魔女が秘密にした男   作:ケン3ヴァルデン

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第7話 予兆

 

 

 

青年は魔物の縄張りを避けるように迂回する。

 

いつものように。

何年も繰り返してきたように。

 

だが運命とは皮肉なものだ。

 

人は近付きたくないものほど、いつか関わることになる。

 

そしてその日もまた。

 

青年はまだ知らなかった。

 

自分の人生を変える出会いが、その危険な領域のさらに先で待っていることを。

 

 

***

 

 

 

同じ空の下。

 

全く違う人生を歩んでいる少女がいた。

 

彼女は魔力を持って生まれた。

それも並の量ではない。

幼い頃から周囲を驚かせるほどの魔力量。

 

火を灯せば誰より大きく。

水を操れば誰より繊細に。

 

教師たちは口を揃えて言った。

 

「天才だ」と。

 

将来を約束された子供だった。

 

世界は彼女に優しかった。

 

食事に困ったことはない。

雨露を凌げない夜もない。

暖かな家があり。

 

家族がいて。

学ぶ環境があった。

 

魔力を持つ者として。

正しく期待されながら育った。

 

やがて少女は成長する。

 

同年代の魔法使いたちを追い抜く。

多くの魔法を習得する。

 

人々から賞賛される。

 

だが彼女は窮屈さも感じていた。

 

貴族たちは優秀な魔法使いを欲しがる。

国も欲しがる。

力ある者は囲われる。

 

それが当たり前だった。

 

けれど彼女は従わなかった。

 

一つの家に仕える気も。

一つの土地に縛られる気もなかった。

 

世界を見たかった。

知らない土地を歩きたかった。

様々な人と出会いたかった。

 

だから断った。

 

有力貴族からの誘いも。

高額な報酬も。

安定した地位も。

 

周囲は驚いた。

 

惜しいと言う者もいた。

愚かだと言う者もいた。

 

だが少女は気にしない。

 

彼女は自由だった。

 

魔法使いでありながら。

誰にも属さない。

 

各地を旅し。

依頼を受け。

時には魔物を討伐し。

時には病人を治療し。

時には街の問題を解決する。

 

そんな魔法使いだった。

 

名声もあった。

実力もあった。

 

行く先々で歓迎される。

 

若いながらも一流として扱われていた。

 

そして何より。

 

彼女は好奇心旺盛だった。

 

知らないものを知りたい。

見たことのない景色を見たい。

理解できないものを理解したい。

 

それが彼女の原動力だった。

 

だからだろう。

 

後に彼女が森の噂へ興味を持ったのも。

 

森のヌシ。

人の姿をした魔物。

何年も森で生きる正体不明の存在。

 

普通の人間ではあり得ない。

あの森には楽園の果実があるから。

 

冒険者たちはそう言う。

狩人たちもそう言う。

 

だが少女は思った。

 

――本当にそうだろうか。

 

噂話の大半は嘘だ。

それくらい知っている。

だが全てが嘘とも限らない。

 

もし本当にそんな存在がいるのなら。

 

一度見てみたい。

確かめてみたい。

その好奇心こそが。

 

後に歴史を変える出会いへ繋がることになる。

 

まだ誰も知らない。

 

森で生きる青年も。

旅を続ける少女も。

 

 

 

***

 

 

 

彼女の名はジーナ。

 

ジーナ・アルヴェリア。

 

後の時代において、その名を知らぬ者はほとんどいない。

 

いや、正確には本名を知る者は少ない。

人々は別の名で彼女を呼ぶからだ。

 

魔女。

 

その称号で。

 

そして数ある魔女たちの中でも、彼女は特別な存在として語られる。

 

――不死の魔女。

 

――夜明けの魔女。

 

世界最古の魔法使いの一人。

 

幾つもの時代を見届けた生ける伝説。

 

王国の興亡を見た者。

大陸を渡った者。

数え切れない魔法を生み出した偉人。

 

そう語られている。

 

事実、その多くは真実だった。

 

彼女は長く生きた。

人間には不可能なほど長く。

 

国が生まれ。

栄え。

滅びる様を何度も見た。

 

歴史書に名を残す英雄たちと語り合い。

伝説と呼ばれる怪物たちと戦い。

世界の変化を見続けた。

 

だから人々は彼女を敬う。

 

畏れる。

憧れる。

 

だが。

 

そんな彼女にも語りたがらない話がある。

 

聞かれれば答える。

隠しはしない。

しかし自分からは決して話さない。

 

まるで宝物を胸の奥へしまい込むように。

決して積極的には語ろうとしない人物がいる。

 

その男について。

 

「あの英雄はどんな方だったのですか?」

 

歴史家は尋ねる。

 

「本当に伝説のような方だったのですか?」

 

学者も尋ねる。

 

「世界を救ったというのは事実なのですか?」

 

子供たちも目を輝かせて聞く。

 

そんな時、不死の魔女は困ったように笑う。

そしていつも曖昧に答える。

 

「そうね」

 

「すごい人だったわ」

 

「本当にたくさんのことを成し遂げた人よ」

 

間違ってはいない。

 

だが。

 

それだけだ。

 

誰もが期待する英雄譚は語らない。

神のような人格だったとも言わない。

完璧だったとも言わない。

 

なぜなら。

 

彼女は知っているからだ。

 

誰よりも近くで。

誰よりも長く。

 

その男を見ていたからだ。

 

人々が崇める英雄は。

偉大な賢者は。

世界を変えた男は。

 

本当はそんな立派な人間ではなかったことを。

 

臆病だった。

慎重だった。

しつこかった。

妙なところで頑固だった。

へんなものを見るとまず解剖したがった。

何か食べられそうなものを見ると試したがった。

 

そして何より。

 

生き汚かった。

 

どんな絶望的な状況でも。

どれだけ無様でも。

這いつくばってでも生き延びようとした。

 

そんな男だった。

 

だからこそ。

 

彼は世界を変えたのだと。

 

ジーナは知っている。

 

けれど。

 

それを語るのは少し惜しかった。

 

誰も知らない彼を。

自分だけが知っている彼を。

世界中が英雄として崇める前の彼を。

 

たった1人の愛した男を。

 

知っているのは、自分だけであってほしいと。

 

そんな独占欲にも似た感情を。

 

数百年を生きた魔女は今でも胸の奥に抱えている。

 

だから後の世で人々は首を傾げる。

 

なぜ不死の魔女は英雄について詳しく語らないのか、と。

 

その理由は単純だった。

 

彼女にとって英雄とは。

歴史上の偉人ではなく。

ずっと昔に出会った、大切な思い出だったからである。

 

そしてその物語は。

 

まだ始まってすらいない。

 

若き日のジーナは今も旅を続けている。

森の青年もまた。

 

自分の運命を知らぬまま森を歩いている。

 

やがて二人は出会う。

 

後に世界を変えることになるその出会いを。

 

まだ誰も知らない。




「魔女」

魔女とは、魔法使いの女性に与えられる最高位の称号である。
男性の場合は、魔人となる。

単純な魔力量や戦闘能力だけでなく、魔法学への貢献、社会への影響力、人類史への功績などを総合的に評価され、認定される。

そのため強いだけでは魔女にはなれない。

魔女の称号は国家や組織を超えた権威を持ち、一度授与されれば生涯有効である。

不死であることは魔女の条件ではない。
魔女の大半は寿命を迎えて死亡する。


また一般人にとって魔女は遠い存在である。
スポーツ選手や芸能人よりも有名だが、実際に会うことはまずない。

「空を飛ぶ車を発明した魔女」
「新しい治療魔法を確立した魔女」

など、教科書に載る人物として知られている。
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