【本編完結】炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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響筆、説明される

Q.この世界における響筆の立ち位置について教えてください。

 

A.お土産屋さんのペナントです。

 

Q.ペナントで戦ってるんですか?

 

A.この世界の一般人から見たら、そんな感じです。

 

***

 

急に何?

 

ここまで空中に古代語を刻み、インディグネイションを撃ち、ユトの内側にいる存在とまで接続してきた神秘的な武器が、現代社会ではペナント扱いらしい。

 

正確には、響筆は遥か昔に使われていた祭具の模造品である。現在でも各地の店で普通に売られているが、本来の使用方法は失伝しており、ほとんどは装飾品や旅の記念品として扱われている。

 

つまり珍しい武器が各地の武器屋に都合よく並んでいるのではない。

 

どこにでも売っているが、誰も武器だと思っていないのだ。

 

木刀のような練習用武器ですらない。細長い形状の祭具を見て、杖や槍の代用品として使おうと考える人間もほとんどいない。一般人からすれば、ユトは観光土産を持って憑魔へ立ち向かっている変人である。

 

しかも憑魔すら普通の人間からは見えないので、自然現象に対して響筆(ペナント)を振り回している男に見える。

 

 

ユトは、笑われてきた。

 

「あんなもので戦えるわけがない」

 

「まともな槍を買った方がいい」

 

「祭りの飾りを武器にするな」

 

ユトはいつもの調子で答える。

 

「術式の発動に支障はありません」

 

「外見上の分類によって性能が低下するわけではありませんので」

 

ユトはそう答えた。

その後、響筆の柄を一度だけ握り直した。

 

 

「……何あれ? 導師様はあんな変なのを仲間に入れてるんですか?」

 

「ユトは変なのじゃないよ」

 

「響筆を武器として使う時点で変では?」

 

 

 

理屈としては間違っていない。

 

しかし、だから傷ついていないわけではない。

 

ユトは、自分の感情を理解されやすい言葉に変換することが苦手だ。まして、響筆について「大切だから笑わないでほしい」と言えるような人物ではない。

 

だから否定しない。

 

怒らない。

 

ただ、使い続ける。

 

***

 

Side:ユト

 

幼い頃、家の居間には一本の響筆が飾られていた。

 

その時の私は、それが響筆という名の祭具であることも知らなかった。細長い棒の先に筆を模した飾りがついた、古びた置物。旅先で買ったものなのか、誰かから譲り受けたものなのかも聞いたことはない。

 

家の中に以前からある、触れる必要のない物の一つだった。

 

ある日までは。

 

椅子を踏み台にして、壁へ手を伸ばした。

 

特に理由はなかったと思う。埃が積もっているのが気になったのかもしれないし、筆先の形を近くで見たかったのかもしれない。

 

指が柄に触れた瞬間、淡い光が走った。

 

私は驚いて手を離した。

 

光は消えた。

 

しばらく待ったが、何も起こらない。

 

もう一度、今度はゆっくりと指先を近づけた。

 

触れる。

 

光る。

 

離す。

 

消える。

 

もう一度触れる。

 

やはり光った。

 

「お母さん」

 

台所にいた母を呼んだ。

 

「これ、光ります」

 

母は私の隣まで来ると、壁から響筆を取り外した。私が触れた時には確かに光っていたのに、母の手の中では何の変化も起きなかった。

 

柄を握り直しても、筆先を撫でても、光らない。

 

父も呼ばれた。

 

父が触れても同じだった。

 

「もう一度、触ってみて」

 

母に言われ、私は響筆へ手を伸ばした。

 

淡い光が、筆先から柄へ広がった。

 

母が息を呑んだ。

 

きれいだと思った。

 

そのように言おうとしたが、母はすぐに響筆を私の手から離した。

 

「熱くなかった?」

 

「いいえ」

 

「痛いところは?」

 

「ありません」

 

父は私の手のひらを確認した。火傷も傷もないことが分かると、今度は顔を覗き込んだ。

 

「何か、聞こえたか?」

 

その質問で、響筆の光と、私にしか聞こえない声が、二人の中で同じものとして扱われていることが分かった。

 

説明のつかないもの。

 

私にだけ起きるもの。

 

なくした方がよいもの。

 

「いつもと同じです」

 

そう答えると、母の表情が曇った。

 

母は私を叱らなかった。

 

父も、嘘をつくなとは言わなかった。

 

ただ、二人は響筆を元の場所へ戻し、私に触らないよう言った。

 

「何が起きているか分からないから」

 

父の判断は妥当だったと思う。

 

原因が分からない現象へ繰り返し接触することには、危険が伴う。光が無害であるという保証もなく、今後も同じ反応だけが起きるとは限らない。

 

私は頷いた。

 

それ以降、家族がいる時には響筆へ触れなかった。

 

だから誰もいない時だけ触れた。

 

両親が外出していることを確認する。扉の向こうから足音がしないことを確かめる。椅子を壁際へ運び、響筆を下ろす。

 

触れる。

 

光る。

 

手を離す。

 

消える。

 

もう一度触れる。

 

また光る。

 

毎回、同じだった。

 

その確認に実用的な意味はなかった。

 

光の原因は分からない。声との関係も証明できない。私が触れた場合に限り反応するという事実が増えるだけで、問題は何も解決しなかった。

 

それでも、光ることを確かめると、少し安心した。

 

なぜ安心するのかは分からなかった。

 

声は、私にしか聞こえない。

 

聞こえたと話せば、両親は心配した。

 

聞こえないと言えば、安心した。

 

そのため、次第に報告しなくなった。

 

けれど響筆の光は、声とは違った。

 

私の頭の中だけで起きていることではない。少なくとも、目の前の物に変化が生じている。私が触れれば光り、離せば消える。

 

何かがある。

 

それが何かは分からない。

 

良いものなのか、悪いものなのかも分からない。

 

それでも、何もないわけではない。

 

私は光が消えるまで響筆を見つめ、それから元の場所へ戻した。

 

誰にも触れたことを知られないよう、角度まで同じにした。

 

当時の私にとって響筆は、まだ武器ではなかった。

 

祭具ですらなかった。

 

ただ、私が認識しているもののすべてが間違いではないと、黙って示してくれる物だった。

 

 

***

 

やがて両親は、その響筆を処分しようとする。

 

響筆があるからユトは不可解な現象を確かめ続けてしまう。手元からなくなれば、声や光への執着も薄れ、普通に暮らせるようになるかもしれない。

 

やはり悪意ではない。

 

しかしユトは、捨てられた響筆をこっそり回収した。

 

本人は後から、

 

「廃棄された物には所有者が存在しないため、私が回収しても問題はないと判断しました」

 

と説明する。

 

だが、両親に見つからないよう夜まで待ち、布に包み、部屋の奥へ隠した時点で、本当に問題がないと思っていたわけではない。

 

嫌だったのだ。

 

自分の側に存在する唯一の証拠を、何もなかったことにされるのが。

 

その後、ユトは家を出る。

 

最低限の衣服や本とともに、隠し持っていた響筆を持っていく。

 

戦うために選んだ武器ではない。

 

捨てられたものを、もう一度置いていけなかっただけだった。

 

***

 

そして現在。

 

スレイたちは遺跡の探索中、壁画に描かれた響筆を発見する。

 

スレイ「ユト、これ見て!」

 

ユト「……響筆ですね」

 

ユトはいつも通り冷静に答える。

 

しかし、壁画に描かれていたのは、現代の土産物としての響筆ではなかった。

 

人間が響筆を掲げ、空中へ文字や術式を描いている。その隣には天族らしき人物がおり、描かれた術式へ力を与えているように見える。

 

スレイとミクリオはすぐに考察を始める。

 

遺跡の様式から見て、二千年以上前のものではないか。

 

描かれている人物の衣服や属性意匠から、一方は人間、一方は天族と考えられる。

 

筆先から伸びる線は装飾ではなく、周囲の碑文と同系統の文字列ではないか。

 

つまり響筆とは、本来、人間が天族と協力して術を使うための補助具だったのではないか。

 

普段のユトは、スレイとミクリオの遺跡談義にそこまで強い興味を示さない。

 

必要な結論だけ聞き、残りは二人に任せることが多い。

 

だが今回は違う。

 

「この人物を人間と判断した根拠は何ですか」

 

「隣に描かれている存在が天族である可能性は、どの程度ありますか」

 

「筆先から伸びる線が術式であることは断定できますか」

 

質問が止まらない。

 

一つずつ、根拠を確認する。

 

まるで、あの日に光ったものが本当に存在したのか、もう一度確かめるように。

 

そしてスレイが言う。

 

「ユトの使い方、間違ってなかったんだな!」

 

ユトはすぐに否定する。

 

「壁画と現在の運用が完全に同一であるとは断定できません」

 

「自分は響筆が反応したため、可能と思われる操作を試しただけです。偶然の要素も大きい」

 

するとミクリオが返す。

 

「正しい資料も、教える者もいない状態で、二千年前の使用法にたどり着いたんだ。それを『試しただけ』とは言わない」

 

さらにスレイが続ける。

 

「誰も使い方に気づかなかったのに、ユトは最初から分かってたんだな」

 

「みんながただの飾りだと思ってたものを、ユトは捨てなかった」

 

「すごいよ、ユト」

 

スレイは、響筆が本当に一度捨てられたことを知らない。

 

だからこそ、その言葉はあまりにも正確だった。

 

幼いユトが誰にも言えないまま守った判断を、何年も後になって、スレイとミクリオが肯定する。

 

ユトはすぐには答えない。

 

正しいという表現は適切ではない。

 

追加調査が必要である。

 

偶然が含まれている。

 

そう説明しようとする。

 

しかし言葉が出てこない。

 

 

ユトが突然、自分の気持ちを素直に語れるようになったわけではない。

 

『嬉しかった』

 

『救われた』

 

『捨てなくてよかった』

 

そんな分かりやすい独白はしない。

 

ただ、

 

スレイは、ユトが最初から使い方を知っていたと言った。

 

その表現は正確ではない。

 

ユトは何も知らなかった。

響筆が光る理由も、声の正体も、本来の用途も知らなかった。

 

それでも、すぐには訂正できなかった。

 

 

響筆は、幼いユトの内側にある何かを、初めて外の世界へ光として示した。

 

 

響筆は古代の祭具であり、人間と天族が協力して術を行使するための補助具だった。

 

現代では用途を忘れられ、観光土産のように扱われている。

 

ユトの使い方こそが、失われた本来の用途に近かった。

 

 

 

なぜユトがそれを持っているのか。

 

なぜ笑われても使い続けたのか。

 

なぜ「ただの模造品です」と言いながら、捨てることができなかったのか。

 

そこにはユトの、静かで確かな執念があった。

 

 

なお、以上を踏まえても現代社会における響筆の立ち位置は、お土産屋さんのペナントである。

 

そこは変わらない。

 

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