先生がいなくなって四年   作:kayanoki

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継続 ─後編─

 ある日のループ。

「うー……ん……」

 朝起きて、最初にスマートフォンの時計を見る。

 時刻は八月三十日とループの最初に目を覚ました時間と全く同じだ。

「日付は……またループしてるな」

 まるで終わらない夏休みの中にいるみたいだ。

 朝食がいつも同じとか、授業があるのが残念だが。

 ……たまには、お母さんが用意してくれた朝食を食べるのもいいか。

 そんなことを考えながら、学校に行く準備をする。

 授業の内容はすでに覚えている。

 それでもシャーレの活動だけに出るのは気が引けるので、とりあえず出席だけはするつもりでいる。

 我ながら馬鹿にまじめだなと思いつつ。

「今日は何が起こるんだろうな」

 そう呟き、僕は大きく伸びをした。

 

 

 

(*)

 

 

 

 そして、お昼休み。

 みんなと一緒にお昼を食べようと思って事務室に来た。

 雨はすでに止んでいる。

 購買で買った弁当をつつきつつ、周囲を見る。

 部長から、個人的な都合で今日は調査はナシ、との通達が下った後……。

 みんなは好きなように時間を過ごしているようだ。

 先輩は、弁当をつまみながら思案顔。

 先生は、なにかの書類をにらみつけて、時折ため息をつく。

 部長は窓の外を見ながら、なにかを考えているご様子。

「……これを試せば……いえ、でも……」

 部長にしては珍しく、独り言が漏れている。

 その視線は窓の外から、ケイに移っていく。

 ケイは眉をひそめつつ、読んでいる本を顔に近づけ、無視を決め込むようだ。

 イブキはイブキで、難しい顔で僕を見ながら、なにかノートにメモを取っているようだ。

 この中だと、部長が一番気になる……が、声はかけないでおこう。

 そう思ってちらりと部長を見た瞬間。

 目が……合ってしまった。

 ああ、部長の顔が微笑みに変わっていく。

「城崎くん。今、すごく良いことを思いついたんです。聞きたいですかええそうでしょう聞きたいでしょう」

 ……聞きたくない。

 とはさすがに言えない。

 しかし聞けば最後、何かものすごい厄介なことに巻き込まれる予感がする。

 そしてその予感は、部長に限って百発百中で的中する。

「ふふっ、そう聞くのも野暮でしたか。このミレニアム出身者の中で最高の美少女が思いついた良いこと……それはですね──」

「あの、えーと……部長。天気が良いですよ」

「ループをお忘れですか? ああ、夕立後の青空の素晴らしさについて語りたいと……それはまたの機会に。ところで、すごく良いことを思いついてしまいまして──」

「部長、最近の調子はいかがですか?」

「ええ、とても順調です。とはいえ、ループしていますから体調が変化することは無いんですけどね。ところで、すごく良いことを思いついてしまいまして──」

「部長! 今注目していることはなんですか!?」

「ああ、それであればヤン―ミルズ方程式と質量ギャップ問題ですかね。もう少しで自力で解けそうなのですが、これが中々上手くいかなくて……ところで、すごく良いことを思いついてしまいまして──」

「えーと、あの、そのですね……!」

「壮絶な逃亡戦を繰り広げてるね、少年……」

 その後、僕の必死の努力により、なんとか部長の【すごく良いこと】を聞かずに昼休みを切り抜けた。

 

 

 

(*)

 

 

 

 授業時間をやり過ごして、放課後。

 今日は調査をしないということは事前に聞いていた。

 そうなると突然、放課後の予定が空白になってしまう。

 どっちにしても、事務室には行こうとは思っているのだが……。

 

 

 

「お疲れ様でーす」

 昼に切り抜けた部長の言っていることが今になって気になり、事務室に訪れる。

 その部長は、自分の前に黒板のようなパネルを浮かび上がらせ、様々な数式や図面を引くのに夢中になっていた。

「あの……部長は何をやってるんですか?」

 当人の邪魔をするのも気が引けたので、すでに集まっているみんなに尋ねる。

「量子コンピューターの設計だそうですよ」

 ケイが問いかけに答えてくれた。

「量子コンピューターって……なんでしたっけ」

「おじさんが教えてあげよう。量子コンピューターっていうのはね……量子を使ってなんかこう、すごい性能のコンピューターのことだよ」

「なるほど。さすがは先生。素人の僕でも分かりやすく教えてくれますね」

「城崎の先生崇拝って、時々びっくりするよね」

「ねえねえ、昼間に言ってたヒマリ先輩の良いことって結局何なんだろうね?」

 イブキも僕と同じく気になっていたようだ。

「そうだな。僕も実は気になっててさ」

 聞きたいような、聞きたくないような。

 聞けばよからぬことに巻き込まれそうな……。

 僕たちはお互いにけん制し、アイコンタクトによる多数決により、じゃんけんで負けた人が【良いこと】の内容を聞く‥‥‥という結論に至った。

 そして。

 当然のように僕が負けた。

「あの、部長」

 みんなの視線に見送られつつ、恐る恐る部長に声をかける。

「はい、なんでしょうか。今、量子コンピューターの基礎理論と実現可能な基礎設計が出来上がろうとしている所です。半端な用では声をかけないでくださいね」

「すみません……ひとつだけいいですか?」

 部長はモニターに視線を向けたまま、はいどうぞ、という意味の頷きをしてくれた。

「あの……昼間の良いことってなんだったのかなと」

「そうでした!」

「うわ!?」

 部長が突然、今までにないくらい大きい声を出したのでびっくりした。

「ぶ、部長‥‥‥?」

「ええ、ええ、そうでした。量子コンピューターなんて作っている場合ではありません。私はとても素晴らしい時間の過ごし方を考えついたんです」

【素晴らしい時間の過ごし方】

 その言葉に、部長以外の全員が素早く視線を交わす。

 みんなの目が訴える言葉はただひとつ。

 

【深入リ スルナ 早ク タチサレ】

 

「あ、そうだ。おじさんってば連邦生徒会と会議があるんだったー」

「下着合わなくなってきたから買いにいかないと」

「今日はマコト先輩たちとカラオケにいくんだった!」

「そういえば新作コスメの発売日、今日でした」

 みんなが一斉に帰り支度を始める。

「あ、ずるいぞみんな! 僕は、えーと、その……!」

「みなさん待ってください。あなた方には私と共に素晴らしい時間の過ごし方を共有していただく必要があります。これは強制です、特異現象捜査部の部長として命令します」

「こういう時だけ部長命令を使うの、らしくないね」

「おじさんは参加しないからね。なぜならおじさんは先生だから。生徒のみんなを温かく見守るのが仕事だからさ~」

「自分だけ助かろうなんて最低ですね。ホシノ先生」

「うるさいよ、ケイちゃん」

 ぎゃいぎゃいと、いつもの流れになってくる。

 これはまずい。

 部長のペースに巻き込まれてきている‥‥‥! 

「ふふっ、あなた方はまだキヴォトス史上最高峰に位置する天才美少女の発想に対する理解が薄いようですね……では、私も手段を選びません。今ここでみなさんの弱みを発表します」

「……僕たちの弱みって、いったい……?」

 部長は普段見せないような蠱惑的な笑みを浮かべる。

 ごくりと喉を鳴らし、部長の言葉をじっと待つ。

 やがて、部長は指を天井に向け。

 静かに誰かに指を差した。

 その先にいたのは──和泉元先輩。

「エイミが三日前に買った下着。中々に過激なものでしたね。色は確か──」

「ちょ、ちょっと部長? な、何で知ってるの?」

「えっと、すみません! 僕は出ていきます!」

 耳を塞ぎながら、出ていこうとする。

 しかし、車いすでドアの前に立ちはだかるは明星部長。

「い、いつの間に‥‥‥!?」

「だめですよ、城崎くん。あなたがいなくてはエイミの罰になりませんから」

「こうなったら……ちょっと城崎。鼓膜つぶしてもいいかな」

「あ、はい……ってなるわけないでしょう! よくないですよ!」

 この場から早く離れないと僕の鼓膜がはじけ飛んでしまう。

 助けを求めようと思い、視線で探すのはもちろん先生。

 視線がかち合い、意図に気付いた先生は「やれやれ‥‥‥」と重い腰を上げる。

「ヒマリちゃん。そういうのは卑怯だよ。エイミちゃんほどの大きさなら色々選択肢があるんだしさ」

 選択肢‥‥‥か。

 たしかに無さそうだな、小鳥遊先生。

「これは直観だけどさ、ぶっとばすよ少年」

 小さいほうが可愛いのあるって聞いたことがあるな。

 選択肢はあります、きっと、メイビー。

「ホシノ先生。あなたも例外ではありませんよ。あなたは高校時代、スクール水着で──」

「ちょいちょいちょい! なんで知ってるのさヒマリちゃん!」

「はあ……うるさいですね。みなさんは恥ずかしい過去しかないんですか」

「そういうケイもですよ。あなたが静かに書き続けているノート‥‥‥そうですね、言うなれば【ケイちゃん’Sポエム】。その内容をばらされてもよろしいと」

「ぶはっ!」

 思わず吹き出してしまった。

 あのケイが、ポエムを‥‥‥それもノートに‥‥‥! 

 そういえば、なにかを思いつく度に手帳に書き記していたな。それのことだろうか。

「わ、笑いましたね先輩! 先輩のその記憶を‥‥‥いいえ、忘れないのであれば死んでもらいます! 先輩を殺してヒマリを毒殺して私も死にます!」

「即座に心中計画を立てないでください。そしてイブキ。あなたにもありますからね」

「えー? 私にはそういうの無いよ? いんがおーほーって言葉、イロハ先輩に教えてもらったし。ヒマリ先輩に握られるような弱みなんて……」

「ふふっ、どうでしょうか。イブキ、あなたのロック解除後の待ち受けは城崎くんをとう──」

「わー! わー! ど、どうしてそれを知ってるの! 言わないで!!」

 ‥‥‥もう、ダメだ。

 こうなってしまえば、僕たちは部長の提案を受け入れざるを得ない。

「これが全知の力です」

「あの……イブキのやつなんですけど。僕のなんなんですか?」

「先輩は知っちゃダメ!! 本当にその、変な気持ちはないっていうか‥‥‥別に特に本当に確実に絶対にそんな変なことじゃないよ!」

「へえ、イブキでも僕に教えられないことがあるんだ」

「あ‥‥‥あるよ。おんなのこ、だもん」

 そんな騒ぎの中、部長が突然下を向き──。

 そしてゆっくりと顔を上げる。

 なぜか、とても美人な顔つきになっていた。

「まずいね。あの顔。嫌な予感がする」

「口を慎んだ方がいいですよ、エイミ。例のモノをばらされたくなければ」

 和泉元先輩が悔しそうに押し黙る。

 まあ、バレたくないよな。女性にとって下着の色なんて。

「みなさん、クイズの時間です」

 その言葉と共に、部長はパチン、と指を鳴らす。

 すると同時に、不穏な曲がどこからともなく流れてきた。

「な、なんですかこの不安を煽る曲は‥‥‥」

 気のせいか自分が推理ゲームの登場人物になったかのような錯覚を覚える。

「みなさんには暗号クイズに取り組んでいただきます。私は暗号の指し示す場所にいます」

 部長はまた微笑みを浮かべる。

「期日は‥‥‥そうですね。明後日にしましょうか。時間は午後六時。それまでに私にたどり着ければ、あなたがたの勝利です」

 ただし──と部長は人差し指を一本立てる。

「1ループごとにひとりずつ、あなたがたの仲間は行方不明になります。つまり時間が経てば経つほど、あなたたちは不利になるという事です」

 部長はゆっくりとディスプレイにクイズの条件を書いていく。

 

・期限は明後日の午後六時まで

・ルール1 1ループにつき、ひとり消える

・ルール2 ゲーム終了と同時に捕虜は解放される

・ルール3 誤答、もしくは期限を過ぎた場合。ただちに全員の恥ずかしい秘密がクロノス報道部からキヴォトス中に暴露される

 

「ルール3はいらないよね。部長はこういうことしない人でしょ」

 和泉元先輩が食い気味に聞く。

「だって罰ゲームが無いと盛り上がらな……こほん、みなさん本気で取り組まないでしょうから」

「それは……そうだけど」

「ヒントはこの事務室にいくつかあります。さらに大サービスとして、1ループごとに1ヒントをあなた方の携帯にメッセージでお送りします」

 寛大でしょう? と言って部長は笑う。

 もう完全に悪役の立ち位置にいる。

「それではみなさんの健闘を祈ります」

 そう言って、部長は去っていった。

「納得しかけたけど、キヴォトス中に放映されるのはやりすぎだよ」

「うん、まずいね。秘密を暴露された翌日にもしループが来なかったら……うぅ、おじさんお嫁にいけない……」

「もしそうなったら、私は先輩とヒマリを巻き込んで死にます」

「僕を巻き込むなよ……ってか、みなさんそんなに壮大な秘密があるんですか?」

「人に知られたくない秘密のひとつやふたつ、誰にでもあると思うよ」

 イブキが僕の問いかけに答える。

「個人的にはイブキの待ち受けがどうのこうのが一番気になるな」

「さあっ! みんなで協力してヒマリ先輩を見つけよ! ヒントはこの事務室にあるって言ってたし!」

 イブキが無理やり話を切り、みんなも我に返って事務室中を捜索し始めた。

 部長が勝つか、僕たちが勝つか。

 推理サバイバルゲームが今、始まった。

「僕も頑張って推理しますね」

「その意気込みだよ、先輩!」

「イブキの秘密も絶対に暴かなきゃな」

「さてと、私はこっちを探すから、先輩はそっちー!」

 イブキは僕を遠ざける位置を指定して、わざとらしくそっぽを向き、吹けてもない口笛を吹き始めた。

 

 

 

 全員で手分けして事務室内を調べまわること、数時間。

 夕日が差し込み始めて、しばらく経った頃合い。

 僕たちはいくつかのメモを見つけた。

 ロッカーの奥。

 テーブルの下。

 そして、天井裏。

 全部で三つの記号の羅列を入手した。

「ヒマリちゃんにしては、芸の無い隠し方だったね」

「なめられてるんですよ、私たち」

「それで、肝心の暗号クイズっていうのはどういうの?」

 僕たちは、それぞれ見つけたメモを机に並べて覗き込んだ。

 

①四千四百二十三万三千四百四十四

②6hd@)4

③ありなせろうるむぃへ

 

「なんですかね、これ」

「なんだろうね……さっぱり分かんない!」

「おじさんもなにがなんだか……でも」

 

 先生が用心深く周囲を見回した。

「先生? 何か気づいたんですか?」

「考えてみればさ、この事務室はヒマリちゃんの手が施されてるわけだよね。おじさんたちの知らない機能とかありそうだなって」

「十分ありえますけど……それが?」

「今のこの状況をみて、凡才たちが頑張ってるとか思ってそうだなって」

「せ、先生?」

「ヒマリちゃんとは結構な付き合いだし、何度か振り回されたこともあるからね。なんて言うんだろう、カンってやつかな。ここはヒマリちゃんの掌の上な気がする」

「でもですね、先生。ここならみんなが集まりやすいですし、僕たちにとって都合のいい場所ですよ」

 僕の言葉に、小鳥遊先生はうーん、と首をひねる。

「……少年のいう事も分かるけど、正解にたどり着く道筋は多い方が良いと思う。ここから先、私は単独で動くよ」

 先生の目が本気(マジ)だ。

 このモードの先生なら間違いはないだろう。

「そうですね。ではよろしくお願いします」

 先生は僕を見上げた。

「でも……相手は部長です。気をつけてくださいね」

「大丈夫だよ、少年。機械とかの扱いは向こうが上だけど、腐っても先生なんだしヒマリちゃんに遅れはとらないよ。安心して、またすぐ合流できるよ」

 先生が僕を見て少し笑う。

「じゃ、行ってくるね~」

 先生が事務室を出ていった。

 すると、その途端。

 パリン! と何かが割れる音がした。

「なにか落ちたのか?」

 音がした方へ視線を向けると──先生愛用のマグカップが、落ちて割れていた。

「……最初の犠牲者は小鳥遊先生ですね」

「そうだね。一通りの死亡フラグ立てていったし」

「しぼうふらぐ……?」

「これが起きると高確率で死ぬという、お約束的なやつを言うんですよ、イブキ」

 さらに念を押すかのように、先生から着信が来る。

「……はい、もしもし」

「今、更衣室に荷物を取りに来てたんだけど、おじさん、クイズの謎が解けたかもしれない!」

「え! も、もうですか!?」

「うん! あのクイズはね~……うん? ……あ~、はいは~い。今すぐ行くね~……ごめんね、少年。来客みたいだ~。ちょっと行ってくるから、正解はまた後で教えるね」

「はい!」

 電話を切り、喜んでみんなを見た。

「みんな、先生がもう答え分かったかもしれないってよ!」

「……ホシノ先生はもう二度と私たちの前に現れないでしょう」

 ケイの断定的な物言いに、先輩も沈痛な面持ちでうなずいた。

 その反応にイブキは首をかしげたが、一瞬で状況を理解した僕は、先輩と同じ顔をしていたと思う。

 

 

 

 翌日の放課後。

 僕たちは再び、事務室に集まっていた。

 部長は不在。そして先生も……不在だった。

 スマホで連絡を取ろうにも、連絡が取れないのだ。

「先生……一体どうしちゃったんだろう」

「十中八九、部長に捕まったね」

「ゆくえふめーってどういうことなのかな。まさか、監禁……?」

「ループがあるから物理的に監禁は出来ません。おそらく、秘密の公表を盾に言うことを聞かせてるんでしょう」

「とにかく、僕たち四人で暗号を解かなきゃいけないな」

 机の上の暗号をもう一度見つめる。

 

①四千四百二十三万三千四百四十四

②6hd@)4

③ありなせろうるむぃへ

 

 何度見ても意味不明。

 絶望的な気分で顔を上げたとき、僕のスマートフォンが鳴った。

「モモトーク……部長から?」

【三つのうち、二つはダミーです】

 スマホにそんな文字が光っている。

「つまり、どの暗号を解くかも含めてのクイズってことだね」

「暗号と見せかけた、ただの記号の羅列も混ざってるかもしれません」

 つまり、外れを選んでしまったら永遠に正解にたどり着けないという可能性もある。

 携帯の画面をのぞき込み、先輩とケイが腕組をして考える。

「悩んでる時間ももったいないし、とりあえず全部分かるところから片づけていこうよ!」

「そ、そうだな、イブキ。みんな頑張ろう!」

 みんなで手分けして暗号に取り掛かることになった。

 僕は和泉元先輩と一緒に【ありなせろうるむぃへ】の暗号に取り組むことになった。

「絶対に解き明かさなきゃ」

「先輩、必死ですね」

「あの秘密はともかく、部長なら他にも調べてそうだし……それに」

 ちらりと、先輩が僕を見やる。

「……それに?」

「ううん、なんでもない」

 先輩の気合は鬼気迫るものがある。

 そこまでして守り通さなければならない秘密……。

 まあ、下着の色は女性ならバレたくないだろう。

 ともあれ、先輩の尊厳を守る為にも、僕も頑張らなくては。

 ……と思い、真剣に取り組んではみたものの。

「全然……分からない……」

「そうだね……全部ひらがなで書かれていることに、なにか秘密がありそうだけど」

「ひらがな……もしかして」

 僕はひらがなを五十音順にして、紙に書きつける。

 先輩が不思議そうにのぞき込んできた。

「前にクイズで見たんです。五十音の表にして解くみたいなやつ」

【んらとすれいりみぁふ】

「段をひとつ上げ下げするとか、暗号としてぽくないですか?」

 一段上げると……。

【んらとすれいりみぁふ】

 一段下げると……。

【いるにそわえれめぅほ】

「駄目ですね。やっぱり意味のある文字にはならなさそうです」

 失敗に恥ずかしさを覚えつつ顔を上げると、先輩は無言で首を横に振った。

「いや、城崎はすごいよ」

「はい?」

「【んらとすれいりみぁふ】。これ、逆に読んだら【ふぁみりいれすとらん】だよ」

「あ……本当ですね!」

 ファミリーレストラン! 

 暗号、解けた! 

「行ってみましょう、ファミレスへ!」

 僕たちは我先にと、事務室を飛び出した。

 

 

 

 しかし──。

「いませんね、部長」

 レストランの中にも外にも、部長の姿は無い。

 部長は自分で決めたルールは絶対に守る人だ。

 例え監視していたとして、僕たちが正解を引き当てたなら、こそこそと隠れたりはしないはず。

「ここはハズレですね。先輩にしては良い読みだったと思うのですが」

 ケイが少しだけ慰めてくれる。

「そうなっちゃうよな、結局」

「期限は明日の午後六時……時間が無いね」

「先輩! 私、暗号に頼らないでヒマリ先輩探してみる!」

 イブキが、少しだけ真剣な表情で僕を見た。

「き、急にどうしたんだ、イブキ」

「私も頑張ろうと思ったけど、暗号解読ならエイミ先輩とケイちゃん、それに先輩がいるから! たぶんシャーレから離れてないところには居そうだし、探し回ってみる!」

「待ってくれ、イブキ。単独行動は危険だ。先生だって、それで……」

 そんなことはわかってる、と言いたげに首を横に振るイブキ。

「……イブキね。無事に戻ったら、先輩に話したいことがあるんだ」

「話したいこと?」

「じゃあ行ってくるね、先輩!」

 僕の返答も聞かずに彼女は走り出した。

「ま、待ってくれイブキ!」

「エイミ、これは恐らく……」

「うん。あえて犠牲になりに行ったね」

 彼女を見送る僕の背で、託されたぶん頑張ろうと、二人は話し合っていた。

 

 

 

 翌日の放課後。

 イブキが失踪した。

「これで三人ですね。イブキは無事だと良いんですが……」

「私たちが暗号を解けば大丈夫だよ。そこまで心配しなくても……大丈夫」

 先輩にしては珍しく震えた声。

「とはいえ、約束の時間まであと一時間程度ですね……エイミ、顔が真っ青になってますよ」

 先輩が頭を抱えている。

 とても追い詰められているようだ。

 そして例によって、部長からのモモトーク。

「二人とも、やっと来たぞ! ヒントだ!」

 僕は二人にも見えるようにスマホを置き、画面を開く。

【ふふっ、そろそろ終わりの時間ですね。答えは見つかりそうでしょうか。正解の暗号はひとつだけ。このメッセージがヒントです。すみずみまでよく調べるように】

「あの部長……! このメッセージがヒントって、いったいどこがヒントなの。正解の暗号がひとつだけなんて前から知ってるし!」

 一縷(いちる)の望みがダメだったと判断した先輩が、これまた珍しく怒っている。

「文章が暗号になっているとかですかね」

 対してケイは冷静だ。ありがたい。

「でも、暗号のヒントが暗号っていうのも変な感じがするな。部長だったらもう少し工夫してくる気がする」

 それから数分。

「……うーん」

 僕たちは一様に腕を組んで悩む。

 時間は無常に過ぎ、日も傾き始めている。

 残り時間三十分が過ぎたとき──。

「もう悩んでいる時間は無いな」

「城崎。なにか名案はない? 昨日、暗号を解いたみたいにさ」

「そうですね。ここは先輩の決定に従います」

 僕の決定か……責任重大だが……そうだな。

「【四千四百二十三万三千四百四十四】の暗号を解こう!」

 スマートフォンを取り出し、もう一度部長から送られてきたメッセージを確認する。

【ふふっ、そろそろ終わりの時間ですね。答えは見つかりそうでしょうか。正解の暗号はひとつだけ。このメッセージがヒントです。すみずみまでよく調べるように】

 ……このメッセージがヒント。

 ……このメッセージが? 

「もしかして……」

「わかったんですか、先輩!」

 僕はしっかりとうなずいた。

「謎は全て解けました! 答えは、クラフトチェンバーのある地下室です!」

「根拠は?」

「はい。ヒントは、この部長からのメッセージ」

 僕は二人に印籠を構えるように画面を見せる。

「メッセージに暗号があったんですか?」

「いや、違うな、ケイ。部長からメッセージが送られてくる、ってこと自体がヒントだったんだ」

 不思議そうに眉をひそめる二人の前に、僕はスマートフォンを机に置く。

「このヒントはですね、スマートフォンで文字を打つ時の入力の仕方にあると思うんです。つまり……」

 僕はホワイトボードに数字を書き始める。

 

【四千四百二十三万三千四百四十四】

 ↓

【44233444】

 

「次に、この数字通りに平仮名入力をすると……」

 

【44233444】

 ↓

【44 2 33 444】

 ↓

【ち か し つ】

 

「だから、答えはクラフトチェンバーのある地下室かなって」

「先輩、今生涯で一番輝いてますよ」

「今後の人生、もう輝かないのか!?」

「言い合ってる場合? 早く行くよ」

 

 

 

 時間ギリギリ。

 僕たちは地下室にたどり着いた。

 そしてクラフトチェンバーの前に、部長はいた。

「間に合いましたか……かなり難易度は落としましたが、ここまで来るとは大したものです。あなたがたの科学への探求心、見せていただきました」

 部長が笑う。

「昨日、探索したときはいませんでしたが……ズルですか?」

 ケイが少し怒った様子で聞く。

「あぁ、それであればこちらの迷彩式掛毛布で隠れてましたから。謎を解き明かしていないのに偶然で終わってしまっては味気ないでしょう」

「……はあ、まあいいです。終わったことですし」

「あの、部長。先生や、イブキはどこに?」

「心配ありませんよ。彼女たちは私に進んで協力を快諾いただき、自宅待機していただけです」

「私たちの秘密は絶対に暴露しないって約束、守ってもらうよ。部長」

「もちろんです。私は生まれてこの方、約束をやぶったことはありません。なんなら誓ってもいいですよ、全知の名のもとに」

 僕たちは顔を見合わせ、ほっと息をつく。

 とりあえず、これでどうにか事件は解決を見たようだ。

 

 

 

 それから数時間後。

 部長を含め、僕たちは夜のシャーレ、もとい事務室に戻ってきた。

 そして──。

「えっと、その……なんで私は縛られているのでしょうか」

 部長はいつもの車いすから降ろされ、簡素な鉄パイプの椅子に縛り付けられていた。

「それはね……きっついお仕置きをするためだよ、ヒマリちゃん」

「ええ、ヒマリの心に消えない傷を残します」

「散々ひっかきまわしてくれたからね」

「弱みを握って無理やり参加させたのはちょっと嫌だったかも!」

「ふ、ふふ……あの、目が本気なのですが。そう怒らないでください。良いエンターテイメントにはなったじゃありませんか」

「みんな落ち着きましょうよ。楽しかったのは事実ですし」

 僕の言葉にみんなは動きを止める。

「うーん……それはそうだけど……」

「あと、イブキの秘密は個人的に知りたいし」

「え!? ま、まだひきずってたの!?」

「僕に関わる秘密なんだろ? 気になるのは当然だ」

 イブキは顎に手をおいて、うんうん悩んで……意を決したように僕に近づいた。

「わかった……でもね、みんなが聞いてるからこっそり教えるね?」

 イブキが僕の耳元に、そっと口を近づける。

「えっとね……先輩の写真をこっそり撮ったことがあるの」

「……ほう」

「そのね、いい笑顔だったから、形に残そうと思って……」

「……なるほど」

 そこまで言うと、イブキは耳元から離れて、頭を下げた。

「でも……黙っててごめんなさい! 許してくれる……?」

 なんというか、拍子抜けと言うか、個人的にはそんなことかという所だ。

 しかし、嫌な人は嫌だろうし、ここは先輩として言うべきことは言っておかないとな。

「あー……僕の写真に価値があるかは置いといて、今度からはちゃんと言うべきだな。許す許さないで言うなら個人的には問題無いから、許すよ」

 イブキは、よかったー……とため息をついた。

 まあ、自分がどう映ってるか知らない写真をイブキが持っているというのは、すこし恥ずかしさもある。

 ……ま、いい笑顔って言ってるんだし、悪いものじゃないんだろう。

「イブキの秘密がなんだったのか気になるけど……まずは部長に制裁を加える時が来たみたいだね」

「え、エイミ? 何をする気なんですか?」

「あの、先輩。本当に何をする気で?」

「いいんだよ、少年。これからみんなで世の中の常識をヒマリちゃんに教えるだけ。本当によく頑張ったね。今日は家に帰ってゆっくり休むといいよ」

「は、はぁ……」

 その後、僕は半強制的に帰らされた。

 そして翌日。

 部長になにがあったのか、なにをしたのか、だれも僕に教えてくれなかった。

 部長に尋ねても、青い顔をして耳を塞ぐだけで何も答えてくれない。

 この夜、部長の身に起きたことは……僕にとって、永遠の謎になったのだった。

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