過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~ 作:ブンチョウ
「……戻ったか、猿」
京・本能寺。宿所。
命からがら逃げ帰った俺を待っていたのは、信長の冷徹な声だった。
俺は、泥と血で固まった鎧も脱がず、広間の床に崩れ落ちていた。
「……はっ」
声が出ない。
喉が焼けているようだ。
戻ってきたのは、三百名足らず。
半数以上が、越前の山野で、俺を逃がすための「盾」となって死んだ。
「……家康殿から聞いたぞ」
信長は、俺を見下ろした。
「浅井長政は、貴様への『情熱』で狂ったように追いすがってきたとな。……貴様、あやつに何を吹き込んだ?」
俺は、顔を上げられなかった。
(俺が……)
(俺が「恋人繋ぎ」なんて馬鹿なことをして、あいつの感情を暴走させたから……)
(俺が、選択肢Bを選んだせいで、四百人の部下が死んだんだ……!)
「……申し訳……ありませぬ……」
俺の目から、涙がぼろぼろとこぼれた。
悔しさでも、安堵でもない。
自分の「軽さ」が招いた「死の重さ」に、心が押し潰された涙だった。
信長は、そんな俺をしばらく見つめていたが、やがてフン、と鼻を鳴らした。
「泣くな。……貴様の『痴話喧嘩』に巻き込まれて死んだ兵も、貴様を生かしたことで『役目』は果たした」
「!」
「貴様は生きて戻った。それが全てだ。……褒めてやる」
信長は、懐から
カシャン、と乾いた音が鳴る。
「食え。……そして、鬼になれ」
信長は、京の闇よりも暗い瞳で言った。
「浅井と朝倉は、俺を裏切った。……俺の『覇道』を邪魔する者は、親兄弟だろうと、元・義弟だろうと、皆殺しにする。貴様も、覚悟を決めろ」
【岐阜城・帰還】
俺は、岐阜城に戻った。
だが、そこに以前の「日常」はなかった。
「……あなた」
ねねが、出迎えてくれた。
だが、俺の姿――半分に減った部下たちと、俺の虚ろな目を見て、彼女は言葉を失った。
「……お風呂、沸いていますよ」
俺は、湯殿で、自分の体を洗った。
いくら擦っても、血の匂いが落ちない気がした。
(俺は、これから、あいつ――長政と戦うのか)
(俺を「愛している。殺したい」と叫びながら突っ込んでくる、あいつを)
(そして、その度に、俺の部下が死ぬのか)
「……藤吉郎殿」
湯殿の外から、声がした。
半兵衛だ。
「……背中、流しましょうか」
「……入ってくるな」
俺は、力なく返した。
「……半兵衛。俺は、間違っていたのか」
「何がです?」
「『情熱』だの『握手』だの……そんな『甘い手』で、戦を止められると思った。……その結果が、これだ」
半兵衛は、静かに答えた。
「……情熱は、火です。暖を取ることもできれば、森を焼き払うこともできる。貴殿は、長政殿という『森』に、火を点けてしまった」
「……消すには?」
「燃え尽きさせるしか、ありません」
半兵衛の声は、冷徹だった。
「彼を殺すか。彼に殺されるか。……中途半端な『慈悲』は、さらなる地獄を生みますよ」
(慈悲、か……)
俺は、桶狭間で人を殺した時、震えていた。
小谷城で長政を説得した時、まだ「話し合い」で何とかなると思っていた。
だが、もう違う。
俺が「馬鹿」を演じれば演じるほど、周囲の「誤解」は加速し、それが「殺意」となって跳ね返ってくる。
なら、俺がやるべきことは、一つだ。
俺は、湯船から立ち上がった。
【
1570年6月。
織田・徳川連合軍は、浅井・朝倉軍と決戦を行うべく、近江・姉川に対陣した。
その数、合わせて五万。
俺、木下藤吉郎は、最前線に配置された。
目の前には、浅井長政の軍勢。
「木下隊! 構えろ!」
俺の声に、権蔵たちが槍を構える。
彼らの数は、補充された新兵を含めても、以前より少ない。
だが、その目には「復讐」の火が灯っている。
「……藤吉郎おおおお!!」
川の向こうから、悲痛な叫び声が聞こえた。
長政だ。
「会いたかったぞ! なぜ逃げた! 俺たちの『魂』は一つのはずだ!」
その声には、金ヶ崎で俺を追わせたことへの後悔も、俺に逃げられた絶望も、全部が絡みついていた。
(ああ……あいつを「壊した」のは、俺だ)
俺は、静かに刀を抜いた。
その時。
チカッ、とウィンドウが開いた。
【強制イベント:姉川の決戦】
狂乱する『元・恋人(長政)』に、どう言葉をかける?
A:「涙を流し、拙者も辛いのです! ですが、これは若様――信長の命令ゆえ!」
B:「半兵衛の肩を抱き、残念だったな! 俺の今の『恋人(相棒)』はこいつだ!」
C:「ウキキ! 川遊びの時間だ! 水着に着替えろ!」
D:「冷徹な目で……うるさい。『ストーカー』は、死んでくれ」
以前の俺なら、迷わずC――奇行で誤魔化していただろう。
あるいは、A――被害者面で逃げていただろう。
だが、今の俺は違う。
俺は、俺の「罪」を背負う。
俺は、迷いなくDを選択した。
体が、勝手に動く。
俺は、一切の感情を顔から消し去った。
能面のような無表情で、狂乱するかつての「盟友」を見据えた。
「……うるさい」
俺の声は、戦場の
「藤吉郎……?」
長政が、動きを止める。
「いつまで『夢』を見ている。浅井長政」
俺は、刀の切っ先を、長政に向けた。
「あの日の『契り』など、ただの『外交』だ。俺は貴様など、最初から愛してはいない」
「な……!?」
「貴様のその『重い愛』は……迷惑なんだよ。『つきまとい魔』は、さっさと死んでくれ」
「…………」
長政の顔が、凍りついた。
愛が、絶望へ。
そして、絶望が、どす黒い「憎悪」へと反転する音が聞こえた気がした。
「……そうか」
長政が、ゆらりと槍を構えた。
「騙していたのか。……俺の心を。魂を」
「許さん……許さんぞ、猿ゥゥゥ!!」
「殺してやる! 貴様を八つ裂きにして、その心臓を喰らって、永遠に一つになってやる!!」
「来るぞ! 撃てええええ!!」
俺は、涙を一滴も流さず、号令を下した。
轟音と共に、姉川の水面が血で染まる。
俺は、もう「馬鹿」のままではいられない。
人を騙し、狂わせ、そして殺す。
その罪を背負ってでも、部下を生かすために。
魔王・信長の「道具」として。
修羅に見える仮面を被る「武将」として。
新しい俺――ヒデヨシが、ここに生まれた。