魔女が秘密にした男   作:ケン3ヴァルデン

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第24話 単純なはなし

 

 

 

話が始まる。

 

ナシムが質問する。

青年が答え、アゼドが補足する。

 

しかし話が進むほどナシムの疲労は濃くなっていった。

 

何度も目を揉む。

肩を回す。

首を押さえる。

額を押さえる。

深いため息。

そしてまた質問。

 

青年は途中からそれを観察していた。

 

目の下が少し黒い。

肩の高さも左右で違う。

首を動かす時に微かに顔をしかめる。

 

その間もナシムは話を続ける。

 

「それで魚を育てている池だが――」

 

「うん」

 

「――聞いているか?」

 

「聞いてる」

 

「本当か?」

 

青年は頷く。

 

ナシムは怪訝そうな顔になる。

 

先ほどから青年は妙に自分を見ている。

話を聞いているのか。

観察しているのか。

分からない。

 

ついにナシムは机に肘をついた。

 

「お前」

 

「はい」

 

「本当に話を聞いているのか?」

 

青年は少し考える。

 

そして背負い袋を引き寄せた。

ごそごそと漁る。

 

アゼドも見る。

ジーナは目を輝かせる。

ナシムは嫌な予感しかしなかった。

 

青年は荷物の中から一つの筒を取り出した。

 

長さは手の大きさほど。

木でできている。

見たことがない形。

 

「なんだそれ」

 

ナシムが聞く。

青年は当然のように答える。

 

「見るやつ」

 

「説明になってない」

 

アゼドが吹き出した。

ジーナは既に身を乗り出している。

 

青年は筒をナシムへ渡す。

 

先端部分には透明なゼリー状のものが封入されていた。

 

スライムだった。

 

極めて弱い魔物。

 

討伐対象にもならない雑魚。

 

しかし青年は筒の横についている小さな突起を回す。

 

すると中のスライムがゆっくり形を変える。

 

膨らみ。

薄くなり。

また膨らむ。

 

まるで生きたレンズだった。

 

ナシムが眉をひそめる。

 

「……なんだこれは」

 

「スライム」

 

「見れば分かる」

 

「じゃあ分かるじゃん」

 

「そういう話じゃない」

 

青年は構わず渡す。

 

「目」

 

ナシムは恐る恐る覗く。

 

そして固まった。

 

遠くの壁に掛かった飾り。

それが目の前にあるかのように見えた。

 

「なっ……」

 

思わず立ち上がる。

 

もう一度見る。

 

今度は突起を回す。

 

すると視界が変わる。

 

文字。

机。

細かい傷。

木目。

 

信じられないほど鮮明だった。

 

「なんだこれは!?」

 

「見るやつ」

 

青年は二度目だった。

 

ジーナが吹き出す。

アゼドは腹を抱えている。

ナシムは震える手で筒を見る。

 

青年は首を傾げた。

 

「目が疲れてる」

「肩も凝ってる」

「目が見えない事多いんでしょ」

「だから渡した」

 

その一言で。

 

ナシムが固まる。

 

青年は気付いていた。

自分を見ていたのではない。

正確には目線を見ていたのだ。

 

ナシムはゆっくり椅子へ座る。

 

そしてスライムの筒を見つめる。

 

また一つ。

報告書に載っていない未知の道具。

 

また一つ。

世界の常識に存在しない発明。

 

また一つ。

頭痛の種。

 

ナシムは静かに天井を見上げた。

 

「神よ……」

「頼むから一日一個にしてくれ」

 

青年は不思議そうに首を傾げる。

そしてナシムは理解した。

 

この青年は危険だ。

魔物よりも。

災害よりも。

世界の常識にとって危険な存在だった。

 

 

***

 

 

ナシム・ヴァルガス。

 

冒険者でその名を知らぬ者はいない。

 

若き日、彼は最前線を駆けた。

 

森を踏破し。

山脈を越え。

魔物の巣を幾つも壊滅させ。

数え切れない仲間を救ってきた。

 

“歴戦”。

 

その一言では足りない。

魔物との戦いを知り尽くした男。

 

それがナシムだった。

 

しかしいつしか彼は気付いた。

 

どれほど強い冒険者がいても。

育たなければ意味がない。

情報が残らなければ意味がない。

武器も、依頼も。

 

人任せでは限界がある。

だから彼は剣を置いた。

 

冒険者ギルドを設立した。

 

依頼を管理し討伐記録をまとめ。

新人を育て、街と冒険者を繋ぐ。

 

今では大陸各地へ広がった冒険者ギルドも、

 

その始まりはナシムが立ち上げた、この小さな支部だった。

 

その功績だけでも歴史に残る人物。

それがナシム・ヴァルガスである。

 

 

だからこそ彼には理解できた。

 

青年の異常さが。

 

普通の人間なら。

 

発火ネズミを見れば逃げるか放置する。

 

発火する危険な魔物。

火事の原因の害獣。

 

認識はそこまでだ。

ナシムもそうだった。

 

駆除方法ならいくらでも知っている。

巣の見つけ方も、油袋の位置も。

効率の良い倒し方も。

 

全て知っている。

 

だが利用するなど考えたこともなかった。

この青年は常識を覆した。

 

発火ネズミを観察した。

なぜ燃えるのか。

どの刺激で発火するのか。

どう扱えば安全なのか。

 

そう考え続けた。

 

その結果。

 

着火具を作った。

魔法も火打石も要らない。

誰でも火を起こせる道具。

 

一流の冒険者を含めた調査隊。

それを麻痺させた光もそうだ。

 

ナシムは思わず苦笑する。

 

『倒すことを考えた』

『使うことを考えた』

 

その差はあまりにも大きい。

 

そして机の上にはもう一つ。

スライムを使った筒。 

 

青年はただ「見るやつ」としか言わなかった。

 

ナシムはそれを手に取る。

 

もう一度覗く。

 

中でスライムがゆっくり形を変える。

 

液体のようで。

固体のようで。

光を集め。

遠くを近づける。

 

昔ならスライムを見つけた瞬間に剣を抜いていただろう。

 

倒す、それしかなかった。

 

だが青年は違う。

 

「この魔物は何ができるか」

 

そこから考えている。

 

魔物を敵として見ていない。

 

牛や魚と同じ生き物として見ている。

 

だから発見できる。

だから発明になる。

 

ナシムは筒を机へ置いた。

 

ゆっくりと青年を見る。

 

青年はきょとんとしている。

自分が何をしたのか。

まるで分かっていない顔だった。

 

ナシムは深く息を吐く。

 

「……やはり報告書は間違っていた」

「発明が少なすぎる。まだ他にあるだろう」

 

青年は首を傾げる。

 

「あるよ」

 

何でもないことのように答えた。

 

ナシムは静かに天井を仰ぐ。

 

歴戦の冒険者として。

数え切れない魔物と戦ってきた男として。

 

断言できる。

 

目の前の青年は、

魔物を倒す英雄ではない。

魔物という存在そのものを、

人類の財産へ変えてしまう男なのだ、と。

 

 

***

 

 

応接室では、二つの光景が同時に広がっていた。

 

一つは。

 

ジーナが青年の持ち込んだ品々を机いっぱいに並べ、目を輝かせている光景。

 

「見るやつ、教えてくれてもよかったでしょ!」

 

「聞かれなかったし」

 

「こっちは!?」

 

「刺すやつ」

 

青年の説明は毎度短い。

 

ジーナは頭を抱えながらも、実際に触れて仕組みを確かめていく。

 

スライムを利用した可変式の望遠鏡。

そして、細長い透明な針と袋。

 

「これは……骨?」

 

「突き鳥の嘴。」

 

青年は頷く。

 

 

『突き鳥』

木の幹へ嘴を突き刺し、奥に潜む虫だけを正確に抜き取る魔物。

人を襲う事は滅多にない。

 

その異様に細く丈夫な嘴を加工した一本だった。

 

青年はこれを利用して潰した薬草から液体を必要な分だけを吸い上げ、別の器へ移していた。

 

「こうやると少しずつ取れる。」

 

ジーナは息を呑む。

 

「抽出器具……?」

 

「うん。」

 

魔法ではない。

魔道具でもない。

ただ魔物の身体を利用しただけ。

 

それなのに用途は誰も思いつかなかったものだった。

 

「ほんと、なに考えてるわけ?」

 

青年は首を傾げる。

 

「便利だから。」

 

その一言で終わる。

 

ジーナは再び頭を抱えた。

 

 

その一方で。

 

部屋の隅ではナシムとアゼドが真剣な表情で話していた。

 

「……つまり。」

 

ナシムが腕を組む。

 

「この街を拠点に活動させたいと。」

 

「はい。」

 

アゼドは迷わず頷く。

 

「俺が責任者になります。」

「住居も。」

「研究施設も。」

「身元保証も。」

「全て俺が引き受けます。」

 

ナシムは目を閉じた。

しばらく考え、静かに息を吐く。

 

「私個人としては賛成だ。」

「むしろ今すぐにでも始めさせたい。」

「だが。」

 

ギルド長としての表情になる。

 

「認められん。」

 

アゼドは黙って続きを待つ。

 

「実績がない。」

「森で何をしてきたかは分かった。」

「だが、それを証明する者は少ない。」

「街に利益をもたらせる保証もない。」

「貴族も商人も納得しない。」

「ギルドが一人の正体不明の男へ施設や資金を与えたとなれば、必ず問題になる。」

 

アゼドは苦い顔をする。

 

理解はできる。

感情と組織は別だ。

 

ナシムはギルド長として間違ったことは言っていなかった。

 

すると今までジーナの方を見ていた青年が口を開く。

 

「実績って。」

 

三人の視線が青年に集まる。

 

「何かすればいいの?」

 

ナシムは頷く。

 

「ああ。」

「民でも商人でも貴族でも。」

「誰もが納得できる成果なら何でもいい。」

 

青年は少しだけ考える。

 

森で考える時の癖だった。

 

視線が宙を泳ぐ。

指が空をなぞる。

 

「あ。」

 

やがて何か思いついた顔になる。

 

「じゃあ。」

「お腹空いてる人を借りる。」

 

ナシムは首を傾げた。

 

「借りる……雇うってことか?」

 

「うん。」

 

青年は当然のように続ける。

 

「森で薬草とか。」

「キノコとか木の実とか。」

「決めたものを採ってきてもらう。」

「その代わり。」

「薬とご飯あげる。」

「欲しかったら保存食も。」

 

部屋が静かになる。

 

青年はまだ続ける。

 

「ただあげるだけだとまた無くなる。」

「でもこっちのお願い聞いた後にあげると」

「次も来るし人を呼んで増える。」

「薬も作れる、食べ物も増える。」

「どっちも困らない。」

 

青年の中では当たり前の話だった。

 

森でもある程度同じだった。

欲しい物があるなら集める。

集めた物で別の物を作る。

その繰り返し。

 

ただ人が増える、ただそれだけ。

 

しかしナシムは言葉を失っていた。

 

施しではない。

慈善でもない。

労働への対価。

貧困層を保護するのではなく、働く場所そのものを作る。

 

しかも楽園の実の森という、これまで誰も価値を見出さなかった場所を利用して。

 

アゼドとジーナもまた息を呑む。

 

この男は人を助けようとしているのではない。

 

仕組みを作ろうとしている。

 

目の前にいる青年は、薬や道具を発明するだけではない。

 

“仕事”そのものを発明しようとしていた。

 

ナシムは思わず額を押さえる。

また一つ、頭痛の種が増えた。

 

「……それを。」

 

掠れた声で呟く。

 

「お前は今、思いついたのか?」

 

青年は不思議そうに答える。

 

「うん。」

「だってその方が楽でしょ?」

 

 

ナシムは黙っていた。

青年の言葉を頭の中で何度も反芻する。

 

森で採取する。

対価として薬や食料を渡す。

 

ただそれだけ。

仕組みだけを見れば実に単純だった。

 

だからこそ思い至らなかった。

 

「……参ったな。」

 

ナシムは額に手を当てる。

長く息を吐いた。

 

青年は首を傾げる。

 

「変?」

 

「いや、変というより…」

 

ナシムは力なく笑った。

 

「悔しいだけだ。」

 

部屋が静かになる。

 

ナシムは椅子にもたれ、ゆっくりと天井を見上げた。

 

「私もな。」

「昔、お前と似た事を考えた。」

 

青年は耳を傾ける。

 

「冒険者だった頃だ。」

「飢えた子供も路地で死ぬ老人も。」

「家族ごと消えていく者も。」

「嫌というほど見てきた。」

 

それはナシムの原点だった。

 

魔物を倒せば人は救われる。

 

若い頃はそう信じていた。

しかし現実は違った。

 

魔物を倒しても、村を救っても。

飢える者は消えない。

 

貧困は消えない。

 

ナシムは何度も考えた。

どうすれば彼らを救えるのか。

 

食料を配る。

薬を配る。

金を渡す。

 

何度も試した。

だが続かない。

 

食料は食べれば終わる。

薬は使えば無くなる。

金は奪われることもある。

 

そして何よりも、

「彼らには仕事がない。」

 

ナシムは静かに言う。

 

「この国では魔力を持たない者は価値が低い。」

「力仕事は魔法で済む。それに農業も魔法が優先される。」

「薬師も鍛冶師も魔力があれば重宝される。」

「魔力を持たない者は、必要とされない。」

 

だから貧困になる。

働きたくても働けない。

生きる術がない。

 

「何十年も私は答えを見つけられなかった。」

 

ナシムは青年を見る。

青年は難しい顔をしていた。

 

「でもお前は違った。」

 

青年は首を傾げる。

 

「違う?」

 

「お前は救済を考えていない。だが彼らに救いの手を伸ばした。」

 

その一言で。

 

青年は「ああ」と頷く。

 

「働いた方がいい。」

 

当たり前のように言う。

 

「暇だと嫌になる。飢えはもっと嫌だ」

「食べ物も自分で取った方がおいしい。」

「薬も自分で集めた方が無駄にならない。」

 

森で生きてきた青年には、それが当たり前だった。

 

欲しい物があるなら動く。

動けば何かを得られる。

 

それだけのこと。

 

ナシムは苦笑する。

 

「私たちは、貧しい者へ何を与えるかばかり考えていた。」

「しかしお前は何を任せられるかを考えた。」

 

その違いはあまりにも大きかった。

 

施しは終わりがある。

 

だが仕事には終わりがない。

採取する者がいる。

薬を作る者がいる。

売る者がいる。

使う者がいる。

 

金が巡る。

物が巡る。

人が巡る。

 

たった一つの仕組みが新しい経済を生み出してしまう。

 

ナシムは思わず笑ってしまう。

 

「……何十年も悩んだ答えが。」

「こんなにも簡単だったとはな。」

 

青年は困ったように答える。

 

「簡単じゃないよ。」

 

ナシムは顔を上げる。

 

「森のこと知らないと危ないし。」

「採る場所も時期も教えないと危ないし。」

「薬も作らないと意味ない。」

「ちゃんと教えないと続かない。」

 

青年の頭の中では、もうその先まで出来上がっていた。

 

採取方法。

品質の見分け方。

報酬、教育、管理。

 

ただ思いつきで話したわけではない。

 

森で何年も積み重ねた経験から導き出した、一つの”仕組み”だった。

 

ナシムはゆっくり目を閉じる。

 

そして小さく笑う。

 

「……なるほど。お前は発明家じゃない。」

「社会を作る側の人間か。」

 

その言葉は青年だけが意味が分からず、不思議そうに首を傾げていた。

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