「急がねえと……!」
シャーレの存続が決定した次の日。
いや、正確には次のループの放課後。
僕は全力ダッシュで事務室に向かって駆けていた。
今日はループ調査に関する最初の調査。
みんなも早めに集まると言っていた。
今回で五度目の、まったく同じ授業の時間があまりにも退屈で……ついつい眠ってしまったのだ。
眠りから覚めたのは、調査が始まる予定時刻とほぼ同じ。
大慌てで事務室に向かって走ることになるのは当然のことだった。
ようやくたどり着くというその時。
ドアの前に、妙な看板が立てかけられていた。
そしてそれを、先輩とイブキが眺めている。
「なにこの……主張だけが激しい看板」
「誰が書いたのかな。カッコよくて、規模も大きくて、私は好き!」
「なあ、二人とも」
やっと部室の前にたどり着き、そう声をかける。
「あ、先輩! おはよー!」
「あぁ、おはよう。イブキ……どうかしたか?」
先輩とイブキが僕にも見えるように、身体をどける。
目の前に現れたのは……。
「……【シャーレ随一の天才美少女が率いる特異現象捜査部】?」
そう記された、イブキの背丈……百五十センチほどもある立て看板が、威風堂々といった面持ちで飾られていた。
「達筆だなあ……計画性の無さが見受けられるけど」
字が途中から小さくなっているのは、きっと書ききれなくなったという背景が感じられる。
書いたのは明星先輩、もとい部長だろう。
「数年前に特異現象捜査部をしてた時は、いやいや部長してたのに……今回は乗り気なのかな」
「そうなんですか?」
先輩は首を縦に振る。
そんなやりとりをしている僕たちの後ろに、複数名の生徒の気配を感じる。
クスクスと抑えた笑い声が耳に届いた。
「……まあ、笑われますよね」
「なんだか恥ずかしくなってきたから撤去しちゃおう」
「そうした場合、部長ならもっとすごい立て看板を用意するだけでしょうし、やめときましょう」
「これ以上にもっとスゴい立て看板をヒマリさんは作れるの!? スゴいね!」
「ま、もしもの話だけどな……」
僕と先輩はため息をつきつつ部室に入り、イブキがそのあとに続いた。
「あ、遅刻者三名が来たね~」
「すみません、遅れてしまって」
「別にいいでしょう。肝心のヒマリが来てませんし」
僕らは自分たちの席に腰かけ、和泉元先輩が先生に問う。
「なに、あの看板」
「さあ。おじさんの管轄外だよ。ヒマリちゃんに聞いてね」
「でも、部長はまだ来てないんですよね」
「ふふっ。キヴォトス最高の天才清楚系美少女ハッカーであり、雲の上に咲く一輪の花は噂されるものなのですね」
突然の声に振り返れば、ドヤ顔の部長が入ってきた。
「入口の看板は見たでしょうか。 やはり書道はいいですね。紙と墨なんて……と思っていた私を糾弾したいほどです。それはそれとして、みなさんの感想はいかがでしょう。天才ハッカーが一筆入魂した、十年に一度の大傑作ですよ」
先輩の言葉に、僕たちはお互いの顔を見合わせる。
「ひとつ言わせてもらってもいいですか、ヒマリ」
自信満々の顔で部長がケイの方を向く。
「作っていただいたのは大変結構なのですが、ループですべて昨日の状態に戻るなら……あの看板も消えてなくなるのではないでしょうか」
ケイの言葉にみんな、なるほど、と感心の声を上げる。
部長はというと……。
……。
…………。
…………。
「あの、部長?」
「だめだね。ショックのあまりに固まってるよ、部長」
「こうなっちゃったヒマリさん、もう当分戻ってこられないね」
「感情表現の大袈裟な人ですね……」
迷惑千万、といった顔でケイはため息をついた。
「仕方ないね。おじさんが代わりに会議を進めちゃうね。まず、テーマは……どうやってこのループを抜けられるか、だね」
先生はしぶしぶといった感じでホワイトボードの前に歩きだした。
「とりあえず、ループに関してわかっていることを整理してみよっか。敵を知り、己を知ればなんとやら、って言うからさ」
反対の声はなく、先生はホワイトボードに今までにわかっていることを書き記していく。
・八月三十日がループしている?
・ループに気付いているのはシャーレの私たちだけ?
・クラフトチェンバーとループは関係がある?
・身体的な状態はループ時にリセット?
・物理的な現象も同じくリセット?
・ループを超えて持ち越せるのは記憶のみ?
「昨日の意見交換会をまとめると、今わかっているのはこんなところかな」
ホワイトボードを見て、先生は満足げに息をついた。
「あのっ、わかってるっていうけど……全部、ハテナがついてるよね」
イブキは挙手しながら、疑問の声を上げる。
「まあね。確実かどうかわかってないし。これから少しずつ調査と検証をしていけば問題無いよ。ヒマリちゃんとエイミちゃん、ケイちゃんは知ってるだろうけど、科学はそうやって進歩してきたんだよ」
「ホシノ先生、ミレニアムサイエンススクールにおける、天才ハッカーの私を差し置いて科学を語るなんて……いただけないですね」
「あ、おかえりなさい。部長」
「それじゃあヒマリちゃん、バトンタッチ」
「えぇ、
先生からマーカーを受け取り、司会の役割を交代しながら、部長は僕たちの方に向き直った。
そして、全員の顔を見回し、たっぷりとした間をもたせる。
「あの……足りないものってなんですか?」
「いい質問ですね、城崎くん」
どうやら、この言葉を待っていたらしい。
「これは人災です」
「……はい?」
「人災って……」
思ってもいなかった部長の言葉に、僕とケイは思わず声が漏れる。
他に人たちも同じ感想だったらしく、一同に目を丸くして部長の言葉の続きを待った。
「あの、ヒマリ先輩。結構すごいこと言ってるんじゃないかなって、私は思うんだけど」
そんなイブキの問いかけに、そんなの知ってると言わんばかりに部長は頷く。
「あの……どういった根拠で?」
みんなを代表し、恐る恐る聞く。
「今度は失礼な問いかけですね。私の話に根拠がなかったことがありますか?」
「いつもだよ」
和泉元先輩が即答する。
「いつもだね」
それに先生が続き。
「振り回されて疲れるときはあるかな~……なんて」
あの優しいイブキまでもが同意する。
僕も言葉を続けようとしたが――。
「それ以上はやめてください。花は愛でるものだと教わらなかったのですか? 私はあの明星ヒマリ。ミレニアムサイエンススクールを代表する、全知の称号を授かった――」
「はぁ、めんどくさい人ですね……」
ケイの呟きに頷きかけて、僕は慌てて首を横に振る。
何事も聞いてみなければ始まらない。
「明星せんぱ……いいえ、部長。これが人災であるという根拠を教えてくれませんか」
「それなら単純です。ループが同じ1日を繰り返している、という現象を見ても気づくことはあります」
「えっと、つまり……?」
あまり科学の分野に明るくないせいか、部長の問いかけの答えが全く分からない。
「私は数回のループの間に、ループが発動する時間を計測しました。その結果、この現象の特徴は深夜零時になった瞬間、八月三十日の起床時間に巻き戻されるということが分かりました」
先輩が身振り手振りを加えて、そう説明する。
「そもそも一日という定義は人が定めたものです。その定義にループの発動時間がぴったり沿っているという以上、この現象は高確率で人の意志が関わっていると見て間違いないでしょう」
「なるほど……」
「そうであれば、ループが地球の自転周期と関係している可能性も考えなくてはいけませんね」
「いい目の付けどころですね、ケイ。ですがそれだけでは全知のレベルには及びませんよ」
「気分を害したので帰ります。お疲れさまでした」
「ちょ、ちょっとケイ! 本当に帰ったらだめだよ、重要な会議なわけだし!」
鞄を持って出ていこうとするケイを必死に引き止める。
不愉快感マックスな顔を浮かべながらも、先輩が言うなら……と、席に戻ってくれた。
「それでは部長、話の続きをお願いします」
「まず、地球の自転周期は約二十三時間五十六分四秒。零時ぴったりに作動するループとは三分五十六秒の差が出ます。つまり自転周期との関係は完全に否定できるという事になりますね」
よくわからんが、そうらしい。
だってこういうことに詳しい和泉元先輩とケイが「なるほど……」って言いながら納得してるし。
「人間が定めたルールに従って起きるループ。そして私たちだけ記憶を持ち越せているということ。これらを考え合わせるに、これは人災であると考えられます
そして、と言葉をためて、部長は宣言する。
「人が起こした現象である以上、人である私たちにもきっとこの現象を止められるはずです」
……誰も反論しなかった。
というより、できなかった。
いや、そもそも反論しなければいけないという義務すらないんだが。
部長が何かしらについて熱くなって話している姿はとても説得力があり、輝いて見えた。
「……話を戻すと、とりあえずはっきりしていることって、この部室でおかしいことが起きてるってことだよね」
「なんだかヒマリ先輩が普段より一段と頼りになるね」
「確かに。ループが始まってからの部長ってなんか一味違うよな」
「ヒマリちゃんって本当に頭が良かったんだね。さすがは全知……だっけ。おじさん鼻が高いよ~」
「ふふっ。今更ですか、みなさん」
一同の言葉に、部長はすっかり気を良くしている。
元に戻る希望を見出しただけ、本当にすごいと思う。
「そう。そうですよ。これこそがキヴォトス最高の天才清楚系病弱美少女ハッカー、明星ヒマリに送られるべき、みなさんからの敬意です」
……欲求不満なのかなあ、部長。
「調子づかせちゃったな……」
そんな先輩の呟きが、僕たちみんなの気持ちを代弁していた。