No side
「キャー! 覗き魔がいるー!!」
圧縮訓練をした日の夜、葉隠の悲鳴が寮内に響き渡った。
その声を聴いて、談話スペースで談笑していた上鳴、尾白、砂藤、そしてちょうど風呂から上がったばかりの六花が駆けつけてくる。
「……ん、どうしたんですか……トールさん……まさかミノルさん……?」
「峰田は風呂だぞ!?」
六花は、『覗き』という単語を聞いて峰田を連想するが、当の峰田はこの場にはいない。
「峰田くんじゃなかったよ! 一瞬だったんだけど、なんかニヤけた顔があそこの窓から中を覗いてたんだ……!」
そう言って葉隠が、玄関側の窓を指差す。
もしや
するとその時、ちょうど風呂に入ろうとしていた切島、飯田、緑谷、轟が何事かと駆け寄ってくる。
覗き魔の事を話すと、四人とも警戒心を強めた。
飯田が、とりあえず相澤に報告しようとした、その時だった。
急にドンドンドンっと扉を何度も叩く音が聴こえる。
あまりにもしつこいので、六花は不愉快そうに眉を顰めた。
「ん……うるさいですね、ちょっと外の様子見てみます」
そう言って六花は、寮の外に『雪童子』のユキちゃんを出して様子を窺う。
外にいる人物を確認して、六花は安堵の表情を浮かべる。
「……大丈夫です、
「「「「「え?」」」」」
「っていうかこの人、どっかであった気が……」
六花は、寮の外にいる人物を思い出せずに首を捻る。
会った事はあるような気がするが、名前が出てこない。
六花が扉を開けようかどうしようか迷っていると、葉隠が話しかけてくる。
「ねね、どんな人だった?」
「ん……と、わたしたちと同じくらいの歳の男の人です。短い金髪で、細身で……なんかニヤニヤ笑っててきもちわるいです」
(((((物間(くん)だな(だね)……)))))
『男子生徒』、『短い金髪』、『細身』、『気持ちの悪い笑み』というキーワードに、その場にいた全員が同時に同じ人物の顔を思い浮かべる。
ある意味
「……とりあえず、わたし出ますね」
このまま外で待たせるのも可哀想だと思ったのか、六花が玄関の扉のドアノブに手をかける。
その後ろでは、嫌味を言う物間の顔を想像した上鳴達がゲンナリした顔をしていた。
するとだ。
「ハァア〜!? 客人がやってきたのに、何だいその露骨に嫌そうな顔は!? A組は碌にもてなしもできないのかい!?」
物間が、高笑いしながら無遠慮にA組の寮に上がり込んでくる。
そんな物間に対して、六花が首を傾げながら尋ねる。
「……どちら様ですか?」
「『どちら様ですか』、だってぇ!? さっすがA組、僕らB組は眼中にもないって?」
「いや、本当にわかんないんですけど」
純粋に疑問を投げかける六花に物間が皮肉を言うが、六花は本当に物間の事を覚えていなかったので、真顔で首を振る。
葉隠の言っていた覗き魔の正体は、物間だった。
「誰かいないか見てただけ」と言い訳しつつ興味深そうに内装を観察する物間に、六花が話しかける。
「……それで、あなたなんで来たんですか」
「なんでって、理由が無きゃ来ちゃいけないって?」
「はい、きもちわるいので帰ってください。先生呼びますよ」
ああ言えばこう言う物間だったが、六花は彼のペースには乗せられずに冷静にスマホを片手に教師陣を呼ぶ準備をした。
六花をからかっても面白味がないと判断したのか、物間は「やれやれ」と肩を竦めて白状した。
「視察に来たんだよ。A組とB組の寮に差があるかもしれないだろう?」
「違いも何もねーだろ? みんな一律で建てたんだから」
物間の言い分に、上鳴が言い返す。
すると物間は、馬鹿にしたようにハッと鼻で笑い、誰も他のクラスの寮を見ていないのだから違いなんてわからないと言う。
その言い分に飯田が乗せられてしまうと、ここぞとばかりに物間が詰め寄ってくる。
「じゃあ、確かめさせてもらってもいいよね!?」
そう言って物間は、強引にA組の部屋へと入っていった。
〜少年少女移動中〜
「オタク!」
「あ、うん」
「ごちゃっとして落ち着きがない!」
「ハァァ!?」
「ザ・真面目で面白くない」
「ムッ……」
物間は、二階の部屋から順番に男子の部屋を見ていき、次々とダメ出ししていく。
物間曰く、部屋を見ればその人間の本質がわかるとの事。
もっともらしい理由をつけてはいるが、要はA組の部屋を見てダメ出しがしたいだけだ。
だが……
「いやもう、全くもっておっしゃる通り……」
「氷叢さんはどっちの味方なの……?」
「え……だって事実ですし……」
「うぇい……」
ダメ出しをする物間に対し、六花はうんうんと頷いていた。
物間のダメ出しが的確すぎて、フォローのしようがない。
珍しく六花と物間の意見が一致した瞬間だった。
そんなこんなで四階へやってきた。
最後に切島の部屋を見た物間が、ほとんど同じ内装の部屋の写真をスマホで見せる。
物間が見せたのは、鉄哲の部屋だ。
「まんまエージさんの部屋……」
あまりにもそっくりな内装に、六花が思わず口を開く。
唯一違うところといえば、カーテンの素材が重い金属でできているという事くらいだ。
どうやらカーテンを開け閉めする時も筋トレしているらしい。
物間は、勝ち誇ったような顔で言った。
「A組がゴロゴロ部屋で寛いでる間にも、B組は陰で努力をしてるんだよ! そういうとこだよ、そういうとこ!」
「いや、それやってるのB組全員じゃなくてテツテツ?さんだけじゃないですか……」
「やっぱりA組の寮を見にきてよかったよ! 遠慮なく自堕落な生活をして僕らB組の足元に跪いて──」
「跪くのはお前だ」
六花の反論も無視して高笑いしていた物間が、突然膝から崩れ落ちる。
気絶した物間の襟を掴んで拾い上げたのは、B組委員長の拳藤だ。
そして拳藤に続けて、二人の生徒が駆けつけてくる。
「何やってんだよ、物間!」
「物間クン、A組行ッテくるッテ出テ行キマシタノ、ビックリしィマシタ」
駆けつけてきたのは、切島とダダ被りの鉄哲徹鐵と、頭から生えた角が特徴的な留学生女子の角取ポニーだ。
◇◇◇
「私のお部屋はこんな感じです」
「Oh! タタミ! スバらしいデース!」
「あんた、こういうの凝るタイプだったんだ」
「わたし、おうちが和室だったので、洋室だとおちつかなくて……」
その後六花は、角取や拳藤と仲良く女子トークを展開した。
物間を連れ戻しに来たはずが、一階の談話スペースは、いつの間にか和気藹々とした空間になっていた。
八百万が紅茶を、砂藤がケーキを持ってきて、ちょっとしたティーパーティーが始まる。
今日のメニューは、八百万の淹れたシトラスブレンドのアールグレイと、砂藤の作ったレモンシフォンケーキだ。
「んまい……」
「ちゃんとしたもてなししないでくれる……?」
六花は、目を細めてシフォンケーキをもきゅもきゅと頬張った。
蜂蜜入りのホイップクリームの優しい甘味が、ケーキの爽やかな酸味とマッチし、六花を唸らせた。
散々嫌味を言っていた物間ですら、ケーキを完食している。
A組の部屋を見せた後、六花達は、B組の部屋を写真で見せてもらった。
ちなみに拳藤の部屋は、古い木のテーブルや黒いアイアンフレームのインテリアで構成された、ヴィンテージインダストリアルスタイル。
角取の部屋は、アニメやヒーローのポスターやフィギュアが所狭しと飾られた、緑谷に負けず劣らずのオタク部屋。
そして物間の部屋は、白とパステルカラーを基調としたフレンチスタイル。
物間のインテリアセンスに、ダサい部屋のレッテルを貼られた上鳴は敗北感を覚え沈んでいた。
そんな上鳴を見て物間が調子に乗って煽り散らしながら高笑いすると、再び拳藤が手刀で気絶させた。
そんなやりとりの間にも、物間以外のほのぼのした交流は続く。
だがそんな空気に、物間が不服そうに顔を歪めながら口を開く。
「ほらもう帰ろうよ。こんなとこに長居は無用」
そう言って物間が帰ろうとすると、上鳴と尾白が立ちはだかる。
「ちょっと待てよ。勝手に来て、部屋貶して、ケーキ食って帰る……? ずいぶんやりたい放題じゃねーか。このまますんなり帰れると思うなよ……? なぁ尾白」
「うん、言われっぱなしなのはちょっとね……」
どうやら二人は、部屋を馬鹿にされた事を根に持っていたらしい。
最初は不服そうな物間だったが、珍しくA組の方から絡んできている事を理解するなり、急に上機嫌になって煽りまくる。
「えええ!? それじゃあどうするの!? 勝負!? 勝負する!? どっちが上かはっきり決めちゃううう!?」
「おう、勝負しようじゃねーか!」
物間が煽ると、散々プライドを傷つけられた上鳴と尾白が挑発に乗ってしまう。
すると委員長の使命を背負った飯田が喧嘩を止めに入る。
「君達いい加減にしないか!! 寮内で喧嘩など……もっと雄英生としての自覚をだな!!」
「雄英生だからこそじゃないか。プルスウルトラ、寮内だろうと常に壁を乗り越えなきゃいけないんだよ」
「ムッ……つまり私生活の中でも、プルスウルトラの精神を忘れてはならない……常に競い合って互いを高め合う……ということだな!?」
飯田もあっさり物間に言いくるめられ、すっかり勝負モードになってしまった。
そんな男子達を呆れた目で見つつ、拳藤が隣に座っている六花に話しかける。
「ちょっと、これ止めた方がいいんじゃ……?」
「くぅ……くぅ……」
「寝てる……」
六花は、目の前の喧嘩には一切興味を示さず、目を閉じて船を漕いでいた。
シフォンケーキを食べてまったりしたせいか、眠くなってしまったらしい。
六花が寝ている間にも、男子達は勝負内容を何にするかで揉めていた。
そんな中轟が、何かを思い出したように口を開く。
「勝負が決まりゃいいんなら、いいもんがある」
そう言って轟が自室から持ってきたのは、樽を模したバスケットボールサイズのおもちゃだった。
轟曰く、「貰った」との事だ。
見るからに怪しいおもちゃに何人かが疑問を抱きつつも、とにかく早く勝負がしたい上鳴と物間が、樽のおもちゃで勝負をする事に決めてしまった。
クラス対抗で交互に剣を刺していき、海賊の人形を飛び出させたクラスが負けというルールだ。
B組は男女二人ずつなので、公平を期してA組も男女二人ずつ選出する事になった。
「六花ちゃん、一緒にやろうよ!」
「んー、ごめんなさい……ねむいのでパスで……」
「えー、じゃあヤオモモは?」
「ごめんなさい、私もちょっと……」
「えー、人数足りなくなっちゃうよ!」
葉隠は最初に六花を誘うが、六花は眠いからという理由で棄権し、次に誘われた八百万も、怪しげな樽を警戒して首を横に振った。
するとその時。
「なになにー!? ねぇ何やってんの!?」
風呂上がりの芦戸が、興味津々な様子で駆け寄ってくる。
「あ、三奈ちゃん! ちょうどいいところに! 実はねぇ……!」
来たばかりの芦戸に、葉隠が事情を説明した。
すると芦戸は、目を爛々と輝かせながら手を挙げた。
「面白そー! やるやるー!」
こうしてA組からは、尾白、上鳴、葉隠、そして芦戸。
B組からは、拳藤、角取、鉄哲、そして物間が参加する事になった。
「ハッハハハ!! どうやら風はB組に吹いているようだねぇ!?」
「ねー、いいから早く刺してよ」
じゃんけんの結果、最初は物間から剣を刺す事になった。
早くやってみたい芦戸が、ワクワクした様子でトップバッターの物間を急かす。
「じゃ、遠慮なくいかせてもらうよ。B組の勝利への一刺し目だ!」
先手を取った物間が高笑いしながら樽に剣を刺した直後、物間の体には電流が流れた。
電流を喰らった物間は、黒焦げになり、ブスブスと黒い煙を上げながらテーブルに突っ伏した。
どうやら、剣を刺す度に罰ゲームが飛び出す仕掛けのようだ。
轟曰く、部屋作り用の素材を集めていた時にサポート科の発目から貰ったものらしい。
「ねぇ、もうやめておいた方がいいんじゃないかな……?」
「その通りだ! 何かあってからでは遅いぞ!」
発目のサポートアイテムに酷い目に遭わされた緑谷と飯田は、危険を察知して勝負を中止しようとする。
だが感電から復活した物間が、ニヤリと笑って煽る。
「逃げるんだ? A組はこんなおもちゃのゲームからも逃げるんだ!? ごめんねぇ!? 弱いA組にこんな勝負持ちかけちゃって!! 本当は怖くてブルブル震えてたんだよねぇ!? 部屋に戻って、ベッドの上で泣いたっていいんだよ!?」
「に、逃げるわけねーだろ! ゲーム続行だ! なぁ尾白!?」
「うん」
部屋を貶されプライドを傷つけられた尾白と上鳴が、安い挑発に乗せられてしまう。
「私もここまで来たら最後まで付き合うよ!」
「うん、なんか面白そー!」
「ワタシもヤリマース!」
「じゃあ私もやるよ。人数足りなくなっちゃうだろ?」
「よっしゃぁ、正々堂々勝負しようぜ!」
ノリの良い女子達と漢らしい鉄哲も快諾した事で、勝負は続行した。
交互に剣を刺しては、次々と罰ゲームが飛び出し、談話スペースに悲鳴や笑い声が響き渡る。
そんなこんなで、勝負も終わりが見えてきた。
穴が最後の一つになっても、海賊は飛び出していない。
つまり、最後の穴に剣を刺した組が負けという事だ。
そして最後に順番が回ってきたのは物間だった。
「最後は物間くんだね」
「てことは……」
「勝負はA組の勝ちだな!」
「くっ……」
勝利を確信した上鳴が、勝ち誇った笑みを浮かべながら、「さぁ刺してもらおうか」と物間に迫る。
すると物間は、罰ゲームを回避しようと、もう勝負は決まったから指す必要は無いと言い張る。
最後の最後には、今までの罰ゲームの集大成が待っている。
どうしても罰ゲームを受けたくない物間は、プライドを捨てて見苦しく駄々を捏ねた。
「ねぇこれ、やる必要あるの!? もう負けが決定してることは覆らないんだから、それでいいだろぉ!? これ弱い者いじめだよねぇ!?」
「うわ、罰ゲーム受けたくないからって開き直りやがった」
「君達、敗者に鞭打つようなことして楽しいのかい!? それとも謝ればいいってこと!? ごーめーんーなーさーいー。ほらこれで充分だろ!?」
「いい加減にしろ!」
みっともなく勝負から逃げる物間を、拳藤が手刀で制裁した。
「漢らしくねえぞ、物間!」
「嫌なものは嫌だ!! 僕は絶対罰ゲームなんかやらないから!!」
あまりの情けなさに我慢ならなくなった鉄哲が、「俺が代わりにやってやる!!」と啖呵を切って剣を手に取り、覚悟を決めて剣を刺した。
すると、軽快な破裂音と共に海賊が飛び出し、『おめでとうございます!』と発目の声が聴こえた。
どうやら発目は、海賊を飛び出させた人が勝ちというルールにしていたらしい。
ちょうどその時、俯いていた六花が顔を上げる。
「……ん、終わりました?」
「あんた、ずっと寝てたの……?」
「ごめんなさい、ねむくて……」
そう言う六花は、まだ眠そうだ。
罰ゲームであれだけ大騒ぎしていたのに熟睡できるのは、ある意味才能かもしれない。
だが、満身創痍の両軍に、六花が燃料を投下する。
「……で、どっちが勝ったんですか?」
六花の発言をきっかけに、勝負をしていた八人が顔を見合わせる。
「え、これ、どっちが勝ち……?」
「B組に決まってるだろう!? 海賊を出したんだから!」
「ふざけんな! 最初に出した方が負けって決めただろーが!」
物間と上鳴は、再びヒートアップしそうになる。
だが二人とも、散々罰ゲームを喰らって既にボロボロだ。
よほど疲れたのか、物間も最後にはA組を煽る余裕もなく、よろよろとおぼつかない足取で帰って行った。
「……なんか疲れたね」
「うん……」
「ふぁぁ……ねむい……」
A組も、疲れた様子で顔を見合わせ、六花は眠そうに欠伸をした。
B組は、また近いうちにやって来るだろう。
騒がしい隣人の顔を思い浮かべながら、A組は苦笑した。