先生がいなくなって四年   作:kayanoki

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始動 ─後編─

 翌ループ──。

 目を開くと、見慣れた天井が見えた。

 スマートフォンを手に取り、日付を確認する。

【八月三十日】

「またループか……」

 呟いてはみたものの、大きな驚きはない。

 ループに慣れてきたせいだろう。

 シャーレ全員がループしているから、寂しさもない。

 最初に感じていた恐怖もなくなっていた。

 見方を変えれば、これは永遠に続く夏休みのようなもので、別に悪いことではないのだ。

 窓の外は、いつもの八月三十日の快晴。

 今日はどんな一日になるのだろう。

 そんなことを考えて、顔がほころんでいるのに気づく。

 慣れた調子でシャーレに行く準備を済ませる。

 クラスに行く必要は、本当はない。

 しかし、活動に顔を出す以上、サボってしまうのは気が引ける。

 時計を確認すると、まだ学校に行く時間にしては少し早かった。

「早起きは三文の徳っていうしな」

 早々に僕はシャーレ――クラスに向かった。

 

 

 

 八月三十日の教室の雰囲気にもだいぶ慣れてきた。

 同じなのは授業の内容だけじゃなく、合間の休み時間の生徒の行動もループ前と変化が無い。

 僕は教室の隅の自分の席で、教室に満ちている賑やかな雰囲気からひとり外れて読書をする。

 そして、時々壁掛け時計で時間を確認する。

 早く授業が終わらないかなと思っている。

 誰もいない場所で孤独に過ごすことと、みんなが賑やかな中で過ごす孤独とでは、全然意味が違う。

 この場所で過ごす孤独の時間には、とても強い劣等感が伴う。

 自分にはみんなに混じる資格がないと言われているようにも思えたし、実際に自分でもないと思う。

 きっかけは、恐らく記憶喪失。

 それ以降は、僕の社会性のなさが問題になっているのだろう。

 僕は教室の雰囲気が嫌いだが、教室に馴染めない自分はもっと嫌いだ。

 ここにいると、心が錆びていくような気持ちになる。

 もういいじゃないかと……言いたくなるのをいつも我慢する。

 僕は、自分がつまらない人間だと知っている。

 だから、その事実を僕に突き付けてくれるなと思ってしまう。

「この小説、面白いわよ! タイトルは【明日に続く夕焼け】って言うんだけど」

 いつもは聞き逃していた声が、偶然耳に入ってきた。

 その小説は僕も知ってる。

 そう思って、反射的に振り向く。

 二人のクラスメイトが談笑していた。

 目が合って、二人とも不思議そうな顔で僕を見る。

 先ほどまで浮かんでいた笑みは、もう消えていた。

 僕はすぐに本の上に視線をやった。

 まるで、最初からその話には興味がないと主張するように。

 こういうところだよなと、僕は思っている。

 ……ほんと、こういうところだよな。

 最悪だな。

 どうして僕は、いつもこうなんだろう。

 いつものように、そんなことを考えて。

 そしていつものように、そんなことを考える自分が嫌いになる。

 授業が始まる鐘が鳴る。

 今日の授業も同じ内容。

 教えてくれる先生に失礼だからと、一生懸命集中しようとはする。

 ……が、中々うまくいかない。

 黒板の上を踊るチョークの小気味いい音は、まるで催眠作用を持つかのように、僕をしきりに夢の世界へと誘う。

 授業に出たのは失敗だったのだろうか、なんて僕は考え始めていた。

 でも……。

 僕はまだ曇る前の空を見る。

 人の目を気にせず調査をするには、まず学校に出てた方が気持ちが楽だ。

「今日はどんな活動をするのかな……」

 そんな独り言が、口から漏れた。

 部員の誰かとずっと喋るのもいいだろう。

 外に出て、食べ歩きなんてのもいいな。

 などと考えつつ、ひたすら苦痛な時間を耐え忍んだ。

 

 

 

 いつもの八月三十日と同じく、その日の昼休みも激しい雨が降る。

 僕は最適化された動きで事務室に向かう。

 ボタンを押した瞬間に扉が開くエレベーター。

 同乗者もいないから、一直線に事務室のあるフロアに停まる。

 教室を出てから数分もしないうちに、事務室にたどり着き、急いでカードキーをかざす。

 自動消灯の明かりがすでに点いていているので、やっぱり誰か来てるんだなと嬉しくなりながら部屋に目をやると、そこには──。

 知らない女性が立っていた。

 連邦生徒会の制服……。

 歳は僕と同じか、上級生だろうか――などと考えていると、女性は口元に小さな笑みを浮かべ、僕の目を真っ直ぐと見つめた。

 その瞳からは何かを諦めてしまったような……けれど同時に、不思議な魅力を宿している。

 どうしてか、初めて会った気がしなかった。

 この瞳を知っている気がした。

 もしくは、どこかですれ違ったとか、そんなことかもしれないが。

「あの、あなたは……? シャーレになにか御用ですか?」

 女性は何も答えず、じっと僕を見ている。

「えーと……もし、用があるなら小鳥遊先生を連れてきますけど……」

「必要ありません。私はあなたに会いに来たのですから」

「え、僕に?」

「はい」

 ……怪しい人っぽい。

 いや、連邦生徒会の制服を着ているから身元は調べれば分かるのだろうけど、今まで見たことが無い人物だった。

 そんなことより、すごく美人な人だ。

 まずい、2人きりでこの場にいられる自信がない。

「……あ、そうだ。教室に忘れ物をしたので、僕はこれで……」

 頭を下げて去ろうとする。

「この世界から、明日が消えたことは、もう気付いていますよね」

「え……」

「毎回そうです。四回目の八月三十日で気付く……そうそう、この会話も毎回してますね」

 思わず、彼女を凝視した。

「あなたも……知っているんですか……?」

「知ってる……と、言いますか」

 ひとつ、少女はちいさく息をつき。

「とてもよく知ってます」

 その言葉に、思わず目を丸くする。

 僕たち以外にも、ループを知っている人がいる。

 それはとてつもない大発見だ。

「えっと、この世界がループしてるって知っているということは……つまり、ループしても記憶を保っていられてるっていうことですか?」

「はい」

「それなら、あなたも僕たちの仲間です! 僕たちシャーレのみんなもループの中にいるって気づいていて……」

「はい、知ってます」

「それじゃあ話が早い! すぐにみんなを集めるから、少し待っててください!」

 慌ててスマートフォンを取り出そうとすると、彼女は僕の腕を掴んだ。

「それはダメです」

「え……?」

「最初に言ったはずですよ。私はあなたに会いに来たと。他の誰でもない、あなたに」

 驚くほど整った顔がすぐ目の前まで近づき、僕は息を呑んだ。

「私はあなた方に対して、できる限り傍観者でいたいんです」

「ぼうかん……しゃ?」

「この物語がどうなっていくのか……見守っていくということです。本当に私の助けが必要なとき以外、あなたに手を差し伸べることはないでしょう」

 この人の言っていることが、ほとんどわからない。

 分かることといえば、人を呼ぶなということだけだ。

「……とりあえず、みんなは呼びません。だからその……手を放してくれますか」

「……用事が済んだら、すぐに離します」

 彼女は何故か悲しそうな表情を浮かべると、話をつづけた。

「この説明はもう幾度となくしているのですが……この世界は非常に繊細です。あなたが思っているより、ずっと」

「は、はあ……」

「理解できないのも無理はありません。だけど理解してもらう必要もありません。私のことを誰にも話さないようにしてほしいだけです」

 彼女の言葉に混じって、小さな音が耳に残る。

 耳鳴りだろうか。

 そんなことを考えているうちに、気が付けば僕はうなずいていた。

 彼女は僕の腕を放し、改めて僕に向き直る。

「……そういえば、あなたの名前は?」

「名前……普段、皆さんからは名前ではなく……あっと、これを言うと面倒なことが起きたんでした」

 何かを言いかけて、こほんと咳払いした彼女は続ける。

「私の名前はアロナです。あなたとは多分、長い付き合いになります」

「ありがとうございます。僕は晴。城崎晴っていいます」

「はい。よく知ってますよ、晴くん」

「え……?」

 彼女は僕に近づいてきて、耳元でささやく。

「じゃあ、今回もよろしくお願いしますね」

 驚きで何も言えない僕を残し、彼女は部室の外に出ていく。

 僕はしばらくその場でぼうっとしていた。

 それから、彼女の声に呼ばれた僕の名前がまだ耳に残っているような気がして──。

 赤くなっているであろう自分の耳を、手のひらで塞いだ。

 

 

 

(*)

 

 

 

 その日の放課後。

 アロナさんのことをみんなに告げることが出来ないまま、調査の時間は終了してしまった。

 もし……あの人の存在がみんなに知れたらどうなるんだろう。

 ループのことについてよく知っているようだったし、ひょっとしたら一気に進展して、ループが終わる可能性もある。

 ……。

 …………。

 ………………。

 特に危険な人というわけでもなかったし、アロナさんのことはもう少しの間、秘密にしておこう。

 僕はそう心に決めた。

 みんなはまだ帰る気はないらしく、思い思いに時間を過ごし始めていた。

 イブキは珍しく妙に疲れた顔をしていて、ケイはゲームアプリの攻略本をじっと読みふけっていた。

 そして部長は目を輝かせつつ天井を見つめている。

 何かよからぬことを考えているに違いない。

 ……みんなそれぞれ忙しそうだ。

「あの、部長。何を考えているんですか?」

 恐る恐る尋ねると、部長は待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

「ふふっ、いったい私がどんなことを考えていたのか……聞かせてあげるのも、やぶさかではありませんね」

「やっぱ大丈夫です」

 唐突に嫌な予感と激しい後悔が津波のように迫ってきた。

 僕の拒否など聞かず、部長は突然勢いよく宣言した。

「いいですか、みなさん。よく聞いてください……ってケイ。まだ帰っちゃだめですよ。キヴォトス一の天才ハッカーである私の名案を聞かないと、絶対に後悔することになりますから」

 ケイがしぶしぶという感じで席に戻り、みんなが部長を見る。

「私たちはループしている以上、そのメリットを享受しない手はありません」

「メリット……ですか?」

「はい。つまり……ループすれば全てが無かったことになる。そして、金銭取引もその例に漏れません。言い換えれば、財布の中に戻ってくるお金があるということ」

 ……それは、すなわち。

「わぁ……! いっぱいお買い物ができるね! ごうゆうだよ!」

「それは盲点だったね~」

「そんな上手い話がある……のかな、でもループってそういうことだよね」

「大体、こういう話には裏があって最後にしっぺ返しがあるものですが……」

「確かに、明日ループが来ない可能性もあるね~。そういう可能性がある以上、全財産を使い果たすような真似はできないね」

 先生が、かつてないくらい真剣な表情で呟いている。

「だけど……少しくらいの無駄遣いなら大いにアリだね!」

「お化粧もし放題……いいえ、高価すぎて手に入らなかったコスメが、今こそこの手に……!」

「カラオケにも行きたい! オールでみんなと歌いたーい!」

 みんな楽しそうだなあ。

 無駄遣いといっても、僕は普段の生活に満足している。豪遊するようなお金の使い道なんて思いつきもしない。

「城崎はどこか行きたいところとかないの?」

 そう思っていた矢先、和泉元先輩に声をかけられる。

「うーん……僕は、別にないですかね」

「でも、全部元通りってことは……明日に届く通販では買えませんね」

 そんなケイの呟きを聞いた瞬間。

「あれ……?」

 僕はふと、重要なことに気がついた。

 すべてが元通りということは、すべてが無かったことになる。

 どれだけ食べても、無かったことになる。

 カロリーを気にせず、好きなものが食べられる!

「みなさん! ファミレスに行きましょう!」

 …………。

 みんなからの返答はない。

「ほら、女の子なら好きでしょ、甘いもの! それらすべてが食べ放題! となれば、行くしかありませんよ!」

「みんながみんな、甘いもの好きだと思わない方が良いよ」

「甘くなくてもいいから! ビターなプリンとかもありますよ!」

「どんだけ行きたいんですか、先輩……」

「私もプリン食べたい! 行こうよ、ファミレス!」

 みんなもやれやれ、という感じでうなずいてくれる。

「ありがとう、みんな!」

「豪遊の選択肢がファミレスっていうのが、お子様の発想だよね~。おじさんには眩しいや~」

「小鳥遊先生も食べないと大きくなれませんよ」

「あ、そういうこと言うんだ。万が一ループが終わった時のためにおじさんが出そうと思ったけど、少年は対象外ね」

 その後、ファミレスに着くまで僕は小鳥遊先生に命乞いをした。

 

 

 

(*)

 

 

 

 そして、ファミレスに着いて二十分が過ぎた頃──。

「カレーが食べたいな! あと、ピザも頼みたい!」

「私はこの特性ハンバーグステーキにしようかな。三千円なんて、普段は手が出せないし」

「私は……ハンバーガーにしましょうか。普段は避けていますが、今回は気にしなくて良さそうなので」

「……育ち盛りの食欲を舐めてた……どれだけ食べる気なのさ~……」

 みんなが注文を繰り返すたびに、先生の顔が青ざめていく。

 まあ、いざとなれば部長と先輩の援助が入るだろう。

「あの、先生。大丈夫そうですか? 来る途中でお金は下ろしてたみたいですけど……」

 さっきまで命乞いしてた身とはいえ、さすがに心配になる。

「ん~……まあ、大丈夫だよ~。先生だって社会人。それなりの財力はあるつもりだし……少年も遠慮せずになんでも頼んでね~」

「そこまで言うなら……遠慮しませんけど」

 あの小鳥遊先生が大丈夫だというんだ。きっと大丈夫なんだろう。

 やっぱり先生は大人だ。お金の心配なんてするんじゃなかった。

「チョコバナナパフェとプリンパフェ、イチゴパフェ、レアチーズケーキとショートケーキ、それからぜんざいとあんみつとスイートポテトをください」

「しょ、少年!?」

「ええ。そうです。このページのやつ全部……それを4つずつお願いします」

「前にもあったから知ってたけど想像以上すぎるよ! どんなお腹の構造してるのさ~!」

「大丈夫です。食べても明日には食べてないことになりますから。これが本当の零カロリー理論」

 先生は何か言おうとして、ため息をつく。

 それから天井を見上げて、あー……と、力のない声を出していた。

「スゴい……! 本当にそんなに食べられるんですか、先輩!」

「見習っちゃだめだよ、イブキ」

 それからまたしばらく時間が経ち……お腹もようやく落ち着いてきた。

 せっかくだし、みんなと楽しく話をしたい所だが、たまには誰かとサシで話してみるか。

「イブキは値段が高いものを中心に選んでたな」

「うんっ! いつもなら選べないものを頼もうと思って……ホシノ先生には悪いと思ったけど、甘えちゃった!」

「ああ。遠慮したらかえって失礼だからな」

 イブキと僕は力強くうなずいた。

「じゃあ、お腹も落ち着いてきたし……僕は追加でデザートをもう1セット頼もうかな」

 さすがにもう無理だが、ちょっとしたいたずら心で先生に聞こえるようにそう言ってみる。

 先生がテーブルに突っ伏した。

「せ、先生!?」

「き、給料って前借りできるのかな……」

「冗談ですから……安心してください。先生」

 

 

 

 それからしばらくしてみんなと外に出る。

 外はもうすっかり夜だった。

「ということで、今日は解散の運びになるけど……無駄遣いは癖になるといけないから、豪遊する日はちゃんと決めておくようにしようね」

「はい、先生」

「明日……ループが突然終わっても大丈夫なように……ちゃんと……計画的な、お金の使い方をするように……」

 会計後、もらったばかりの給料が半分消えたと言っていた先生は心なしか涙声だった。

「先生が泣いてる……」

「私たちに奢れたことが誇らしくて仕方ないんですよ」

「へぇ……! 見直したよ、ホシノ先生!」

 そう言われた先生は、ハンカチで目尻を拭って星を見上げながら、何かを祈り始めた。

「せ、先生……?」

「明日ループが来ますようにって……お願いをね……」

 ……やっぱり、結構大変だったみたいだな、お金……。




ご挨拶が遅くなりました、kayanokiです。
今ひとつ悩み事がありまして、タグにアロナ、もしくは連邦生徒会長を入れようか悩んでおります。

ハーメルンは初めてですので、勝手が分からないことが多く申し訳ないのですがご教示いただけますと幸いです。

タグの他にも「ここはこうした方がいい」ということがありましたら、そちらも合わせてご指摘下さいますと幸いです。

若輩者であり物書きは素人ゆえ、文章が分かりづらいところが多々あるかと思いますが感想もいただけると嬉しいです。

今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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