俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します【リメイク】   作:パラレル・ゲーマー

10 / 24
第10話 猿と連勝と株クラの片隅

 水曜日の朝。

 

 健司は目を覚ますと、顔を洗うよりも先にスマートフォンの画面をタップした。

 

【株のK】のXアカウント。昨日の戦績投稿の通知欄。

 

『いいね 1』。

 

 何度見返しても、その数字は消えていなかった。

 

 アカウント名は【T】。真っ黒なアイコンで、プロフィールの記載もない。

 

 昨日まで完全なゼロだった世界に灯った、たった一つの小さな光。誰かが、自分の記録を見たのだ。

 

「……まだ、いいね一個だけか」

 

 健司は口ではそうこぼしながらも、画面から目を離せなかった。

 

 昨日とは違う。たった一人でも、自分以外の人間が自分の予知と結果を認識した。その事実が、心臓の奥に奇妙な熱を生み出していた。

 

『観測者がいる状態での二日目だ』

 

 魔導書からLINEが届く。

 

『昨日までと同じだと思うなよ、猿』

 

「いいね一個で大げさだろ」

 

 健司は苦笑して打ち返したが、魔導書の返答は真剣だった。

 

『一個だろうが、百個だろうが、観測は観測だ』

 

『他人の目は、お前の魔法を補強する力になる。だが同時に、強烈なノイズにもなる』

 

 見られることで、「自分は当てる人間だ」というジンクスが強化される。

 

 だが同時に、「外したら恥ずかしい」「期待を裏切りたくない」「このTという人間に本物だと思わせたい」という承認欲求や当事者ノイズが増幅される。

 

 健司は深く息を吐き出し、ノートPCの電源を入れた。

 

 午前八時半。

 

 市場が開く前、健司はニュースと気配値を眺めた。

 

 昨日はIT株に明確な風が吹いた。今日はどうなるか。同じ流れが続くのか、それとも別のテーマへ移るのか。

 

 健司は目を閉じ、情報の裏側にある「熱」を感じ取ろうとした。

 

 昨日の熱は、まだ残っている。

 

 だが、中心が少しずれている感覚があった。大型IT本命ではない。もっと周辺の、地味な部材や小さなサービスを提供している銘柄に、細い資金の流れが向かっている。

 

 健司はXを開き、今日の『朝ポエム』を打ち込んだ。

 

【株のK】

 

 今日の相場感。

 

 昨日のITの熱はまだ残ってる。

 

 でも本命ど真ん中というより、周辺の薄いところに資金が流れそう。

 

 大きい波じゃなく、細い水路を探す日。

 

 #デイトレ初心者 #相場感

 

 投稿ボタンを押してから、健司は頭を抱えた。

 

「水路ってなんだよ俺……恥ずかしすぎるだろ」

 

『猿にしては悪くない』

 

 魔導書から評価が飛んでくる。

 

『昨日よりは具体的だ』

 

「褒めてるのか馬鹿にしてるのか、どっちだ」

 

『両方だ』

 

 午前九時。市場が開いた。

 

 健司の予知通り、大型ITは寄り付きこそ高かったもののすぐに重くなり、代わりに周辺の小型銘柄がピョコピョコと跳ね始めた。

 

 だが、健司は序盤で一度ミスを犯す。

 

「昨日上がったから今日も」という安易な欲に引かれ、大型IT本命の押し目に手を出してしまったのだ。

 

 買った直後に、明確な「重さ」を感じた。因果の糸が淀んでいる。健司は慌てて損切りした。

 

【-1,200円】。

 

『昨日の勝ちに引っ張られたな』

 

 魔導書が冷たく指摘する。

 

『市場は昨日の猿を食うぞ』

 

「分かってる……」

 

 健司は朝ポエムを読み返した。

 

 本命ど真ん中じゃない。周辺の薄いところ。細い水路。

 

 自分で言語化した予知の軸に立ち返り、そこから立て直す。小さな波に乗り、欲張らずに利確を繰り返す。

 

 大引け後。

 

 本日の戦績は、10戦6勝4敗。

 

 確定損益は【+12,800円】。

 

 昨日の三万二千円に比べれば半分以下だ。だが、日次でのプラスは死守した。

 

「昨日より少ないな……」

 

 健司が不満を漏らすと、魔導書がたしなめた。

 

『昨日と比べるな』

 

『今日の難しい市場で、お前は生き残って利益を出した。それを見ろ』

 

 健司はXに戦績を投稿した。

 

【株のK】

 

 本日の戦績:+12,800円(10戦6勝4敗)

 

 朝に書いた通り、今日は本命より周辺の薄いところが強かった印象。

 

 序盤、昨日の勝ちに引っ張られて一回ミス。反省。

 

 明日も記録します。

 

 数分後。

 

 通知が光った。

 

『いいね 2』。

 

【T】と、もう一人、知らないアカウントが『いいね』を押していた。

 

 健司は、モニターの前で小さくガッツポーズをした。

 

 翌、木曜日の朝。

 

 健司がXを開くと、昨日の投稿に初めてリプライが付いていた。

 

 リプの主は【損切り侍@退場寸前】という、初心者投資家風のアカウントだった。

 

 はじめまして。

 

 30万スタートで日次プラス続いてるのすごいですね。

 

 銘柄ってどうやって選んでます? 

 

「うおっ、リプ来た」

 

 健司は固まった。

 

『返せ』

 

 魔導書の指示。

 

「え、なんて?」

 

『正直に、しかし魔法の核心は完全にぼかせ』

 

 健司は考えて返信を打った。

 

【株のK】

 

 はじめまして。

 

 まだ初心者なので偉そうなことは言えませんが、今日はどのテーマに資金が流れそうかを朝に決めて、そこから出来高と板を見ています。

 

 あと、違うと思ったら早めに逃げるようにしてます。

 

『無難だな』

 

 魔導書が評する。

 

『猿にしては社会性がある』

 

「普通に返しただけだろ」

 

 その後、もう一つリプライが来た。

 

【含み損OLミナ】というアカウントからだ。

 

 Kさんの朝ポエム、なんか好きですw

 

 今日もお願いします。

 

 健司は顔から火が出そうになった。

 

「ポエムって言われてるぞ……」

 

『定着してきたな』

 

「嫌な定着だな!」

 

 だが、この交流が健司を確実に株クラの片隅へと引き入れていた。

 

 木曜日の朝ポエム。健司は投稿前に手が止まった。

 

 昨日まではほぼ誰も見ていなかった。だが今日は少なくとも、T、損切り侍、ミナの三人が見るかもしれない。たった数人だが、見られていると思うと急に恥ずかしくなり、プレッシャーで指が動かなくなる。

 

『それが観測者ノイズだ』

 

 魔導書が発破をかける。

 

『逃げるな。見られた状態で予知しろ』

 

 健司は目を閉じ、市場の風を見る。

 

 今日のテーマは、前日までの小型ITから少し移り、リバウンド狙い。前日売られすぎた銘柄の一部に、短期的な資金がドッと入る気配。

 

【株のK】

 

 今日の相場感。

 

 昨日まで走ったところは少し重い。

 

 今日は、売られすぎた銘柄の中に、短く跳ねる火花が混じってる気がする。

 

 長く持たず、火が消える前に逃げる日。

 

 #デイトレ初心者 #相場感

 

「だんだん本当にポエムになってきたな……」

 

『良い傾向だ。お前の感覚が言葉になり始めている』

 

 木曜日は難しい相場だった。

 

 朝ポエム通り、前日売られた銘柄が一部反発するが、長続きしない。少し上がったらすぐに分厚い売りが降ってくる。

 

 健司は最初、利確が遅れて一度利益を大きく削った。

 

 +4,000円取れるはずが、+800円での撤退。悔しさがこみ上げる。

 

『火が消える前に逃げる日、と自分で書いただろ』

 

 魔導書の指摘に、健司はハッとして自分の投稿を見直した。

 

 そうだ。長く持つ日じゃない。

 

 そこから、短く取ってすぐ逃げる戦法に切り替えた。

 

 細かい勝ちを積み上げる。負けも出るが、損切りは早い。

 

 大引け。

 

 戦績は、14戦9勝5敗。

 

 確定損益は【+24,500円】。

 

 戦績を投稿すると、反応はさらに増えた。

 

 いいね8。リプ3件。フォロワーは12人に増えていた。

 

【損切り侍@退場寸前】

 

 今日の「火が消える前に逃げる日」、めちゃくちゃ分かりやすかったです。自分は逃げ遅れました。

 

【含み損OLミナ】

 

 朝ポエム当たってるのすごいw でも初心者なんですよね? 

 

 そして。

 

【T】

 

 見ています。

 

 Tから初めてリプライが来た。

 

 たった一言。だが、健司はその言葉に妙な圧迫感を感じた。

 

「見ています、って何だよ……なんか怖いんだけど」

 

『観測者らしい言葉だな』

 

 魔導書は面白がるようにそう返した。

 

 金曜日の朝。

 

 健司のフォロワーは12人。まだ少ないが、昨日とは明らかに空気が違う。

 

 朝の時点で、「今日もポエムお願いします」「Kさん、今日の風はどっちですか?」といったリプライがいくつか飛んできている。

 

「いや、まだ十二人だぞ。なんでこんなに怖いんだよ」

 

 健司が引いていると、魔導書が叱咤する。

 

『お前は他人の目に弱すぎる。だが、それも訓練だ』

 

 金曜日の朝ポエム。

 

 週末前で全体的に利確売りが出やすく重い。だが、引けにかけて一部の小型材料株に短期資金が集中する気配を感じた。

 

【株のK】

 

 今日の相場感。

 

 週末前で全体は重そう。

 

 ただ、引けにかけて一部の小型材料株に短い花火が上がる気がします。

 

 今日は欲張らず、最後まで生き残る日。

 

 #デイトレ初心者 #相場感

 

 金曜日の市場。

 

 相場全体はポエム通り重かった。健司は午前中、無理に入らずに様子を見ることを選んだ。

 

 ここが成長だった。初日なら焦って入っていた。火曜日ならテーマを探して手当たり次第に突っ込んでいただろう。だが今日は、待つことができた。

 

『入らないのもトレードだ。猿にしては我慢を覚えたな』

 

「褒め方が腹立つんだよ」

 

 午前は小さく2勝2敗。+3,000円程度。

 

 そして午後。朝ポエム通り、小型材料株の一角に資金が集中し始めた。

 

「花火が上がる」

 

 健司はそのタイミングを正確に捉え、買いを入れた。

 

 花火なので長くは持たない。一気に上がり、一気に萎む。健司は一番美味しいところだけを切り取り、利確した。

 

 +18,000円。+9,000円。+7,500円。

 

 一度欲張って-3,000円の損切りも出したが、全体では大きく勝った。

 

 大引け。

 

 18戦11勝7敗。

 

 確定損益は【+41,000円】。

 

 これで、初週の戦績が出揃った。

 

 月曜:+5,400円

 

 火曜:+32,000円

 

 水曜:+12,800円

 

 木曜:+24,500円

 

 金曜:+41,000円

 

 総額:【+115,700円】。

 

 初週、全日プラス。

 

 健司自身が一番驚いていた。三十万円の口座で、一週間でプラス十一万円以上。普通なら異常な数字だ。コンビニ夜勤の何十時間分になるか分からない。

 

「これ、普通におかしくないか?」

 

『おかしいから魔法なんだろうが』

 

 金曜の夜。健司は一週間のまとめをXに投稿した。

 

 すると、この投稿がこれまでより少しだけ伸びた。

 

 いいね43。リポスト5。フォロワーは一気に80人を超えた。

 

 小規模だが、明らかに株クラの片隅で見つかり始めている。

 

【損切り侍@退場寸前】

 

 初週全日プラスは普通にすごい。自分は今週全部マイナスです。

 

【含み損OLミナ】

 

 Kさんの朝ポエム、毎朝見ることにしますw

 

【板読み初心者タケ】

 

 勝率100%じゃないのに日次全勝なのがすごい。損切り上手すぎません? 

 

 そして、一つの不穏なリプライが混ざっていた。

 

【検証メモ用】

 

 株のK氏、今週の投稿時刻と戦績を軽く確認。朝の相場感は寄り前。戦績は大引け後。今のところ後出しではなさそう。しばらく見ます。

 

 健司はこれを見て、急に背筋が寒くなった。

 

「おい、検証されてるんだけど」

 

『喜べ』

 

 魔導書は残酷なまでに冷静だった。

 

『観測者が増えた』

 

『それも、自分から検証しようとする観測者だ』

 

「怖いんだよ!」

 

『見られながら勝て。それが次の訓練だ』

 

『初週としては上出来だ。日次無敗。勝率は六割。負けトレードもある。だが日単位では必ず勝つ。株クラが一番気味悪がる形になってきたな』

 

「気味悪がらせたいわけじゃないんだけど」

 

『だが、それが強い』

 

 魔導書が本質を突く。

 

『一発屋は疑われる。全勝も嘘だと思われる。だが、負けながら毎日勝つ奴は、検証される。検証されて、それでも勝っていると分かれば、観測者は爆発的に増える』

 

『記録が積み上がる。他人が見る。他人が検証する。他人が「こいつは当たる」と信じ込む。それが、巨大なジンクスになるんだ』

 

 健司は、魔導書が単に株で小銭を増やす以上のことを企んでいることに気づいた。

 

「お前、俺に何をさせるつもりなんだ?」

 

『まだ言う段階ではない』

 

『今はただ、株のKを育てろ』

 

 その日の深夜。

 

 健司はXの検索欄で自分の名前をエゴサーチしていた。

 

 すると、小さな株の掲示板や、まとめ用アカウントの片隅で、小さな反応が並んでいるのを見つけた。

 

『株のKって新人、初週全部プラスらしい』

 

『30万口座で週+11万は草』

 

『勝率100%じゃないのに日次無敗なのが逆に怖い』

 

『朝ポエムとか言ってる猿アイコンの人?』

 

『初心者って言ってるけど本当か?』

 

『検証したいから来週も見るわ』

 

 自分の名前が、自分の知らない場所を歩き始めている。

 

 まだ小さい。だが、確実に広がり始めている。健司の胸の奥に、喜びと恐怖が同時に走った。

 

『見ろ、猿』

 

 魔導書からの最後のメッセージ。

 

『お前の名前が、お前の知らない場所を歩き始めたぞ』

 

 まだ誰も、フォロワー八十人ほどのその猿アイコンを、本物だとは思っていない。

 

 だが翌週、株クラは否応なく知ることになる。

 

 日単位では決して負けない初心者という、気味の悪い存在が現れたことを。

 




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。