魔女が秘密にした男   作:ケン3ヴァルデン

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【間話】 遠い未来 第二話

 

――ピンポーン。

 

玄関のチャイムが、静まり返ったリビングに響いた。

 

「……!」

 

少女が肩を震わせる。

 

母も父も、思わず顔を見合わせた。

 

つい先ほどまで夜明けの魔女の話をしていたせいだろう。

 

たかがチャイム一つに、全員が妙に胸を高鳴らせていた。

 

「……はは。」

 

父が照れ隠しのように笑う。

 

「まさか、な。」

 

「そうよね。」

 

母も苦笑する。

 

「こんなタイミングで本人が来るわけないじゃない。」

 

「そうだよ。」

 

少女も笑いながら頷いた。

 

「漫画じゃあるまいし。」

 

張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

 

父は立ち上がると、「俺が出るよ」と玄関へ向かった。

 

ドアスコープを覗く。

 

見慣れた制服。

宅配業者だった。

 

「なんだ。」

 

思わず力が抜ける。

 

玄関を開けると、配達員が手際よく荷物を差し出した。

 

「お届け物です。こちらにサインをお願いします。」

 

「ああ、ありがとうございます。」

 

電子端末へ署名を済ませ、荷物を受け取る。

 

「それでは失礼します。」

 

軽く一礼すると、配達員は車へ向かって歩き始めた。

 

父は玄関の扉を閉めようとして――ふと、その向こうに人影が立っていることに気付く。

 

配達員の少し後ろ。

 

門の前に、一人の女性が静かに立っていた。

 

深い色のフード付きローブ。

 

その顔は影に隠れ、表情までは分からない。

 

いつからそこにいたのか。

 

配達員も気付いていないようで、そのまま車へ乗り込み走り去っていく。

 

父は思わず声を掛けた。

 

「……何か御用でしょうか。」

 

女性は一歩だけ近付いた。

 

落ち着いた、よく通る声だった。

 

「突然だけど名字を、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか。」

 

父は少し戸惑う。

 

「え?」

 

「確認が取りたいので。」

 

不思議な頼みだった。

 

営業だろうか。

 

そう思いながらも、父は自分の姓を答えた。

 

女性は小さく頷く。

 

そして、まるで長い年月を経た記憶を確かめるように、静かに問い掛けた。

 

「では……。」

「――という方は、ご存じですか。」

 

告げられたのは、一族の高祖父の名。

おじいちゃんのおじいちゃん。

 

父の表情から血の気が引く。

 

「……え。」

 

女性は父の反応をじっと見つめる。

 

「その方は、この家系の方で間違いありませんか。」

 

玄関先に、沈黙が落ちた。

 

家の中から、心配そうに少女が顔を覗かせる。

 

「お父さん?」

 

父は振り返ることもできなかった。

 

なぜ、この女性が。

どうして、その名前を、今ここで尋ねてくるのだろうか。

 

 

「……大丈夫ですか?」

「それと先程の答えを聞きたいのですが。」

 

フードの女性は若干急かしていた。

父は喉を鳴らして答える。

 

「は、はい……。高祖父です。」

 

その一言を聞いた途端だった。

 

フードの女性は胸に手を当て、大きく息を吐いた。

 

「はぁ~~~……。」

 

張り詰めていた空気が、一気に抜ける。

 

「いやぁ、良かったぁ!」

 

さっきまでの落ち着いた口調はどこへやら。

 

女性は安堵したように肩を落とし、その場で軽く伸びまでしてみせた。

 

「もう、何件回ったと思ってるのよ。」

「番地も昔と全然違うし、区画整理はされてるし、家は建て替わってるし……。」

「おまけに本人は『家ならすぐ分かる』なんて言うし!いつの話よ!」

 

父も、後ろから様子を窺っていた少女も、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

女性はそんなことなど気にも留めず、一人でぶつぶつと話し続ける。

 

「ほんっと人使い荒いんだから。」

「『悪いけどお願い』って笑ってたけど、お願いされる方は大変なのよ?」

「しかも、自分で場所忘れてるくせに。」

「『たぶんこの辺だったと思う』じゃないのよ。」

「たぶんって何よ、たぶんって。」

 

少女は小声で父に囁いた。

 

「……誰に文句言ってるの?」

 

「わ、分からない……。」

 

父も困惑したまま首を横に振る。

女性の独り言は止まらない。

 

「『しぶといからきっと残ってる』なんて気楽に言うし、残ってなかったらどうするつもりだったのよ。」

「私、ここんとこずーっと歩きっぱなしなんだから。」

「魔法で探せばいいじゃないって? あのねぇ、それができるなら苦労しないの。」

 

女性はぶつぶつ言いながら額に手を当て、大げさにため息をついた。

 

「ほんと、昔から変わらないんだから。」

「人に頼る時だけ笑顔なんだから、あの人。」

 

父は恐る恐る口を開く。

 

「あ、あの……。」

 

「あ、ごめんなさい。」

 

女性はようやく我に返ったように父へ向き直る。

 

「つい愚痴が出ちゃって。」

 

照れ笑いでも浮かべているのだろうか。

フードの奥から、くすりと笑う声が聞こえた。

 

「でも、本当に助かったわ。」

 

「やっと見つけられたもの。」

 

そう言って女性はもう一度家を見上げる。

 

その声には、先ほどまでの軽さとは違う、どこか懐かしむような響きが混じっていた。

 

誰へ向けた言葉なのか。

 

父にも少女にも分からない。

 

ただ、その一言だけは、長い年月を越えて誰かを想うように、静かに玄関先へ溶けていった。

 

 

***

 

 

「どっどうぞ、中へ。」

 

父は慌てて玄関を大きく開けた。

 

「立ち話も何ですし、お茶でも――」

 

「あー、大丈夫大丈夫。」

 

フードの女性は両手をひらひらと振る。

 

「すぐ終わるから。」

 

「でも……」

 

「本当に。」

 

どこか慣れた口調で笑う。

 

「今日はすこし話に来ただけなの。」

 

父はなおも遠慮がちに言う。

 

「せめて少しくらい……。」

 

「気持ちだけもらっておくわ。」

 

女性は首を横に振った。

 

「これ以上のんびりしてると、また怒られるし。」

 

「……また?」

 

「うん。」

 

女性はうんざりしたように肩を落とす。

 

「『寄り道しないで』って念を押されたから。」

「絶対どこかでお茶飲んでくると思われてるのよ。失礼しちゃう。」

 

そう言いながらも、本人も否定しきれていない様子だった。

 

「……まあ、途中で甘いものは食べたけど。」

 

ぼそりと付け加えた一言に、少女は思わず吹き出しそうになる。

 

女性はローブの内側をごそごそと探り、小さな名刺入れを取り出した。

 

「はい。」

 

父へ一枚差し出す。

 

受け取った父は、その文字を見た瞬間、固まった。

 

【魔女 サンシタ】

 

それだけが、簡潔に印刷されている。

 

「……え。」

 

父の手がわずかに震えた。

 

「サ、サンシタ……?」

 

少女も横から覗き込み、思わず息を呑む。

 

その名を知らない者はいない。

 

『魔女サンシタ』。

 

現在確認されている不死者の一人。

 

数百年前から姿を変えず生き続ける、高位の魔女。

 

世界各国の魔法学会にもたびたび名が登場する、生ける歴史そのもの。

 

……もっとも、その名前だけは少し妙だった。

 

“サンシタ”。

 

まるで誰かに付けられたあだ名のような、不思議な呼び名。

 

本人も苦笑しながら名刺を見つめた。

 

「ひどい名前でしょう?」

「初めて会う人、大体そういう顔するのよ。」

 

少女は恐る恐る尋ねる。

 

「あの……本名じゃないんですか?」

 

「違う違う。」

 

サンシタは即答した。

 

「昔ね、ある子にそう呼ばれ始めちゃって。」

「そのまま定着したの。」

「最初は絶対嫌だったんだけどねぇ。」

 

彼女は空を仰ぎ、大きくため息をつく。

 

「何百年も呼ばれ続けると、今さら変えるのも面倒で。もう諦めたのよ。」

 

父はまだ名刺から目を離せない。

 

「夜明けの魔女様とも……交流がおありだと聞いていますが。」

 

「交流?」

 

サンシタはぴくりと眉を動かした。

 

「交流なんて、聞こえはいいわね。」

 

少女は興味津々で身を乗り出す。

 

「仲良しなんですか?」

 

「全然。」

 

即答だった。

 

「出会いなんて最悪よ。」

 

サンシタは遠い目をする。

 

「昔、とある男をね。ちょーっと色仕掛けで落として、利用しようとしたことがあったの。」

 

父も少女も固まる。

 

「そしたら、その子が現れて。」

「『何してるの?』って。」

「それからは、まあ……。」

 

肩をすくめて笑う。

 

「気付いたら私が振り回される側。」

「人生って分からないものよねぇ。」

 

その笑顔にはどこか呆れと、長年付き合った相手だからこその親しみが混じっていた。

 

「不死になった今でもよ。」

「『お願い』って言えば私が断れないの、完全に分かってるんだから。」

「今回だってそう。『悪いんだけど、この家に行ってきて』。自分で行けばいいじゃない。」

「『私はちょっと行きづらいから』ですって。」

 

サンシタは両手を広げ、大げさに嘆いてみせる。

 

「結局、何百年経っても私が使いっ走り。」

「ほんっと、人使いだけは昔から天下一品なんだから。」

 

そう愚痴をこぼしながらも、その声色には不思議と本気の嫌悪はなかった。

 

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