俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します【リメイク】 作:パラレル・ゲーマー
佐藤健司は、ヤタガラスが登録能力者向けに管理している訓練所へと向かっていた。
霞が関にあるヤタガラスの施設とは別にあるその訓練所は、外観こそ普通の雑居ビルにカモフラージュされているが、内部は極めて実戦的な造りになっていた。
床には分厚い衝撃吸収素材が敷き詰められ、壁には強固な結界処理と防音処理が施されている。模擬戦用の木剣、短棒、刃を潰した訓練用ナイフ、さらには威力を落としたゴム弾銃まで、ありとあらゆる訓練用武具が揃えられていた。
健司が指定された第三訓練室のドアを開けると、そこにはすでに瀬尾梓が到着していた。
学校の制服ではなく、動きやすそうな黒いジャージ姿。黒髪のショートボブが少し揺れる。
彼女の表情はいつものように淡々としているが、その瞳には明確な「やる気」が満ちていた。
「おはようございます、師匠」
梓が、ピシッと綺麗な角度でお辞儀をした。
「おはよう。……その師匠呼び、本当に定着したんだな」
健司は少し居心地悪そうに頭を掻いた。
「はい。呼び方として一番分かりやすいので」
「分かりやすさの都合だけで師匠にされてるのか、俺」
「前回の助言だけで、私の能力の出力が事実上倍になったので、対価の呼び方としては妥当だと思います」
梓は真顔で、理詰めの返答をしてきた。
「理屈で押してくるなあ」
健司は苦笑して、壁際のラックから模擬戦用の木剣を一本手に取った。
今日の訓練の目的は明確だ。
梓の念動力を、「低位異界で鈍重な子鬼を叩きつけるだけの小遣い稼ぎ用の能力」から、「実戦で死なないための能力」へと一段階引き上げること。
「じゃあ、さっそく始めようか。まずは、現状の確認からだ」
健司が木剣を肩に担ぎながら言う。
梓の能力は『近距離念動力』。
通常時の射程は二メートル。出力は本人の腕力と同等程度。
健司の助言により『ハンドサイン』を連動させることで、射程はおおよそ四メートルまで伸び、出力も体感で約二倍に向上している。
「前回から個人で練習した結果、子鬼相手なら、四メートル以内で掴んで、持ち上げて、地面に叩きつけるところまでは完全に安定しました」
梓が、自分の能力の現状を自己分析して報告する。
「それだけ聞くと、普通にめちゃくちゃ強い能力なんだけどな」
「でも、人間や、もっと速い怪異相手に通じるかは分かりません」
梓は冷静だった。
「そこを今日試す」
健司は、訓練室の中央へと進み出た。
「師匠が相手ですか?」
梓が少しだけ緊張したように身構える。
「師匠って言うほど強くないけど、少なくとも身体強化込みで動けば、あの子鬼よりは遥かに速いと思う」
「分かりました。……本気で止めます」
梓が両手を前に出し、ハンドサインの構えを取る。
「いや、怪我しない範囲でな」
健司は苦笑しながら、木剣を正眼に構えた。身体強化の魔力を、薄く全身に循環させる。殺気は出さない。だが、SAITO MMA GYMで叩き込まれた、実戦的なステップを踏む。
「行くぞ」
第一ラウンド。
健司は、直線的には突っ込まなかった。
左右へ細かくステップを踏み、頭を振る。一瞬前へ出たかと思えば、フェイントを入れて横へ流れる。
梓は、健司の動きに合わせて右手を動かし、念動力の『照準』を合わせようとする。
しかし、健司の身体が細かくブレるため、的が絞れない。
梓が「掴む」動作のハンドサインを完了した瞬間には、健司はすでに半歩横に移動している。
梓が放った念動力が、虚空を空振りする。
その隙を突き、健司が一気に距離を潰した。
梓が慌てて二度目のハンドサインを出そうとする。
「遅い」
健司の木剣の先端が、梓の首筋にピタリと寸止めされた。
「はい、ここまで」
梓は、首に当てられた木剣を見つめて固まった。
「……速いです」
「速い相手は、君が照準を合わせる前に距離を潰してくるんだ」
健司は木剣を下ろした。
梓は悔しそうに眉を寄せた。
「……もう一回お願いします」
第二ラウンド。
梓は今度こそ捕まえようと、極限まで集中する。
健司は今度は、フェイントを多めに入れた。前に出るふりを見せ、梓が右手を動かした瞬間、急停止して逆方向へ鋭くステップする。
梓の念動力が完全にズレる。手の動作が、健司の動きに全く追いつかない。
健司はさらに加速し、木剣を梓の肩に軽くコンッと当てた。
第三ラウンド。
梓は戦術を変えた。遅れを生むハンドサインを諦め、目線の意識だけで素早く念動力を放つ。
健司の足元を押して、体勢を崩そうとする。
今度は、健司の足に念動力が一瞬引っかかった。
だが出力が弱い。
健司は少しだけ体勢を崩したが、身体強化の強引な筋力で踏み止まり、そのまま強引に接近した。
木剣が、梓の胸元に軽く当てられる。
「今のは惜しかった。でも、ハンドサインなしだと、やっぱり出力が足りないな」
健司が評価する。
梓は肩で息をしながら、淡々と分析を口にした。
「……ハンドサインでしっかり照準しようとすると、速い相手の動きを捉えられない」
「でも、ハンドサインなしで早く反応しようとすると、今度は出力が不足して止めきれない」
「……師匠。これ、詰みでは?」
パニックになるわけでもなく、感情的に泣き言を言うわけでもない。極めて合理的に自分の能力の限界を計算し、「詰み」だと結論づける。
この図太いほどの冷静さが、瀬尾梓という能力者の最大の強みだった。
「詰みではない」
健司は木剣を下ろし、梓へ向き直った。ここからが本題だ。
「念動力は、遠くのものを触らずに動かせるから便利だけど、基本的には弱点が多い能力だ」
「はい」
「目に見えない巨大な手で触れるようなものだから、必ず『照準』が必要になる。素早い相手、フェイントを多用する相手、遮蔽物を使う相手には致命的に弱い」
「それに、君の場合は今のところ、絶対的な出力がそこまで高くない。相手の体勢を崩すことはできても、突進してくる強い相手を問答無用で押し留めるほどのパワーはない」
梓は素直に頷いた。
「はい。実際にやってみて、よく分かりました」
「遠距離で一方的に捕まえられる鈍重な相手なら、今のままでもいい。でも、今日みたいな速い相手に接近戦を仕掛けられた時の、明確な対策が必要になる」
「どうしたらいいんですか?」
梓の目が、真剣な光を帯びる。
「対応方法はあるよ」
健司は言った。
「防御を固めるんだ」
「防御?」
「相手に飛び道具がない場合だけど、どっちにしろ接近戦を仕掛ける相手は、絶対に君の近くまで近づいてくるだろ?」
「はい」
「なら、無理に遠くで捕まえようとしなくていい。近づいてくる前提で、手元で待つんだ」
梓は首を傾げた。
「待つと、そのまま殴られませんか?」
「そこで、念動力を『盾』にするんだ」
「盾?」
「念動力は、遠くへ伸ばすほど力が分散して薄くなる。逆に、射程を短く手元に絞れば絞るほど、強度が上がる性質がある」
健司は、ジェスチャーを交えて説明する。
「君は今、四メートル先まで念動力を伸ばそうとしている。でも、それを体表から十センチくらいのところまで、極限まで圧縮するんだ」
梓が目を細めた。
「体表十センチ……」
「そう。自分の身体の周囲に、見えない薄い『斥力(せきりょく)の膜』を張るイメージだ。相手の攻撃がそこに触れた瞬間、反発力で押し返す」
「名付けるなら……『斥力盾』だな」
「斥力盾……」
梓が、その言葉を反芻する。
「遠くで捕まえられないなら、近くで受け止める。相手が攻撃してきた瞬間に盾で防いで、そのまま至近距離で相手を掴むんだ」
「相手が自分から近づいてきてくれるなら、照準は合わせやすいだろ? だって、相手の方から勝手に君の射程の中心に入ってきてくれるんだから」
梓の表情が、ハッと明るくなった。
「つまり……無理にこちらから当てに行くのではなくて、相手が入ってくる場所に、あらかじめ念動力を固めておく」
「そういうこと」
「やります」
梓は即座に目を閉じ、イメージを構築し始めた。
自分の身体の周囲、わずか十センチの空間。
そこに念動力を広げ、圧縮する。
だが、最初はうまくいかなかった。
無意識のうちに、いつものように念動力を前方へ遠く伸ばそうとしてしまうのだ。
「……難しいです。どうしても、力を外に出そうとしてしまいます」
梓が顔をしかめる。
「外じゃなくて、近くに置くんだ。手で相手を押すんじゃなくて、服の上に見えない鉄の板をピッタリと貼り付ける感じ」
「見えない板……」
「全身に張ろうとすると力が分散して薄くなる。最初は前面だけでいい。胸の前、顔の前、首の前。木剣を受ける位置だけに絞って、そこに密度を固めるんだ」
梓は頷き、両手を胸の前に構えた。
攻撃的なハンドサインではない。空手やボクシングのような、明確な防御の構えだ。
手のひらを前に向け、体表十センチの位置に、圧縮した念動力の壁を置く。
「いくぞ」
健司は、ゆっくりとしたモーションで木剣を振った。
梓の肩へ軽く当てるつもりで、優しく振り下ろす。
だが。
木剣が、梓の身体に触れる直前。
見えない硬い壁にぶつかったような、コツン、という鈍い反発があった。
木剣が空中で止まる。
梓の目が見開かれた。
「……止まりました」
「今の感覚を覚えておいて」
もう一度。今度は少しだけ速く。
木剣が、見えない盾に当たり、再び止まる。
しかし、梓の集中がわずかに乱れると盾が薄くなり、木剣の先端が梓の肩に軽く触れた。
「痛っ」
「まだ薄い。範囲を広げすぎてるんだ。もっと狭くていい。攻撃が来る場所の一点だけに、念動力をピンポイントで固めるんだ」
「はい」
数回繰り返すうちに、梓は少しずつ防御のコツを掴んでいった。
もともと感覚は鋭い。適切な論理とイメージを与えれば、彼女は恐ろしい速度でそれを自分のものにしていく。
「じゃあ、次は本気で当てに行くぞ」
健司が木剣を構え直した。
「はい」
梓が両手を構える。
「防御を固めろ」
「分かりました」
健司は身体強化の出力を強めた。
第一ラウンドよりも、さらに一段階速い動き。
左右に激しく振る。鋭いフェイント。そして、前進。
梓は最初、反射的に遠距離念動力で健司を捕まえようとしそうになった。
しかし、途中でグッと踏み止まる。
遠くで捕まえようとしない。近づいてくる相手を、待つ。
梓は両手を胸の前に構え、体表十センチの空間に、極限まで圧縮した念動力を固めた。
健司が、右から鋭く木剣を振る。
梓は一瞬だけ目で軌道を追う。焦らない。
木剣の軌道に合わせて、見えない盾を右肩付近へ寄せる。
コンッ!!
乾いた高い音が鳴り、木剣が弾かれた。
健司の手首に、硬いゴムの壁を叩いたような強い反発が返ってくる。
健司は体勢を立て直し、続けて左から鋭く打つ。
梓は身体を引いて逃げない。盾を的確に移動させ、正面から受け止める。
弾く。受ける。
健司が深く踏み込んで、首筋へ木剣を入れようとする。
梓は、盾を首の前へと瞬時に圧縮した。
木剣が、梓の首から十センチの空中で、ピタリと止まる。
「いいぞ」
健司が声をかけた。
だが、梓はそこで終わらなかった。
止まった木剣の先端に、防御に使っていた念動力を絡め取る。
手の動作は小さい。指先を軽く握り込むだけ。
見えない力で、木剣の先端が強引に捻られた。
「おっ」
健司の手から、あっけなく木剣が抜け落ちる。
木剣が梓の横へと弾き飛ばされ、床にカランと音を立てて落ちた。
梓は肩で息を切らしながらも、少しだけ勝ち誇ったような顔で健司を見た。
健司は笑った。
「そうそう。それでいい」
「今の、成功ですか?」
「大成功。受けて、止めて、奪う。これが、近距離に踏み込まれた時の、君の基本戦術になる」
訓練室の壁面パネルに、健司はマーカーで簡単に戦術を整理して書き出した。
梓の基本戦術。
一、遠距離。
ハンドサインを主軸とした攻撃。
掴む。払う。投げる。叩きつける。
敵の動きが遅い時や、こちらが先に照準できる時に使う。
二、中距離。
足止めと妨害。
足元を払う。武器の軌道を逸らす。視線をずらす。
パーティーである健司の『接触斬撃』へ繋げるためのサポート。
三、近距離。
念動力を体表十センチ以内に圧縮。
『斥力盾』として展開。
木剣や腕、爪、噛みつきなどを受け止める。
受けた瞬間に、相手や武器を至近距離で掴み、奪う、崩す、投げる。
「良いか?」
健司が振り返る。
「はい」
梓が真剣な顔で頷く。
「遠距離ではハンドサインを主軸とした攻撃。近づかれたら、焦って逃げずに念動力を体表近くまで圧縮して強度を上げる盾を展開する」
「無理に逃げながら当てようとしない。相手が近づいてくるなら、近づいてきたところをガッチリ受け止めるんだ」
「分かりました、師匠」
「これで、一人の時の防御はかなり固まったはずだ」
「ありがとうございます、師匠!」
梓が、珍しく本当に嬉しそうな顔をして深く頭を下げた。
健司は少し照れくさくなった。
「いや、まだ基本だからな。過信はするなよ」
「はい。過信はしません。……でも、今までより絶対に死ににくくなった気がします」
「それは一番大事なことだな」
健司は、さらに今後の基礎訓練の課題を提示した。
「これから君にやってもらうことは、かなり地味だぞ」
「地味な訓練は嫌いではありません」
梓は即答した。
「まず、重い物を持ち上げる練習だ」
「筋トレみたいですね」
「まさに念動力の筋トレだな。自分の腕力を基準にして、その倍率を増やすイメージでやるんだ」
梓の出力は、現時点では「本人の腕力相当」。ハンドサインで一時的に二倍程度。
今後は、通常時で一倍、集中時で二倍、瞬間的に三倍、というように、短時間だけ出力を爆発的に上げる練習をする。
「具体的には何をすればいいですか?」
「重さの違う訓練用のウェイトを、一定時間空中に浮かせる。十秒、三十秒、一分」
「次に、少しだけ持ち上げて、狙った位置へ正確に『置く』」
「乱暴に投げるんじゃなくて、置くんだ」
「置く、ですか」
梓が不思議そうに繰り返す。
「子鬼相手だと叩きつければ終わる。でも、武器を奪うとか、味方を補助するなら、乱暴に動かすだけじゃ困るだろ?」
さらに、精密性の訓練として『コイン遊び』を提案した。
コインを一枚浮かせる。指で弾くように空中で回転させる。表裏を狙って止める。二枚、三枚と増やす。空中でコイン同士をぶつけずに複雑に入れ替える。
「……地味ですね」
梓が正直な感想を漏らす。
「地味だけど、たぶん一番効く」
「分かりました。毎日やります」
「毎日やるのか」
健司が呆れる。
「はい。能力が確実に伸びるならやります」
梓は淡々としているが、その底には異常なほどのモチベーションが隠れていた。彼女は、地味な反復訓練に全く苦痛を感じないタイプなのだ。
健司は梓の伸びしろを見て、素直にそう感じていた。
この子は、一年後には化けるかもしれない。
今はありふれた低出力の念動力。
しかし、出力倍率を上げ、精密操作を極め、斥力盾で防御を固めれば、どんな状況にも対応できるオールラウンダーになる。
「梓は、ちゃんと基礎能力を上げれば、かなり使い物になると思う」
健司がポロッと口にする。
「使い物、ですか」
梓が少し反応した。
「あ、ごめん、なんか道具みたいな言い方悪かったな」
「いえ。実用品として評価されるのは、嫌いではありません」
「……その受け取り方で本当にいいのか……?」
「一年くらいこの訓練を続ければ、どのくらい伸びると思いますか?」
梓が尋ねる。
「分からない。でも、今のまま低位異界で小遣い稼ぎだけしてるよりは、確実に化けると思う」
梓は少しだけ笑った。
「では、化けます」
「言い切ったな」
「師匠がそう言うなら、やります」
健司は少し困った。
この『師匠』という言葉が、だんだん軽く受け流せない重さになり始めている。
訓練の終盤。
健司は、床に落ちた木剣を拾い上げながら、少しだけ考え込んでいた。
梓の弱点を見て、教え、改善していくうちに……自分自身の致命的な弱点も、浮き彫りになってきたからだ。
健司の『接触斬撃』は強い。触れれば子鬼を一撃で両断できる。
だが、それはあくまで『触れれば』の話だ。
近づく前に強力な遠距離攻撃を撃たれたら? 空を飛ぶ敵だったら? 足場を崩されたら? 高速で逃げ回る相手だったら?
梓には「近づかれた時の防御」を教えた。
だが自分はどうか。自分も、遠距離への攻撃手段が絶望的に足りていない。
「……俺も、負けてられないな」
健司が呟く。
「師匠?」
「こっちの話。俺も本格的に、遠距離斬撃の勉強をするか……」
「遠距離斬撃?」
梓が目を丸くする。
「ああ。今は触らないと切れない。でも、斬撃を遠くへ飛ばせるようになれば、戦術がかなり変わる」
「それ、普通にめちゃくちゃ強そうですね」
「できればな」
訓練が終了した。
梓は、斥力盾の感覚とコイン訓練のメニューを、忘れないようにスマホへ詳細にメモしている。
「師匠、今日の訓練内容、ヤタガラスのログで共有してもいいですか?」
「共有?」
「自分用の訓練記録です。ヤタガラスのデータベースにも残します」
「ああ、それならいいんじゃないか。危ないことは書かないようにな」
「分かりました」
梓がスマホをしまう。
「あと、学校」
健司が念を押す。
「努力します」
「またそれか」
「今日はヤタガラスの正式な訓練所に来たので、公欠扱いになりませんか?」
梓が真顔で聞いてくる。
「俺に聞くなよ」
健司は苦笑して首を横に振った。
「ありがとうございました、師匠」
梓が深く頭を下げる。
「ああ。斥力盾、ちゃんと家でも練習しておけよ」
「はい」
梓は軽い足取りで訓練所を去っていった。
梓が帰った後。
健司は一人で広い訓練室に残っていた。
木剣を手に取り、空中に向かって軽く振る。
(切れろ)
触れれば切れる。だが、空を切っても何も起きない。
健司は自分の指先を見つめた。
「……遠距離斬撃、か」
『猿、お前も念動力を覚えてもよいかもしれんな』
脳内で、魔導書が唐突に提案してきた。
「念動力?」
『物体干渉系の基礎としては悪くない。斬撃を飛ばすにも、何もない空間に作用点を作る発想のベースとしては使える』
「じゃあ、俺も念動力からやる?」
『いや。だがまあ、今は遠距離斬撃が先だ。手札を無闇に広げすぎると、どれも中途半端になるからな』
「それはそう」
『斬撃とは何か。刃とは何か。切断という結果を、どうやって空間を越えて対象まで届けるか。そこを根本から学ぶ必要がある』
「また紙を切る練習みたいな、地味なやつか?」
『もっと高度だ』
「……嫌な予感がするんだけど」
『よし。このあと、漫画喫茶に行くぞ』
健司は固まった。
「……えええ、なんで?」
『修行だ』
「漫画喫茶で?」
『漫画は現代の猿どもが創り上げた神話体系だ。剣士、斬撃、飛ぶ斬撃、空間切断、見えない刃、衝撃波。貴様の貧弱な脳に足りない概念素材を補うには、ちょうどよい』
健司は少し黙った。
悔しいが、妙に説得力がある。
「……つまり、漫画を読めば修行になる?」
『ただ漫然と読むだけではない。構造を理解しろ。どういう認識で斬撃が飛んでいるのか。どこで切断が発生しているのか。刃が移動しているのか、結果だけが空間を伝播しているのか。それを必死に考えながら読むのだ』
「……漫画喫茶でそんな真面目な顔してバトル漫画読みふけってるやつ、客観的に見て普通に嫌だな……」
『お前だ、猿』
健司はため息をつきながら訓練所を出た。
瀬尾梓は、防御を覚えた。
ただの低出力念動力は、斥力盾という形を得て、近距離戦でも簡単には崩されない実戦的な能力へと変わり始めた。
そして佐藤健司もまた、自分の斬撃を次の段階へ進める必要に迫られていた。
触れれば切れる。
ならば次は、触れずに切る。
猿の次の修行場は、なぜか漫画喫茶である。
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