出していたのは……先生の事。
「……体調が悪いなら、無理してアビドスにも…バイト先にまで来なくてもいいのに、なんでそこまでするの……意味、わかんない」
体調が悪いとシロコ達から聞き、そんな状態でアビドスまで足を運んできた先生に対して、彼女は何故しんどい思いをしてまで足を運んでくるのか、それが疑問だった。
「……どうせすぐに諦めるくせに」
ぽつりと夜の闇に零れ落ちた言葉は、自分でも驚くほど棘がなかった。
口では最悪だと言いながら、頭の片隅では、あの時自分を真っ直ぐに見つめて「君たちを応援したい」と笑った先生の顔が焼き付いて離れない。大嫌いなはずの「大人の男」に対して、頑なだったセリカの心は、ほんの少しずつ、確実に揺らぎ始めていた。
その時──。
カサリ、と背後で乾燥した砂の音が響いた。
「っ!?」
それを聞いたセリカは瞬時に身体を緊張させ、腰の銃へと手を伸ばそうとした。
しかし、それよりも早く、背後から影が忍び寄り
彼女の肩をぽんと叩く。
「──ん。セリカ、お疲れ様」
「ひゃああっ!? っ、もう、シロコ先輩! 驚かさないでよ!」
大声を上げて振り返ると、そこに立っていたのはマフラーを巻いたシロコだった。彼女はいつも通りの淡々とした表情で、自転車を押しながらセリカの隣に並ぶ。
「ん。驚かせるつもりはなかった。バイトが終わる時間だから、迎えにきた」
「迎えって……私、小さい子供じゃないんだけど」
ぶつぶつと文句を言いながらも、セリカの口元には自然と笑みがこぼれていた。一人きりの夜道に、信頼できる仲間の存在は何よりも心強い。
「……それで、さっきの独り言。先生のこと?」
シロコの鋭い指摘に、セリカは一瞬言葉を詰まらせ、慌てて視線を逸らした。
「き、聞いてたの!? ……そうよ、あの大人のことよ。お腹の調子が悪いなら、大人しくシャーレに帰って寝てればいいじゃない。なのにわざわざ、水しか飲めないのに私のバイト先までついてきて……本当に意味が…わからない」
「ん。先生は、セリカが心配だったんだと思う。それに、私たちのことが知りたいって、本気で思ってくれてる」
シロコは夜空を見上げながら、静かに、けれど確かな信頼を込めて言葉を紡ぐ。
「今までの大人は、みんな私達に見向きもしなかった。でも、先生は違う気がする。ヘイローもないのに戦場に出て、ヘルメット団とも真剣に話し合って……自分の命より、私たちの居場所を守ることを優先してくれた。だから……少しぐらいなら、信頼してもいいんじゃない?」
「……シロコ先輩がそこまで言うなら…」
セリカは小さくため息をつき、夜道を踏み締める。
「ちょっとだけ……本当に、ほんのちょっとだけ、信じてあげてもいい、かな……」
「ん。それでいい。完全に信じなくても、ほんの少しだけでも信じてあげたら、先生もきっと喜んでくれる」
「……変な大人」
「それは、私もちょっと思ってる。それに安心して、もしもセリカを泣かせたりしたら、たとえ先生でも容赦なしに蹴り飛ばすから。可愛い後輩を泣かせる人は誰であろうと許さない」
「な、泣かされたりなんかしないわよ!あ、あと…可愛いとか……言わないでよ」
「可愛い可愛い可愛い」
「ッッッッシロコ先輩ー!!!」
二人の少女は、他愛のない会話を交わしながら、静まり返った夜の住宅街を歩いていく。アビドスの未来に、確かに小さな希望の光が灯り始めていた。
──その微笑ましい光景を、少し離れた場所で静かに見守る一つの『影』があった。
「…微笑ましいなぁ。やっぱり、子供達が仲良くしている所は、何度見ても幸せな気分になれる……お腹が満たされていく感覚だ」
暗闇の中で、先生は優しく、慈愛に満ちた声を漏らした。
愛しい生徒たちの安全を確かめるその眼差しは、昼間と変わらない「優しい先生」そのもの。
「――だからこそ」
その温かい声とは裏腹に、先生の足元が置かれている状況は、とても優しい先生が起こしたこととは思えない事が起きていた。
「そんな子供達の笑顔を奪おうとしている奴らが、私はどうしても許せないんだ。……そう、たとえばお前達のような」
地面に転がっているのは、腕がへし折れ、足が曲がり、茶色いオイルが漏れ出している複数人のオートマタ達。
さらに先生の右手は、1人のオートマタの顔を掴み壁に打ち付けていた。
「話を聞かせてもらおうか…君達が何者で、どんな理由があってセリカを襲おうとしていたのか……全部」
「ちょ……調子に…のるんじゃ―」
「少しでも抵抗したら、このままお前の頭を潰す。私にはそれが簡単にできる……言葉はちゃんと選んだ方がいい――大丈夫、命までは奪わないよ……私は先生、だからね」
その日、その夜のその場所にいたのは……優しい先生の面影が一つもない―――ただの