気がつけば、荒野を彷徨っておりカズマとクーガーに出会う話。
気づいたら、見渡す限りの荒野を彷徨っていた。
昨日は確か休日で、部屋にこもって好きなアニメの耐久マラソンをしていたはず。
それなのに、なぜこんな場所にいるのだろう。
それに……なんだか心なしか、いつもより視線が低い気がする。
「こういうときって、どうするんだっけ?」
根っからのインドア派なため、サバイバルの知識なんて皆無に等しい。
「体力を温存するために、動かない方がいいのかな……って、え?」
自分の口から出た声に、思わずフリーズする。
「俺の声、こんなに高かったっけ……!?」
まるで子供のような高い声。何から何までわけがわからない。
荒野の真ん中で混乱しながら自問自答を続けていると、ふと、向こうからこちらへ近づいてくる人影が見えた。
「助かった……!? お~い!」
藁にもすがる思いで、俺はその人影に向かって大きく手を振った。
よく見れば一人ではなく、三人。
どうみてもこちらを助けてくれそうにない雰囲気だった。
リーダーらしいスキンヘッドの男が口を開く。
「なんだぁ~~ 水ぼらしいガキ一人かぁ」
「父ちゃん母ちゃんはどうしたぁ? はぐれちまったのかな坊ちゃん」
小馬鹿にした風に天パの男が喋る。
「ばっか、こんな小汚ねぇガキに親なんかいるはずないだろうぉ」
バンダナした男が悪意を隠そうともしない声で言う。
「まぁ……高くはならないが売れば金になるだろ」
スキンヘッドの男がこちらに手を伸ばす。
逃れようと身を翻すがすでに囲まれていた。
「痛い思いしたくなきゃ、大人しくしてけよ」
バンダナの男に羽交締めにされ、俺は訳が分からずに声をあげる。
「やめろぉ!離せぇ!こんな事すると警察が黙っていないぞ!」
「うぐっ……!?」
腹に鈍い痛みを感じた。
喉の奥に熱いものが込み上げてきて、うまく吐き出すこともできない。
「ケイサツゥ~~!? こんな辺鄙な所には来ねぇよ」
腹を殴られたのだ、と遅れて理解する。
俺はゲホゲホッと激しく咳き込み、息を吐き出した。
「そもそも、万が一来たとしてもなぁんにもできねぇよ。せいぜい怯えて縮こまってるだけだろ」
スキンヘッドの男が、殴った方の手首を鳴らしながら嘯いた。
「うわ、きったねぇな!俺の靴に付いたじゃねぇか!」
「うっせぇな、それくらいでグチグチいってんじゃねぇよ」
スキンヘッドの男と天然パーマの男が、くだらない諍いを始める。
いや、いくら休日明けの仕事が怠いからって、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
確かに、代り映えのしない日常に嫌気がしていたこともあった。だからってこんな理不尽に遭っていいはずがない。
それなりには気に入ったんだ。休みになったらゲームして、録り溜めしたアニメを消化するだけの、あの生活を。
今じゃ、そんなささやかな望みする叶わないっていうのか。
__胸の奥が、沸々と熱を持ち始めた。
そもそも、なんで俺は子供になってんだよ……!
子供だと思って舐めやがって……!
普段の自分からは考えられないほど、感情が激しく荒れ狂っていた。
「……っしてやる」
「アン? なんだって?」
羽交締めにしてきているなバンダナの男が、耳元で聞き返してくる。スキンヘッドと天然パーマは、まだ口論に夢中でこちらに気付いてすらいない。
「だからっ……!! ぶっ飛ばしてやるって言ってんだよぉッ!!」
自分でも信じられないほどの怒声が、俺の喉から飛び出た。
その瞬間、周囲の地面が抉れ、転がっていた岩が砕け散った。
虹色に輝く粒子が舞う。それらは俺の左腕で収束していく。
――直後、左腕に凄まじい激痛が走る。
掌から肩にかけて、肉が内側から裂けるような――いや、現実には裂けていた。
虹色の粒子がいくつもの光の輪となり、裂けた腕を締め上げる。さらに粒子は、剥き出しになった腕に覆うように密度を増していく。
粒子が集まった先から金属板が生成され、装甲ように覆い始めた。
それは、西洋の騎士のガントレットを思わせる無骨なフォルムだった。
左手の甲から肩にかけては硬質な赤の装甲が覆い、指先と掌は鈍く輝く橙色に染まっている。装甲の隙間に走るスリットからは、焔のような光が激しく迸っている。
「――なっ、このガキ、アルター使いだったのか!?」
背後でバンダナの男が驚愕し、羽交締めの力が緩む。その一瞬の隙を見逃さず、強引に振り解く。
「まずは、さっき一発殴られた借りを返さなきゃなァッ!」
着地と同時に、地面を強く蹴り出す。
狙いは先程一発かましてくれたスキンヘッドの男。
紅蓮のエネルギーを纏った拳を振り上げながら、吠える。
スキンヘッドの男は突然の事態が飲み込めていないのか、間抜けにボーッと突っ立ったままだ。
その顔面に向けて拳を叩き込もうとした――その瞬間、ふっと頭が冷えた。
このまま拳を振り抜けば相手を殺してしまうのではないかと――。
ただでさえ、金属に覆われた拳。そして、先程から燃える焔ような光が絶えず噴き出している。
どう見てもくらえばただでは済まないだろう。
だが、眼前の男はようやく事態を把握したのか、恐怖に顔を歪めて背を向けようとする。
―――遅い。
振り上げられた、苛烈に燃焼し続ける鉄拳が、容赦なくスキンヘッドの男へと襲いかかった。
拳が触れた瞬間、紅く燃え上がるエネルギーが溢れ出した。
破壊の力の本流が周囲に伝播し、容赦なく大地を叩き割る。視界が真っ白になった直後の暗転、凄まじい大爆発が巻き起こった。
――圧倒的な力の解放。
光と轟音が収まり、我に返ったときには、自分を中心に巨大なクレーターが刻まれていた。
さっきまで絡んできていたチンピラたちの姿は、どこにもない。
咄嗟に狙いをずらして地面に拳を叩きつけたので、破壊の余波でどこかに吹き飛ばされたのだろう――そう都合良く考えることにしよう。殴った手応えはなかったし、大丈夫だ。きっと、メイビー。
しかし、これが本当に自分のやったことなのか、いまいち実感が湧かない。
――いや、悪いことばかりでもなかった。
この左腕の変質と、先程のチンピラの一人が言った「アルター使い」という言葉。
そして、自分がいるこの隆起した大地。
ここは、ロストグラウンド。かつて神奈川と呼ばれた地。
二十数年前の謎の大隆起現象によって、本土から完全に切り離された不毛の大地。
そうだ。ここは、俺が昨日まで耐久マラソンをしていた、マイフェイバリットアニメ――
『スクライド』の世界だ。
慣れとは恐ろしいものである、この3ヶ月で俺は世紀末でヒャッハーな世界に見事に順応してしまった。
あの最初のチンピラ三人衆みたいな輩が次々と襲い掛ってきたのだ。
俺はアルター能力(名前はまだない)で片っ端からぶっ飛ばし(正当防衛)ていった。
おかげで力の使い方にもすっかり慣れ、ある程度は手加減できるようになった。
ちなみに襲ってきた奴らからは、迷惑料兼慰謝料として食料と水をありがたく頂戴した。
うん、間違いない。俺は立派な蛮族である。
そんなときだ。
あの二人組に出会ったのは。
いつものように襲ってきた馬鹿どもをコテンパンにのし、迷惑料兼慰謝料を徴収しようとしたときだ。
「お前か? ここらへんを牛耳ってるっていうアルター使いは」
軽薄そうでいて、どこか底知れない凄みを感じる声だった。
振り返ると、そこには直線的でユニーク髪型に、丸いサングラス掛けた男が立っていた。
「知らない。俺は純然たる被害者だ。これも迷惑料兼慰謝料として貰っているだけで、略奪じゃない」
「そうかぁ?俺からして見たら立派な略奪に見えるが」
「何を根拠に?」
男は懐からヘアブラシを取り出し、前髪を整えながら薄笑いを浮かべた。
「ハン、勘だよ。……ま、そういう奴らをごまんと見てきたからなぁ」
ストレイト=クーガー。主人公カズマの兄貴分であり、師でもある男。
速さに並々ならぬ拘りを持ち、公式設定では最強とされる男。その濃いキャラ造形からファンも多い。
まぁ~俺はカズマ推しやからな、嫌いではないが。
心を読まない限り、何人たりとも彼の速さを知覚することはできない。
見た感じ、本土側に捕まって精製される前か。髪は焦茶だし、グラサンも派手な色じゃない。
そして何よりも、あのトゲが入っている肩パッド!
オルタレイション時空かよ!
俺はダメ元で拳を振り抜くが、ひらりと躱される。
「ハハッ!その手の速さ、嫌いじゃない」
地面が抉れ、極彩色の粒子が舞う。
「…だが、足りないぞぉ!」
奴の足に粒子が纏わりつき、アルターが具現化していく。
「お前に足りないもの!それはァ――!」
紫色の足甲を身に纏い、粒子を激しく噴射しながらクーガーが加速していく。
――速い。常人には到底、視認すらできない速度だ。
だが、奴は空を飛んでいるわけじゃない。走っているのだ。地面を蹴り、その凄まじい瞬発力だけで疾走している。
じゃあ、もしも――その地面が、踏み込めない程荒れていたら?
それでも奴は、まともに加速できるか?
答えは、ノーだ!
だったら、奴が最高速度に達する前に、足元の地面ごとぶっ壊してやる!!
左腕の装甲の隙間から、紅蓮の光が爆発的に迸る。
奴の速度を凌駕しろ――奴より、速く!!
こちらの狙いを察知したのか、クーガーはそれ以上の加速をやめた。
だが、速度を落としたわけじゃない。これまでの慣性を全て乗せたまま、奴は突進の勢いで鋭く身体を投げ出した。
「――ヒール・アンド・トゥッ!!」
地面を猛烈に滑るような、容赦のないドロップキック。
――そうだ、それを待っていたんだ!
加速を断念し、今の速度のまま直線的に突っ込んでくる。その瞬間こそが、最も進路を読みやすい。
俺は上体を沈め、迫り来る奴の両踵に向けて、瞬時に左拳を突き合せた。
凄まじい衝撃と閃光。俺の拳が、奴の地を這う超速蹴りと真っ向から正面衝突する。
その激突をトリガーに、拳の覆う装甲の隙間から焔のようなエネルギーが爆発的に溢れ出した。
「コイツ……俺の速さに、対応しやがった!?」
サングラスの奥で、クーガーの目が驚愕に見開かれる。
膨れ上がった二つのアルターエネルギーはお互いの肉体を激しく弾き飛ばし、大気を激しく震わせながら、完全に相殺された。
穿たれたクレーターを中心に、左右へと二本の深い溝が刻まれていた。
その両端で、俺たちは再び向き合う形で大きく距離を取っていた。
さっきまで地面に転がっていたチンピラ共の姿は、もうない。戦闘の余波で吹き飛んだのか、あるいは衝撃で目を覚まして一目散に逃げ出したか。
仕切り直しか……。
彼我の実力差は、圧倒的だ。
今のはたまたま向こうが読み通りに直線的に来てくれたから対応できただけで、決して力がつり合っているわけじゃない。
まともにやり合って、勝てるビジョンがこれっぽちも見えない。どうする……?
そんな時だった。
「おいっ、クーガー!1人で勝手に進むなよッ!」
甲高い少年の声が響いた。
薄汚れた衣服に、赤みがかかった茶髪。
右腕には包帯を巻いていた。年相応の顔立ちではあるが、どこか野生の獣を連想させる鋭い眼光。
間違いない。―――カズマだ。
スクライドの主人公。シェルブリットのカズマが、今、俺の目の前にいる。
「いやぁ~、すまなかったな。カズヤ」
先ほどまでのヒリつくような空気はどこへやら、クーガーが気を抜けた返事をする。
「カズマだっ!!」
原作通りのやり取り。
本当なら、生で見られた感動に咽び泣きたいところだ。しかし、今の状況がそれを一切許してくれない。
「――で、こいつかよ。例のアルター使いってのは」
獰猛で好戦的な笑みを浮かべ、カズマがこちらに向けて拳を突き出す。
二対一。
あの二人の性分だから、同時に襲い掛ってくるような真似はしないだろ。……とはいえ、こちらの状況が悪くなる一方なのは間違いなかった。
「カズヤ、俺は疲れちまった。後は任せる」
手をヒラヒラさせて、クーガーはあっさりと俺に背を向けた。
「だから、カズマだって言ってんだろうッ!」
こちらへの視線を一切外さないまま、カズマが怒鳴り返す。
「――でいいのかよ。アンタの獲物だろう?」
口元を獰猛にニヤリと歪めながら、カズマは握りしめた拳を掲げた。
「あぁ、やっちまえ、カズヤ」
近くの岩に座り込み、返事をする。
「カズマだ!いい加減覚えろッ!!」
怒号と共に、カズマの足元の地面が削れ、虹色の光が広がる。
右腕に収束した光が、3枚の赤い羽根と黄金の装甲を生み出す。
――シェルブリット、弾丸を意味するカズマのアルター。
「さぁ、喧嘩だ!喧嘩ァ!!とことんやってやるっ!!」
カズマは腰だめに右拳を引き絞り、左手を前方に掲げて吠える。
「衝撃の、ファー――ストブリットォォッ!!!」
1枚目の羽が砕け、そこから溢れ出した莫大な虹色のエネルギー。
凄まじいジェット噴流となってカズマの背中を強引に押し出す。
遠心力を使い、勢いを殺すこともなく突撃してくる。
クーガーのような「知覚できぬ速さ」ではない。だが、目の前の一撃は、あらゆる存在を跡形もなく飲み干すような圧倒的な暴虐の塊だった。
俺も負けじと左腕の紅い拳を握りしめる。
感情に呼応するかのように噴き出す焔が烈火の如く膨れ上がっていく。
――来た……!!
最後の回転が終わり、カズマの弾丸が真っ直ぐに突き出される。
すかさず、俺も拳を振り上げる。
クーガーのときのような、ただ生き残るための防御の迎撃じゃない。
こいつをぶっ飛ばすための――攻撃の一手だ!
生半可な威力では、拳ごとぶち抜かれる。
なら、どうすればいい?
答えは、ひとつしかない。
こちらも、すべてを賭けた必殺の一撃で迎え撃つだけだ。
保身を捨てろ。ご都合主義の展開を望むな。
余計なノイズになりうる思考はすべて放棄しろ。
なによりも、あのカズマと向き合えてるのだ。
全力――いや、死力を尽くさなくて何になる!
左腕の装甲から、爆発的な紅蓮の焔が溢れ出す。俺の魂の全てを込めて、迫り来る黄金の鉄拳へと突き出した。
拳同士が激突するかのように見えた。
だが、実際はすり抜けるようにお互いの顔面へと吸い込まれていった。
空間を歪めるほどの打撃音と、爆発するような衝撃が響き合った。
バチバチと、静かに何かが燃える音が聞こえる。
重い瞼をうっすらと開けると、そこはすでに夜の静寂に包まれていた。
視界の端で、小さな焚火の炎が揺れている。
「よう、目覚めたか坊主」
どこかで聞き覚えのある、軽薄でいて底知れない声。
声のした方へと、まだ上手く動かない首をゆっくりと巡らせる。
そこにいたのは、先ほどまで戦っていた男――ストレイト=クーガーだった。
月明かりに照らされたその表情は、昼間の戦闘時とは違い、どこか穏やかなものだった。
「あんたが、介抱してくれたのか……?」
上体を起こしながら問いかけると、クーガーは焚き火の爆ぜる音に声を乗せた。
「あぁ。久々にいいもん、魅せて貰ったからなぁ…」
クーガーはそう言って、サングラスの奥の目を少しだけ細める。
「……それに、弟分の面倒見るのは、兄貴分として当然だろ?」
クーガーの静かな視線を追う。その先には、地面に大の字になって盛大にいびきをかいてるカズマの姿があった。
見れば、奴の右頬は真っ赤に腫れ上がっており、申し訳程度の手当てがされている。
その瞬間、自分の左頬にもズキズキとした激痛が走っていることに気が付いた。
「相打ち……?」
「あぁ。お互い、綺麗に決まっていたぞ。――クロスカウンターってやつだな」
クーガーは満足そうに、あるいはどこか誇らしげに、そう言って小さく笑った。
「大した奴だよ、お前さんは。初見で俺の速さに喰いついて見せて……」
クーガーは足元の薪を焚き火へとくべながら、言葉を続けた。
「あまつさえ、カズヤと引き分けまで持ち込みやがった。アイツはあれでいて、その辺の半端なアルター使いより腕が立つんだぜ?」
どこか自慢げに語るその口調からは、カズマへの確かな信頼と身内への誇りが透けて見える。
「それにお前さん……アルター使い同士の戦いは、これが初めてだろう?」
核心を突くように、クーガーは静かに呟いた。サングラスの奥の視線が、こちらの心まで見透かしてくるようだ。
「……わかるもんなのか」
「あぁ。なんとなくだがな。拳の重ね方、力の逃し方、それ以上に……アルターという『力』に対する戸惑いが、まだ拳に残っていたのさ」
忘れ物を思い出したかのように、クーガーが頭を掻く
「そういえばお互い、自己紹介はまだだったな。俺の名はストレイト=クーガー。誰よりも速く走れる男だ。で、そこでイビキかいてんのはカズヤだ」
「カズマっていってなかったか?」
「お?そうだったか、スマンスマン」
悪びれた様子なく、クーガーは手をひらひらと振る。
「…でだ。坊主、お前の名は?」
クーガーの問いかけに応じるように、足元の焚き火がいっそう激しく燃え上がり、彼の顔を照らした。
――名前。
この世界に放り出されてから3ヶ月、誰にも名乗ることもなかった、前の世界から持ってきた俺の証明。
俺は、真っ直ぐにクーガーを見据えて答えた。
「……丹羽、丹羽直人だ」