夢の続きを(Fate/stay night) 作:立花つかさ
「……シロウを愛しています」
なんでさ。
どうしてこんなときに。
これが最後なのに。
無理矢理、押し込めていた感情が溢れてくる。
これが最後。
──そんなこと認めてたまるか。
俺の中で、俺が叫ぶ。
『強制契約! 衛宮士郎の名を、汝の魂に刻み込め――』
セイバーの戸惑った声が聞こえてくる。
だけど、何を言っているのか聞き取れない。
腹の底からドロリとしたものがこみ上げてきたような嘔吐感。
目の奥が熱い。
限界以上の情報が駆け巡り、脳が焼き切れかけ、悲鳴をあげている。
それでも、このまま倒れ込むわけにはいかない。
サーヴァントを召喚するのはなんだ?
──聖杯だ。
そう、聖杯だ。
聖杯のバックアップと
それが英霊を受け入れる肉体を創り、現世への受肉を可能とする。
現世にサーヴァントとして顕現した英雄を固定するのは?
──召喚者の魔力。
『――我は汝等の主なり。我は汝等の伴侶なり。我は汝等の片翼なり――』
俺は正規のマスターでなければ、魔術師としても半端者だ。
憶測できても、それを確信に変える自信も知識もない。
でも、この憶測にすがるしかない。
何もしないわけにはいかない。
何もせずにセイバーが消えることに納得してたまるか。
途切れそうになる意識を繋ぎ止め、無理やり詠唱を紡いでいく。
口の中には錆びた鉄の味が広がっていく。
『――我が許に来たれ。我に跪き従え。我が御霊に宿れ』
うろ覚えの契約の言霊を紡ぎ終える。
同時に体の中から何かをゴッソリと奪われるような喪失感が襲ってくる。
──まだだ!
途切れそうになる意識を俺は必死に繋ぎ止める。
──まぶたを閉じるな!
──意識を集中させろ!
「――」
何も聞こえない。
何も見えない。
「……」
それでも口は動く。
でも、もう声も出ない。
視界は真っ白に染まっている。
でも、確かな感触が、温もりが、手から伝わってくる。
その瞬間、全身を包み込む気だるさに、俺の意識は闇に溶けていった。
***
「――っ!」
俺は思わず跳ね起きそうになってしまう。
だが、胸の上にある温かさと慣れた重さに気付き、ホッと胸をなで下ろす。
「……ん? どうしたのですかシロウ」
うっすらと瞼を持ち上げると、セイバーがコチラを見つめていた。
少し照れくさくて、俺はそっぽを向きたくなるが、グッと堪える。
「何でもない。また〝あの時〟を夢に見ただけだから」
セイバーの存在を確かめるように、俺は彼女の頭を優しく撫でる。
セイバーは気持ち良さそうに頬を緩める。
「わたしはシロウと共にあります。まだ夢に見るなんて、シロウは心配性ですね」
セイバーがクスリと笑う。
本当にいい笑顔を見せてくれるようになったと思う。
それだけで、俺は報われた気分になってしまう。
あの時──セイバーが俺の前から消えかけた時、俺は彼女と強制的に契約を結んだ。
英霊を現世にサーヴァントとして受肉させるのは、聖杯があってこその奇跡。
でも、サーヴァント自体を現世に留めているのはマスターの魔力。
俺の推察は遠からずも当たり、セイバーはここにいる。
俺は魔術師としては三流以下だ。
そのため、セイバーは魔力の消費を極力抑える必要がある。
俺からの魔力供給はアテにならないし、セイバー自身の魔力回復は一日二ユニット程度。
幸い聖杯戦争が終わり、戦闘をするわけでもないため、それでも何とかなっている。
俺は眠気につられて出てきた欠伸を噛み殺す。
「……まだ時間はあるし、ゆっくり眠ろう」
コクリ、とセイバーは素直に頷く。
すぐに彼女から規則正しい寝息が聞こえ出す。
──大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせながら俺は目を瞑った。
***
「今朝は、なんだがいつもより調子悪そうね」
「……大丈夫ですか、先輩? 朝ごはんの支度なら、わたしだけでも」
「全然問題ない。朝飯の支度を桜一人に任せるわけにもいかないからな」
俺よりも調子の悪そうな遠坂。
その言葉に俺の顔色を窺うように覗き込む桜。
俺は作り笑いを返しながら、朝食の支度を続ける。
以前は多くても俺と藤ねえ、桜の三人前を用意すれば終わりだったけど、今では五人前が当たり前になっている。
現世に残ったセイバーと、そのことを知った遠坂が加わったからだ。
いや、健啖なセイバーを一人前とカウントしていいのか検討の余地はあるかも知れないな。
何にせよ、昔に比べれば随分と賑やかな朝食となった。
遠坂は俺に魔術の講義をしてくれているし、朝食を振る舞うことに依存はない。
ただ、離れが既に遠坂の部屋と化しているのは若干腑に落ちない部分があったりはする。
今までなら藤ねえがツッコミを入れてくれるところだけど、確たる立ち位置を確保してしまった遠坂に、藤ねえも何も言えない状態だ。
ちなみに今朝も朝食に顔を出しているところから分かるように、昨晩も離れに泊まっていっている。
「なあ、遠坂。朝食はとらない主義だったよな」
「そうよ。でも用意されたものを食べないのは失礼でしょう」
「先輩の作る朝食は美味しいから、朝食を食べない派の遠坂先輩も食べてしまいますよね」
俺のイヤミをフフンと鼻を鳴らして言い返してきた遠坂だったが、桜の笑顔に毒気を抜かれてしまう。
いいぞ桜。
さすがの遠坂も桜の笑顔には強く出れないようだな。
俺は心の中で桜を称賛し、甘い卵焼きの調理にに取り掛かる。
「……おはようございます、凛、桜」
「おふぁよう、セイバー。セイバーも最近調子悪そうね。魔力足りてる?」
少しフラつきながらセイバーが居間に入ってきた。
遠坂は欠伸を噛み殺しながら、セイバーに軽く手を上げて挨拶する。
セイバーは、遠坂の隣に静かに座る。
俺の気のせいかと思ったけど、遠坂もセイバーが具合悪そうに見えているのか。
本来、自分自身がマスターとして落第者だ。
そんな俺とセイバーは契約している。
俺のせいで、セイバーが体調を崩していないか常に心配している。
俺は不安を顔に出さないように努めながら、朝食を作る手を止めないように注意する。
セイバーに美味しい朝食を作ることは、彼女の体調を回復させることに少しは貢献できるはずだから。
「ねえ、セイバー。そんなにお腹空いてるの?」
「へ? いえ、そんなわけでは……」
遠坂の呆れ声に、俺は肩越しに居間の様子を伺う。
セイバーが、ちゃぶ台に置いていた梅干しを食べていた。
しかも凄い勢いで。
「セ、セイバー、少し待っててくれ。もうすぐ朝食できるから」
「へ、いや、その、お腹が空いているのは事実ですが、それはいつものことで、ただ、今日はたまたまスッパイものが食べたかっただけで……」
しどろもどろになりながら弁解するセイバー。
「そういえば、最近セイバーちゃんは、スッパイものをよく食べてるわよね」
いつの間にか指定席に座っている藤ねえ。
ちゃぶ台に手をつき身を乗り出して、梅干しを一つ摘み上げる。
「ッパーーーイ! セイバーちゃん、士郎特製の梅干しが美味しいのは分かるけど、食べ過ぎじゃない。そう言えば先日はレモン齧ってたわね」
酸っぱそうに顔をゆがめながら、藤ねえは二個目に手を伸ばす。
「セイバー、よく梅干しをパクパク食べれるわね」
二人の行動につられたのか遠坂も梅干を齧って酸っぱそうな顔をしている。
「そうですよね。まるで妊婦さんみたいですね」
台所から料理を運ぶ桜の一言。
同時に衛宮邸の時間が止まった。
俺はこれまでの行いを省みる。
ヤバイ。
非常にヤバイ。
色々と心当たりがありすぎる。
魔力供給のため、と言い訳しても無理がありすぎる。
「は、はは、はははっ、まさかそんな事は……うっ!」
藤ねえと遠坂が真顔で俺を見ている。
重苦しい空気がネットリとジットリと俺の身体を包んでいく。
「さ、桜が変なこと言うから……」
俺は桜の方をさり気なく見る。
「っ!」
思わず口から飛び出そうとした悲鳴を両手で押さえ込んで飲み込む。
桜の全身からドス黒いオーラが出ていた。
「そうですね、ちょっと変なこと言っちゃいましたね」
桜の目が笑っていない。
ついさっきまでの穏やかな桜の雰囲気が微塵もない。
「もう、桜ちゃんが変なこと言うから」
「まさかそんなことあるわけないのにね」
藤ねえと遠坂が不自然なほど爽やかな笑顔で相槌を打つ。
二人の背後に炎とか雷とかが荒れ狂っているように見えるのは、俺の見間違いだろうか。
俺は起死回生の話題修正を試みる。
「は、早く飯にしないとな。セイバーも腹が減ってるだろうし」
セイバーの様子を確認する。
顔を真っ赤に染め上げ、俯いたまま膝の上でモジモジと手を動かしていた。
「はははっ」
冷たい汗が次から次へと背中を流れていくのがわかった。
「その、シ、シロウ……ウッ!」
いきなり口元を押さえて立ち上がるセイバー。
彼女はそのまま一目散に駆け出す。
居間からセイバーの姿が消えた瞬間、周囲の温度が一気に下がる。
そればかりか、チクチク、いやグサグサと視線が俺に突き刺さってくる。
微動だにできない苦しい時間が過ぎる。
その間、ガンガン体力が削られていく。
「「「じーーーっ」」」
何も言わない三人だが、それが却って怖い。
視線だけで、三人が何を考えているのか大体わかってしまう。
「……ふぅ」
生きた心地のしない時間がどれくらい過ぎただろうか。
ヨロヨロと口元を拭いながらセイバーが戻ってきた。
こちらを見ると真っ赤になってオロオロ。
とてもイヤな予感がする。
「シロウ、その、大変言いにくいことなのですが……」
お願いだからその先は言わないでくれ。
言ってもいいが、現状を見てくれ
せめて二人っきりのときとか場を改めてくれよ。
こんな状況で言うのは死刑宣告をしていることに等しい。
それを察してくれるようなセイバーじゃなかった。
「……できちゃったみたいです」
言っちゃったよ。
恐る恐る三人の様子を確認する。
フルフルと小刻みに震えていらっしゃる。
爆発する直前の火山。
嵐の前の静けさを連想させる。
「「「士郎!!!!!!」」」
衛宮邸から掃天に響き渡る三人の怒鳴り声。
(……終わった)
俺はそう呟くしかなかった。
***
場所は変わって道場。
近所迷惑な怒鳴り声が響き渡ってから小一時間ほどが過ぎている。
俺は体中傷だらけ。
生かさず殺さずのズタボロ半殺し。
精根尽き果てる寸前といった状態。
今すぐにでも永眠できる気がするけど、俺はきっちりと床の上に正座を余儀なくされている。
「士郎、正直に答えなさい」
目の前の藤ねえから繰り返される同じ質問。
藤ねえは剣道着姿で虎竹刀を握り仁王立ち。
「正直にって言われても……」
――パン!
藤ねえの手が霞むと同時に竹刀が床に振り下ろされ、小気味よい音を立てる。
「士郎、人間素直が一番よ」
藤ねえの後ろから声が掛けられる。
日本茶を啜りながら優雅にくつろいでいる遠坂。
バリバリ裏モード。
「遠坂先輩、お代わりいかがですか?」
にこやかに遠坂におかわりを勧める桜。
非常に仲の良い姉妹風景。
だけど二人とも非常に静か。
裏がありそう。
いや、絶対裏がある。
俺でも察することが出来るほど分かりやすい。
「遠坂先輩、そろそろいい加減観念して欲しいですね」
「ほんと、見苦しいったらありゃしないわよね」
微笑みながら、朗らかに会話する桜と遠坂。
二人を見ているだけで、背筋を冷たい汗がダラダラと流れていく。
そんな異常な光景が繰り広げられている状態で頼みのセイバーはどうしているかというと――
「シロウ、名前は何がいいでしょうか」
「シロウ、男の子でしょうか、女の子でしょうか」
「シロウ、どちらに似ているでしょうか」
とか、言いながらピッタリと俺に寄り添っている。
セイバーが潤んだ瞳で見上げてくる度に、三人の動きがピタリと止まる。
そして、道場いっぱいに殺気が放たれる。
三人の表情は平常を保とうとしているけれど、口の端がピクピク、眉がピクピクしている。
限界が近いのが手に取るように分かる。
三人を強烈に煽っているのだけど、それに気づく気配はセイバーに全くない。
「あぁ~~~! もう、いい加減にしなさい」
突然、遠坂が声を上げる。
三人の中で一番余裕がある素振りを見せていた遠坂が、ツカツカと俺のそばに歩いてくると、セイバーの首根っこを掴まえて放り投げる。
間髪入れずに俺の首元を締め上げる。
「なんでセイバーなのよ! わたしだって! 士ろ――」
「遠坂先輩! ずるいですよ! わたしも!」
遠坂の台詞に被せながら、桜が声を上げる。
ダダダッと足音を響かせながら、俺に向かって猛ダッシュ。
そして、何故か俺の脇腹に体重とスピードの乗った拳を突き刺してくる。
ズドンという衝撃が俺の体を突き抜け、呼吸が止まる。
「カッはっ……な、なんでさ……」
「なんでもかんでもないわよ! 士郎! 正直にやったとゲロすればいいでしょうが!」
藤ねえまでもが触発されてリミッター解除で暴れだす。
三人に揉みくちゃにされ、俺は洗濯機に入れられた洗濯物の気持ちを理解してしまう。
「三人とも、シロウに何するのですか!」
俺が走馬灯を眺め始めた頃、セイバーが竹刀を振るって俺から三人を引き離す。
彼女は竹刀を正眼に構えて、三人の前に立ちはだかる。
殺気だった三人は目配せをすると――
「「「お仕置き!!」」」
と息ぴったりに吼える。
その声は物理的な圧力となって、空間がビリビリと震える。
俺はちびりそうになってしまうが、セイバーは少しも動じる素振りはない。
彼女は真っすぐに三人を見据えている。
セイバーが前にいるだけなのに、絶対的な安心感が生まれる。
「シロウが罰せられる所以はないはずです。シロウは常にわたしたちに尽くしてくれています。そんなシロウが何故、罰せられるのですか」
セイバーの凛然たる姿に三人は気圧される。
このままセイバーが三人の暴走を抑え込――遠坂と桜が一歩前に出る。
「衛宮くんがいけないのよ」
「先輩がいけないんです」
どこか拗ねたような二人の声。
何故か俺は良心の呵責に苛まれてしまう。
いや、二人が誤魔化しは良くないな。
俺は体の痛みに耐えながら、立ち上がる。
「シ、シロウ……」
困惑するセイバーの隣に俺は立つ。
「俺がハッキリさせなきゃいけないことがある」
「シロウ! ここで祝言を……」
段階をすっ飛ばした発言をかましてくれるセイバー。
それは物事をハッキリさせた後に行うことだよ。
セイバーの一言で、再びボルテージが上昇する三人。
俺は尻尾を巻いて逃亡したくなってしまう。
そんなことを考えていると、余裕の笑み(ただし、あちこちピクピクと痙攣している)遠坂が一言告げる。
「どうせセイバーには戸籍がないのよ。法律上結婚できないので夫婦にはなれないわよ」
ピクリ、セイバーが固まった。
「そうですね。先輩、こういうものを用意したんですよ」
嬉しそうに紙切れを取り出す桜。
それには桜の名前が書かれて血判が押されていた。
「あとは先輩が名前を書いて印を押してくれるだけで、晴れてわたしと夫婦となれる魔法のありがたいアイテムなんですよ」
ズイズイと桜が書類を突き出してくる。
「あら、奇遇ね。わたしも持っているのよ」
同じように紙切れを取り出す遠坂。
ちょっと待て、なんで行動が似すぎてるんだよ。
姉妹っていってもだいぶ離れて生活してきてたんだろ。
二人の視線がぶつかり火花を散らす。
「戸籍がない?」
一人、話が理解できていない藤ねえ。
しばらくブツブツ言っていたのだが急に静かになった。
「わたしを置いて盛り上がるなぁぁぁ!!」
タイガーの雄叫びが衛宮邸を再び戦場に変える合図となった。
俺は決死の思いで脱出した。
***
勝者のいない宴は今日も衛宮邸で続いているとか。
聖杯戦争について全く知らない大河が疎外感を感じて今日も咆哮する。
セイバー、凛、桜は譲らず、引かずに所有権を主張。
毎日生傷はおろか、半殺し、瀕死の状態になることもあるが、士郎は楽しそうに笑う。
こんなバカバカしい日が続けばいいな、と願いながら。