先生がいなくなって四年   作:kayanoki

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継続 ─前編─

「中々進まないね。ループについての研究」

「そうですね……でも、急いでも仕方ないと思います」

「彼の言う通りです。科学の成功は地道な努力と、たゆまぬ思索の果てにあるものですから」

 もう何度も見続けた夕暮れの景色。

 けれど、夕焼けを見るたびに綺麗だなと思えるのは、なんだか不思議だ。

 僕たちはいつも通り帰路につき、中庭に長い影がいくつも映る。

「そうですね、珍しく先輩の言う通りです。急いだっていいこと無いでしょう」

 ケイがぽつりとそんなことを言う。

「無茶されても困るしね~。焦る理由も特にないし」

 先生の言葉に僕もうなずく。

「そうだよね! 時間が無限にあるようなものだし……ゆっくり歩いていこうね、先輩!」

「お、おう?」

 いつから僕の話になった……? 

「ねえみんな。暇なら、この後どこか寄っていかない?」

 和泉元先輩の言葉に、それならカラオケに行きたいな! とイブキが反応し、ケイはデパートに行くのはどうかと提案する。

「みんな。忘れてるかもしれないけど私は先生だよ? そういう相談はおじさんがいないところでやってね~」

「それなら先生も一緒に行きましょうよ。そしたら問題ないですよね」

 そんな僕の言葉に、先生は苦笑する。

 いつも通りに賑やかな、いつも通りの帰り道。

 同じ毎日が続くという異常な状況にも、ようやく慣れてきた。

「いつまで続くんでしょうね、これ」

「……ほんとにな」

 ぼんやりとして曖昧で、でも優しいこんな感じの雰囲気が、僕は嫌いではない。

 実のところ、いつまで続いても苦にはならないような気がした。

「あ……」

 ふと、あることを思い出して、僕は立ち止まった。

「すみません、教室に忘れ物をしました」

 図書室で借りた本を机に置きっぱなしにしていた。

 僕はみんなに先に行っててもらうように告げて、教室へと向かった。

 

 

 

(*)

 

 

 

「あったあった」

 机の奥に入っていた文庫本を取り出す。

 割と気に入っている本だ。

 ファンタジーの人気作で、前々から読んでみたいとは思っていた。

 とはいえ、百巻以上も出ているシリーズだから今まで手が出なかったのだ。

 終わりの見えない八月三十日の中にいなければ、とても手が出る代物ではない。

 ループが起きれば、また図書室に行って借りなければならないのが面倒なところではあるが、できればこの巻は今日中に読み終えたいところだった。

 ぱらぱらとページを捲りながら、そんなことを考える。

 ループが来れば、すべてが元に戻ってしまう。

 それだけが、少し厄介な問題かもしれない。

 鞄に本をしまい、教室を出ようと踵を返した時──。

「あなたは……」

 思わず息を呑んだ。

 アロナさんが何の脈絡もなく突然に、教室の扉の前に立っていた。

「おはようございます」

 もう夕方だというのに、彼女は謎めいた笑みと挨拶をしてきた。

「また会いましたね、晴くん」

 アロナさんは底の見えない深い青色をした瞳でじっと僕を見つめていた。

 僕は一度深呼吸をして、心を落ち着ける。

「アロナさん……でしたよね?」

「はい。名前を覚えておいてくれたんですね。この頃は名前を呼ばれることはそう多くなかったから新鮮です」

「あの……前回も疑問に思ってたんですけど」

 彼女は少し首を傾げた。

「連邦生徒会の人……なんですよね。シャーレに来る人なんてあまりいませんから、目立ちませんか」

 そう。

 連邦生徒会のあるビルとは少し離れていて、実際のやりとりはビデオ通話やメールが多い。

 つまり、連邦生徒会の人が直接来るという事は緊急事態だという可能性が高いということだ。

 セキュリティが甘いシャーレとはいえ、バレないようにするのは至難の業だ。

「ああ、それなら心配いりません」

 しかし、彼女はそんな僕の心配を笑みひとつで一蹴した。

「どこを歩けば人に見つからずに来れるか、熟知してますから」

「スパイみたいですね……」

「超人ですから、他称」

 気持ち悪い倒置法だな。

「へえ、そうなんですか」

 僕の適当な相槌に、彼女はそうだ、と何か思いついたように手を打った。

「占いもできますよ」

「占い……ですか?」

 彼女は小さくうなずいてみせた。

「結構当たるんですよ。やってみせますね」

「え、すぐできるんですか?」

「晴くんは読書好きですよね」

「は、はい。当たりです」

 いいも悪いも言わないうちに、占いは始まってしまったようだ。

「晴くんは少し、引っ込み思案なところがあります」

「……僕自身、問題だと思えるレベルには」

「親子で二人暮らしをしてますね。そして、今日の朝食は……トースト一枚ですね」

「え……」

 おかしい。

 いくらなんでも、細かい部分が当たりすぎている。

「そして今は……教室に忘れた本を取りに来たところですね」

 やっぱりおかしい。

 アロナさんの言葉に、僕は一歩下がる。

 ……いくらなんでも、当たりすぎだ。

「空想文学作品が好きなんですよね。今読んでいる作品は前半の展開がかなり面白いものでした」

 自分の鞄をちらりと見る。

 鞄に入れたところを、たまたま見られていたのかもしれない。

「後半は宇宙戦争の戦術や心情の描き方が素晴らしいものでした」

 彼女の言葉は、僕の感想と重なっている。

「シリーズの終盤。主人公の後継者が一国の軍隊を従えて大国に攻め入る場面。すごい迫力でした」

「……あの、そこはまだ読んでないので……ネタバレは……」

「あ……そうでしたか。それはごめんなさい」

「……で、ええと。それで、主人公は後継者を作る前にちゃんと予言通り王様になるんですか?」

 とはいえ、アロナさんの話が気になったのも事実だ。

 彼女は少し驚いたように僕を見て、それからクスクスと笑った。

「……どうかしましたか?」

「ふふ……失礼しました。だって晴くん、自分で話すなって言ったのに……ふふふっ」

 その笑みの柔らかさに、僕は少し安心した。

「いや、だって……そこまで言われたら気になりますよ」

「そうでしたか。すみません、私の配慮が足りなかったようで」

 僕は鞄から本を取り出した。

「今読んでるのは、この巻です。姫様と戦士のラブロマンスのあたりです」

 自分でも不自然だなと頭の隅で思いながら、その本の面白さを語った。

 一度話し始めると、昔からの友達のように話が合った。

 ひょっとしたら、昔どこかで出会ったのかもしれない。

 そんなことを思いつつ、僕はいつの間にか夢中で話していた。

 例えば、どんな素敵なセリフや考えさせるシチュエーションが用意されているか、とか。

 複雑なはずの状況がすいすい頭の中に入ってきて、登場人物たちの駆け引きが手に汗握る展開になっているとか。

 登場人物たちの心の動きが、すごく自然で切ないとか……。

「きっとこの本は……僕の人生の一冊になると思います」

 僕とアロナさんはそれからしばらくの間、小説の話に花を咲かせた。

 …………。

 ……。

「さて、そろそろお時間です。彼女が心配して様子を見に来ます」

 突然話を切って、アロナさんは教室の入り口を見つめた。

「え?」

 彼女って誰ですか、という疑問を問う前にアロナさんは僕から離れる。

「それじゃあ、私は行きますね」

 そう言って歩き出し──。

 ふと思い出したように振り返る。

「ああ、そうそう。言い忘れたことがひとつあります」

「なんですか?」

「繰り返しますが、私のことは他言無用でお願いしますね。これはとても大事なことなんです」

 僕は小さくうなずいた。

 そして、アロナさんは今度こそ教室を去っていった。

 そして入れ違いにやってきたのは──。

「城崎、どうかしたの?」

 和泉元先輩がいた。

「あ、あれ……あの、今、人を見ませんでしたか、先輩」

「人……? ううん、見てないよ」

 本当に入れ違いだったはずなのに。

 僕はぼんやりと教室の入り口を見つめた。

 

 

 

(*)

 

 

 

 ある日。

 いつものように調査に出ようと、放課後に事務室へ向かうと……。

 事務室の前で、ケイと先生が立っていた。

「ついに宇宙に進出しましたか……」

「太陽系規模だね~」

 二人の会話は、宇宙的な広がりを見せているようだ。

「どうかしたんですか、二人とも」

「あ、少年」

「これを見れば分かりますよ」

 ケイと先生が身体をどかしてくれた。

 二人の背に隠れていたモノが、目に飛び込んでくる。

【太陽系特異現象捜査部】

 ……はあ。

「先輩はこれ、どう思います?」

「……水金地火木土天海冥だと思う」

 前回の反省を踏まえて、字面を漢字だけにしたのは良い……が、逆に下の方に余白が大きくできている。

 ……部長、また字のバランスを間違えたんだな。

「豆知識だけど、冥王星は惑星から外されてるから、今は【水金地火木土天海】が正解なんだよ~」

「え、そうなんですか?」

「天文技術の発達で、冥王星と同じように太陽系を回る、冥王星と似たような星がいくつも見つかったからですよ」

 ケイの言葉に先生は深くうなずく。

「なるほど。じゃあ【水金地火木土天海+α】が正しい認識なんだな」

「そういうこと~」

「部長の看板のおかげで勉強になりました」

「恥ずかしさは格段に上がってますけどね」

 なんてことを話しつつ、事務室へと入っていく。

 部屋を見渡すと、他の人たちはもう席についていた。

「私の傑作に見惚れていたようですが、遅刻は感心しませんよ」

「す、すみません」

「違うよヒマリちゃん。おじさんたちは呆れてたんだよ」

「右に同じです」

 そんなことを言いながら、僕たちは席に座った。

 これでシャーレは今日も全員集合だ。

「天才美少女は理解されないものですね……まあいいです。慣れてますから。凡庸な民衆を啓蒙していくのも全知の務め……それではみなさん。調査を始めましょう」

 そんな部長の一言で、僕らはまた今日も調査に勤しんだ。

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