魔女が秘密にした男   作:ケン3ヴァルデン

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第13話 未知との初遭遇

 

 

 

青年は迷わなかった。

 

閃光が炸裂した瞬間。

既に次の行動へ移っていた。

 

走る。

 

ただそれだけ。

戦わない。

様子も見ない。

 

勝ったかどうかも確認しない。

森で生きる者にとって重要なのは勝利ではない。

 

生存だ。

危険から離れること。

 

それだけだった。

 

夜の森を駆ける。

足音は小さい。

 

枝を避ける。

根を跨ぐ。

 

崖を回る。

何年も何年も繰り返した道。

身体が覚えている。

 

やがて。

 

小さな拠点へ辿り着く。

 

普段は採集の時だけ使う場所。

最低限の設備しかない。

 

だが今夜には十分だった。

 

青年は入口を塞ぐ枝をどける。

 

中へ入り荷物を降ろす。

 

薬。

乾燥肉。

材料。

道具。

 

一つずつ確認する。

失ったものはある。

だが重要な物は持ち出せた。

 

それで十分だった。

 

青年はようやく息を吐く。

 

安堵する。

流石に追って来ないだろう。

 

そう思った。

 

あの人数。

あの混乱。

しかも夜。

 

森に慣れていない人間が追跡できるとは思えない。

 

少なくとも今夜は。

だから少しだけ気を緩めた。

 

薬草を棚へ置く。

荷物を整理する。

腰を下ろす。

 

そして――

 

直後だった。

 

背筋を何かが走る。

 

冷たい。

 

嫌な感覚。

説明できない。

だが確実な警告。

 

青年は反射的に立ち上がった。

 

考えるより先に。

身体が動いた。

 

次の瞬間。

 

バンッ!!

 

何かが飛来する。

 

先ほどまで座っていた場所へ。

青年は目を見開いた。

 

敵だ。

 

そう判断する。

魔法か何かだろう。

詳しくは分からない。

 

だが危険なのは分かる。

 

青年は壁際へ身を寄せる。

 

呼吸を殺す。

周囲を見る。

何が起きた。

どこから来た。

何も分からない。

 

しかし飛来した光はそこで終わらなかった。

 

床へ落ちた瞬間。

淡い光を放ち始める。

 

ピィィィィィ――

 

甲高い音。

耳障りな音。

 

小さな虫の鳴き声にも似ている。

 

だが不快だった。

 

青年は眉をひそめる。

 

何だこれは。

攻撃ではない。

 

少なくとも今は。

 

だが目立つ。

非常に目立つ。

 

音も。

光も。

 

森では致命的だった。

 

獣を呼ぶ。

魔物を呼ぶ。

人も呼ぶ。

 

最悪だ。

 

青年は咄嗟に布を被せる。

 

音は消えない。

光も漏れる。

 

埋めようとする。

音は続く。

 

投げ捨てる。

音は続く。

 

青年の表情が険しくなる。

理解できないものほど厄介だった。

 

 

 

一方その頃。

 

森の中を進むジーナは小さく息を吐いた。

 

成功。

 

予想通りだった。

 

あの人物は荷物を持ち出している。

だから魔法も一緒に運ばれる。

 

本来なら防犯用。

 

研究資料や貴重な薬を守るためのもの。

盗まれた場合に位置を知らせる。

 

それだけの魔法。

 

攻撃性はない。

危険もない。

 

だからこそ気付かれにくい。

 

だがジーナは少しだけ笑う。

 

もし相手が普通の盗賊なら。

今頃混乱しているだろう。

 

光る。

鳴る。

位置を知らせる。

 

それだけで十分だからだ。

 

しかし今回の相手は違う。

普通ではない。

 

だからこそ。

どう反応するのか興味があった。

 

あの人物は。

 

何を考えるのか。

何をするのか。

 

追跡しながらジーナは期待していた。

 

森の中で出会った最大の謎。

その正体へ。

少しずつ近付いていることに。

 

 

 

そして拠点の中。

 

青年は未だに鳴り続ける光へ険しい視線を向けていた。

 

魔法は分からない。

理屈も分からない。

 

だが一つだけ分かる。

こんなに目立つものを置いていたら。

 

何かが来る。

 

それだけは確信できた。

だから青年は頭を悩ませる。

 

森の支配者と噂される男は今。

 

たった一つの初級防犯魔法相手に本気で困っていた。

 

 

光は鳴り続けていた。

 

ピィィィィ――

 

 

青年は木の棒で突いてみた。

変わらない。

 

土へ埋める。

変わらない。

 

布で包む。

少し光が弱くなるだけ。

音はそのまま。

 

青年は顔をしかめた。

 

嫌な道具だ。

 

何が目的なのかも分からない。

どうすれば止まるのかも分からない。

 

獣や植物ならまだ良かった。

観察できる。

試せる。

理由を探せる。

 

だがこれは違う。

 

魔法だった。

 

青年は壁にもたれながら小さく息を吐く。

 

魔法。

 

嫌いではない。

だが好きでもなかった。

 

正確には理解できなかった。

 

青年に魔力はない。

生まれつき一欠片も。

 

だから魔法は最初から遠い存在だった。

 

空を飛ぶ者。

火を出す者。

傷を癒す者。

皆が羨む力。

 

だが青年は羨ましいと思ったことがない。

なぜならどこか納得できなかったから。

 

魔法使いたちは火を起こす。

青年は木を擦る。

 

魔法使いたちは傷を癒す。

青年は薬草を探す。

 

魔法使いたちは獲物を焼く。

青年は罠を作る。

 

それだけだった。

 

どちらが正しいという話ではない。

ただ青年にはどうしても思えてしまった。

 

楽をしている。

 

もちろん理屈では分かっている。

魔法にも努力は必要だろう。

訓練もあるだろう。

簡単なものではない。

 

木を擦って火を起こす苦労を知っているから。

薬草を何百種類も試して腹を壊した経験があるから。

 

どうしてもそう感じてしまう。

 

だから興味を持たなかった。

学ぼうとも思わなかった。

関係ない。

自分にはないものだ。

 

そう割り切っていた。

 

だが青年は光る魔法を睨む。

 

今は少しだけ後悔していた。

 

知っていれば止め方くらい分かったかもしれない。

正体くらい分かったかもしれない。

こんな風に困らなかったかもしれない。

 

そう思う。

 

しかし次の瞬間には別の考えが浮かぶ。

 

――いや、無理だろ。

 

青年は眉をひそめる。

 

いつ学ぶんだ。

誰から学ぶんだ。

街にいた頃か。

腹を空かせていた頃か。

捨てられた後か。

森で死にかけていた頃か。

 

そんな余裕はなかった。

 

毎日生きるだけで精一杯だった。

 

火を起こす。

食べ物を探す。

雨を凌ぐ。

怪我を治す。

 

それだけで一日が終わる。

 

魔法の勉強など考えたこともない。

 

青年は苦笑した。

 

少しだけ、本当に少しだけ。

 

理不尽だと思った。

 

魔法を持つ者は生まれた時から学べる。

教師もいる。

本もある。

仲間もいる。

 

自分には何もなかった。

 

だから知らない。

知らないまま生きてきた。

 

そして今、知らないことに困っている。

なんとも皮肉だった。

 

ピィィィィ――

 

また音が鳴る。

 

青年は顔をしかめる。

 

考えても仕方ない。

知らないなら調べるしかない。

それがいつものやり方だった。

 

魚もそうだった。

毒草もそうだった。

忌々しい果実もそうだった。

 

分からないなら観察する。

試す。

失敗する。

また試す。

 

それだけだ。

 

青年は光る魔法へ手を伸ばした。

 

少しだけ警戒しながら。

少しだけ苛立ちながら。

 

そしてどこかで思う。

 

もし次にどこかで魔法使いに会ったら。

少しくらいは聞いてみてもいいかもしれない。

魔法というものについて。

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