機動戦士ガンダム 閃光とハサウェイ~マフティーに足りないもの~   作:フラペチーノ

8 / 8
8 イン ザ モーニング

 翌朝七時。クワック・サルヴァーから予定通りに最終連絡がやってくる。アデレートでの会議は時間通り。変更は無しという通告だ。

 それを聞いて最後の朝食を摂り、彼らは準備を進める。捕虜としているキンバレーたちの解放場所。それは前日の内に決まっていたが、ギギはどうするかという話だ。

 整備班のジュリアたちと一緒にここから離脱して、連邦軍に捕捉されないようにすればいいと結論が出て各MSのアイドリングを始める。そしてハサウェイの決戦前の激励が終わった後、イブリースが手を挙げた。

 

「イブ?何かあったか?」

「ノアに秘密の話がある」

 

 出撃前だというのに、イブリースはハサウェイの手を引っ張って皆の輪から離れた。そしてハサウェイに屈むように言う。ハサウェイは180cmほどあるが、イブリースは140cmほどしかない。大人と子供どころの話ではないほど身長差があるので、秘密の話をするとなるとハサウェイが屈むしかないのだ。

 彼の耳にしか聞こえないように、イブリースは小さく呟く。

 

「ギギさん、妊娠してるよ?」

「……は?え、なに……?」

「確実にハサ(・・)の子だからね。昨日までなかった命の灯火が、彼女のお腹にあるから。ハサにも話したと思うけど、私シャアの反乱でベルトーチカさんの子供を感知したほどだから。間違いないよ」

「赤ちゃん……?僕に……?」

 

 ハサウェイはいきなりの爆弾発言に狼狽を隠せなかった。珍しく彼女が名前で、しかも渾名で呼んでいるという事実にも気付かないほど。

 昨日の夜、そういうことをギギとした。彼も彼女も、こんな場所で避妊具なんて用意しているはずもなく、そのまま何度もしてしまったのは事実。

 だが、昨日の今日だ。いくら実績があるからと言って、その言葉を鵜呑みにできなかった。

 マフティーのメンバーはハサウェイが鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をしているのを初めて見たために、二人は何を話しているんだと首を傾げていた。

 そうしてその場にいる全員が困惑している間に、イブリースはハサウェイの首に腕を回し、そのまま彼の唇を奪った。そのことに、彼女の気持ちを知らなかった女性陣は顔を崩壊させ、同じく知らなかった男性陣はなぜか口笛を吹いたりして二人のことを囃していた。

 数十秒にも渡る長い口付けの後、イブリースが怪力で絶対に離さずに満足した後、にっこりと、それこそ笑うことも少ない彼女が満面の笑みを浮かべて宣言した。

 

「ハサ。これ私のファーストキスだから。ご馳走様」

「お、お前っ⁉︎色々わかってるのに、何のつもりだ⁉︎」

「生き先短い強化人間のわがままだよ。おーい、ジュリア!ハーラも、ミヘッシャも!ついでだからハサの唇奪っておけば?最後の願掛けとして貰えるものは貰っておこうよ」

「本当に何を言い出すんだ⁉︎」

 

 イブリースはさっさと離脱し、ギギの手を取る。乱暴をするわけではないが、今の恋人である彼女に邪魔をしてほしくなかったのだ。

 名前を呼ばれた人は慌てつつも、ジュリアが真っ先に動いた。そしてヅカヅカと近寄り、ハサウェイのパイロットスーツに手をかけながら彼女もハサウェイの唇を奪う。

 何だかよくわからないが、面白いことになってきたと男性陣は大盛り上がり。ハサウェイのことが恋愛的な意味で好きではない女性は呆れて、好意を持っている人物はどうしようとオロオロとしていた。

 イブリースはこの騒動を引き起こした張本人として、隣のギギへ謝る。

 

「ごめんね、ギギさん。多分今日だけだから。……私はそのつもりだけど、他の子はどうかな……?一応恋人っぽい人もいたんだけど、その人がこの場にいないし、恋愛的なことは長い間してないっぽいから。もしかしたら長続きするかも?」

「ハサウェイが好かれるのはわかるから。わかるけど……数が多すぎではないかしら?」

 

 結局、女性陣が群がり次々にハサウェイの唇を奪っていく。それを茶化す男性陣を見ていると決戦当日だというのに一気に精神年齢が下がったかのような錯覚に陥る。まるで大学のサークル活動だ。

 そうしてマフティーの人々を退かしたところで、ギギにも秘密の話をする。

 

「ギギさん、身体を大事にしてね。ハサとの子、困難も多いだろうけど健やかに育ててほしい」

「……何となく予感はしていたけど、本当なのね。まさかその話をするためにこの騒動を?」

「それが三割、衝動に駆られたのが七割だよ。……昨日、嫌なT字の夢を見てね。迷信だと思いたいんだけど、そうもいかない実績があるから。というわけで、ギギさん。ハサと仲良くね。二人の道行が明るいことを祈ってるよ」

 

 それだけ言ってギギの手を離し、ヘルメットを被る。この騒動を離れて見守っていたガウマンとエメラルダの横に行き、マフティーとして古参の彼らとも最期の話をしておきたかった。

 ガウマンは彼女もおらず、そしてあそこまでバカになれないために、エメラルダはレイモンドと付き合っているからこそ一歩引いて見ていたのだろう。

 

「ガウマン、エメラルダ。騒がしくしちゃってごめんね?」

「なんだ?お前が俺たちの名前を呼ぶなんて初めてじゃねえか?そういう心境の変化はやめろよ、決戦前に縁起が良くねえ」

「私もそう思う。だからこそ、冷静な二人に頼みがあるの。攻撃目標はフェスティバル・センターだけ。そこを攻撃し終わったらすぐに離脱して。目標を達成したら長居する必要はないから」

「それはそうだけど……。何でそんなこと言うのさ?もしかしてNTとしての勘?」

「多分ね。なんか、空が騒がしい。……フィフス・ルナが落ちてきた時と同じ、嫌な感じがする。ハサはマフティーそのもの。ここで失っていい存在じゃない。だから、これからする私の行動を邪魔しないでね」

「まだ何かやらかす気かよ?」

 

 勘弁だぜ、とは言わなかったもののガウマンの表情がそう告げていた。まだハサウェイは女性陣に囲まれている。シーラックから来ている者や、現地に潜伏していた後方支援組も合わせて十人は超えている。マフティーが誇るエースパイロットが公的に、ハサウェイを好きにしていいと宣言したために当分止まらないだろう。

 イブリースがやりたかったことは、ハサウェイの物理的な拘束。埒外の方法を取れば彼は動けないだろうと予測していた。真面目な男であるために、決戦前で死ぬかもしれない危険性があるからと彼女たちの思いを否定できないのだろう。

 そうして時間が稼げれば、彼女の身体能力を持ってすればM()S()()()()()()()()()()()()()()

 彼女は素早く駆け寄り、コックピットに乗るために降ろされているワイヤーアンカーを使ってコックピットまで上がる。その行動を見ていたガウマンは大笑いをした後、自身の乗機であるメッサー・ネイキッドFAに向かった。

 エメラルダも止めることなく、大きくため息をついてから付き合うためにメッサー01へ向かった。

 全員が気付いたのは、ミノフスキー・クラフトでその機体が上昇した後。

 Ξ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これより私がマフティー・ナビーユ・エリンとなる!MS部隊およびサポートマシン部隊、搭乗!アデレート会議を撲滅する!」

「イブ⁉︎」

「はっはー!了解、マフティー!お前ら、行くぞ!マフティーと一緒に狼煙を上げるぜ!」

 

 ハサウェイの困惑、そしてのっかかるガウマンの音声。

 どういうことかほとんどの者が理解していなかったが、もうすぐ出撃時間だ。それぞれの持ち場に移り、乗機に乗り込む。

 残されたのは、乗機を持ち出されたハサウェイ。そのハサウェイに整備員であるジュリアが声をかける。

 

「ハサウェイはあっち。ナイチンゲール」

「いや、確かにバイオメトリクスは登録してあるが……。僕はナイチンゲールを動かしたことはないぞ⁉︎」

「OSは共通だし、武装もほぼ一緒。ハサのクセもOSに読み込ませたから、Ξガンダムと同じように動かせるよ」

「ジュリアもグルか……!どうして⁉︎」

「さあ?でもどっちがマフティーでも一緒でしょ。作戦が成功するならさ」

 

 そう言って、ジュリアもギギを連れて逃走の準備を始める。ギギはハサウェイの名前を一度だけ呼んで、それだけだった。

 出撃していないMSはナイチンゲールだけ。パイロットもハサウェイしかいない。

 釈然としないまま、嫌いな男が最後に乗っていた機体と同型機へ乗り込んだ。コックピットの中で、ジュリアの言う通りハサウェイに妙にマッチして、その感覚が逆に違和感となっていた。

 夜鳴鳥が朝日を浴びて最後にオーストラリアの地を飛び立つ。その鳥の行く末はどうなるか。ギギでも予測はできなかった。

 

 

 アデレートへの侵攻ルートは最初に割り振りをされていた。そのため突如イブリースが出撃をしても問題なく編隊を組んでいた。パイロットが変わろうが、ガンダムに誰が着いてくるかなどは既に決まっていた。そもそもとしてイブリースは編隊を組まずに個の戦力として動く遊撃部隊だった。それが許されるパイロットの腕と、MSの性能だった。

 その遊撃がハサウェイに変わろうと、編隊は狂わない。

 まだ速度を合わせているΞガンダムに、ギャルセゾンが追いつきFAを施しているメッサーがお肌の触れ合い通信をしてきた。ネイキッド型ではないので、パイロットはハーラだ。

 

「イブ、何やってるの?これもクワック・サルヴァーの指示?」

「違うよ、私の独断。連邦軍に居た身としてはさ、やっぱり憧れるんだよ。ガンダム」

「そんな単純な話じゃないでしょ。NTとしての勘?」

「……ハサの唇、柔らかかった?」

「アンタもしたでしょーが!……まあでも、気合いは入った」

「そ。それは良かった。じゃあ次のことをするためにも、生き残らないとね」

「次って……!下品すぎない⁉︎」

「戦場に行く前なんてそれくらいシンプルでいいんだよ。私は相手がいなかったからそういう気分にならなかったけど、今は生きようとしてる。女としての機能は全然残ってないけど、そういう欲が出ちゃうのはやっぱり私も女だったってことかなぁ?」

「イブ……」

 

 少しだけセンチメンタルになったものの、それももうおしまいだ。接触回線を終わらせて、ここからはガンダムに乗った者として、マフティー・ナビーユ・エリンとして振る舞う。

 アデレートへはΞガンダムが先行して仕掛ける。この辺りでギャルセゾンに乗っている面々とはお別れだ。オエンベリ軍のファビオたちに先行してもらってミノフスキー粒子を散布してもらうことになっている。そうしたら今のように機体同士を接触させなければ話し合うこともできない。

 最後に広域で話せるタイミングだったために、全員の士気を上げるために、彼女は宣言をする。

 

「アデレートの閣僚会議を阻止する!各員の奮闘を期待する!先にヴァルハラへ行くぞっ!」

 

 そう告げて彼女はミノフスキー・クラフトを全開にする。ファビオとの打ち合わせ通りならそろそろミノフスキー粒子が散布される。

 それに合わせるように、Ξガンダムは音速を超えた。

 

 

 アデレートは混乱の只中にあった。ミノフスキー粒子が都市の四方に散布されて、そこからMSによる襲撃が来ると身構えたところでΞガンダムが音速を超えてアデレートへ単機で突入してきたのだ。ミノフスキー粒子によるレーダー無効化に合わせて突撃してくるという、ここ三十年で当たり前になってきた戦術ドクトリンを完全に無視した奇襲だった。

 その姿を捉えた時に自動防衛用のホーミングミサイルが放たれたが、マッハ2を超える機体を捉えることはできなかった。Ξガンダムはアデレート空港の前で急上昇をし、そこでミサイルを一斉にぶちまけた。MSなどが格納されている格納庫もある軍民どちらも使う空港だったために、ケネスもそこで陣頭指揮を執っていた。

 防衛用のMSが展開されていたために迎撃のビームライフルがいくつも放たれたが、それらを突破する大量のミサイルの嵐に二機のグスタフ・カールは爆散。滑走路も派手に爆発を起こし、出撃が困難になるほどの痛手を受けた。

 核融合炉の爆発も合わせて、通信施設は壊滅状態。待機していたケッサリアにも誘爆し、格納庫は何もできないような状態になっていた。

 ケネスは神のご加護か、派手な爆発が作戦本部を襲ったものの、なんとか生き残っていた。とはいえ通信兵など何人も今の爆撃でやられた。電線も景気良く燃えたために通信ができなくなっていて、使えなかった受話器を投げ捨てた。

 

「走ってでも出撃命令を出せ!今の一撃で離脱してくれるほどマフティーは甘くないぞ!増援が来る前にとにかく全機上がらせろ!奴らの本分は奇襲だ、一気に全戦力を投入してきてもおかしくない!」

 

 ケネスはそう怒鳴り、通信設備が生きている建物へ走って向かうことになる。通路も爆発で崩れていて、屋根や窓が損壊しているために肉眼で外が見えるほどボロボロになっていた。

 一撃離脱をしたΞガンダムはそのままキルケー部隊のMSとドックファイトを始めている。だが市街地に撃ち込むという非道な真似はしないのか、都市外まで引き付けてビームサーベルで切り刻むという徹底っぷり。

 その些か騎士道染みた行動に、テロリストの中でも矜持があるのだろうと悟ったケネス。相手が閣僚の暗殺という、本当にそれだけを狙って襲撃をしてくるなら対応のしようもある。

 とにかく今の状況を伝えなくては話は始まらない。馬も使えない状況で、何人かの士官を引き連れてケネスはひたすら走った。

 一方その頃、レーンは格納庫で出撃をしようとしていた。アデレート空港やフェスティバル・タワー付近では自分の居場所を伝えるようなもの。なので連邦軍が借り上げた地下施設からミノフスキー・クラフトの暴力で一気に急上昇してアデレートの空を守護するために舞い上がった。

 その兵装は純粋にペーネロペー・ユニットを付け直しただけではない。それだけでは今までと一緒で、ガンダムにもナイチンゲールにも勝てないと悟ったために、ケネスへ上申して外装ユニットの変更を頼んでいた。

 相手も空を浮かぶのだから、ミノフスキー・クラフトの要であるペーネロペー・ユニットは外せない。だからペーネロペー・ユニットであるフィックスド・フライト・ユニットは外せなかった。その外側に別途開発中であったアルゴス・ユニットのビット兵器を無理矢理くっつけていた。

 本来大気圏ではファンネルなどの無線サイコミュ兵器は使えない。そのため、オール・レンジ攻撃が可能なビット兵器装備のアルゴス・ユニットは地上に降ろしていなければ、使用目的もなかった。

 だが、戦力が足りないために無理矢理でも使う必要があった。都合良く、というよりヨーロッパからの増援の中にサイコミュ兵器の物資が入っていたことが幸いした。相手もNT専用機。しかもネオ・ジオン総帥機という情報はすぐさまにケネスの手によって連邦軍に共有され、十二年前のトラウマを刺激された連邦軍の兵站科でお偉いさんが何かあった時のためにと、ビット兵器を融通してくれたのだ。

 そこからはアルゴス・ユニットを開発していたケネスの技術的見解と、メカニックたちの試行錯誤によってどうにか武装として使えるようにアイディアが出され続けて、今朝方ようやく形になった。パイロットのレーンは早朝から早速サイコミュの同期と兵装チェックを実施していた。

 作業員たちの仕事は徹夜で、様々な意見が混ぜこぜになって現地改修を施されていた。そのおかげでペーネロペーは一回り太くなっており、動かせることがわかってすぐにテストをして、フライトにも問題がないことを確認。

 その巨大な飛び姿を見て、やり切った作業員たちと一緒にケネスもペーネロペーを改めて確認したが、そのシルエットはだいぶ様変わりしていた。元々外装ユニットを接続していたために異形ではあったが、更に規格外の追加装備をあれやこれやを付けたために、元の姿からはかけ離れて後ろ姿が随分と勇ましくなった。

 有り体に言えばデブになっていた。

 それでも空を飛べるのはミノフスキー・クラフト発生装置をペーネロペー・ユニットに増設していたためだ。重量を増したのであれば、それ以上の推力を出せるようにすればいい。FAプランなどでプロペラントタンクなどを増設するのと同じ理論だ。

 そうしてデブになったオデュッセウス・ガンダムは再び、オーストラリアの空へ帰還していた。

 グスタフ・カールを二機落とした後にやってきたペーネロペーを見て、その変化した様相と威圧感からただではいかないと察してイブリースは後退する。彼女だって民間人を無作為に殺したくない。アデレートの上空で戦っていれば手加減をしなければならない。だがそんな余裕がなさそうな相手が来たために、市街地から離れて戦うことにする。

 だが、攻撃を仕掛けて逃げていくようにしか見えないその姿は、若いレーン・エイムからすれば逃げ腰になっているとしか思えなかった。

 

「逃げるな、ガンダムもどき!パワー・アップした私のガンダムこそが本物だと知らしめてやるっ!」

 

 そう叫びながらビームライフルを放つが、簡単な旋回行動で躱されてしまう。ミノフスキー粒子が蔓延しているためにその叫びも聞こえず、イブリースは相手のエースを相手取ることだけを考える。

 閣僚暗殺は他の誰かが成し遂げてくれればいい。最悪ハサウェイがいる。そのため彼女の役割としてはペーネロペーを引き受けることだった。それも事前の打ち合わせ通り、ハサウェイがやる予定だったことを彼女がやるだけ。

 

「殺気が素直すぎる!所詮はテストパイロット上がりか!」

 

 兵装が増えようと、ペーネロペーとして元々使っていたビームライフルは見覚えがあったことと軌道が素直すぎたためにイブリースは直感で避けていく。

 どんどんアデレートから離れて、SFSでは追いつけないほどの高高度でミサイルやビームライフルの応酬が始まっていく。イブリースは普通のミサイルはアデレート空港で全部吐いてしまったために、残っているミサイルはファンネル・ミサイルだけ。それは奥の手であるために今は使わずに、ビームライフルだけで応戦していた。

 彼女たちが戦っている間に、ガウマンたちがフェスティバル・センターへ向かっていた。Ξガンダムの襲撃が派手だったからか、ペーネロペーに遅れるようにケッサリアに乗ったグスタフ・カールが持ち場を離れて迎撃に来ていたために、官僚たちがいるフェスティバル・センターは手薄になっていた。

 これはミノフスキー粒子が蔓延していてお互いの通信ができないこと。司令部たるアデレート空港が真っ先に潰されたこと。そしてこの動乱によって貴重な実戦経験を積んでいる叩き上げの古参パイロットや指揮ができるようなベテランパイロットが軒並み殉職していることが問題だった。

 レーンがまだひよっこだったこともあって、ダバオ洋上での作戦には数多くのベテランパイロットを僚機として出撃させていた。だが、そのベテランたちはナイチンゲールの介入によって全滅。

 そのベテランパイロットたちの穴を塞ぐために古参兵などを重用した結果、彼らもナイチンゲールとΞガンダムに撃ち落とされていった。その結果、残ったのはシャアの反乱以降に軍人になった若造ばかり。大きな戦争も経験せず、治安維持ばかりでMSと戦ったこともない若造だらけ。

 陽動だとしてもエース機を落とせば大金星だとか。それこそお世話になった先輩・先任パイロットがやられた怨恨だったり。反連邦政府組織がガンダムを使っていることが気に食わなかったり。

 様々な理由でΞガンダムは目立ちすぎる陽動だった。

 フェスティバル・センターで爆発が起きてようやく気付く守備隊。もちろん対応していた者もいたが、マフティーの波状攻撃の全てを止められもしなかった。

 お互いのMSが、SFSが爆散する。市街地で核融合炉の爆発が起きる。それらも閣僚会議のためのビルへのダメージになっていったが、連邦首都にしようとしている場所の議会場だ。こういう襲撃も予見して簡単に崩れないように設計されている。そのためか、最初の爆撃ではフェスティバル・センターはそこまで傷付いていなかった。

 そのマフティーの攻撃を止めたのは、キルケー部隊ではなく増援で来たヨーロッパ支部のZタイプのパイロットたち。彼らはスーパーパイロットとしての訓練を積んでおり、その努力に見合う高速機動をしていた。ウェイブライダー形態から即座に変形し、エアーズロックで補充された新人パイロットのビランテスが乗るメッサーをビームサーベルで袈裟斬りにして両断していた。

 Zタイプは量産型νガンダムと同じフレームを用いた、簡易ガンダムとして作成されたものだった。Zガンダムと同じ変形機構だが、パーツの互換性や簡易ブロック構造をしたためか、高級ワンオフ機となることもなく量産することに成功していた。

 ジェガンや量産型νガンダムという優秀な素体。それにギャプランやアッシマーなどの連邦軍が産み出した可変機のノウハウも活かして作られた傑作機。顔だけはZタイプではなくνガンダムと同等の物にされており、淡い青色と灰色のカラーで統一されたエース部隊だった。

 そんな量産型Zガンダムが三機。マフティーに入りたての新人パイロットでは対応できず、第二波として進軍してきていたハサウェイの乗るナイチンゲールが相手取ることになる。

 

「僕がやる!みんなは体勢を整えて、次のアタックだ!」

 

 ビランテスをやった機体もすぐにウェイブライダー形態に変形して、即離脱。可変MSらしい一撃離脱を心掛けている、良いパイロットだった。この練度の相手がまだ地球連邦軍はいくつも隠し持っているのかと、ハサウェイは改めて連邦政府の大きさを実感していた。

 このオーストラリアだけでも広大だというのに、地球全てどころか、宇宙にある七つのサイド・コロニーの全ても統合している化け物の集合体。反発する者が減っていったとしても、地球と太陽圏くらいは御している、巨大すぎる政府機関。

 それが連邦政府という集合知だった。

 ハサウェイはナイチンゲールを一気に上昇させるためにフットペダルを踏み込んだ。キルケー部隊も補給が追いついていないのか、それともアデレート郊外に探索に出ていたのか、SFSの数が少ない。ビルの上に乗ったり、道路をスラスターでジャンプしながらマフティーに対抗するMSが何機もいたのだ。

 これは最初のイブリースの襲撃が上手くいったことと、これまでのマフティーの襲撃が上手く行きすぎた結果だ。洋上での作戦となればミノフスキー・クラフトを積んでいたり、可変機でもない限りMSにSFSは必須だ。そしてMSの長距離移動にはSFSがあった方が早い。だから広大なオーストラリアや島だらけで周りが海に囲まれていたダバオ周辺ではSFSがないとまともな部隊展開などできるわけがなかった。

 だからほぼ全部の作戦にSFSが用いられて、マフティーはその全てで連邦軍の量産機を撃滅。

 アデレート会議の防衛のために用意されたキルケー部隊と、その前任のキンバレー部隊が用意していたSFSが底を付くレベルで被害を受けていた。

 大きな戦争を長年経験しないと軍縮は進む。グスタフ・カールは傑作量産MSだが、全ての機体をグスタフ・カールに更新することはできなかった。そのため今でもほとんどの場所ではジェガンが採用されており、このアデレートでもまだ運用されている。

 そして可変機は量産できるようになったとはいえ、コストがかかる。専用の知識を持った整備兵が必要で、パイロットを用意するのも大変だ。そのため可変機は限定的な運用にされており、通常はSFSと抱き合わせのMSになっている。

 事実、アデレートは海に面しているものの、可変機は一機たりとも存在せず、基本は万能量産機と水中用のMSが少数存在する程度。機種は統一したほうがコストがかからないのだ。

 そんな財布事情もあって今のアデレートにSFSは少ない。予算もなければ、追加の発注をしても在庫がなければ送られても来ない。ここまでテロリストのマフティーに苦戦するとは兵站部も思わなかったのだろう。

 SFSが使えないということは、つまりミノフスキー・クラフトが実装されたナイチンゲールの敵がいないということだ。

 

 ハサウェイはギギと繋がることで、人としての温かみを思い出していた。NTを語る時に()()()()()()()などという単語が出てくることがある。誰が言い出したのかわからないが、彼はギギと繋がっていた時に、本当の意味で人を知れたのだと思った。

 初恋は散々で。その後の恋愛も肉体を通じた愛の確認作業も、どこか現実離れしたものだった。本当の愛を知らず、自分を誤魔化して肉欲に溺れていて、心を通じ合わせるという最初が致命的に間違っていた。

 昨夜はそんなことを思う前に、ただ目の前の少女が愛おしかった。今までの恋愛がなんだったのかと思うほど、別の出来事だった。今朝の告白とキスの嵐もまた、別の意味で異次元の出来事だったが、それだってハサウェイからすればここ十二年ほどずっと翳っていた自分の世界がようやくクリアに見え始めていた。

 今までが靄にかかった、限定的な視界で生活をしていたようなもの。だというのに今は自分の肉体が隅々まで、マクロ単位でキチンと動かせ、全天周囲モニターに映されるよりも前に敵の攻撃を感知して先の行動ができていた。

 Zタイプに乗ったベテランたちがフォーメーションを組んでナイチンゲールを落とそうとするものの、どの攻撃も当たらない。かなりの大型機なのに、クロスファイアも時間差攻撃も、全部当たる直前で微妙なアポジモーターの操作だけで避けられるのだ。

 いくらミノフスキー・クラフトによって重力を克服した鳥であっても、平均的なパイロットの動きとエースパイロットの挙動を知るベテランパイロットたちからしてもナイチンゲールの動きは異次元だった。完璧な予測による回避行動。ロックオンをしたはずなのに、次の瞬間にはそのカーソルの先からいなくなっている。

 どんな攻撃も、まるで人体一機になったかのように、ナイチンゲールは何もかもを避けていく。それはクリアになった視界と本能のままに身体を動かせるようになったハサウェイの絶技。

 マフティーの中でも最強のパイロット。だからこそ、彼はΞガンダムを与えられた。人格面も他の能力も考慮されたが、彼がブライト・ノアの息子だから選ばれたわけではない。NTとして、そしてパイロットとして他の面々と比べものにならないほどの実力があったからだ。

 鬱病患者のような状態であってもそうだったのだ。人間として満たされて、それこそシャアの反乱の頃の精神性に戻った今のハサウェイは何もかもが鮮明に()()()()()

 パイロットとしてもNTとしても全盛期。たとえグスタフ・カールもジェガンも援護射撃で加わろうと、優雅に飛ぶ白鳥を撃ち落とすことはできなかった。

 彼は自分の世界に入り込み、淡々とトリガーを引く。それだけで地上で這うしかできないMSは爆散していき、Zタイプは鳥の姿のままマニュピレーターを使えるという利点を活かしたナイチンゲールがビームトマホークで両断していた。

 そのあまりの一騎当千っぷりに、他のMSの相手をしつつ再度攻撃をしようとしていたガウマンたちが渇いた笑いを浮かべるレベルだった。

 

「ハサの野郎、どうしちまったんだ?絶好調じゃねえか。ギギを抱いて覚醒でもしたか?」

「そういうのもあるんじゃないか?NT同士の共鳴って、トクベツなんだって。俺も知りてー」

「ギギもNTなのか?不思議な少女って聞いてはいたが」

「下世話なお前じゃ新しい人類にはなれないだろうよ」

「やめやめ、NT論は別問題さ。連邦政府が生まれ変わった後に存分に語ればいい」

「俺らが政治家になれるわけねーだろ、エメラルダ!」

 

 ギャルセゾンに乗っていたからか、エメラルダとギャルセゾンの連中と接触回線で繋がっていたガウマンがガハハと笑う。

 周りの露払いもした。厄介な連中もハサウェイが撃退した。持っている火力を叩き込むために、再度アタックをかけるマフティーたち。

 アデレート襲撃が始まって73分後。

 連邦政府高官が集まっていたフェスティバル・センターは、根こそぎ大炎上を起こし、黒煙が狼煙のように空高く舞い上がった。

 自分たちは安全なのだと、そう驕った役人は全員、ヴァルハラへと旅立った。

 

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