魔女が秘密にした男   作:ケン3ヴァルデン

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仕事&スランプ_(:3」)_

気長にお待ちください(˘ω˘)スヤァ…


【間話】 遠い未来 第三話

 

 

「それじゃあ、用件は以上。」

 

サンシタはローブの裾を軽く払うと、くるりと踵を返した。

 

「あ、あの!」

 

父が慌てて呼び止める。

 

「これから、どうすれば……?」

 

「ああ、そうだった。」

 

サンシタは思い出したように振り返る。

 

「多分、急にこんな話されても困るでしょう?」

 

「はい……。」

 

「だから、ゆっくり家族で相談してね。皆さんにも予定があるでしょうし。」

 

そう言って名刺を指先で軽く叩く。

 

「今月中に、一度連絡をちょうだい。」

「詳しい話は、その時に。べつに焦らなくていいから。」

 

父は名刺を握り締め、小さく頷いた。

 

「……分かりました。」

 

「よろしくね。」

 

サンシタはにこりと笑い、軽く手を振る。

 

「じゃ、お邪魔しましたー。」

 

そのまま門を出て、夕暮れの住宅街へと歩いていく。

 

少女と父は、その背中が角を曲がって見えなくなるまで見送っていた。

 

長い沈黙。

 

先に口を開いたのは少女だった。

 

「……ねぇ、お父さん。」

 

「うん。」

 

「今のって、夢じゃないよね。」

 

父は手元の名刺へ視線を落とす。

 

そこには確かに、

 

魔女 サンシタ

 

と印字されていた。

 

「……夢じゃ、ないな。」

 

父は苦笑するしかなかった。

 

「不死者が家に来て。」

 

「高祖父の名前を知っていて。」

 

「今月中に連絡しろって言われて。」

 

少女も乾いた笑いを漏らす。

 

「課題、一気にスケール大きくなっちゃったね……。」

 

リビングでは母と祖父も事情を聞き、言葉を失っている。

 

家族全員が、ただ一つだけ同じことを考えていた。

 

――何が始まろうとしているのだろうか。

 

 

***

 

 

「つっかれたぁぁぁ……。」

 

人通りの少ない裏路地へ入るなり、サンシタは背筋を伸ばしていた姿勢を崩した。

 

肩を回し、首を鳴らし、大きく欠伸をする。

 

「慣れないことするもんじゃないわね。」

 

転移魔法を使用してしばらく歩くと、古びた四階建てのアパートが見えてきた。

 

外壁は色褪せ、階段の塗装はあちこち剥げている。

郵便受けは年代物で、共用廊下の蛍光灯も一本切れたままだ。

家賃の安さだけが取り柄、といった建物だった。

 

サンシタは迷うことなく三階へ上がる。

 

「よいしょっと。」

 

ポケットから取り出した鍵で、見慣れたドアを開けた。

 

「ただいまー。」

 

返事はない。

 

あるのは六畳一間の質素な部屋だけ。

 

小さな冷蔵庫。

使い込まれたローテーブル。

本棚にはぎっしりと本が詰め込まれ、その横には何百年も集めたのだろう、雑貨や土産物が無造作に積まれている。

 

サンシタはローブを脱ぎ捨てるように椅子へ掛け、そのまま畳へ大の字になった。

 

「あーーーーー……。」

 

天井を見つめながら、長いため息を吐く。

 

世間一般で知られている魔女サンシタの住まいは別にある。

 

広大な庭園を備えた豪邸。

 

歴史的価値のある調度品が並び、国内外の要人が訪れる、不死者にふさわしい格式高い邸宅。

 

もちろん、それも嘘ではない。

 

きちんと所有している。

 

「やっぱ、こっちの方が落ち着く……。」

 

サンシタは寝返りを打ちながら呟いた。

 

豪邸は外聞のため。

各国の要人と会談するため。

“不死者”という肩書きを保つため。

 

そんな公の顔に必要なだけの場所だ。

 

普段暮らすには広すぎるし、使用人に囲まれる生活など肩が凝る。

 

その点、この古びた安アパートは気楽だった。

 

近所付き合いもほどほど。

管理人は干渉してこない。

 

家賃も、もちろん彼女にとっては誤差のような金額だ。

 

「転々と引っ越すのも、気分転換になるしね。」

 

そう呟いて笑う。

 

数十年住めばまた別の町へ。

 

古い建物が取り壊されれば、また別の安アパートへ。

 

何百年も生きる彼女にとって、それくらいの変化がちょうどいい。

 

「……さて。」

 

天井を見上げたまま、小さく息を吐く。

 

サンシタは勢いよく立ち上がると、小さな冷蔵庫を開けた。

 

中から取り出したのは、よく冷えた一本の酒瓶。

 

「お疲れ、私!」

 

棚からグラスを持ってきて、景気よく酒を注ぐ。

 

琥珀色の液体が心地よい音を立てた。

 

「いやぁ~、頑張った。」

 

ぐいっと一口。

 

「くぅ~~~~!」

 

思わず顔が綻ぶ。

 

「染みるわぁ……。」

 

ローテーブルには乾き物や缶詰、おつまみが次々と並べられていく。

 

「ここ最近歩き回って。」

「昔の住所を調べて。」

「ちゃんと届け物も済ませて。」

 

グラスを掲げ、一人乾杯。

 

「偉いぞ、私。」

 

酒が進むにつれ、独り言も増えていく。

ぽりぽりと豆菓子を頬張る。

 

「報告なんて明日でいいでしょ。」

「急ぎじゃないし。どうせあのお嬢ちゃん、今日も本読んでるか書類読んでるかだもの。」

 

二つ目の瓶を開けて注ぐ。

 

「明日、『終わったよー』って言えば十分十分。」

「今日はもうお休み!」

「かんぱーい。」

 

機嫌よくグラスを持ち上げた、その時だった。

 

ひやり。

 

首筋へ、冷たい感触が触れる。

 

酒の勢いで火照っていた身体が、一瞬で凍り付く。

 

視線だけをゆっくり動かす。

 

銀色に輝く細身の短剣。

無理を言って“あの男”に作らせた特級の業物。

 

その切っ先が、寸分違わず首筋へ添えられていた。

 

そして背後から、静かな女性の声が響く。

 

「昼から酒盛りとは。」

「いいご身分ね?三下。」

 

サンシタはぴたりと動きを止めた。

 

聞き間違えるはずもない。

 

何百年聞き続けた声だ。

 

「……あ。」

 

冷や汗が一筋、頬を伝う。

 

「お、お嬢ちゃん?」

 

「ええ。」

 

背後の女性は穏やかに答えた。

 

「そう、“お嬢ちゃん”よ。」

 

その穏やかさが、かえって恐ろしい。

 

サンシタはぎこちない笑みを浮かべたまま、恐る恐る口を開く。

 

「いや、そのね?」

「報告しようとは思ってたの。」

「もちろん。ただ、ほら。」

「今日は疲れちゃって。」

「一杯だけ飲んで、それから――」

 

「一杯?」

 

女性の声が割り込む。

 

「その割には。」

 

視線だけを動かすと、テーブルの上にはすでに空いた瓶が一本。

 

「随分と進んでいるようだけれど。」

 

「…………。」

 

「言い訳は?」

 

「ありません。」

 

即答だった。

 

女性は小さくため息をつく。

 

「昔からそう。」

「終わった途端、気が抜ける。」

 

短剣がすっと首元から離れる。

 

サンシタはようやく息を吐いた。

 

恐る恐る振り返る。

 

そこには、一人の女性が立っていた。

 

月明かりのように透き通る銀髪。

宝石を思わせる翠の瞳。

 

年齢は二十歳前後にしか見えない、美しいというよりも可憐な面立ち。

 

黒を基調としたローブの胸元では、小さな青銀色のロケットペンダントが静かに揺れていた。

 

その姿は、歴史の教科書や記録映像と寸分違わない。

 

数百年を生きる不死者。

 

世界中の誰もがその名を知る魔女。

 

――夜明けの魔女。

 

彼女は呆れたようにテーブルの酒瓶を見つめると、静かに微笑んだ。

 

「しばらく禁酒ね」

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