魔女が秘密にした男   作:ケン3ヴァルデン

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第10話 孤独の真価

 

 

夜が訪れた。

 

探索班も調査班も一度最初に見つけた拠点で合流することになる。

 

焚き火が灯される。

森の夜は危険だ。

 

特に正体不明の人物を追っている今、勝手な行動は許されない。

 

そして報告が始まった。

 

最初に口を開いたのは探索班だった。

 

「……拠点を見つけた」

 

その一言で全員の視線が集まる。

 

「一つじゃない」

「少なくとも五つ」

 

空気が変わる。

 

ジーナも顔を上げた。

 

「五つ?」

 

「確認できた分だけだ」

 

報告した冒険者も困惑している。

 

理解できていないのだ。

 

自分が見たものを。

 

「ただし規模は小さい」

「この拠点ほど大きくない」

「物置みたいな場所もあった」

「寝泊まりだけできる場所もある」

「狩り用らしい設備しかない場所もあった」

 

拠点ごとに用途が違う。

 

その話を聞いてジーナは考え込む。

 

合理的だった。

 

森全体を活動範囲にしているなら自然な発想だ。

 

だが問題はそこではなかった。

 

探索班は木の皮を取り出した。

 

広げる。

 

焚き火の明かりに照らされる。

 

誰も言葉を失った。

 

ただの木の皮だった。

 

だがそこには線が描かれている。

 

記号がある。

印がある。

 

「地図か……?」

 

誰かが呟く。

 

誰も否定できない。

 

川、崖。

魔物の縄張りらしき場所。

果実の群生地。

拠点。

 

それらが記されていた。

 

正確さは分からない。

 

しかし地図だった。

しかも何枚もある。

 

用途ごとに違う。

 

狩り用。

採集用。

移動用。

 

そんな風に見えた。

 

「誰がこんなものを作るんだ……」

 

誰かが言う。

 

返事はない。

 

さらに報告は続く。

 

魚を飼育する池。

楽園の実の畑。

保存庫。

乾燥場。

解体場。

 

次々に語られる。

 

聞けば聞くほど理解不能だった。

 

まるで森そのものを利用して生活するために作られた小さな国のようだった。

 

しかも。

 

どう考えても一人で作られている。

 

誰もその異常さを言葉にできなかった。

 

一方。

 

拠点へ残っていた者たちの報告も始まる。

 

「こっちも大した成果はない」

 

そう前置きした冒険者だったが、その表情は興奮を隠せていなかった。

 

「用途が分かった道具は数個だけだ」

「残りは不明」

 

苦笑が漏れる。

理解できないのだ。

目の前にあるのに。

 

「薬らしいものもあった」

 

「でも成分が分からん」

 

「傷薬らしきものはある」

 

「保存方法も見たことがない」

 

「魚の油を使ってるかもしれん」

 

議論が始まる。

 

推測ばかりだった。

だが誰も否定しない。

 

なぜなら全員が同じ結論に辿り着いていたからだ。

 

この場所は異常だ。

 

良い意味で。

悪い意味で。

異常だった。

 

ジーナは静かに棚から持ってきた道具を見つめる。

 

削られた骨。

加工された石。

木材。

 

どれも粗末な材料。

 

だが用途を考えて作られている。

 

改良されている。

失敗を繰り返した跡がある。

 

それが分かる。

 

だから余計に恐ろしかった。

 

魔法使いである自分たちが当然と思っている常識の外側で。

 

誰かが独力で積み上げた知識。

 

それが目の前にある。

 

ジーナは胸が高鳴るのを感じていた。

 

もし。

 

もし本当にこれを一人で作ったのなら。

それは天才という言葉では足りない。

 

そんな気さえしていた。

 

 

***

 

 

深夜。

 

森は静まり返っていた。

 

先程の喧騒が嘘のようだった。

焚き火の炎だけが揺れている。

 

調査隊の多くは既に眠っていた。

 

探索で疲弊していたのだ。

 

慣れない森。

慣れない環境。

謎の多い発見。

 

神経を張り詰め続けた一日。

 

眠気には勝てなかった。

 

もちろん全員ではない。

 

見張りがいる。

 

森で夜を明かす以上、それは当然だった。

 

交代制で数人が起きている。

焚き火の傍で周囲を警戒している。

 

だが青年は知っていた。

 

彼らがいても問題ない。

 

森の獣も。

魔物も。

 

起きているものがいるからといって狩りを諦めたりしない。

 

大切なのは方法だった。

 

青年は静かに腰の袋へ手を伸ばす。

 

中から小さな容器を取り出した。

 

中空の木を削って作られた筒。

 

蓋を開く。

 

独特の匂いが漏れる。

甘く、そして僅かに苦い。

 

青年が長い年月をかけて作り上げた薬だった。

 

眠り薬。

 

正確には眠気を誘う薬。

 

獣を眠らせるためのもの。

 

最初は失敗ばかりだった。

 

効き過ぎて死ぬ。

効かないことあった。

苦味の匂いで警戒される。

 

様々な問題があった。

 

それでも試行錯誤を繰り返した。

 

理由は単純だった。

 

肉だ。

 

暴れた獣の肉は傷む。

血が回り、筋肉が硬くなる。

味も落ちる。

 

だから青年は考えた。

 

暴れなければいい。

眠らせればいい。

 

そうして完成したのが今の薬だった。

 

薬草。

樹液。

そして楽園の実。

 

その種から取り出した成分。

 

ごく少量。

 

幻覚を起こさない程度。

ぼんやりとする感覚だけを引き出す量。

 

青年は知らない。

それがどれほど異常な発見なのかを。

 

楽園の実を研究し。

毒性を分離し。

用途別に利用する。

 

後世の薬学者が聞けば卒倒するような話だった。

 

だが青年にとっては違う。

 

獣を楽に仕留めたい。

ただそれだけだった。

 

 

青年は風向きを確認する。

 

煙が流れる方向。

匂いが運ばれる方向。

 

そして静かに移動した。

 

足音はない。

枝も踏まない。

獣へ近付く時と同じだった。

 

焚き火の光が見える。

見張りの姿も見える。

 

青年は木陰から観察する。

 

鎧を着た男。

槍を持つ男。

軽装の女。

 

皆疲れている。

眠気と戦っている。

 

青年は静かに考える。

 

全部眠れば回収できる。

 

道具も。

保存食も。

薬も。

 

面倒事も避けられる。

だから眠ってもらう。

 

それだけだった。

 

 

***

 

 

木々の向こう。

 

焚き火の光に照らされるジーナの姿が見える。

彼女はまだ起きていた。

昼間に見つけた道具を手に取っている。

 

眠る様子はない。

 

青年は眉をひそめる。

変な人間だ。

こんな時間まで虫を解剖する道具を見ている。

 

理解できない。

だが危険そうには見えない。

 

青年の中での評価はその程度だった。

 

そして彼は知らない。

 

この夜。

 

彼がただの睡眠薬だと思って使おうとしているものを。

 

数百年後の世界では扱いに難しい、手軽に作れながらも悪用されれば危険な薬学知識として扱われることを。

 

そして。

 

焚き火の向こうで道具を見つめる少女が。

 

後に「不死の魔女」と呼ばれることを。

 

青年にとって今はまだ。

 

ただ少し変わった侵入者の一人に過ぎなかった。

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