異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~ 作:ちーばば
週末を目前に控えた、ある日のホームルーム。
教壇に立ったオスカー先生は、いつものように教室全体を見渡してから口を開いた。
「皆さんもすでに聞いていると思いますが、来週は林間学校があります」
その言葉に、教室のあちこちから楽しそうな声が上がった。
林間学校。
前世にも似たような学校行事はあったが、この世界のものは少々――いや、かなり本格的らしい。
「林間学校の目的は、共同作業と集団行動を学ぶことです。皆さんには五人一組の班を作り、山間部に設けられた出発地点から、指定された目的地を目指してもらいます」
オスカー先生は黒板に、今回の行程を簡潔に書き出していく。
「期間は二泊三日。出発地点までは学園側で皆さんを送り届けます。その後は、班の仲間達と協力して山間部を進み、二度の野営を行いながら目的地を目指してください」
野営。
つまり、二泊三日の野宿である。
貴族の子供が多く通う王立学園で、ずいぶんと思い切った行事を行うものだ。
教室内からも、期待に満ちた声だけでなく、不安そうな声が聞こえてきた。
それを見越していたのか、オスカー先生は淡々と説明を続ける。
「王立学園には、将来、騎士や領主として人を率いる立場になる者も多く在籍しています。屋敷や城の中だけでは、学べないこともあります」
確かに、貴族だからといって一生安全な場所で暮らせるとは限らない。
領地の視察や遠征。
災害や魔物の襲撃によって、護衛と共に避難しなければならない場合もあるだろう。
「男子生徒には、騎士や護衛として仲間を守る際の立ち回りを。女子生徒には、護衛される状況でどのように行動し、自身と周囲の安全を守るのかを学んでもらいます」
守る側がどれほど優秀でも、守られる側が勝手に動けば、かえって危険を招く。
そう考えれば、どちらにも必要な訓練なのだろう。
「もちろん、それだけではありません。身分や性別にかかわらず、全員が自分にできる役割を考え、互いに助け合うこと。それが今回、最も大切な目的です」
オスカー先生らしい、真面目で公平な説明だった。
「班分けはこちらで行いました。これから順番に発表します」
名前が読み上げられるたび、教室のあちこちから歓声や悲鳴が上がる。
そして、俺達の班は――。
「アルト・フォン・ルミナス。リリアーナ・エル・アストリア。マリウス。カイル・ド・リフィル。クロエ。以上の五名です」
俺とリリィ。
マリウスにカイル。
そしてクロエは、カイルの姿を見るたびに黄色い悲鳴を上げている女子生徒の一人だ。
なんというか。
出発する前から、賑やかな班になりそうな予感しかしない。
名前を呼ばれたカイルが、優雅な仕草で金髪をかき上げる。
「ふっ、僕と同じ班になれたことを幸運に思うといい」
続いてリリィへ向き直ると、芝居がかった仕草で胸元に手を当てた。
「僕がいるからには、何も心配はいりませんよ、姫。たとえ何が現れようとも、この身に代えて必ずお守りいたします」
「あら。それは頼もしいですわね」
リリィは、にこやかに受け流した。
カイルはさらに身体の向きを変え、今度はクロエへ爽やかな笑顔を向ける。
「もちろん、可憐な子猫ちゃんもね」
「きゃあああー! カイル様ぁ!」
クロエの黄色い悲鳴が、教室中へ響き渡った。
周囲の生徒達が、何事かとこちらを振り返る。
カイルは満足そうに微笑み。
クロエは頬を真っ赤に染めたまま、両手を胸の前で組んでいる。
俺とマリウスは、その様子を並んで見つめた。
「……なあ、アルト君」
「どうした、マリウス」
「わて、まだ出発すらしてへんのに、もう疲れてきたんやけど」
「奇遇だな。僕もだ」
二泊三日。
目的地へ着く頃には、俺達の精神はどうなっているのだろう。
今から少しだけ心配である。
そんな俺達をよそに、リリィは林間学校そのものが楽しみらしい。
「それにしても、野宿なんて初めてですわ。いったい、どのようなものなのでしょう」
「逆に、リリアーナ様が野宿をしたことがあると言ったら、僕はびっくりしますけどね」
王女様に野宿経験があったら、それはそれで王国の警備体制が心配になる。
俺がそう答えると、リリィは少し不満そうに頬を膨らませた。
「私だって、王城の外で夜を過ごしたことくらいありますわ」
「それは、天幕の中に絨毯や寝台が用意されているような野営では?」
「…………」
リリィが、そっと目を逸らした。
どうやら図星らしい。
「マリウスは、野宿をしたことがあるのか?」
「わては何度かあるで」
「まあ、本当ですの?」
リリィが、期待に満ちた目をマリウスへ向ける。
これで俺達の班にも、頼れる野営経験者が――。
「おとんに連れられて、地方へ仕入れに行ったときにな」
「それなら、ずいぶん心強いな」
「せやけど、天幕を張るんも、火を起こすんも、料理を作るんも、全部護衛の人達がやってくれたからなぁ」
「つまり?」
「わて自身は、何もできへん」
駄目だった。
「でも、商品や食料の管理なら任せてや! 何をどれだけ使ったか、きっちり計算したるで!」
マリウスが自信満々に胸を張る。
それも集団行動では大切な役割なのだろう。
ただし今のところ、天幕を張れる者も、野外で料理ができる者もいるのか分からない。
「心配はいらないよ、諸君」
俺達の会話を聞いていたカイルが、再び金髪をかき上げた。
「この僕が、華麗に皆を導いてみせよう」
「カイルは野営の経験があるのか?」
「ない」
即答だった。
「だが、僕の美しさは森の中でも決して陰ることはない」
「何の役にも立たへんやないか」
「そんなことはありません!」
クロエが勢いよく立ち上がる。
「月明かりに照らされたカイル様なんて、絶対に素敵です!」
「さすがは僕の子猫ちゃん。よく分かっているね」
「きゃあああー!」
もう一度、黄色い悲鳴が教室へ響き渡った。
まずい。
遭難や魔物より先に、俺とマリウスの精神がもたないかもしれない。
俺達が早くも班の行く末に不安を覚えていると、オスカー先生が軽く手を叩いた。
「話が盛り上がるのは結構ですが、説明はまだ終わっていません。静かにしてください」
教室内が、すぐに静まり返る。
「野営に必要な道具や食料は、出発当日にまとめて各班へ渡します。山間部の出発地点へ到着した後、班員同士で中身を確認し、誰が何を持つのか相談してください」
つまり、持ち物の確認や分担も訓練の一つということだろう。
目的地へ着くまでの二泊三日、自分達が使う道具や食料を背負って山間部を進まなければならない。
これは、想像していた以上に体力を使いそうだ。
「出発地点から先は、班ごとに行動してもらいます。目的地までの道のりでは、自分一人の判断だけで先へ進まず、必ず班員全員の状態を確認してください」
歩くのが速い者だけで先へ進んでも意味がない。
五人全員で目的地へたどり着くことが、この林間学校の目的なのだろう。
「山間部では、普段以上に体力を使います。体調を崩したまま参加すれば、自分だけでなく班員全員へ負担をかけることになります」
オスカー先生は教室全体へ、厳しい視線を向けた。
「週末は無理をせず、体調を万全に整えておいてください。質問がなければ、今日のホームルームは以上です」
一度言葉を切り、いつもと変わらない落ち着いた声で告げる。
「それでは皆さん。また来週、元気に会いましょう」
「「「はい!」」」
生徒達の返事と共に、ホームルームが終わった。
教室中が、来週の林間学校の話題で一気に騒がしくなる。
楽しそうに予定を話し合うリリィ。
根拠のない自信に満ちているカイル。
そんなカイルを見つめて頬を赤らめるクロエ。
そして、その三人を眺めながら、すでにげっそりしているマリウス。
……うん。
山間部の出発地点から目的地まで、二泊三日。
何が起きるかは分からないけれど。
少なくとも、退屈だけはしなさそうだ。