魔女が秘密にした男   作:ケン3ヴァルデン

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第15話 はじめまして、こんにちは

 

 

 

結界が閉じる。

 

淡い光の壁。

出口はなく、隙間もない。

 

冒険者たちは安堵した。

 

終わった。

そう思った。

 

森を騒がせた謎の人物。

 

ようやく捕らえた。

後は拘束するだけ。

 

誰もがそう考えた。

 

だが青年だけは違った。

 

諦めていなかった。

欠片ほども。

 

視線が走る。

 

冒険者。

扉、窓、天井。

床。

 

一瞬。

本当に一瞬で全てを確認する。

 

そして結論を出した。

 

分からない。

なら試す。

 

それだけだった。

 

青年が動く。

冒険者たちの反応より早く。

 

「待て!」

 

誰かが叫ぶ。

青年は止まらない。

 

剣士が前へ出て肩を掴もうとする。

 

その瞬間。

 

青年の身体が滑る。

まるで猫だった。

 

身体を捻る。

腕を避ける。

足を潜る。

 

掴めない。

触れられない。

 

冒険者の足へ手を掛ける。

まるで踏み台。

そして跳ぶ。

 

「なっ!?」

 

驚愕の声。

 

青年はそのまま別の冒険者の肩へ着地する。

 

さらに跳ぶ。

また別の人間を利用する。

 

壁を蹴る。

机を蹴る。

 

止まらない。

 

森の中を駆ける獣そのものだった。

 

剣術ではない。

武術でもない。

ただ捕まらないためだけに磨かれた動き。

 

冒険者たちは翻弄される。

 

掴めない。

予測できない。

攻撃する隙もない。

 

それでも結界は越えられない。

 

青年は出口へ飛ぶ。

 

一直線に。

迷いなく。

 

ドゴォン!!

「ぶぇっ!?」

 

凄まじい音。

 

青年の身体が弾かれる。

 

結界へ正面から激突した。

 

見えない壁。

 

その存在を理解するより先に。

 

額がぶつかる。

肩がぶつかる。

全身が吹き飛ぶ。

床へ転がる。

 

世界が揺れる。

 

青年は起き上がろうとする。

 

立たなければ。

逃げなければ。

 

そう思う。

だが身体が言うことを聞かない。

 

視界が二重になる。

頭が痛い。

猛烈に。

 

今まで殴られたことも。

崖から落ちたこともある。

 

それでもこんなぶつかり方は初めてだった。

 

青年はふらつきながら顔を上げる。

 

何もない。

何もないのに通れない。

 

理解できない。

理解できないまま。

 

手を伸ばす。

 

指先が触れる。

冷たい感触。

硬い壁。

 

そこにある。

確かにある。

なのに見えない。

 

その理不尽さに。

青年は一瞬だけ呆然とした。

 

そして限界が来る。

視界が暗くなる。

足から力が抜ける。

身体が傾く。

 

最後に見えたのは。

慌てて近付いてくる冒険者たちと。

 

どこか信じられないものを見るような顔をしたジーナだった。

 

青年はそのまま。

床へ倒れる。

 

ゴトリ。

 

音が響く。

静寂。

 

 

 

あまりにも予想外。

 

結界は強力な魔法ではない。

大型魔物を閉じ込める術でもない。

 

あくまで誰も出入りできない密閉空間。

 

普通なら見えた時点で止まる。

あるいは魔力で触れて異常を察する。

 

だがこの青年は違った。

 

躊躇なく突っ込んだ。

存在そのものを知らないかのように。

 

そして頭から激突した。

 

「……」

 

ジーナは言葉を失う。

 

演技ではない。

策でもない。

 

本当に知らなかったのだ。

 

結界を。

魔法を。

魔力を。

 

それほどまでに。

 

この青年は魔法から遠い場所で生きてきた。

 

ジーナは倒れた青年を見つめる。

 

噂の森の主。

人の形をした魔物。

狩人殺し。

 

その正体は。

 

結界に全力で頭突きをして気絶した青年だった。

 

あまりにも締まらない。

あまりにも情けない。

 

だが、だからこそ。

 

ジーナの興味はますます深くなっていった。

 

この人は何者なのだろうか。

 

魔法も使えず。

こちらの常識が通じず。

それでいて自分たちの誰よりも多くを知っている。

 

そんな人間を。

 

彼女は初めて見たのだった。

 

 

 

***

 

 

意識が浮上する。

 

最初に感じたのは痛みだった。

 

頭、額、首。

全部痛い。

 

特に額。

 

殴られたような鈍い痛みが脈打っている。

 

青年は顔をしかめた。

 

失敗したと理解する。

逃げられなかった。

捕まった。

 

記憶が戻る。

 

見えない壁。

激突。

そして暗転。

 

そこまで思い出したところで、ゆっくりと目を開いた。

 

見慣れた天井。

見慣れた壁。

見慣れた匂い。

 

本拠点だった。

 

青年は一瞬だけ安堵しかける。

 

だが身体が動かない。

 

腕、足、胴。

 

全て固定されている。

 

丁寧に、だが強固に。

椅子ごと縛り付けられていた。

 

青年は黙って拘束を確認する。

 

無駄に暴れない。

まず状況を見る。

それが癖だった。

 

そして顔を上げる。

少女と目が合った。

 

「おはよう」

 

椅子に腰掛けている。

まるで友人でも訪ねてきたかのような気軽さだった。

 

「気分はどう?」

 

明るい声。

敵意は感じない。

少なくとも表面上は。

 

青年は何も答えなかった。

 

ただ見つめる。

沈黙したまま。

 

少女、ジーナは肩を竦めた。

 

「そういう反応すると思ったわ」

 

返事はない。

 

沈黙。

青年は相手を観察していた。

 

年齢、服装。

装備、魔法使い。

 

間違いない。

あの見えない壁を使った少女。

 

青年はさらに視線を動かす。

 

周囲を確認する。

すると違和感に気付く。

 

荷物だった。

 

床や地面そこかしこに。

 

物が並んでいる。

整然と。

綺麗に。

 

薬草。

容器。

乾燥肉。

道具。

石器。

木器。

狩猟具。

書きかけの地図。

実験材料。

 

さっき倒壊した拠点から持ち出した荷物。

それだけではない。

他の拠点に置いていた物まである。

 

青年の目が僅かに細くなる。

 

全部運ばれている。

しかし雑ではない。

ある程度用途ごとに整理されていた。

 

青年は理解した。

 

調べられている。

その事実に不快感を覚える。

だが表情には出さない。

 

ジーナはそんな青年を見ながら笑った。

 

「勝手に触ったことは謝るわ」

 

返事はない。

 

「でも正直に言うとね」

 

ジーナの目が輝く。

興奮を隠せていない。

 

「私、昨日ほとんど眠れなかったの」

 

青年は眉をひそめる。

意味が分からない。

 

「知らない道具ばかりなんだもの」

 

楽しそうだった。

心の底から。

 

「この薬は何?」

「この罠は何?」

「この地図はどう読むの?」

「この乾燥した草は何に使うの?」

 

矢継ぎ早に言葉が飛ぶ。

 

青年は少しだけ困惑する。

 

怒られると思っていた。

責められると思っていた。

拘束されているのだから当然だ。

 

だが目の前の少女は違う。

 

捕まえた犯罪者を見る目ではない。

 

珍しい虫を見る子供のような目。

研究者の目。

好奇心の塊。

 

そんな視線だった。

 

青年は警戒を強める。

 

こういう相手は苦手だった。

何を考えているか分からない。

獣なら分かる。

魔物もある程度分かる。

 

だが人間は分からない。

特にこの目をした者は。

なおさらだった。

 

ジーナは机へ肘をつく。

そして青年を真っ直ぐ見た。

 

「じゃあ改めて」

 

気さくに微笑む。

まるで初対面の挨拶のように。

 

「私はジーナ」

「あなたの名前は?」

 

青年は黙ったまま。

 

答えない。

視線も逸らさない。

 

部屋には静寂だけが流れる。

 

そしてジーナは吹き出した。

 

「うん、そう簡単には教えてくれないわよね」

 

楽しそうだった。

 

青年は理解する。

面倒な相手に捕まった。

 

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