魔女が秘密にした男   作:ケン3ヴァルデン

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第14話 落下

 

 

ピィィィィ――

 

音は鳴り続けていた。

森の静寂を裂くように。

 

規則正しく。

執拗に。

 

その音を頼りに、ジーナたちは慎重に進む。

 

誰も口数は多くない。

 

先ほどの閃光。

消えた森の主。

そして追跡魔法。

 

相手が並の人間ではないことは全員理解していた。

 

「……近いわ」

 

ジーナが呟く。

 

音はもうすぐそこだ。

木々の隙間から建造物が見える。

 

小規模な拠点。

採集や狩猟の中継地だろう。

 

ジーナは手で合図する。

冒険者たちが散開した。

 

左右へ。

背後へ。

逃げ道を塞ぐように。

 

慎重に、極めて慎重に。

 

その間にもジーナは考える。

 

追跡魔法は初級魔法だ。

 

子供でも知っている。

解除も簡単。

魔力を流し込めば終わる。

 

それだけにもかかわらず。

未だに鳴り続けている。

 

つまり森の主は魔力を使えない。

あるいは解除方法を知らない。

 

どちらか。

 

そしてどちらであっても興味深かった。

 

あれほどの知識を持ちながら。

魔法だけが欠けている。

 

そんな人間が本当に存在するのだろうか。

 

やがて包囲が完成する。

 

ジーナはゆっくりと扉へ近付いた。

 

魔力を練る。

いつでも防御魔法を展開できるように。

呼吸を整える。

 

そして踏み込んだ。

 

――誰もいない。

 

魔法以外静まり返った室内。

荒れた棚。

散乱した荷物。

開け放たれた収納。

慌てて持ち出した形跡。

床には足跡。

外へ続く痕跡。

 

誰が見ても分かる。

逃走の跡だった。

 

「……逃げられたか」

 

冒険者の一人が吐き捨てる。

 

ジーナも小さく唇を噛む。

 

惜しい。

あと少しだった。

 

あの人物に辿り着けたかもしれないのに。

 

そして同時に納得もする。

 

だから魔法が鳴り続けていたのだ。

解除する余裕もなく逃げた。

 

そう考えれば自然だった。

 

ジーナは音の発生源へ近付く。

 

床に転がる追跡魔法。

 

まだ鳴っている。

まだ光っている。

 

彼女はしゃがみ込む。

 

指先から魔力を流す。

 

それだけでピタリ。

 

音が止まる。

光も消える。

静寂が戻る。

 

その瞬間だった。

 

チッ――

 

舌打ち。

 

小さい。

本当に小さい音。

 

だが確かに聞こえた。

ジーナの耳が動く。

 

反射的に振り返る。

冒険者たちを見る。

誰も舌打ちなどしていない。

 

困惑した顔。

警戒した顔。

疲れた顔。

 

それだけなら聞き間違いか。

 

そう思いかける。

 

しかし違和感が残る。

あまりにもタイミングが良すぎる。

 

まるで欲しかった答えを目の前で奪われたような。

 

悔しそうな。

そんな舌打ち。

 

ジーナの瞳が細くなる。

 

ゆっくりと天井を見る。

 

木材。

見た事のない縄の様なもの。

乾燥させた薬草。

物置。

 

それ以外は何もない。

 

だが彼女の胸の奥で何かが引っかかった。

 

 

 

一方少し前のこと。

 

青年は天井にいた。

 

身体を縮める。

息を潜める。

ほとんど動かない。

 

獣を観察する時と同じ。

完璧な静止。

 

そして彼は見ていた。

 

ジーナが魔法へ触れる様子を。

 

魔力を流す様子を。

音が消える瞬間を。

 

そして思わず舌打ちした。

 

本当に無意識だった。

少しだけ悔しかった。

 

期待していたからだ。

 

どこかに仕掛けがあるのではないか。

押す場所があるのではないか。

壊し方があるのではないか。

 

そう思っていた。

 

だが違った。

 

答えは単純。

 

魔力。

魔力がなければ触れることすらできない。

魔法は魔力で動き。

魔力で止まる。

 

結局そういうものだった。

 

青年は静かに歯を食いしばる。

 

別に怒っているわけではない。

羨ましいわけでもない。

 

ただ少しだけ悔しい。

 

魚なら理解できた。

植物なら理解できた。

 

毒なら。

薬なら。

動物なら。

 

観察して答えへ辿り着けた。

 

だが魔法は違う。

 

自分には入口そのものが存在しない。

 

その事実がほんの少しだけ。

気に入らなかった。

 

そして下では。

 

ジーナが静かに周囲を見回していた。

 

誰も気付いていない。

 

だが彼女だけは感じている。

 

まだいる。

どこかに。

 

ほんの僅かな確信と共に。

 

 

***

 

 

静寂が続く。

 

誰も動かない。

 

ジーナは天井を見上げていた。

青年は天井裏で息を潜めていた。

 

互いに存在を確信しているわけではない。

 

だが何かがおかしい。

 

そんな違和感だけが空間を支配していた。

 

そしてその均衡は。

あまりにも間抜けな理由で崩れる。

 

ミシッ――

 

小さな音。

 

青年の耳が動く。

 

まずい。

 

そう思った時には遅かった。

 

長年使っていた避難場所。

本来なら獣から身を隠すための場所。

 

だが今夜は違う。

 

慌てて飛び込んだ。

しかも体重を掛けた場所が悪かった。

 

支えの縄。

その最も傷んでいた部分。

 

それが限界を迎える。

 

ブチッ。

 

縄が切れる。

 

青年の目が見開かれる。

 

「あ」

 

そして。

 

ドガァン!!

 

天井が崩れた。

木材。

縄。

乾燥した薬草。

埃。

 

全てを巻き込みながら。

青年が真下へ落下する。

 

派手な音が拠点へ響いた。

 

そして時が止まる。

 

誰も動けない。

 

冒険者たち。

ジーナ。

そして青年。

 

全員が固まっていた。

 

床へ転がる青年。

崩れた天井。

舞い上がる埃。

 

あまりにも予想外。

あまりにも間抜け。

 

森の主。

人の形をした魔物。

様々な噂の正体が。

 

天井から落ちてきた。

 

しかも若い。

思ったよりずっと若い。

 

冒険者たちの脳が理解を拒否する。

 

青年も同じだった。

 

見つかった。

 

数秒にも満たない時間。

だが全員にとって永遠のように長かった。

 

そして最初に動いたのは青年だった。

 

反射。

もはや本能。

 

身体が跳ね上がる。

人間離れした速度。

横たわった状態から。

 

獣のように。

一瞬で立ち上がる。

 

「っ!」

 

冒険者たちが息を呑む。

 

速い。

速すぎる。

 

剣士でもない。

騎士でもない。

ただ森で生きてきた男。

 

それなのに動きだけなら猛獣だった。

 

青年は迷わない。

戦わない。

攻撃もしない。

 

狙うのはただ一つ。

 

崩れた天井を支える縄。

それを引けば残った部分も落ちる。

 

視界を塞げる。

混乱を作れる。

逃げられる。

 

青年は縄へ飛び付いた。

全力で引く。

 

だが今夜だけは違った。

 

「捕まえた」

 

ジーナが動く。

 

既に魔力は練り終えていた。

 

天井を見上げていた時から警戒を解いていなかった。

だから間に合う。

 

青白い魔法陣が展開される。

 

瞬間。

 

空間が震えた。

 

半透明の壁。

光の障壁。

 

それが拠点全体を包み込む。

 

結界。

 

本来は誰も出入りできない簡易的な拠点を作る防御魔法、でも今回は逃走阻止に使う。

 

森の主。

そして冒険者たち。

 

全員を中へ閉じ込める。

 

次の瞬間。

 

青年がロープを引く。

 

ドォン!!

 

残った天井が崩れる。

木材が降る。

埃が舞う。

 

だが誰も逃げられない。

結界が全てを遮る。

 

青年の動きが止まる。

ジーナも止まる。

 

互いの視線が初めて交差する。

 

数歩先。

 

森の主。

噂の男。

 

そして魔法使い。

 

初めて互いの顔を見る。

 

青年は驚いていた。

 

強い。

今まで出会った生き物よりも。

 

ジーナもまた驚いていた。

 

普通の青年だった。

 

角もない。

牙もない。

魔物でもない。

神秘的でもない。

 

ただの人間。

 

少し日に焼けていて。

傷だらけで。

森で生きてきたことが分かる男。

 

それだけなのに。

 

誰よりも異質だった。

 

結界の中。

 

誰も言葉を発しない。

冒険者たちも動けない。

 

まるで時が止まったようだった。

 

だが今度は違う。

 

先ほどの偶然ではない。

互いを理解しようとする沈黙。

 

そして長い追跡劇の終わり。

 

森で最も奇妙な男と。

後に不死の魔女と呼ばれる少女。

 

二人の出会いは。

 

あまりにも締まらない天井崩落と共に始まったのだった。

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