魔女が秘密にした男   作:ケン3ヴァルデン

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第16話 好みの話

 

 

「あの光は?」

 

沈黙。

 

青年は答えない。

ジーナは気にしない。

むしろ面白そうに眺めている。

 

そんな奇妙な空気が流れていた時だった。

 

「起きたのか!?」

 

外から声が聞こえた。

 

続いて足音。

 

一人。

二人。

三人。

 

次々と人が入ってくる。

 

昨日の冒険者たちだった。

 

青年の身体が僅かに強張る。

 

囲まれる。

本能的な警戒。

 

しかし次の瞬間。

 

予想外の言葉が飛んできた。

 

「おい!昨日のあれ何だったんだ!?」

 

「どうやってあの動きしたんだよ!」

 

「結界に突っ込む前のやつ!」

 

「俺の肩踏んだよな!?」

 

「全然見えなかったぞ!」

 

次々と声が飛ぶ。

 

質問。

質問。

また質問。

 

敵意はない。

怒りもない。

 

むしろ逆だった。

 

興奮している。

目を輝かせている。

 

青年は戸惑った。

 

理解できない。

捕まえた相手に向ける態度ではなかった。

 

「あとあの光!」

 

「何だあれ!?」

 

「錯乱魔法か!?」

 

青年は瞬きをする。

 

錯乱魔法。

 

そう呼ばれているらしい。

 

発火ネズミの体液。

発火ネズミの歯や爪を砕いたもの。

乾燥させた薬草。

 

手順を踏んで混ぜると眩しい。

量を調整するともっと眩しくなる。

たったそれだけだった。

 

だが彼らは違う。

 

とんでもない技術を見たような顔をしている。

 

青年はますます困惑した。

そんな様子を見ていたジーナが笑う。

 

「だから言ったでしょ、面白い人だって」

 

「面白いどころじゃない!」

 

一人が叫ぶ。

 

「森の主って聞いてもっと化け物みたいなの想像してたぞ!」

 

「俺もだ!」

 

「まさか普通の人間、それも子供とはな!」

 

普通。

 

その言葉に青年は少しだけ眉をひそめる。

 

普通ではない人生だったと思う。

少なくとも自分では。

 

だが言わない。

言葉は飲み込む。

 

そして部屋の奥から咳払いが聞こえた。

 

「その辺にしておけ」

 

低い声。

 

全員の動きが止まる。

 

リーダー格の男だった。

 

四十前後。

短く刈った髪。

使い込まれた鎧。

 

歴戦の冒険者。

彼が腕を組んで立っている。

 

表情は落ち着いていた。

 

だがどこか目が輝いている。

他の冒険者ほどではない。

 

しかし確実に興奮している。

抑えているだけだ。

 

男は視線を青年へ向ける。

 

「……昨日の光」

 

一拍置く。

 

「正直、俺も聞きたい」

 

周囲から笑いが起こる。

 

「団長もじゃねぇか!」

 

「だから静かにしろと言っただけだろう」

 

男は咳払いする。

 

少しだけ気まずそうに。

しかしすぐ表情を引き締めた。

 

「だが今は違う」

 

視線を周囲へ向ける。

 

「お前たち、さっさと荷物整理に戻れ」

 

「えー!」

「まだ話聞いてねぇ!」

 

「後だ」

 

即答だった。

 

反論を許さない声。

流石に全員が従う。

不満そうにしながらも。

 

一人。

また一人。

部屋を出ていく。

 

去り際ですら。

 

「あとで聞かせろよ!」

 

「逃げるなよ!」

 

「あとあの池のことも教えてくれ!」

 

そんな声が飛ぶ。

 

青年は無言のまま見送った。

 

嵐だった。

本当に嵐のようだった。

 

やがて部屋には数人だけが残る。

 

ジーナ。

リーダー格の男。

そして青年。

 

男は小さく息を吐く。

 

「すまんな」

 

苦笑する。

 

「悪気はない、むしろ逆だ」

「お前さんが思っていた以上に面白い男だっただけだ」

 

青年は黙ったまま。

 

だが少しだけ混乱していた。

もっと敵意を向けられると思っていた。

縄で縛られているのだから当然だ。

 

なのに彼らは違った。

 

警戒はしている。

しかし憎んではいない。

恐れてもいない。

むしろ知りたがっている。

 

そのことが青年には不思議だった。

そしてジーナはそんな青年を見ながら思う。

 

――やっぱり。

 

この人は人間に慣れていない。

 

魔物でもない。

怪物でもない。

 

ただ長い間一人で生きてきただけなのだと。

 

初めて少しだけ確信したのだった。

 

 

 

***

 

 

部屋の中は静かになった。

先ほどまでの喧騒が嘘のように。

 

残っているのは三人だけ。

 

青年。

ジーナ。

リーダー格、名をアゼド。

 

青年は未だ縄で拘束されたまま。

ジーナは椅子に腰掛け。

アゼドは壁へ寄りかかっていた。

 

しばらく沈黙が続く。

 

そしてジーナが口を開いた。

 

「じゃあ――」

 

聞きたいことは山ほどある。

 

名前。

出身。

道具。

薬、罠。

地図。

 

何もかも。

 

「待て」

 

アゼドが手を上げる。

ジーナが不満そうな顔をする。

 

「何よ」

 

「先に確認することがある」

 

アゼドの声は真剣だった。

 

いや、昨日からずっと気になっていたことだ。

アゼドは腰の袋へ手を入れる。

 

そして机の上へ置いた。

 

コトリ。

 

一つの果実。

美しい果実。

鮮やかな色。

甘い香り。

誰もが惹かれる姿。

 

それを見た瞬間。

 

青年の表情が変わった。

 

僅かに。

本当に僅かに。

 

眉が動く。

視線が細くなる。

 

そして無意識に顔をしかめた。

忌々しい果実だった。

 

「――あ」

 

ジーナも思い出した。

勢いよく立ち上がる。

椅子が音を立てる。

 

「そうだった!」

 

完全に忘れていた。

 

いやそれよりも忘れるほど衝撃的なものが多かったのだ。

 

薬、道具。

魚の池。

閃光。

 

それらに気を取られていた。

だが一番はこれだった。

 

楽園の実。

死を招く果実。

人を幸福な幻覚へ誘いやがて消し去る植物。

その群生地。

 

そして目の前の男は。

それを大量に保有していた。

しかも栽培までして。

 

アゼドは果実を見つめる。

 

「聞きたいことは山ほどあるが、まずはこれだ」

 

静かな声だった。

 

青年は果実から視線を逸らした。

見たくなかった。

もう別に怖いわけではない。

とっくに克服している。

 

安全な部分も知っている。

危険な部分も知っている。

 

食料にもなる。

薬にもなる。

魚も太る。

 

用途は数え切れない。

今の生活に欠かせない存在ですらある。

 

だが好きかと聞かれれば。

 

違う。

全く違う。

 

あれは青年にとって。

死だった。

最も死に近付いた記憶。

 

飢え、幻覚。

絶望、吐き続けた苦しみ。

 

全部思い出す。

 

しかし必要だから食べる。

必要だから利用する。

便利だから。

 

だが積極的に食べたいとは思わない。

 

眺めたいとも思わない。

本音を言えば視界にも入れたくない。

 

そんな存在だった。

 

「……お前さん」

 

アゼドが静かに尋ねる。

 

「これを食べてるのか?」

 

空気が変わる。

 

ジーナも息を呑む。

それはあり得ない質問だった。

 

なぜなら楽園の実を食べた人間は。

誰一人として帰ってこない。

 

少なくともそう記録されている。

だから食べたことがある人間など存在しない。

存在するはずがない。

 

だが青年は果実を見た。

数秒沈黙する。

 

そして初めて口を開いた。

かすれた声。

長く使っていなかった声。

 

「……食べてる」

 

部屋が静まり返る。

 

ジーナの目が見開かれる。

アゼドも固まる。

 

楽園の実を食べた。

生きている。

しかも目の前にいる。

 

ジーナとアゼドは自らの常識が音を立てながら崩れていくのを、どこか他人の様に思っていた。

 

沈黙が続く。

そしてその沈黙を破ったのは青年だった。

 

「味はいい」

 

ぼそりと呟く。

ジーナが瞬きをする。

 

「え?」

 

「甘いし」

 

青年は果実を見る。

嫌そうな顔で。

 

「美味い」

 

褒めている。

確かに褒めている。

なのに表情は不満そのものだった。

 

子供が嫌いな野菜を食べさせられた時のような顔。

 

あまりにも噛み合わない。

ジーナは首を傾げた。

 

「じゃあ好きなの?」

 

即座に答えが返る。

 

「嫌い」

 

断言だった。

一切の迷いがない。

 

「えぇ……」

 

ジーナが困惑する。

アゼドも困惑する。

 

美味い、だが嫌い。

意味が分からない。

 

青年はさらに顔をしかめた。

 

「死にかけた」

 

それだけだった。

 

簡潔。

実に簡潔。

 

だが妙に説得力があった。

 

青年は視線を逸らす。

 

楽園の実から。

 

まるで見たくないものを見るように。

 

「食べて死にかけた」

「吐いたし頭も痛かった」

「気持ち悪かった」

 

淡々と。

しかも不機嫌そうに。

思い出したくない記憶を並べる。

 

「だから嫌い」

 

完全に理屈が通っていた。

 

ジーナは思わず吹き出しそうになる。

だが堪える。

 

本人は真面目だからだ。

青年は本気で嫌っている。

恐れているわけではない。

憎んでいるわけでもない。

 

ただ嫌い。

単純に嫌い。

 

そんな様子だった。

 

「でも食べるのよね?」

 

ジーナが尋ねる。

青年は頷く。

 

「食べる」

 

「なんで?」

 

少しの沈黙。

そして青年は拗ねたような顔をした。

 

「楽だから」

 

ジーナが固まる。

 

「……楽?」

 

「すぐ取れるし成長が早い」

「それにたくさんある」

「腹が膨れるし保存もできる」

 

当たり前のことを言うように。

青年は続ける。

 

「嫌いだけど食べる」

「他に食べる物がそんなにないし」

「今も便利だから使う」

 

なんとも身も蓋もない理由だった。

 

伝説の果実。

恐怖の象徴。

人を消し去る魔の植物。

 

そんなものを目の前の男は。

 

「便利だから」で利用していた。

 

アゼドは額を押さえる。

理解不能すぎて頭が痛くなってきた。

 

ジーナは逆だった。

肩を震わせている。

笑いを堪えている。

 

楽園の実。

人類史に残る危険植物。

 

その評価が。

『味はいいけど嫌い』なのだ。

 

しかも理由が。

『死にかけたから』

完全に子供の不満だった。

 

「……ふふっ」

 

とうとう漏れる。

 

青年が睨む。

ジーナは慌てて口元を押さえた。

 

「ご、ごめんなさい」

「でも」

 

また笑いそうになる。

 

「なんというか……」

 

言葉を探す。

そして正直な感想が出た。

 

「思ってた人と違うわ」

 

青年は眉をひそめる。

何が違うのか分からない。

 

ジーナは肩を揺らしながら答える。

 

「もっとこう……」

「森の賢者とか」

「森の主とか」

「神秘的な感じかと思ったの」

 

青年は即答した。

 

「違う」

 

「そうね」

 

ジーナも即答する。

 

確かに違った。

 

目の前にいるのは。

 

伝説めいた存在ではなく。

 

嫌いな食べ物に文句を言う。

 

どこか拗ねた青年だった。

 

そしてその事実に。

 

ジーナはますます興味を惹かれていた。




「アゼド」

後世において彼を知る者は誰もいない。
彼は高い身体能力とある程度の魔力を持ち冒険者として長年活動する。

しかしある出会いをきっかけにアゼドの名は歴史から消える。


後世で語られる「人類の夜明けの灯火」というテストにも出る様な話がある。
夜明けの魔女と英雄が初めて出会い、共に歩むことになる出来事だ。

そこで初めて名が上がるのが「忠義の老剣士」と「黎明の盾」だ。

彼らはそこで出会い、世界を変えることになる。
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