過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

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第30話 「壊れた心」と「修羅(しゅら)の仮面」

「……戻ったか、猿」

 

 京・本能寺。宿所。

 

 命からがら逃げ帰った俺を待っていたのは、信長の冷徹な声だった。

 

 俺は、泥と血で固まった鎧も脱がず、広間の床に崩れ落ちていた。

 

「……はっ」

 

 声が出ない。

 

 喉が焼けているようだ。

 

 殿(しんがり)を務めた木下隊七百名。

 

 戻ってきたのは、三百名足らず。

 

 半数以上が、越前の山野で、俺を逃がすための「盾」となって死んだ。

 

「……家康殿から聞いたぞ」

 

 信長は、俺を見下ろした。

 

「浅井長政は、貴様への『情熱』で狂ったように追いすがってきたとな。……貴様、あやつに何を吹き込んだ?」

 

 俺は、顔を上げられなかった。

 

(俺が……)

 

(俺が「恋人繋ぎ」なんて馬鹿なことをして、あいつの感情を暴走させたから……)

 

(俺が、選択肢Bを選んだせいで、四百人の部下が死んだんだ……!)

 

「……申し訳……ありませぬ……」

 

 俺の目から、涙がぼろぼろとこぼれた。

 

 悔しさでも、安堵でもない。

 

 自分の「軽さ」が招いた「死の重さ」に、心が押し潰された涙だった。

 

 信長は、そんな俺をしばらく見つめていたが、やがてフン、と鼻を鳴らした。

 

「泣くな。……貴様の『痴話喧嘩』に巻き込まれて死んだ兵も、貴様を生かしたことで『役目』は果たした」

 

「!」

 

「貴様は生きて戻った。それが全てだ。……褒めてやる」

 

 信長は、懐から金平糖(コンペイトウ)が入った南蛮の硝子瓶(ガラスびん)を投げた。

 

 カシャン、と乾いた音が鳴る。

 

「食え。……そして、鬼になれ」

 

 信長は、京の闇よりも暗い瞳で言った。

 

「浅井と朝倉は、俺を裏切った。……俺の『覇道』を邪魔する者は、親兄弟だろうと、元・義弟だろうと、皆殺しにする。貴様も、覚悟を決めろ」

 

【岐阜城・帰還】

 

 俺は、岐阜城に戻った。

 

 だが、そこに以前の「日常」はなかった。

 

「……あなた」

 

 ねねが、出迎えてくれた。

 

 だが、俺の姿――半分に減った部下たちと、俺の虚ろな目を見て、彼女は言葉を失った。

 

「……お風呂、沸いていますよ」

 

 俺は、湯殿で、自分の体を洗った。

 

 いくら擦っても、血の匂いが落ちない気がした。

 

 湯鏡(ゆかがみ)に映る自分の顔は、やつれ、目が(くぼ)み、まるで「猿の骸骨」のようだった。

 

(俺は、これから、あいつ――長政と戦うのか)

 

(俺を「愛している。殺したい」と叫びながら突っ込んでくる、あいつを)

 

(そして、その度に、俺の部下が死ぬのか)

 

「……藤吉郎殿」

 

 湯殿の外から、声がした。

 

 半兵衛だ。

 

「……背中、流しましょうか」

 

「……入ってくるな」

 

 俺は、力なく返した。

 

「……半兵衛。俺は、間違っていたのか」

 

「何がです?」

 

「『情熱』だの『握手』だの……そんな『甘い手』で、戦を止められると思った。……その結果が、これだ」

 

 半兵衛は、静かに答えた。

 

「……情熱は、火です。暖を取ることもできれば、森を焼き払うこともできる。貴殿は、長政殿という『森』に、火を点けてしまった」

 

「……消すには?」

 

「燃え尽きさせるしか、ありません」

 

 半兵衛の声は、冷徹だった。

 

「彼を殺すか。彼に殺されるか。……中途半端な『慈悲』は、さらなる地獄を生みますよ」

 

(慈悲、か……)

 

 俺は、桶狭間で人を殺した時、震えていた。

 

 小谷城で長政を説得した時、まだ「話し合い」で何とかなると思っていた。

 

 だが、もう違う。

 

 俺が「馬鹿」を演じれば演じるほど、周囲の「誤解」は加速し、それが「殺意」となって跳ね返ってくる。

 

 なら、俺がやるべきことは、一つだ。

 

 俺は、湯船から立ち上がった。

 

姉川(あねがわ)の戦い】

 

 1570年6月。

 

 織田・徳川連合軍は、浅井・朝倉軍と決戦を行うべく、近江・姉川に対陣した。

 

 その数、合わせて五万。

 

 俺、木下藤吉郎は、最前線に配置された。

 

 目の前には、浅井長政の軍勢。

 

「木下隊! 構えろ!」

 

 俺の声に、権蔵たちが槍を構える。

 

 彼らの数は、補充された新兵を含めても、以前より少ない。

 

 だが、その目には「復讐」の火が灯っている。

 

「……藤吉郎おおおお!!」

 

 川の向こうから、悲痛な叫び声が聞こえた。

 

 長政だ。

 

「会いたかったぞ! なぜ逃げた! 俺たちの『魂』は一つのはずだ!」

 

 その声には、金ヶ崎で俺を追わせたことへの後悔も、俺に逃げられた絶望も、全部が絡みついていた。

 

(ああ……あいつを「壊した」のは、俺だ)

 

 俺は、静かに刀を抜いた。

 

 その時。

 

 チカッ、とウィンドウが開いた。

 

【強制イベント:姉川の決戦】

 

狂乱する『元・恋人(長政)』に、どう言葉をかける?

 

A:「涙を流し、拙者も辛いのです! ですが、これは若様――信長の命令ゆえ!」

 

B:「半兵衛の肩を抱き、残念だったな! 俺の今の『恋人(相棒)』はこいつだ!」

 

C:「ウキキ! 川遊びの時間だ! 水着に着替えろ!」

 

D:「冷徹な目で……うるさい。『ストーカー』は、死んでくれ」

 

 以前の俺なら、迷わずC――奇行で誤魔化していただろう。

 

 あるいは、A――被害者面で逃げていただろう。

 

 だが、今の俺は違う。

 

 俺は、俺の「罪」を背負う。

 

 俺は、迷いなくDを選択した。

 

 体が、勝手に動く。

 

 俺は、一切の感情を顔から消し去った。

 

 能面のような無表情で、狂乱するかつての「盟友」を見据えた。

 

「……うるさい」

 

 俺の声は、戦場の喧騒(けんそう)を切り裂いて響いた。

 

「藤吉郎……?」

 

 長政が、動きを止める。

 

「いつまで『夢』を見ている。浅井長政」

 

 俺は、刀の切っ先を、長政に向けた。

 

「あの日の『契り』など、ただの『外交』だ。俺は貴様など、最初から愛してはいない」

 

「な……!?」

 

「貴様のその『重い愛』は……迷惑なんだよ。『つきまとい魔』は、さっさと死んでくれ」

 

「…………」

 

 長政の顔が、凍りついた。

 

 愛が、絶望へ。

 

 そして、絶望が、どす黒い「憎悪」へと反転する音が聞こえた気がした。

 

「……そうか」

 

 長政が、ゆらりと槍を構えた。

 

「騙していたのか。……俺の心を。魂を」

 

「許さん……許さんぞ、猿ゥゥゥ!!」

 

「殺してやる! 貴様を八つ裂きにして、その心臓を喰らって、永遠に一つになってやる!!」

 

「来るぞ! 撃てええええ!!」

 

 俺は、涙を一滴も流さず、号令を下した。

 

 轟音と共に、姉川の水面が血で染まる。

 

 俺は、もう「馬鹿」のままではいられない。

 

 人を騙し、狂わせ、そして殺す。

 

 その罪を背負ってでも、部下を生かすために。

 

 魔王・信長の「道具」として。

 

 修羅に見える仮面を被る「武将」として。

 

 新しい俺――ヒデヨシが、ここに生まれた。

 

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