地獄の氷叢さん家   作:M.T.

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赤バーでぬか喜びしてたらオレンジに戻った悲しみ。
でも日間ランキング30位以内に入れて嬉しかったです(;ω;)
面白いと思っていただけましたら、高評価・お気に入り・感想等よろしくお願いします( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
作者は単純ですので、高評価・お気に入り・感想をいただけましたらモチベーションになります。


第32話 氷叢さんのお見舞い

No side

 

 職場体験が終わり、やってくる期末テストに向けてそれぞれが備えはじめた、とある日。

 

「次、緑谷」

 

 荒廃した街の中で、地上から相澤が生徒達のいるビルの三階に向かって声をかけた。

 ビルは今にも崩れそうなありさまだ。

 

「はいっ」

 

 相澤に呼ばれた緑谷は、少し緊張した面持ちでそう返事をする。

 

「デクくん、がんばって!」

「うん!」

 

 後ろで順番を待つ女子達の中から顔を覗かせ、朗らかに麗日が声をかける。

 その麗らかな笑顔に、緑谷は思わず頰を赤らめながら頷き、三階から地上へと繫がっている袋の中へ入っていく。

 避難で使う垂直式救助袋、滑り台の要領で建物の高いところにいる人を地上に避難させるために使う器具だ。

 

「っと」

 

 わずかな浮遊感の後、緑谷は救助袋を出て無事着地した。

 

「よし、男子は全員終わったな。次は女子。八百万」

「はいっ」

 

 相澤が声をかけると、八百万が返事をし降りてくる。

 

「ふうっ」

 

 無事着地した八百万を待ちかまえていた峰田が、何故だか盛大にため息を吐く。

 

「どうしたの? 峰田くん」

 

 緑谷が聞くと、峰田はさらにため息を吐いた。

 

「緑谷、女子が滑り台で滑るっていえば捲れるスカートだろうが! なのになんで体操服なんだよ……知ってたけど! 味気も色気も仏もありゃしねえよ!!」

「ブレないわね、峰田ちゃん」

「ミノルさん怖いです」

 

 八百万の次に降りてきた蛙吹と六花がツッコむ。

 

「そうだぞ、峰田くん。いちいちスカートが捲れていては授業にならないだろう? 動きやすさを重視した体操服で避難訓練をするのは合理的……いや、待てよ。これが現実の避難だと仮定するとスカートをはいている女性は多々いるだろう。なるほど、より現実味を増すためのスカートというわけだな!」

「いや、多分違うと思うよ」

 

 ハッとして納得する、真面目が服を着て歩いているような飯田に、緑谷は困ったように笑いながら言う。

 飯田は相変わらず真面目だ。

 否、真面目すぎるのだ。

 

「ニヤニヤしてんじゃねーよ、クソデク」

 

 そんな緑谷に不機嫌そうな声が投げかけられる。

 

「かっちゃん……」

 

 少し離れて、鋭い目で睨んでくるのは爆豪だ。

 不機嫌そうなのも緑谷に暴言を吐くのも日常茶飯事。

 それでも中学の頃と比べれば、むやみやたらに周囲に突っかかる頻度は減った。

 

「つーか、避難訓練なんてクソダリィ」

「何を言ってるんだ、ヒーローたるものいついかなる時でも人命救助は最優先だろう! その人命を救う救助器具を学ぶのはとても重要なこと。有意義な授業じゃないか!」

「知るか。人には向き不向きがあんだよ。俺が(ヴィラン)をぶっ飛ばしてる間に他の奴らがやっときゃいいじゃねーか」

「なっ、君は本当にヒーロー志望なのか!?」

 

 人一倍正義感が強い飯田と、人一倍では足りないほど自尊心が強い爆豪が相容れるはずもない。

 爆豪に詰め寄ろうとする飯田を、緑谷は慌てて押さえた。

 

「飯田くん、落ち着いて!」

「まあ、向き不向きがあるのは確かだな」

 

 近くにいた轟がそう呟く。

 

「轟くんっ?」

「爆豪が人命救助してるところは想像できねえ」

「……っんだと、てめえ!」

「あーわかる、逆に怪我させそう!」

「てめーらを先に怪我させてやろうか!!」

「そうゆうとこじゃないですかね……」

「黙ってろ氷女!!」

「えっ? あっ、ごめんなさい」

 

 上鳴が轟の意見に賛同すると、爆豪は掌の上で爆発を起こし、六花がツッコミを入れる。

 救助袋から降りてきた女子達が騒ぎにきょとんとしているのに対して、男子はわらわらと止めに入ったり、呆れたりしている。

 収拾がつかなくなってきたところで、静かな声が響いた。

 

「…お前ら、今何の時間かわかってんのか」

 

 相澤の地を這うような声に、A組の生徒達は一瞬で姿勢を正し、動きを止めた。

 合理性をモットーに生きている相澤の恐ろしさは、ここ数か月で身に染みている。

 無気力そうな相澤の目がわずかに見開かれ、微かに赤みを帯びている。

 大人しく生徒達の様子に、相澤はいつも通りの無気力そうな目に戻って口を開く。

 

「向いてるとか向いてねえとかさっき言ってたが、現場でそんな言い訳は通用しねえからな。やること当たり前にできてこそプロヒーローなんだよ。救助隊や警察が間に合わなかった場合、避難の誘導をするのも務めだ」

「誘導するくらいなら救出した方が早いんじゃ?」

 

 そう言う葉隠の体操服の片手の袖が上がっている。

 どうやら手を挙げているようだ。

 

「誘導するくらい大勢の場合ということでは?」

 

 八百万がそう言うと、相澤は小さく頷いた。

 

「そうだ。一人や二人なら救出は難しくないだろう。だが、大勢いた場合は救助器具が大いに役立つ。いざ、その時になって使い方がわからねえんじゃ話にならないだろ。だから一通りの救助器具のカリキュラムがあるんだよ。わかったか、爆豪」

「……っス」

 

 名指しされた爆豪は小さく呟いた。

 そんな爆豪の近くで、緑谷が小さくハッとしてブツブツと呟きだす。

 

「そうだ、大勢を避難させるのに救助器具と“個性”を組み合わせるのはどうだろう……? 例えば麗日さんの何かを浮かせる“個性”とか瀬呂くんのテープとか……氷叢さんの氷とか、峰田くんのくっつくボールも使えそうだ。プロヒーローなら……うひょお、組み合わせは無限のバリエーションがあるな……!」

 

 ヒーローになりたいあまり、ヒーローを研究し尽くした緑谷は立派なヒーローオタク、そして研究オタクだった。

 夢中になって早口でブツブツ呟く様に、最初は皆からギョッとされていたが、今では温かい目で受け入れられている(爆豪を除く)。

 

「じゃ、次は……」

 

 その時、相澤の声を遮るように、空から空を切るような音が響く。

 騒音に驚いた生徒達が上空を見上げると、一台のヘリコプターが降下してきた。

 そしてそのヘリコプターから、巨体がバッと飛び降りてくる。

 

「空から……私が来たー!!」

「オールマイト!?」

 

 ズシンッと大地を轟かせて着地したのは、マッスルフォームのオールマイトだった。

 オールマイトは、白い歯を見せてニカッと笑った。

 

「やぁ遅れてすまないね、諸君! ちょっと出がけに(ヴィラン)を捕まえてきたものでね!」

「全くですよ。本来ならあなたの担当時間だったんですから」

 

 呆れ返る相澤とは対照的に、緑谷は目を輝かせながらオールマイトに話しかける。

 

「もうネットニュースになっています! お昼休みにチェックしました! 銀行強盗を捕まえたんですよね!?」

「おや、もう一つの立て籠もりの方はまだニュースになっていないようだね」

「っ…流石オールマイト!」

 

 憧れてやまないヒーローの偉業に、緑谷は興奮を抑え切れない。

 数多いヒーローの中でもオールマイトは特別だ。

 その圧倒的力で存在自体が犯罪抑止力になっている。

 名実ともに“平和の象徴”なのだ。

 

「緑谷少年、賞賛はありがたいがもうおなかいっぱいさ。ヘリをいつまでも待たせておくわけにはいかない」

「ヘリ? オールマイトを運んできただけじゃ……」

「緊急時でもあるまいし、私の登場だけで使うワケないだろう? さ、これからヘリによる救助訓練さ! アーユーレディ!?」

「さっすがヒーロー科……」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 その後は、ヘリによる雪山、水辺での救助訓練を終えた生徒達は、教室に戻ってきていた。

 特に雪山での救助訓練は、六花の独壇場だった。

 雪山の雪そのものを丸々持ち上げて救助するという規格外の力を見せつけ、オールマイトをもぎょっとさせた。

 

「オイラ、海で溺れたら人工呼吸は女子にしてもらうんだ……思わず息の根止まっちまうようなディープなヤツを……!」

「その前に、もう止まってんじゃねえ?」

「煩悩の塊……」

 

 峰田と上鳴の会話に、近くの席の常闇が呟く。

 するとその時、相澤が教室に入ってきた。

 その瞬間、全員が席に戻り背を伸ばす。

 

「はい、おつかれ。さっそくだが再来週、授業参観を行います」

「「「授業参観ー!?」」」

 

 相澤の言葉に、生徒達は一斉に声を上げた。

 

「ヒーロー科でもそういうのあんだな」

 

 切島は、生徒達を代表するように呟いた。

 生徒達がざわついている間に、相澤が授業参観のプリントを後ろに回すように言いながら前の席に配っていく。

 

「プリントは必ず保護者に渡すように。で、授業内容だが保護者への感謝の手紙だ。書いてくるように」

 

 その発表に教室は一瞬静まり、それからドッと笑い声が響いた。

 

「まっさかー、小学生じゃあるまいし!」

 

 明るい調子で上鳴が言ったクラスの総意を、相澤が切る。

 

「俺が冗談を言うと思うか?」

 

 相澤の静かな威嚇に瞬時に静まり返る教室。

 

「いつもお世話になっている保護者への感謝の手紙を朗読してもらう」

「マジでー!? 冗談だろ!」

「流石に恥ずいよねぇ……」

 

 教室がざわつく中、飯田がサッと立ち上がり腕を直角に振りながら叫んだ。

 

「静かにするんだ、皆! 静かに! 静かにー!!」

「飯田ちゃんの声が一番大きいわ」

「ム、それは失礼」

 

 蛙吹の指摘に、飯田は素直に謝罪した。

 

「しかし先生、みんなの動揺ももっともです。授業参観といえば、いつも受けている授業を保護者に観てもらうもの。それを感謝の手紙の朗読とは、納得がいきません! もっとヒーロー科らしい授業を観てもらうのが本来の目的ではないのでしょうか!?」

 

 鼻息荒く話した飯田に、相澤が答える。

 

「ヒーロー科だからだよ」

「それはどういう……」

 

 相澤がクラスを見回し、話し出す。

 

「お前達が目指しているヒーローは、救けてもらった人から感謝されることが多い。だからこそ、誰かに感謝するという気持ちを改めて考えろってことだ。ま、プロになれるかどうかまだわからないけどな」

「……なるほど! ヒーローとしての心構えを再確認する、そしてヒーローたる者、常に感謝の気持ちを忘れず謙虚であれ、ということを考える授業だったのですね! 納得しました!!」

「納得はやっ」

 

 飯田の変わり身の早さに、麗日が吹き出した。

 もはやクラスは、諦め承認ムードだった。

 なんでもありなヒーロー科、いちいち動揺して立ち止まってはいられない。

 

「ま、その前に施設案内で軽く演習は披露してもらう予定だが」

「むしろそっちが本命じゃねえ!?」

 

 相澤の言葉に、上鳴が全員の心の声を代表して叫んだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「授業参観かぁ、感謝の手紙どうしよ」

「どうもこうも書くしかねえだろ」

 

 少し困ったように呟いた緑谷に隣を歩く轟がそう答えると、その隣の飯田が口を開いた。

 

「最初は疑問だったが、素晴らしい提案だと思うぞ。日頃から家族に感謝の気持ちはあるが、こんな機会でもないと改まって言うことがないからな。そういえば、手紙に枚数制限はあるのだろうか?」

「どうでしょう……先生何か言ってましたっけ」

「少ない枚数だと困るな、気持ちが書き尽くせないかもしれない」

 

 飯田と六花が、そんな会話をする。

 帰り道、制服姿で並んで歩く四人は、はた目にはどこにでもいる高校生だ。

 この四人(というか実質六花一人)で世間を震撼させたヒーロー殺し《ステイン》と対峙した事があるとは誰も気づかない。

 プロヒーローではない彼等が、公共の場で相手を倒す為に“個性”で危害を加えたとなれば規則違反となる。

 たとえその相手が、粛清と称してヒーローを何人も殺した相手だとしても。

 将来あるヒーローの卵に傷をつけたくないと、公表しないことになったのだ。

 尊敬するヒーローである兄を襲ったステインに復讐しようとした飯田。

 その飯田を救けにきた緑谷と轟、そして六花。

 ともに保須事件を生き延びた四人には、絆のような強い何かが残った。

 

「すごいね、飯田くん。そんなに書けるんだ……僕、どう書けばいいのか何も浮かんでないよ。ヒーロー達へHPからメッセージはよく送ってたけど、手紙ってあんまり書いたことないし」

「そうなのかい? 僕はたまにお礼の手紙を出すが」

「お礼の手紙!?」

「たまに、道で救けたおばあさんなどがお礼の品を送ってくださることがある。その時には必ずお礼状を出すようにと、両親の教えでね」

「さすがいいトコの……!」

 

 こともなげに言った飯田に、緑谷は感心するばかりだ。

 

「そうか? 普通だろう」

「いや、俺はしたことない」

「私も、お手紙とかちゃんと書いたことないです」

「そうなのか……」

 

 緑谷のリアクションに少し照れた飯田は轟と六花に同意を求めるが、きっぱりと言われてしまい、わずかばかり落ちこむ。

 

「で、でもいいことだよ! こういう時にも役に立つしさ!」

「……そうだな! それにやはり手紙には心が込められる。そうそうこの間も……」

 

 緑谷の言葉に飯田が気を持ち直した次の瞬間、「あ!!」と両手を天に突き上げた。

 

「ど、どうしたの!? 飯田くん!?」

「僕としたことがうっかり忘れるところだった! これ!」

 

 そう言って、鞄から封筒を取り出す。

 

「なんだよ?」

「遊園地のチケットをいただいたんだ、ネイティブさんから。僕達にと」

「誰だ?」

「あのステインと戦った時にいたヒーローだよ! でもどうして?」

「お礼だそうだ」

 

 封筒から取り出した遊園地のチケットは四枚あった。

 

「せっかくだから、皆で行かないかい?」

「いいねぇ!」

「まぁ、別に」

「ゆうえんち……」

 

 飯田の誘いに、乗り気になる緑谷。

 轟と六花もまんざらでもないようだ。

 

「しかし、期限が来週までなんだ。三人とも、来週の日曜日は空いてるかい?」

「うん……あ! ごめん、僕ムリだ!」

「何か用事が?」

 

 飯田の問いに、緑谷の大きな目がキラッと輝いた。

 

「文化ホールでヒーロー回顧展やるんだよね! 黎明期のヒーローを網羅した見逃せないイベントなんだよ! 黎明期のヒーローの資料ってなかなか見られる機会がないんだ! それに入場者には特典で黎明期ヒーローの詳しいプロフィールがついたフォトブックがついてきてね……!!」

 

 興奮を抑えきれない緑谷に、飯田が口を開く。

 

「まったく緑谷くんは本当にヒーローが好きだな……!」

「ごめん!!」

「日曜日は俺もムリだ。母の見舞いに行く。悪いな」

「そうか…」

 

 謝る緑谷と轟に、飯田が残念そうに肩を落とす。

 すると六花は、飯田の制服の袖を引っ張りながら話しかける。

 

「イーダさん。私行けますよ」

「本当かい!?」

「はい、ただ……」

「「ただ?」」

 

 何かを懸念しているような六花の顔に、飯田と緑谷がきょとんとする。

 

「私、遊園地とか行ったことないので……どう楽しめばいいか、わからないんですけど……それでもいいですか?」

 

 六花は、遠慮がちにそう言った。

 六花は、生まれてこの方遊園地というものに行った事が無い。

 USJ(救助訓練の施設の方)に来た時も、一人だけピンと来ていなかった。

 

「そういうことなら、一緒に行こう! 行ったことがないなら、尚更いい思い出にしなくてはな!」

「……はいっ」

 

 飯田の言葉に、六花は頬を緩ませて何度も頷く。

 

「あ、でも、チケット4枚あるんじゃなかったでしたっけ」

「ああ。チケットを無駄にするのも悪いし、他に誰か誘って行くことにしよう」

「そのうち皆で行こうよ……あっ、いや、行けたらいいな……と」

「「「……?」」」

 

 急に気弱になった緑谷に、他の三人が訝しむ。

 

「皆はそうでもないのに僕だけ行く気満々だったら、と思って……」

 

 恥ずかしそうにそう答えた緑谷に、三人は顔を見合わせた。

 

「緑谷くん、君はあんなにすごい力を持っているのに、普段はからっきしだな!」

「本当だよ」

「……です」

 

 三人に呆れられ、緑谷は苦笑するしかない。

 

「……あっ、そういえば、飯田くんのうちは授業参観、誰が来るの?」

 

 話題を変えようとしてそう聞いた緑谷に、飯田はすぐにその質問に真摯に答える。

 

「母だ。父は仕事だろうからな。緑谷くんの家は、どなたがいらっしゃるんだ?」

「ウチもお母さんだと思う。氷叢さんちは?」

「ウチはママです。えっと……ボシカテイ? なので」

「あっ、ウチと一緒だね。轟くんちは……」

「ウチは……誰も来ねえかもな」

 

 何気なく答えた轟に、緑谷は一瞬間を置いてから「あっ」と青ざめた。

 轟の家の複雑な家庭事情を知っていたのに、つい勢いで聞いてしまった事を後悔した。

 

「あの、ごめん……」

「そうか、母上は入院中だったな、すまない」

 

 神妙に謝る緑谷と飯田に、轟はいつも通りそっけなく答える。

 

「別に、気にしてねえよ。謝ってもらう程のことでもねえし」

「しかし、子供の晴れ姿が見られないのはさぞかし残念だろう」

 

 飯田がうんうんと頷く。

 

「…………」

 

 飯田の言葉に、轟はそっとズボンのポケットに手をしまった。

 中に入っているプリントがかさりと音を立てる。

 

「別に……それに、あいつに観にこられたらゾッとする」

「あいつ? エンデヴァーさんのことか? お父上のことをあいつというのは感心しないな。せめてお父さんと呼んでみてはどうだ?」

「クソ親父なんかあいつで十分だ」

「お父さんと呼ぶのが嫌ならば、“パパ”はどうだ?」

「……パ……?」

「もしくは“ダディ”とか?」

「……ダ……?」

 

 エンデヴァーの事をそう呼んでいる自分を想像したのか、どんどん顔が険しくなる轟に緑谷はあわてて割って入る。

 

「ほ、ほら! でもさ、親のこと、あだ名で呼んだり、名前で呼んだりする家もあるみたいだし──」

「しかし、それではまるで友達同士のようで尊敬の気持ちが薄れるのではないか?」

「あいつをあだ名で……? ……あり得ねえ」

 

 そんな話をしている男子三人に対して、六花が口を挟む。

 

「別に呼び方とかなんでも良くないです? 今更変える方がヘンだと思いますけど」

「いや、それはそうだが……いや、待てよ? 言われてみれば、いきなり呼び方を変えるのも、それはそれで不自然かもしれないな。むしろ一番しっくりくる呼び方で呼んだ方が、尊敬の気持ちが伝わるのか? ううむ……」

 

 六花の身も蓋もない発言に困る飯田だったが、逆に六花の言葉を拡大解釈して一人で勝手に考え込む。

 そんな飯田を見て、緑谷が困ったように笑う。

 曲がり角に来て、轟が立ち止まる。

 

「悪い。俺はこの後、氷叢と用事がある」

「……あ、えっと、はい」

 

 轟が言うと、六花も思い出したように頷く。

 二人して用事があると言うので、緑谷がきょとんとして尋ねる。

 

「氷叢さんと?」

「ああ、ちょっとな……」

 

 緑谷が尋ねると、轟は少し視線を逸らして語尾を濁した。

 そんな轟を見て、飯田と緑谷は、それ以上は追及しなかった。

 

「じゃあ、ここで。また明日」

「気をつけて!」

「あぁ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……悪いな」

「いえいえ」

 

 轟が少し申し訳なさそうに謝ると、六花が首を横に振る。

 緑谷達と別れた後、しばらくして二人がやってきたのは、夕日に照らされオレンジ色に染まる白い大きな建物だった。

 轟の母親の入院している病院。

 診察時間を終えようとしているのに、待合ロビーは会計などを待っている患者達で混雑している。

 二人はそんな光景を横目にエレベーターに乗りこみ、病室階へと向かう。

 

「えっと……ママはもうすぐ来るみたいです」

 

 六花は、携帯でラインを確認しながら轟にそう告げる。

 体育祭が終わった後、六花は轟から『お母さんが会いたがっている』と伝えられていた。

 保護者の雪代も一緒に行くので、二人とも都合がつく日を探していたのだが、ここ二週間は雪代のスケジュールが丸々用事で埋まっており、最短で都合がついたのが今日だった。

 雪代はこの日は半休を貰ったそうで、今はお見舞いに持っていくスイーツを選んでいるところだという。

 エレベーターのドアが開くと、轟が先に歩く形で、二人で病室に向かう。

 

「焦凍くん……あら? あなた、体育祭の……」

 

 ナースステーションの前を通りかかると、轟と顔見知りの看護師が声をかけてきた。

 看護師は、轟と一緒に歩いているのを見て驚いていた。

 

「……どうも」

「氷叢六花です。ショートさんといっしょにおみまいにきました」

 

 轟と六花は、声かけてきた看護師に、丁寧にお辞儀をした。

 轟と六花の顔立ちは、心なしか少し似ている。

 特に、轟の右側の髪と六花の髪は、ほとんど色味が同じだ。

 二人で一緒に歩いていると、まるで兄妹、もとい姉弟のようだ。

 

「ここだ」

 

 扉の横に『315 轟様』と書かれた病室に辿り着く。

 部屋の前に来て、軽く息を吐いてから轟はドアを開ける。

 

「……お母さん」

「焦凍?」

 

 窓辺に座っていた轟の母親の冷が振り返る。

 格子の嵌められた窓を背負ってやわらかな笑みを浮かべたその姿を見て、六花はその場で立ち尽くした。

 

「ママ……?」

 

 六花は、驚きのあまり口をぽかんと開けて何度も瞬きをする。

 六花が驚いていたのは、目の前にいる冷が、雪代によく似ていたからだった。

 よく見れば雪代より華奢で、特徴的な左眼の泣き黒子が無いが、それでも見間違えてしまう程にそっくりだった。

 しばらく呆然としていた六花だったが、ふと我に返ると、慌てて自己紹介をする。

 

「はっ……はじめまして、ショートさんのお友だちの氷叢六花です」

「会いたかったわ、六花ちゃん。はじめまして、焦凍の母の冷です」

 

 六花が自己紹介をすると、冷も優しく微笑みながら自己紹介をする。

 「はわわ…」と目の前の現実に混乱している六花を見て、冷はクスッと笑う。

 

「……本当に、雪代姉さんそっくりね」

「雪代姉さん……?」

「あら、そういえば話してなかったわね。私と六花ちゃんのお母さん、実は従姉妹同士なの」

「「!?」」

「だからあなた達は、はとこ同士なのよ」

「「……!?」」

 

 冷のカミングアウトに、轟と六花は互いに顔を見合わせて驚く。

 お互い何となく似ているとは思っていたが、まさか再従姉弟同士だったとは。

 

「……すげぇ偶然だな」

「ですね……」

 

 轟がため息を吐きながら左頬を掻くと、六花も首を縦に振る。

 

「雪代姉さんは?」

「あぁ、えっと……あと5分くらいしたらつくと思います」

「外暑かったでしょう? 何か飲む?」

 

 冷は、学校帰りの二人を気遣って声をかける。

 5月も下旬を迎えた今は、少し蒸し暑い。

 特に氷の“個性”を持つ六花にとっては、明確に「暑い」と感じる温度だ。

 似た系統の“個性”を持っているからか、冷は六花が暑がっているのを敏感に感じ取っていた。

 

「あ、うん」

「もう用意してあるわ。冷蔵庫開けてみて」

 

 聞かれてから喉の渇きを覚えて、飲み物を買って来ようと立ち上がった轟に、冷は少し慌てて言った。

 言われるままベッドの横のデスク下に置かれている小さな冷蔵庫を開けると、緑茶や炭酸やジュースなどのペットボトルが数本入っていた。

 幼児向けの可愛らしい牛のイラストの描かれた紙パックの乳酸飲料もある。

 

「ほら、焦凍、牛さんヨーグル好きだったでしょ? 売店で売ってたから、つい」

 

 ポカンとする轟。

 確かに子供の頃飲んでいたような気もするが、記憶からすっかり抜け落ちていた。

 ニコニコとしていた冷だったが、そんな轟に気づき、少し恥ずかしそうに笑う。

 

「焦凍ももう高校生だもんね……そう思って、いろんなのを買っておいたんだけど、好きなのあるかしら……?」

 

 自分が来る時のことを考えて揃えてくれたのかと思うと、轟は胸が熱くなった。

 

「……これにする」

 

 そして、迷わず牛さんヨーグルを手に取る。

 冷が嬉しそうに微笑むのを見ながら飲んだそれは、ほのかに甘くて覚えていないのに懐かしい気がした。

 

「六花ちゃんも好きなの飲んでね」

「あ、じゃあこれにします」

 

 そう言って六花が手に取ったのは、オールマイトのリアルなイラストがラベルにプリントされたマイティコーラのペットボトルだった。

 六花がくしゃっと眉間に皺を寄せながら不器用な手つきでペットボトルを開けると、オールマイトのイラストが気になったのか、轟が話しかける。

 

「いっつも飲んでるな、それ。美味いのか?」

「おいしいですよ。私は大好きです」

 

 轟が尋ねると、六花は頬を緩ませながら答える。

 仲良さげに話している二人を見て、冷が嬉しそうに目尻を下げた、その時。

 

「お母さん、入るよ」

 

 ノックをして入ってきたのは、轟の姉の冬美だった。

 母親似だが、繊細な印象を与える母親とは違い明るい印象だ。

 母親譲りの白銀のミディアムヘアには、父親譲りの深紅が所々に混じっている。

 冬美は、轟と一緒に話していた六花に目を向けると、明るい笑顔を浮かべて話しかける。

 

「初めまして、焦凍の姉の冬美です」

「はじめまして……ショートさんのお友だちの氷叢六花です」

「六花ちゃん、来てくれてありがとう。焦凍があなたのこと話してたから、私も一回話してみたかったの」

「言うなって」

「あ、そうなんですか……」

 

 初対面で緊張していた六花だったが、普通の姉弟のように話す冬美と轟を見て、少し緊張がほぐれる。

 

「お母さん、雪代さん来てくれたよ。ちょうど行き掛けに一緒になったの」

「あら、そうなの?」

 

 冬美は、途中で雪代に会った事を冷に伝える。

 すると雪代が病室に入ってくる。

 

「……冷ちゃん」

「雪代姉さん……」

「ごめんなさいね、お土産選んでたら遅くなっちゃった」

「……ううん。こっちこそ、急に呼んでごめんなさい」

 

 雪代と冷は、対面するなり互いに少し気まずそうに目を逸らす。

 二人にとっては、32年振りの再会だ。

 いざ対面してみると、何を話せばいいのかわからない。

 

「……!?」

 

 轟は、気まずそうにしている二人を見て、僅かに目を見開いて宇宙猫状態になっていた。

 それもそのはず、雪代と冷は、轟が思っていた以上にそっくりだった。

 体格や髪型、泣き黒子などの違いはあれど、顔立ちや色味はほとんど同じだ。

 知らない人間なら、一卵性双生児だと言っても信じるだろう。

 

「はじめまして、焦凍くん。六花の母の雪代です」

「……どうも」

 

 驚いている轟に雪代が自己紹介をすると、轟が一拍遅れて会釈をする。

 

「お土産持ってきたの。良かったら食べて」

 

 そう言って雪代が、冷にお土産を渡す。

 中身は、フルーツのゼリーの詰め合わせだった。

 リンゴにみかん、キウイ、ブドウ、さくらんぼ、桃など、色んな味が入っている。

 透明なゼリーの中にカラフルなフルーツがゴロゴロと入っていて、まるで宝石箱だ。

 

「わぁぁ! おいしそう! 私これがいい!」

「六花、順番よ。まず他の皆が選んでからね」

「うう〜……」

 

 真っ先に桃味のゼリーを取ろうとした六花を雪代が止めると、六花は唇を尖らせて唸る。

 

「冷ちゃん子供の頃、このゼリー好きだったよね」

「そうそう。姉さんがよく家に持ってきてくれたのよね」

 

 雪代が話しかけると、冷は子供の頃の事を思い出す。

 二人は、子供の頃によく一緒に遊んでいた。

 雪代は冷の家に遊びに行く際、必ずお気に入りの店のスイーツを持って行っていた。

 中でも二人のお気に入りだったのが、伝統的なフルーツパーラー、千◯屋のフルーツゼリーだ。

 

 子供の頃を思い出して笑顔を浮かべる冷を見て、轟は視線を下に落とす。

 雪代が当然のように知っている母親の好物を自分が知らない事に気づき、母親の事を何も知らない自分が恥ずかしくなったのだ。

 そんな轟の様子に気づいてか、雪代が轟と冬美にも声をかける。

 

「冬美ちゃんと焦凍くんも、好きなの食べてね」

「ありがとうございます!」

「……いただきます」

 

 雪代が声をかけると、冬美と轟も好きなゼリーを選んで手に取る。

 六花に気を遣ってかはわからないが、六花が選ぼうとしていた桃味は最後まで残った。

 最後に六花が桃のゼリーを取り、爛々と目を輝かせながらゼリーを頬張る。

 するとその時、冬美が話しかける。

 

「ねぇ、二人は学校でどんな感じなの?」

「私も気になるわ。聞かせてくれる?」

「うん……まず、何から話すか……」

 

 冬美と冷に聞かれ、轟は学校での出来事を思い出しながら話した。

 今日の救助訓練の事、体育祭での事。

 話を聞いていた冬美と冷は、嬉しそうに笑顔を浮かべながら頷いていた。

 雪代も、少し離れたところで話を聞いていた。

 

「……本当に、いいお友達ができたのね」

 

 嬉しそうに、目を少し潤ませる母親に、轟はゆっくりと小さく頷いた。

 

「──うん」

 

 笑う冷と轟の顔を見て、冬美は六花の手を取って話しかける。

 

「六花ちゃん。焦凍とお友達になってくれて、本当にありがとう」

 

 冬美は、手を握ったまま六花に頭を下げて礼を言った。

 すると緊張のせいか戸惑っていた六花が僅かに目を見開く。

 

「焦凍ね、笑うようになったのは最近なの。焦凍が六花ちゃんのことを楽しそうに話してくれて……それがすごく嬉しくって……だからどうしても、会ってお礼が言いたかったの」

 

 冬美が、六花の手を握りしめながら胸の内を語る。

 そして、顔を上げて微笑む。

 

「これからも、焦凍と仲良くしてあげてね」

「……はい」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

轟冷 side

 

 その後、子供達には少しだけ席を外してもらって、私は雪代姉さんと病室で二人きりになった。

 私がここに姉さんを呼んだのは、謝りたかったのと、姉さんが今どうしているのかを知りたかったから。

 

 燈矢が死んで、(あの人)がより一層焦凍を傷つけるようになってから、私は姉さんを頼って電話をした。

 その時は、『愚痴ならカウンセラーか牧師にでも言え』と冷たく突き放されて、そのまま一方的に電話を切られてしまった。

 酷いと思ったし、姉さんの事を嫌いになった。

 

 だけど入院してしばらくしてから、姉さんもつらい状況だった事を知った。

 旦那さんと娘さんに先立たれて、息子さんも失踪して、ご近所さんに白い目で見られながらたった一人で幼い六花ちゃんを育てていて、そんな状況で人助けなんかできるわけがない。

 

 私はずっと、姉さんに頼ってばかりだった。

 いつも自分の事ばかりで、姉さんなら助けてくれるって心のどこかで甘えて、姉さんの負担なんて考えた事もなかった。

 愛想を尽かされても仕方がない。

 それでも、姉さんが何か困っているなら、せめて話だけでも聞いてあげたい。

 私は、花瓶の水を変えてくれている姉さんに話しかけた。

 

「……来てくれてありがとう、雪代姉さん」

「こちらこそ。もう二度と会ってくれないと思ってた」

 

 そんな会話の後、しばらくの間沈黙が続く。

 こうして二人きりになると、どう謝ったらいいのかわからない。

 私は、タイミングを見計らって、思い切って姉さんに謝った。

 

「「ごめんなさい」」

 

 私が謝るのと同時に、姉さんも謝った。

 

「……え?」

「姉さんも大変だったのに、私、姉さんに頼ってばっかりで……」

「いや……なんで冷ちゃんが謝るの? 私の方こそ、自分のことで手いっぱいで……ひどいこと言ってごめん」

「…………」

「…………」

 

 姉さんは、私の事をあっさり許してくれたばかりか、私を突き放した事を謝った。

 お互いに胸の内を打ち明けて、また沈黙が下りる。

 それを、姉さんが柔らかい声で破った。

 

「……なんか、こうして二人で話してると、昔のことを思い出すね」

「そうね」

「覚えてる? 冷ちゃん、小さい頃は雪ねぇ、雪ねぇって言って私の後ろをついて回ってたのよ。可愛かったなぁ」

 

 そう言って姉さんがクスクス笑う。

 やっぱり姉さんは、優しい姉さんのままだ。

 

 雪代姉さんは、私の憧れだった。

 綺麗で、頭が良くて、何でも出来て、そして優しかった。

 お金持ちのお嬢様なのに、それを鼻にかける事もなくて、私の事を妹のように可愛がってくれた。

 本を読んでくれたり、一緒に庭の花の絵を描いたり、落ちない紙飛行機の折り方を教えてくれたり、私にとても良くしてくれた。

 私が話す時は、いつもニコニコ笑って頷いて聞いてくれた。

 昔のように笑う姉さんの顔を見ていたら、この時だけは、あの頃に時が戻ったような気がした。

 

「あの頃は本当に楽しかったね」

「……うん」

 

 姉さんが、目尻を下げて笑う。

 姉さんは強い人だ。

 自分だって余裕が無いはずなのに、こうして昔みたいに話をしに来てくれた。

 それに比べて、私は……

 ……いけない、また自分の事を考えてしまった。

 思い切って、今度は私から話題を振る。

 

「姉さん、困ってることがあったら何でも言ってね。私、話なら聞くから」

 

 私がそう言うと、姉さんはきょとんとした顔をする。

 

「……え、どうしたの急に?」

「私、ずっと姉さんに頼りっぱなしだったから、今度は私が姉さんの力になりたいの」

 

 私のその言葉に、姉さんが僅かに目を見開く。

 ほんの数秒の沈黙の後、姉さんがクスッと笑って言った。

 

「大丈夫。私今、幸せにやれてるからもう助けなんて期待してないから

「……そう」

 

 姉さんが、穏やかな笑顔を浮かべる。

 

 この時、もっと強く言葉をかけておくべきだった。

 余計なお節介だって言われても、食い下がるべきだった。

 ……いや、この時にはもう手遅れだったのかもしれない。

 それでも、何か私にも出来た事があったんじゃないかと後になって思う。

 後に私は、この時の選択を後悔する事になる。

 

 

 

 




すまねぇ…尺が長くなっちまった…
だが、これ以上話数を増やしたくなかったんだ…

なんかフラグらしきものが建ってますが、轟くんとは付き合いません(断言)。
法律上はギリギリ他人ですが、これでデキちゃったらなんか轟くんがマザコンみたいになっちゃうので。
ちなみに六花ちゃんは12月生まれなので、轟くんより1ヶ月だけお姉さんです。
どちらかというと兄妹っぽいので、脳みそバグりますね(笑)

轟くんですが、六花ちゃんの介入によって原作より頻繁にお見舞いに来ている、という設定です。
平日に来るのもこれが初めてじゃないので、原作よりは緊張してません。
なのでこのタイミングで来訪しても不思議ではないかな、と。
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