過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

29 / 29
第29話 「殿(しんがり)」と「痴話喧嘩という名の死闘」

「……撤退だ。全軍、撤退だ!」

 

 俺の悲鳴のような号令は、織田軍の本陣を一瞬で凍りつかせた。

 

「なっ、何を言うか貴様!」

 

 柴田勝家が、血相を変えて掴みかかってくる。

 

「朝倉は目前だぞ! 臆したか、猿!」

 

「違う! 後ろだ!」

 

 俺は、お市様から届いた「小豆袋」と、長政からの「別れの手紙」を、信長の前に叩きつけた。

 

「浅井長政が、裏切りました! 袋の鼠です!」

 

 信長は、地面に落ちた手紙を拾い上げた。

 

『ごめん。俺の義理が、あんたへの情熱に勝った』

 

 信長の目が見開かれた。

 

 怒りではない。

 

 純粋な「驚愕」と、そして「納得」だった。

 

「……そうか。あの『指切り』も、『情熱』も、及ばなかったか」

 

 それだけ呟くと、信長は即断した。

 

「引くぞ。ここで挟まれれば、俺は死ぬ」

 

「ですが若様! 誰が殿(しんがり)を!?」

 

 家臣たちがざわめく。

 

 三万の軍勢を、狭い山道で撤退させるには、誰かが最後尾に残って、死ぬ気で追撃を食い止めなければならない。

 

 それは、生存率ほぼゼロの「捨て駒」だ。

 

 柴田も、佐久間も、目を逸らした。

 

 誰だって死にたくない。

 

(どうする!? 歴史《シナリオ》では、俺がやるはずだが……!)

 

 その時、信長が俺を見た。

 

「猿。貴様が招いた『恋人』だ。……貴様が責任を取れ」

 

(やっぱ俺かよおおおおお!!)

 

 拒否権はない。

 

 だが、どうやって?

 

 ただ「承知しました」では、兵の士気が上がらない。

 

 この絶望的な死地に部下たちを巻き込むための、「大義名分(きょうき)」が必要だ。

 

 チカッ。

 

 俺の願い――いや、諦めに応えるように、ウィンドウが開いた。

 

【強制イベント:金ヶ崎の殿】

 

 迫りくる『元・恋人(長政)』に対し、どう立ち向かう?

 

A:「格好良く、拙者の『知略88』で、ここを死に場所とします!」

 

B:「泣きながら、ねねー! 助けてくれー! 帰りたいー!」

 

C:「長政の方角を指差し、ふざけるな長政! 別れ話の(もつ)れで軍隊を向けるな! 俺が直接『ビンタ』しに行ってやる!」

 

D:「隣にいる家康を見て、この『狸』を盾にして逃げましょう!」

 

(Cだ! Cの『痴話喧嘩』にすり替えるしかねえ!)

 

(Aは普通に死ぬ! Bは士気崩壊! Dは未来の将軍《いえやす》を敵に回す!)

 

 俺は、涙目で【C】を選択した。

 

 体が、勝手に動く。

 

 俺は、浅井軍が迫る背後の闇に向かって仁王立ちになり、指を突きつけた。

 

「ふざけるなああああ! 長政ァァァァ!!」

 

 俺の絶叫が、山々に木霊(こだま)する。

 

「『情熱』に勝っただと!? 勝手に自己完結するな! 別れ話の(もつ)れで、三万の軍勢を差し向けるヤツがあるか!」

 

 俺は、腰の刀を抜いた。

 

「上等だ! 俺が残る! 残って、あのヤンデレ野郎の頬を直接『ビンタ』して、目を覚まさせてやるわ!」

 

 一瞬。

 

 誰も、何も言わなかった。

 

 兵たちは互いに顔を見合わせた。

 

 呆れたように眉をひそめる者。

 

 口元を引きつらせる者。

 

 それでも、槍の柄を握り直す者。

 

「……痴話喧嘩、なのか?」

 

「知らん」

 

 誰かが低く答えた。

 

「だが、あの猿殿は……本当に、あの浅井殿と刺し違えてでも道を塞ぐつもりらしい」

 

 その言葉に、周囲の空気がわずかに変わった。

 

 笑える話ではない。

 

 だが、逃げる理由だけだった撤退に、ひとつだけ分かりやすい形ができた。

 

 ――あの猿が、後ろに残る。

 

 信長は、呆れたように息を吐いた。

 

 だが、その眼差しは、すでに撤退路と兵の動きを測っている。

 

「よかろう。猿、貴様の『愛憎』で時間を稼げ。……死ぬなよ」

 

 信長は馬首を返した。

 

 主力部隊が、撤退を開始する。

 

 戦場には、俺と、俺の「木下隊」数百名だけが残された……はずだった。

 

「……やれやれ。とんだ『修羅場』に巻き込まれましたね」

 

「!」

 

 俺の隣に、二人の男が残っていた。

 

 一人は、竹中半兵衛。

 

「藤吉郎殿。貴殿の『愛の清算』、この半兵衛、最期まで見届けましょう」

 

 半兵衛は、ニヤニヤしている。

 

(お前は面白がってるだけだろ!)

 

 そして、もう一人。

 

 小太りの、だが目が笑っていない男。

 

 徳川家康だ。

 

「……徳川殿!? なぜここに!?」

 

 史実《ゲーム》では、家康も殿に参加する。

 

 だが、リアルでなぜ?

 

 家康は、苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

「……信長殿に言われたのですよ。『俺の猿が暴走して、痴話喧嘩で死なんように、貴殿が手綱を握ってくれ』とな」

 

 家康は、深いため息をついた。

 

「とんだ貧乏くじだ。……だが、私も妻――築山殿の嫉妬には苦労しているのでな。同情はする」

 

(家康まで『誤解』してやがる!)

 

(しかも、こっちは『男色痴話喧嘩』だと思われてる!)

 

「来るぞ! 構えろ!」

 

 朝倉軍・浅井軍、合わせて三万。

 

 対する俺たち殿軍は、わずか七百。

 

「撃てええええ!」

 

 権蔵たち木下隊が、ありったけの鉄砲を撃ち込む。

 

 火薬の臭いが、一気に山道へ広がった。

 

 家康の三河武士団が、崩れかけた前線へ食い込み、完璧な統率で敵の波を食い止める。

 

 だが、多勢に無勢だ。

 

「ぐあっ!」

 

「隊長! 持ちません!」

 

 次々と部下が倒れていく。

 

 泥と血と、火薬の匂い。

 

 叫び声。

 

 馬のいななき。

 

 斬り結ぶ刃の音。

 

 俺は、桶狭間で感じた恐怖を何十倍にもした、「死」の圧力を感じていた。

 

(死ぬ! 本当に死ぬ!)

 

(ねね! ごめん! 俺、ここで……!)

 

 その時。

 

 敵陣の奥から、一騎の武者が狂ったように突っ込んできた。

 

「藤吉郎おおおおお!!!」

 

 浅井長政だ。

 

 彼は涙を流しながら、槍を振り回している。

 

「なぜ分かってくれない! 俺は、お前を殺して、俺も死ぬ! それが俺たちの『情熱』の終着点だろう!!」

 

(ちげえよ! どんな解釈だ!)

 

「来るなあああ! ストーカー!」

 

 俺は、半泣きで指揮棒を振った。

 

「半兵衛! 家康殿! あの『ヤンデレ』を止めろ!」

 

 半兵衛が、冷徹に采配を振る。

 

「全軍、魚鱗(ぎょりん)の陣! 敵の『愛』――殺意を受け流し、側面へ誘導せよ!」

 

 家康が、渋い顔で叫ぶ。

 

三河者(みかわもの)! 盾になれ! 他人の『痴話喧嘩』で死ぬのは(しゃく)だが、意地を見せろ!」

 

 地獄のような撤退戦。

 

 俺は、「知識《チート》」と「誤解《情熱》」と「他人の力《家康・半兵衛》」のすべてを総動員して、元・恋人の猛追から、必死に逃げ続けた。

 

 この金ヶ崎の山道を生きて抜けたことが、後に俺を大きく押し上げる。

 

 だが、その夜に置き去りにした何かが、二度と元へ戻らないものになることを。

 

 この時の俺は、まだ知らなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~友情を求めたのに、乱世はそれどころではない~(作者:ブンチョウ)(オリジナル歴史/戦記)

 死後、神様らしき存在に「転生先を望め」と言われた。▼ だから俺は、将軍と軍師と熱い友情がある、キングダムみたいな乱世を望んだ。▼ そして転生した。▼ ――劉備として。▼ だが、そこは英雄譚の舞台ではなかった。▼ 税、飢饉、盗賊、腐敗した役人、略奪、徴発、黄巾の乱。▼ まだ三国ですらない後漢末は、想像以上に治安が悪く、人の命が軽かった。▼ 関羽は忠義に厚いが…


総合評価:29/評価:-.--/連載:5話/更新日時:2026年06月30日(火) 07:18 小説情報

【朗報】転生したら世界帝国の伯爵令息でした(作者:昼夜健康)(オリジナルファンタジー/日常)

【悲報】貴族の仕事は二十四時間、365日休みなしでした▼定時退社を愛する現代人が転生したのは、世界帝国ヴァルティアの伯爵家長男。▼広い屋敷、使用人、貴族の食卓。かわいい妹に婚約者、これは勝ち組転生では?▼……と思ったら、長男なので家督も領地も家名も全部背負うらしい。▼しかも貴族に退勤時間はない。▼ならば現代知識でチートを決めて、効率化してスローライフだ!▼そ…


総合評価:1381/評価:8.33/連載:29話/更新日時:2026年06月29日(月) 11:05 小説情報

降って湧いてきた科学知識で現代快適生活(作者:サカサカ)(オリジナル現代/日常)

 成人した瞬間、相良直人の脳内に、人類文明を遥かに超える未知の科学技術が流れ込んだ。▼ 正体は隠したい。けれど、誰かに自分の、知識の凄さを認めてほしい。そんな矛盾した欲望を抱えた彼は、完成済みの設計図を匿名サイトへ公開していく。▼ 最初の技術は、現代の電池産業を過去に変える超高密度蓄電シート。ひとりのオタク青年が自室から始めた技術公開は、やがて世界中の企業、…


総合評価:1832/評価:8.48/連載:4話/更新日時:2026年06月27日(土) 17:07 小説情報

暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル歴史/戦記)

現代日本で死んだ主人公が転生した先は、江戸幕府を開いた徳川家。▼身分ガチャは大当たり――かと思いきや、幼名は国松。▼のちに兄・徳川家光と対立し、「暴君」と呼ばれて破滅するはずの徳川忠長だった。▼将軍の座など絶対にいらない。▼生き残るためには、兄・竹千代を全力で支え、「敵」ではなく「便利で忠実な弟」になるしかない。▼そう決意した国松が最初に始めたのは、天下の根…


総合評価:1664/評価:7.53/連載:101話/更新日時:2026年06月30日(火) 19:45 小説情報

五線譜と密造酒 ――1920年のアメリカ世界で、百年先の音楽を弾く(作者:生サーモン)(オリジナル歴史/文芸)

むせ返るような安葉巻の煙と、密造ウイスキーの甘ったるい匂い。▼のり弁を食べていたはずのしがない現代のDTMトラックメイカーは、気づけば1920年、冬のニューヨークで目を覚ましていた。▼手元にあるのは47ドルの全財産と、調律の狂った安物のピアノ。そして「イタリア系移民の無名作曲家」という、社会の底辺の肩書きだけだ。▼強欲な出版社にわずかな小銭で曲を買い叩かれ、…


総合評価:10719/評価:8.66/連載:13話/更新日時:2026年06月30日(火) 20:03 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>