転生した推しゲー世界にドハマりしてたら、導師と呼ばれ優秀すぎる教え子たちに包囲されていた 作:暁刀魚
導師ルスラといえば、ウォーカーならば知らないものはいないだろう。
ある日突然、伸び悩むウォーカーの前に現れ、その悩みを解決して去っていく謎の男。
始まりは、そもそもウォーカーですらなかった教会のシスターを、突如としてウォーカーに仕立て上げ、あれよあれよとSランクまで駆け上がらせたこと。
今ではそんな彼女のことを、その容貌の美しさも相まって聖女と呼ぶ者もいるそうな。
ただ、そんな聖女を育て上げた導師ルスラを実際に目撃したという人間は少ない。
実際に指導されたという人間なら枚挙にいとまがないが、導師ルスラに自分から声をかけた人間はそういないらしい。
なぜ? ラノは疑問だった。
それほどの有名人なら顔は知られているだろうし、すぐに話題になるはずじゃないか。
しかし実際にルスラと出会って、ラノはその考えを改めることとなる。
想像以上に、ルスラがどこにでもいる青年だったからだ。
黒髪黒目、容姿も平凡。
服装もそこまで目立った部分はなく、そもそも得意武器が短剣だからか敏捷性に優れた狩人ローブを身に纏っていて容姿が目立たない。
これは確かに、実際に会って話さなければ印象に残らないのも当然だ。
更にはウォーカーとしてのランクもC止まりだという。
まさかあの導師がそんな普通のランクで留まっているとは誰も思うまい。
だけれども、そんな印象も実際に会って話をすればひっくり返る。
彼が導師だなんて大仰な呼び方をされる原因は、容姿ではなく話す内容にこそあるからだ。
彼の言っていることは、全面的に正しい。
そう信じさせるだけの何かが、ルスラにはある。
理由の一つは、彼から感じられる自信だろう。
自分の知識を、一片たりとも疑っていない。
それは、思わず恐怖を覚えてしまうほどに強固なものだ。
なにせ彼の自信は、神に自分の知識を保証されていると確信しているかのよう。
普通の人間とは隔絶した何かを感じずにはいられなかった。
すなわち、ルスラのゲーム知識を語る姿が、ラノには不気味に思えたのである。
――素晴らしいとラノの槍を褒めた時。
その目は、煌々と妖しく輝いているようにすら見えた。
この男はまるで、この世界を遊び場かなにかのように捉えているように思えてならない。
常識的に考えれば、この男のやっていることは身勝手極まりないことである。
だというのに、そのあまりにも力強い意思が宿った瞳に、吸い込まれそうになってしまう。
だから恐ろしかったのだ。
しかし朗々と語るその言葉に、耳を傾けた時。
ふと思いついてしまったのだ、ルスラがラノに語りかけようとしていた内容。
その一端を。
そこからはもう、吸い寄せられるかのようだった。
ルスラの言葉は異質だ。
彼自身の異質な自信がなくとも、どこか彼の言葉は正しいように聞こえてしまう。
昔、母に連れられて訪れた教会で聞いた、偉い神父様の説教のようだ。
その時神父様は、正しい行いを心がける者の言葉は、女神様がその正しさを保証してくださると言っていた。
ルスラのやっていることは、客観的に見れば正しいことだ。
だから女神が、ルスラの正しさを保証しているのかも知れない。
なんて、思ってしまうくらいには。
もしもそのままルスラに師事していたら、彼のことを導師と呼ぶ彼の教え子と同じようになっていただろう。
――ただ、幸運にもラノはギリギリのところで踏みとどまれた。
フィリナがその場に現れたからだ。
”聖女”フィリナ。
かつては小さな町のシスターでしかなかった少女であり、ルスラによってSランクへと導かれた”始まりの教え子”。
流石にこちらは、ラノでも聞き知っている超有名人だ。
そんなフィリナが、人前で見せちゃ行けない類の表情をして、ルスラに腰をヘコヘコ押し付けていたら、まぁさすがのラノも冷静になる。
というか怖い。
導師ルスラは変態という噂があった。
幼子に”教え”を授けては放置して去っていくことに快感を覚える変態である、と。
まぁ確かに、あの常軌を逸した雰囲気は変態と呼ばれても不思議ではない。
しかし、ルスラはフィリナと行動をともにすることも多いという。
だとすると、ルスラが変態であるという噂の要因は、どちらかというとこのフィリナの様子からそう言われるようになったのかも知れない。
であれば多少は同情できる気もする。
――でもやっぱり、自分の欲望のために女子供関係なく声をかけるのは変質者のそれだ。
怖い。
ただ、やはり話をしている分にはルスラは常識的だ。
基本的に正しいことしか言わないし、彼のアドバイスは非常に役に立つものばかり。
その点、ラノはとても彼に感謝している。
でも、それはそれとしてお近づきにはあんまりなりたくない。
というか、彼に言われた言葉は素直にラノの胸に残り続けているので、それが汚れる前にいい思い出として終わらせたいのだ。
どうせルスラだって、ある程度育てばラノを置いて次の教え子の元へ向かうのである。
だったら、近づき過ぎないほうがウィンウィンというやつだろう。
なので言った。
「わ、私は騙されませんからね!」
強い決意とともに、そう言ったのだ。
が、それはそれとして、魔力が尽きたためラノはダンジョンを脱出することとなる。
脱出お守り装置を使ってもいいが、ルスラは折角だから出口まで送ると提案してきた。
ラノは脱出お守り装置を使うのも躊躇するくらいの駆け出しで、貧乏ウォーカーだ。
だからその提案は、断りにくいものがあった。
「そういえば、ラノはどうしてウォーカーになったんだ?」
そんなわけでラノとルスラ――それからルスラにひっつきつつこっちをじいっと見つめてくるフィリナの三人で出口を目指す。
道中、ルスラが問いかけてきた。
なぜウォーカーになったのか、世間話としてはごくごくありふれたテーマだ。
しかしラノは、あまりそれを他人に離したくはなかった。
とはいえ、ルスラならまぁ問題ないだろうと考え、口を開く。
「……母の薬を手に入れるためです。母は昔から病気で床に臥せがちで、それを治すにはとても高価な薬が必要でした。……この迷宮でしか取れない薬です」
「それってもしかして……治癒の水晶花か?」
「……はい。有名ですからね」
なにしろ、現在ラノたちがいる迷宮は”水晶花の迷宮”とよばれているくらいだ。
どんな病気でも治すという伝説の花にして薬。
しかし、ラノはそれを自分が手にすることはないだろう、とどこか諦観していた。
いくらルスラがラノに道を示してくれたとしても、流石にラノ一人では花を手に入れるのはどう考えても無茶だ。
だから、ラノはそれを伝えようとして――
「――奇遇だな。俺もその治癒の水晶花を手に入れるためにここへ来たんだ」
ルスラは、何気ない様子でそういったのだ。
その時、ラノには二つの予感があった。
一つは、運命を感じさせる予感。
この瞬間をのがしたら、一生自分は後悔するだろうという直感。
「ただ俺は、治癒花の花弁が一枚あれば十分だ。君のお母さんを治療するだけの量は君に譲れる。猫獣人でありながら槍を使っている君と出会えたのも、何かの縁だ」
そしてもう一つは――手遅れを感じさせる予感。
自分はもう、ルスラから逃れられないのではないか、という。
「――俺と、迷宮を攻略してみないか?」
そんな、どうしようもない予感だった――