俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します【リメイク】   作:パラレル・ゲーマー

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第16話 猿と売り込みとスカウトメール

 金曜日の朝。

 

 佐藤健司は、頭に重くのしかかる寝不足の鈍痛とともに目を覚ました。

 

 木曜日。ペガサスペイの大規模な決済障害が予知通りに発生し、ネットの海に『予知者K』の独立スレッドが誕生した。そして健司本人がそこに降臨し、「教祖ではない」とルールを宣言して見せた。

 

 精神的なエネルギーを根こそぎ持っていかれるような一日だった。昨夜はベッドに倒れ込んだ瞬間に気を失い、泥のように眠ったはずだったが、疲労はまったく抜けていない。

 

 健司は重い体を起こし、習慣になった手つきでノートPCを開いた。

 

 ネットは、決して眠らない。健司が意識を失っている間にも、予知者Kという怪異は絶え間なく消費され、増殖を続けていた。

 

 オカルト板の専用スレッドは、一晩の間に恐ろしい速度で消化され、すでに新しいパートへと移行していた。

 

【予知者K】検証・考察スレ Part3【相場の預言者】

 

 312:本当にあった怖い名無し

 昨日から寝て起きたらもうPart3で草。

 

 313:本当にあった怖い名無し

 黒部、白峯、ペガサスペイのログまとめ見たけど、やっぱ何度見ても異常だわ。

 

 314:本当にあった怖い名無し

 K本人が神格化禁止って言ってるのに、信者が増え続けてるの皮肉すぎるだろ。

 

 315:本当にあった怖い名無し

 今日の予知は? まだ来てない? 

 

 316:本当にあった怖い名無し

 本人が「今日は休むかも」ってニュアンスのこと言ってたんだから休ませろよ。

 災害予知とかガチで疲弊しそうだし。

 

 317:本当にあった怖い名無し

 でも次が気になるんだよなあ。

 

 318:本当にあった怖い名無し

 こうやって俺たちは予知に依存していくんだろうな……。

 

 319:本当にあった怖い名無し

 検証対象としては、非常に優秀なサンプルだから継続観測したい。

 

 320:本当にあった怖い名無し

 言い方が完全に研究者なんよ。

 

 Xを開くと、フォロワー数は一晩でさらに数千人増え、もはや個人のアカウントとしては異例の規模に膨れ上がっていた。

 

 タイムラインには、まとめアカウントや株クラの住人たちの言葉が溢れている。

 

【検証メモ用】 @kensho_kabu_log

 予知者K氏、本人発言まとめ。

 ・神ではない

 ・教祖ではない

 ・宝くじ、個人相談、死期、巨大災害は見ない

 ・予知は万能ではない

 ・未来は揺れる

 ・予知を公開すると未来に干渉する

 ・外れも記録してよい

 現時点では、予知能力の有無と同時に、本人が自身の社会的影響を自覚し、制御しようとしている点が非常に重要だと考える。

 

【株クラまとめ速報】 @kabu_matome_sokuho

 予知者K、独立スレPart3へ。

 株クラの猿アイコンが、完全にオカルト板の主役になった模様。相場の預言者はどこへ行くのか。

 

【含み損OLミナ】 @mina_kabu_loss

 Kさん、昨日は本当にお疲れさまでした。

 今日は無理せず、株も予知も休んでほしいです……。

 

 健司は、画面に流れる自分の名前やアイコンを見つめながら、深いため息をついた。

 

 自分は昨日、はっきりと「神ではない」「教祖ではない」と書き込んだはずだ。それなのに、ネット上の熱は冷めるどころか、ますます形を変えて巨大化している。

 

「Kさん」「予知者K」「相場の預言者」。

 

 本人がどれだけブレーキをかけようとしても、もうこの現象は止まらない。健司という一人の人間の手を離れ、ネット上の怪異として完全に独り歩きを始めてしまったのだ。

 

「これ……もう、止められないやつじゃないか?」

 

 健司は乾いた声で呟き、目を覆った。

 

『止める必要はない』

 

 スマートフォンがブルッと震え、魔導書からのメッセージが画面に浮かび上がる。

 

「いや、止める必要あるだろ」

 

 健司は即座にフリック入力で反発した。

 

「俺がルール作ったばかりなんだぞ。これ以上燃え広がったら、本当に教祖扱いで制御不能になる」

 

『違う。ここまで燃えたからこそ、ようやく次へ進めるのだ』

 

 魔導書のテキストは、どこか冷酷な満足感を漂わせていた。

 

『さて、猿。ここまでネット上で十分に目立ったわけだが』

 

「……嫌な言い方するな」

 

『なぜ、そうさせたか分かるか?』

 

 健司は少し考える。

 

「ジンクス作りだろ? 俺は当てる人間だって、外部に記録して自分に信じ込ませるため」

 

『それもある』

 

「あと、観測者を増やすため。大勢に見られることで、予知者Kという名前に重みが出て、未来に干渉する力が増す」

 

『それもある』

 

「じゃあ何だよ、他に何があるんだよ」

 

『売り込みだ』

 

 健司の指が、キーボードの上でピタリと止まった。

 

「……売り込み?」

 

『そうだ。お前という特異な能力者を、この国の裏側に存在する連中へ高く売り込むための、極めて周到な実績作りだ』

 

 健司は固まった。

 

 魔導書の言葉の意味が、じわじわと脳内に浸透してくる。

 

「俺、売り込まれてたのか……?」

 

『今さら気づいたのか。遅いぞ、猿。自分の立ち位置くらいもう少し早く自覚しろ』

 

 魔導書は得意げに種明かしを始めた。

 

『いいか。能力者を管理する組織がこの国にあるなら、未登録の能力者がこれだけ派手に動いていて、放置するはずがない』

 

『だが、ただ偶然発見されるだけでは駄目なのだ。どこかの路地裏で細々と占いをやっている未登録の予知能力者と、第三者によって検証済みのログを大量に持った予知能力者。向こうから見た時、その扱いはまるで違う』

 

「扱い?」

 

『そうだ。立場、待遇、警戒度、そして何より交渉の主導権。その全てが天と地ほど違う』

 

 魔導書は、これまでの全ての行動を一本の線で繋ぎ合わせていく。

 

『最初のガチャは、お前に確率操作の自覚を作らせた。競馬は、金を賭けずに因果を観測する訓練だった』

 

『そして株。金を稼ぎながら、同時に第三者が確認できる公開ログを作らせた』

 

『Xでの戦績公開。毎日「当てる人間」という記録を積み、フォロワーという観測者を爆発的に増やした』

 

『朝ポエム。あれはただの痛い書き込みではない。予測を事前に言語化し、後から照合できる形式にするための確固たる証拠だ』

 

 健司は息を呑んだ。

 

 自分がただ日銭を稼ぎ、もがいていたと思っていた行動の全てが、魔導書の掌の上だったというのか。

 

『株クラで有名になり、「相場を読む人間」としての絶対的な信頼を作った。そこからオカルト板へ進出し、相場以外の予知が可能であることを示した』

 

『黒部大臣のスキャンダル、白峯市の地震、ペガサスペイの障害。政治、災害、民間インフラ。全く異なる三つのジャンルを連続で的中させ、お前の能力の幅と精度を完全に証明した』

 

『そして極めつけに、独立スレの成立だ。これにより、お前の社会的影響力と、お前を観測し記録する群衆の形成を証明して見せた』

 

 魔導書の文字が、画面を埋め尽くしていく。

 

『これで、お前はただの自称能力者ではなくなった』

 

『お前には、誤魔化しようのない公開ログがある。お前を分析する検証勢がいる。疑うアンチがいて、盲信する信者がいる。現実に影響を与える社会的影響力がある』

 

『つまり、お前はもう、国家というシステムにおいて無視できない存在になったのだ』

 

 健司は、震える手で顔を覆った。

 

「……じゃあ、次は?」

 

『来る』

 

「何が」

 

『国の機関だ』

 

 健司の心臓が、早鐘のように打ち始めた。

 

「でも、予知能力者なんて……そんなに珍しいのか? 国がわざわざ俺一人をスカウトしに来るほど?」

 

『予知能力そのものは、おそらく珍しくはない』

 

 魔導書はあっさりと否定した。

 

『夢で事故のビジョンを見る者。身内の不幸を直感で感じる者。天気の変化を当てる者。相場の空気だけを異常に読む者。そういった断片的な未来視を持つ連中は、どの世界にもそれなりにいるはずだ』

 

『だが、お前は違う』

 

 魔導書は、健司の特殊性を列挙した。

 

『予測予知と未知予知を意図的に分けて使っている。確率操作の魔法と複合して、自ら見た未来の流れに乗ることができる。政治、災害、インフラ、相場と、ジャンルを自由にまたげる。時間、場所、規模、原因、復旧時刻といった極めて具体的な情報を引き出せる』

 

『そして何より、公開した予知が未来に干渉することを理解し、予知の使い方に自分でルールを設け、第三者検証ログを構築した』

 

『ただ漠然と未来を見るだけの猿ではない。お前は、因果を観測し、分類し、公開し、その反応によって未来が変わるところまで扱い始めている』

 

『向こうの分類で何と呼ばれるかは知らんが、ただの野生の予知能力者として処理されるわけがない』

 

「……なんか、俺の知らないところで、どんどん大事になってないか?」

 

 健司の額に冷や汗がにじむ。

 

『最初から大事だ。お前が気づいていなかっただけだ』

 

『黒部大臣の予知の時点では、まだ情報通だという説で逃げられた。白峯市の地震で、その逃げ道はかなり狭まった。ペガサスペイの障害的中で、ほぼ確定した。そして昨日、お前の独立スレが立った』

 

『能力の完全な証明、無視できない社会的影響、そして本人の自制。この三つが揃った』

 

『向こうの連中から見れば、今このタイミングが接触の最適解だ』

 

「最適解って……」

 

『これ以上放置すれば、お前はネット上で勝手に教祖化し、制御不能になる。かといって強引に捕まえようとすれば、七万を超えるフォロワーとオカルト板の住人たちが騒ぎ立てる。敵対すれば社会不安を生む』

 

『ならば、丁重に接触し、保護と登録を名目に、こちら側の体制へ引き込むのが最も賢いやり方だ』

 

「……スカウト、か」

 

『そうだ。スカウトだ』

 

『国の裏組織からのな。貴様のような底辺フリーターの猿には、過ぎた待遇だろう』

 

「嬉しくねえよ……」

 

 健司は深いため息をついた。

 

 その時だった。

 

 ノートPCのメールソフトから、短く、硬質な通知音が鳴った。

 

 Xのポップな通知音とも、Gmailのカジュアルな着信音とも違う。もっと事務的で、ビジネス用の無機質な音。

 

 健司は眉をひそめた。

 

「……メール?」

 

『噂をすれば、だ』

 

「まさか」

 

『読め、猿』

 

 健司はマウスを動かし、メールソフトを開いた。

 

 受信トレイの一番上。未読のメール。

 

 差出人の名前に、健司は一瞬、呼吸を忘れた。

 

 差出人:内閣情報調査室 特殊事象対策課

 件名:因果観測能力に関する面談のお願い

 

「……官公庁?」

 

 健司の声が震えた。

 

『来たな』

 

 魔導書が短く答える。

 

「いや待てよ。これ、巧妙な詐欺メールじゃないのか? 最近そういうの多いだろ」

 

『詐欺メールが、お前の本名と、証券口座登録時にしか使っていない裏の本人確認用メールアドレスまで正確に把握しているなら、そいつは大した詐欺師だな』

 

「怖いこと言うなよ……」

 

 健司は、震える指でメールの本文を開いた。

 

 佐藤健司 様

 

 突然のご連絡、失礼いたします。

 

 私どもは、国内における特殊事象および能力者の調査・支援を担当しております、内閣情報調査室特殊事象対策課、通称「ヤタガラス」と申します。

 

 貴殿の一連の公開予知、ならびに株式市場における継続的な実績について、当方では一定期間、慎重に観測を行っておりました。

 

 政治、災害、民間インフラ、株式市場という複数領域において、事前情報のみでは説明困難な精度の予知が確認されています。

 

 また、貴殿が予知の社会的影響を理解し、公開に際して一定の自制とルールを設けている点についても、当方では高く評価しております。

 

 つきましては、貴殿の能力登録および今後の協力関係について、一度面談の機会をいただけませんでしょうか。

 

 当方としては、貴殿の能力が、国内の特殊事象対応において極めて有用であると考えております。

 

 ご多忙中とは存じますが、ご都合の良い日時をいくつかご教示いただけますと幸いです。

 

 内閣情報調査室

 特殊事象対策課

 東京支部 能力者支援・査定担当

 橘 真

 

 健司は、その文面を何度も、何度も読み返した。

 

 佐藤健司という本名。官公庁の名。特殊事象対策課。ヤタガラス。

 

 能力登録。協力関係。高く評価。

 

 その言葉の一つ一つが、ディスプレイの向こう側から、圧倒的な現実味を持って迫ってくる。

 

「……本当に来た」

 

『だから言っただろう』

 

「待てよ。俺、完全に国に目をつけられたってことだよな?」

 

『目をつけられたのではない。値をつけられたのだ』

 

「最悪の言い方するな」

 

『だが事実だ。お前は今、商品棚に並んだ。しかも、かなり目立つ特等席にな』

 

「俺は商品じゃない」

 

 健司は唇を噛み締めた。

 

『ならば、面談の場でそう証明しろ。自分を安売りするな。媚びすぎるな。かといって敵対するな。相手に、お前は対等に扱う価値のある能力者だと思わせろ』

 

 魔導書の言葉は、すでに次の交渉を見据えていた。

 

「どう返す?」

 

『まずは丁寧に受けろ。逃げるな。相手はすでにお前の居場所も素性も全て把握している。ここで無視するのは最悪の悪手だ』

 

「じゃあ、『登録します、よろしくお願いします』でいいのか?」

 

『馬鹿か。尻尾を振って駆け寄る犬になるな』

 

 魔導書は厳しく叱責した。

 

『協力の意志は示す。だが同時に、自分の能力をどう扱うべきか相談したい、という形にしろ。お前は自分の力を持て余して怯えた未登録能力者ではない。自分の力の危険性を理解し、公的な枠組みを求めていた人物として振る舞え』

 

「演技かよ」

 

『運用だ』

 

「言い方」

 

 健司はため息をつきながら、魔導書の指導に従って返信文を打ち込み始めた。

 

 佐藤健司です。

 ご連絡ありがとうございます。

 

 突然のご連絡に驚いておりますが、私としても、自身の能力を今後どのように扱うべきか、信頼できる公的な相談先を探しておりました。

 

 能力登録および今後の協力関係について、一度お話を伺えればと思います。

 

 面談可能な日時は以下の通りです。

 ・〇月〇日 午後

 ・〇月〇日 午前

 ・〇月〇日 終日

 

 よろしくお願いいたします。

 

 佐藤健司

 

「こんなもんでいいか。なんか、就活のメールみたいで気持ち悪いな」

 

 健司は送信ボタンを押した。

 

 数分後。

 

 まだ画面を閉じる前に、再び通知音が鳴った。

 

「早っ」

 

『向こうも釣り糸を垂らして、お前が食いつくのを待っていたということだ』

 

 返信を開く。

 

 佐藤健司 様

 

 早速のご返信、誠にありがとうございます。

 

 それでは、ご提示いただいた日程より、〇月〇日 午後二時より、当方東京支部にて面談の機会をいただけますと幸いです。

 

 場所につきましては、後ほど詳細をお送りいたします。

 当日は、身分証明書をご持参ください。

 

 なお、今回の面談内容につきましては、外部への公開をお控えください。

 

 内閣情報調査室

 特殊事象対策課

 東京支部 能力者支援・査定担当

 橘 真

 

 健司の視線は、最後の一文に釘付けになった。

 

「外部への公開を控えろ、か」

 

『当然だ。ここから先は、お前がこれまで歩いていた表のネットの世界とは全く別のルールで動く』

 

「いよいよ裏側ってことか」

 

『そうだ。猿、ようやくお前は、この世界の本当のルールを知る入口に立ったのだ』

 

 健司は、思わずブラウザのタブを切り替え、オカルト板の独立スレを開きそうになった。

 

 スレでは、相変わらず住人たちが好き勝手に騒いでいる。

 

 410:本当にあった怖い名無し

 政府機関ってこういうの見てるのかな。

 

 411:本当にあった怖い名無し

 見てないわけないだろ。これだけ騒ぎになってるんだから。

 

 412:本当にあった怖い名無し

 Kさん、もう国に捕まってたりしてなw

 

 413:本当にあった怖い名無し

 やめろ怖い。マジであり得そうだから困る。

 

 414:本当にあった怖い名無し

 本人、今日は何も書かなくていい。休め。

 

 415:本当にあった怖い名無し

 でも、次に何が起きるのか気になるんだよなあ。

 

 健司は、キーボードに手を伸ばし、「国から接触が来た」と書き込もうとして、手を止めた。

 

「……これは、書かない方がいいよな」

 

『当然だ。今までとは違う。国家機関との接触は、お前だけのログではない』

 

 魔導書が静かに肯定する。

 

「予知じゃないからか?」

 

『それもある。だが最大の理由は、それがお前の交渉カードだからだ。切るべきカードと、伏せるべきカードを間違えるな』

 

 健司は無言でうなずき、ブラウザのタブを閉じた。

 

 ネットの現象から、一個人の佐藤健司へと意識を切り替える。

 

『さて、猿。ここからは面談対策だ』

 

「面接みたいに言うなよ」

 

『実際、面接だ。お前は就職活動中の猿だ』

 

「国の裏組織への就活とか、嫌すぎるだろ」

 

 健司は頭を抱えた。

 

『安心しろ。貴様の履歴書はすでに派手すぎる。特待生扱いだ』

 

「履歴書の自己PR欄に『黒部大臣の不正暴きました』とか『地震と決済障害当てました』って書くやつがいるかよ」

 

『いる。お前だ』

 

 魔導書はふざけた調子で返した後、真剣な指導モードに入った。

 

『いいか。向こうでは能力名を「魔法」と呼べ。予知者Kの設定は崩すな。だが、俺の存在は絶対に隠せ。能力はお前が独学で発現したものにするのだ』

 

『予測予知と未知予知の分類は、既に公開済みだから話して構わん。だが、確率操作については話す範囲を絞れ。ガチャ、競馬、株で訓練した経緯は話してもいい』

 

『「予知の公開が未来に干渉する」という自覚は、向こうも高く評価するはずだから隠すな。こちらから雇用を求めすぎる必要はないが、協力関係に前向きな姿勢は見せろ。安売りするな。敵対するな。怯えすぎるな』

 

「無理だろ。怯えるなって方が絶対無理だ」

 

『怯えてもいい。だが、表に出すな。猿でも分かる演技の使い方を、面談までに叩き込んでやる』

 

 夜になり、健司が魔導書の容赦ない面接特訓に疲労困憊していると、ヤタガラスから詳細な場所を記したメールが届いた。

 

 場所は、霞が関。中央合同庁舎の一角。

 

 ただし、普通の地図アプリで検索しても、表示されない裏の入口が指定されている。

 

 メールには専用のQRコードと、複雑な入館手順が記載されていた。

 

 健司は、画面の文字をじっと見つめた。

 

「……本当に霞が関なんだな」

 

『この国の裏側に入るには、ずいぶん表側らしい入口だな』

 

 魔導書が面白そうに言う。

 

「明日、俺は何を見せられるんだ?」

 

『世界の本当の管理者たちだ』

 

 健司は、PCの暗転した画面に映る自分の顔を見た。

 

 目の下に隈を作った、冴えない若者。

 

 株のK。予知者K。そして、佐藤健司。

 

 その三つの名前が、明日、ひとつの場所へ呼び出される。

 

 画面に表示されたQRコードの下には、小さく、しかしはっきりとした文字でこう記されていた。

 

 内閣情報調査室 特殊事象対策課

 通称──ヤタガラス。

 

 健司は、乾いた喉を鳴らした。

 

 株のKとして作った実績。

 

 予知者Kとして積み上げたログ。

 

 そして、佐藤健司という一人の人間。

 

 その全てが、明日、霞が関の一室で査定される。

 

『行くぞ、猿』

 

 魔導書が、満足げに告げた。

 

『お前の売り込みは、成功した』

 




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