雪国の聖女ちゃんは頑張る!   作:えり〜ぜ

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今年の夏休みはアホほど忙しいので多分そんなに投稿できねぇ!多分どっかでパッタリ失踪する。そんで来年になったら復活する!


異邦人の旅路より、その裏側にて愚者たちは
衝撃!プレイボーイ・ドットーレの錯綜!


 

 それは、ある雪の日の朝に突如として訪れた。そう、いつもと変わらない、雪の日の、朝である。

 

『…ぇ………ィ……ナ…………………』

 

 とん、とん。

 

 うっすらと、なにかの音が鼓膜を揺らす。

 

『…ぇ!ね…って………フィ……ナ!………て……』

 

 とん、とん。とん、とん。

 

 朦朧と薄く沈んだ意識が、その音を拒む。彼女の意識は沈むべくして沈んでいた。邪魔は受け付けない。ゆえに、再びそのまま沈めようとして、

 

 どん、どん。どん、どん、どん。

 

『ねぇ! ラフィアーナ! 起きなさいよ!』

 

 今度は聞こえた。でも、気のせいかもしれない。だって体感まだ五時間も寝ていないもの。きっと聞き間違いだ。

 

「……ん」

 

 でも、そうやって脳は解釈するけれど、体に根付いた臆病さが、それはダメだと訴える。なので、仕方なく薄目で時計を見()った。

 

 ──午前三時。

 

 ああ、

 

「……んぅ、やっぱり、かんちがい」

 

 改めて布団を深く被った。しかし、

 

 どん、どん。どんどんどんどん。

 

『チッ、ふざけんじゃないわよ! アナタこれだけやってまだ起きないの⁉︎ いいから出てきなさい! 早く!』

 

 声も音も、段々と激しくなってゆく。

 

 どんどんどんどん。どんどんどんどんどん──

 

「……あさから……さわがしいったら、」

 

 仕方がないので、扉に氷でも貼って防音してしまおう。こんな時間から人の部屋の前で喧嘩だなんて、迷惑極まりない。

 

『なっ! コイツ! ……フフフフフっ、分かったわ。アナタがその気ならこっちにも手があるんだから。プロンニア! この前搭載した対物(アンチマテリアル)モジュールを起動しなさい。そしてドアを思い切り──』

 

 ──あ、これダメなやつだ。

 

 もはや第六感といっても過言ではないその感覚が、一瞬で彼女の──ラフィアーナの脳へと伝達される。

 

「はっ!」

 

 今すぐ飛び起きて、布団を投げ捨て、氷を溶かし、邪眼を手に取り、扉を開けて、

 

「ダメですっ!」

 

「はぁ⁉︎  ちょ、ラフィアーナ⁉︎」

 

 迫り来る巨大な拳を視認するや否や、その意識の注ぎ込めるだけ全てを注ぎ込んで、邪眼の力も使って、出来るだけ硬い氷の壁を生成した。

 

 ──どん。ばりん。

 

 と、鈍くも大きな音が、地面を伝ってスネージナヤパレスに響き渡った。

 

 そうして木端微塵(こっぱみじん)に砕かれた氷塊が、がらりごろりと辺りに転がる。

 

『──⁉︎』

 

 それを成した拳の主──プロンニアは、突然の出来事に動揺したようで、一歩、二歩と後退した。

 

 一方で、間に合ったとばかりに胸を撫で下ろしたラフィアーナは、

 

「……はぁ、ふぅ、危なかったですねぇ」

 

 にっこりと、無邪気に笑った。

 

「あ、ああアナタっ、危ないのはどっちよっ⁉︎ 何度呼んでも出てこないと思ったら、よりにもよってこのタイミングでっ!」

 

「あの、いえ、むしろそのタイミングだったからこそ出てこられたといいますか」

 

「意味わかんない! 怪我したらどうするのよ!」

 

 途端にあわあわと焦る仕草を見せたのは──いつもと同じ格好のサンドローネ。

 

 彼女は自身の研究を進めるにあたって完全に昼夜逆転しているので、この時間に寝巻きでないことも頷ける。一方で寝巻きのラフィアーナも、すっかり目が冴えてしまった。

 

「……はぁ、それで、いくら私が寝ぼけていたとはいえ、部屋のドアを壊そうとするのはいかがなものかと思いますよ」

 

「でも、そんなの仕方ないじゃない。アナタが返事もしないし、挙句の果て氷元素まで使うんだもの」

 

「それに関しては謝りますが、そもそもまだ午前三時ですよ? サンドローネとて、真っ昼間からコロンビーナに起こされるストレスは理解しているのでしょう?」

 

 ラフィアーナが呆れたように言うと、サンドローネは罰が悪そうに狼狽して、

 

「それはっ、その、……ごめんなさい」

 

 珍しくも、しゅんとして謝罪の言葉を口にした。

 

「まあ! サンドローネが素直に謝るとは!」

 

「っ、うるさいわね! ……そ、そもそも今はそれどころじゃないの。ワタシだって理由もなくアナタを起こしたりはしないわ」

 

「あの、でも私、まだ寝巻きのままで」

 

「そんなことはどうでもいいのよ」

 

「どうでもよくはないのですが」

 

 せめてもの手櫛で己の髪を()かしていたラフィアーナは、困ったように苦笑する。

 

 しかしそれをさっと一瞥したサンドローネは、別に気にした様子もなく続けた。

 

「……それでアナタ、アイツになんて言ったの?」

 

 彼女はなぜか辺りを見回して誰もいないことを確認すると、やや小声でそんなことを尋ねてきた。

 

「えっと、あいつとは?」

 

 特に心当たりのなかったラフィアーナは、きょとんとして首を傾げる。

 

「はぁ? どういうことよ。だってアイツはラフィアーナのおかげだって──」

 

「まったく、走ってこんなところまで来たのか。一体どこへ行こうというのかね? 転んで怪我でもしたら大変ではないか。サンドローネ嬢」

 

 事の詳細を説明しようとサンドローネは声を上げたが、それは突如回廊に響き渡った若い男の声によって遮られた。

 

「──ひっ」

 

 もはや焦り半分でラフィアーナへと迫っていたサンドローネだったが、それを聞いたかと思えば、顔を青くして短い悲鳴を上げる。

 

 そしてそのままプロンニアの装飾とラフィアーナの寝巻きの裾を両手で掴むようにして、二人の後ろへと隠れてしまった。

 

(普段は気の強いサンドローネが怯えるとは、なんとも珍しいですね)

 

 その様子を怪しく思ったラフィアーナは、咄嗟に声のした方に顔を向ける。

 

 すると、

 

「おお、これはこれは。かのラフィアーナ嬢ではないか。今日は一段とお美しい。あと、そのパジャマ姿──っと、危ないではないか。サンドローネ嬢」

 

 これ以上は言わせんとばかりに、サンドローネが小さめのネジを投げつけた。

 

「…………は?」

 

 一方でラフィアーナは、呆然と立ち尽くす。

 

 ──あれは、この前会議に出席していた断片?

 

 否。

 

 初めて見るものだ。

 

 あの時の彼なら、草神の神の心を回収しにスメールへと向かったという。ゆえに今のこれは別物。それにしたって、

 

「……仮面をつけていないあなたなど、初めて見ましたよ」

 

「そうかね? しかし相手と話す時に仮面など、失礼に当たるだろう」

 

 当然だろう、と愛想の良い笑みを浮かべたその男──ファトゥス第二位のドットーレに、彼女は名状し難い寒気を感じた。

 

 いつものような仮面はつけておらず、服装も研究者の白衣というよりは、純白の燕尾服(えんびふく)を彷彿とさせるようなものだった。

 

 頭髪は丁寧に整えられており、目つきも非常に穏やかで、どこを取っても清潔感のある紳士がそこにいた。

 

「……なるほど、しかし随分と雰囲気も変わったようで。サンドローネから聞くに、原因は私にあるとかないとか。しかしあいにくと心当たりがありませんのよ」

 

 色々と問い詰めたい要素はあったものの、ラフィアーナはあくまで笑顔を崩さずに問いかける。

 

 普段ならばこのあたりで盛大に皮肉を入れてくるはずだが、その変わり果てた姿のドットーレは、これまた爽やかな笑顔で頷くと、

 

「なんと、よもやお忘れになられたのかね? 他の断片がよく世話になったではないか。しかしあのときは、無礼を働いてしまって本当に申し訳なかったね」

 

 礼儀正しくお辞儀をして、謝罪の意を伝えてきた。

 

「……やっぱりおかしいわよ。鳥肌が立つモジュールなんてないはずなのに、まるでそんな気分だわ」

 

 サンドローネが疲れ果てた様子で泣き言をこぼす。

 

 対してラフィアーナは彼の発言について物思いに(ふけ)っていた。

 

「……無礼、ですか」

 

 あのとき、というと、

 

 ──もう少しマシな断片を寄越しなさいな。

 

 ふと、数年前に自身が放った言葉が頭をよぎる。まさか、

 

「パンタローネさんに薬を届けに行ったときのあの発言が、原因だったというわけですか」

 

「フフ、思い出してくれたようで何よりだよ。貴女の助言のおかげで、私はこうして“変わる”ことができた。振る舞いを改めたゆえか、最近は部下たちにも厚意にしてもらっていてね。特にご婦人方からは、ね」

 

「そう、ですか」

 

(“変わる”なんて大層な。ただ作り直したというだけの話で、あのときの『博士』は依然として同じ性格のままでしょうに。……ですが、問題は彼とどう接するべきか)

 

 ラフィアーナはこの後の行動に思いを馳せつつ、とりあえずは対話の継続を試みた。

 

「そもそも、どうしてサンドローネと?」

 

「ああ、それなら、先ほどたまたま回廊で出会ってね。せっかくなので彼女をお茶会へと招待したのだよ。しかし、なぜだか逃げられてしまって。……サンドローネ嬢、私は何か貴女を傷つけるようなことを口走ってしまっただろうか。本当に申し訳ないのだが、よろしければこちらの至らなかった点をご教授いただけると助かる」

 

 と、再度話しかけられたサンドローネは、大きく動揺をあらわにして。

 

「──っ、そんなこと言われてもっ、その態度の豹変ぶりが気持ち悪いというか、そもそもアナタ自体が至らないというか」

 

「そうか、これは手厳しい。しかし因果応報とは言ったものか」

 

「だからそういうところが怖いのよ! ホントに誰なのよアナタは!」

 

 サンドローネは目をぎゅっと瞑って首をぶんぶんと横に降る。目の前の理解不能な存在を、意識の外へと振り払うように。

 

「さ、サンドローネ、どうか落ち着いてください。冷静に、冷静にですよ」

 

「これが落ち着いていられると思う? 深夜に! お茶を取りに行ったら! こんな化け物に遭遇してっ! プロンニアですら演算が間に合っていなかったのよ⁉︎ こんなのワタシのデータにないわっ!」

 

 ドットーレの残虐性と自己中心性を、同じ研究者の立場から特に実感させられてきたサンドローネは、目の前の彼に対してかなり困惑しているらしい。

 

 挙句とうとう噛ませ犬のようなこと言い出したので、ラフィアーナも呆れるしかなかった。

 

「いやはやすまないね。これも全て私のせいだ。過去の行いが悪かったがゆえに、このような事態を招いてしまって」

 

「そんなことはいいのですよ。ですが、サンドローネをあなたのお茶会に行かせることはできませんね」

 

「そんな、恐縮だ。こちらこそ無理なお願いをしてしまって申し訳ない」

 

「…………」

 

 なるほどサンドローネの気持ちが分からなくもないラフィアーナだった。

 

 ドットーレがここまで“きれいに”なることは、それこそ人を見れば迷わず攻撃してくるはずのヒルチャールが、とつぜん人語を介し、友好的な態度をとってくるようなものだった。

 

 もっとも、後者はラフィアーナにとって願ってもいない奇跡だが、前者のドットーレはどうだろうか。こちらは本当に願ってなどいないので、普通にやめてほしい。不気味なだけである。

 

「ところでラフィアーナ嬢」

 

「え、ええ、なんでしょう」

 

 サンドローネの件はどうやら諦めたらしく、彼女はプロンニアの後ろで胸を撫で下ろしている。

 

が、その矛先が自分へと向いたラフィアーナは、今度こそ気が気じゃなかった。

 

 なにせ、あのドットーレがなんの意味もなく、こんなに「きれいなドットーレ」を作るはずがないのだから。

 

「ははっ、そう怖がらないでくれたまえ。なにも獲って喰ったりはしないさ」

 

「……!」

 

「だ、大丈夫ですよ、サンドローネ。……多分」

 

 サンドローネは「獲って喰う」という単語を聞いて、この子は渡さんと言わんばかりにラフィアーナの寝巻きの裾を掴み、ドットーレをきっと睨む。

 

「いやはや本当に、危害を加えるつもりはないのだが」

 

 ドットーレは冗談めかしく笑って言った。さっきからのは全部皮肉ではなく、本当に彼女らを安心させるための冗談でしかないらしい。

 

「……要件は手短に。こちらが警戒する理由は分かっているのでしょう?」

 

「ああ、もちろん。といっても、貴女たちを言いくるめるための御託(ごたく)などは、初めから考えてもいなかったのだがね。なにせ、そのような不誠実なことは──」

 

「もうそういうのはいいですから! その口ぶりが既に御託のようなものなのです!」

 

「…………。……これはすまない。どうも、体にこびり付いた癖のようなものでね」

 

「──っ」

 

 随分強く遮られたドットーレは、少し寂しそうに謝罪する。

 

 それを見たラフィアーナも、今のは流石に言い過ぎたかもしれない、と罪悪感に(さいな)まれた。

 

 そもそも彼は、さっきから謝ってばっかりだ。

 

 ──とりあえず謝っておけばいいのだろう? 

 

 とかいう、そんな軽薄な意図があるとも思えなかった。

 

 この謝罪はどちらかといえば、もう心から謝るしかないのだという、そんな一種の諦観に由来しているように感じられた。

 

「ラフィアーナ嬢。私の……いや、他の断片たちの過去の行いについては十分に存じ上げている。そう易々と信頼が得られるとも思っていない。しかし無礼を承知で、貴女の慈悲深さに免じて、せめて私の話に耳を傾けてはいただけないだろうか」

 

「……ドットーレさん」

 

 正直、ラフィアーナはどう行動するべきか分からなかった。

 

 目の前の断片の白黒はともかく、ドットーレはドットーレなのだ。他の断片がどう関わっているのかも知れないし、目の前のが何を意図しているのかも分からない。ただ、ドットーレである以上、なにかがあるのは確実だ。

 

「わかりました。話だけならば、聞きましょうか」

 

「はぁ⁉︎ ちょっとラフィアーナ! アナタ本気で言ってるの?」

 

「勘違いなさらないでください。私はドットーレさんを信用したわけではない。ただ、このまま放置しておくのは(かえ)って危険であると判断しましたゆえ、この私が見定めます」

 

「……ああ、感謝する」

 

 覚悟を決めた様子のラフィアーナを見て、ドットーレは安堵したように礼を言う。

 

「よし、では詳しい話は私の部屋で行おう。先ほども言ったが、気持ち程度の茶菓子は用意してある。サンドローネ嬢もどうかね?」

 

「……ふん、まあいいわ。そういうことならワタシも付いていってあげる。そもそもラフィアーナをアナタと二人きりにさせるわけにはいかないもの」

 

 と、なんだかんだ言って同行を認めるサンドローネ。流石にラフィアーナ一人に対処させるのは気が引けたのだ。しかし、

 

「なに、別に私一人ではないのだがね。すでにカピターノの協力は得ているんだ。彼には私の部屋で待機してもらっているよ」

 

「……は?」

 

 突然そんなことを告げたドットーレに、サンドローネは足を止めた。

 

 ラフィアーナも同様、困惑を隠せずにいた。

 

「あの、今、なんと?」

 

「うん? カピターノ……『隊長』には既に話を聞いてもらったという話だ」

 

 ファデュイ執行官、第一位『隊長』カピターノ。

 

 おそらく彼は、彼女らの想像から一番遠かった人物だろう。

 

「……嘘でしょ、あの、カピターノが?」

 

 かの第一位は常に公正であるがために、ドットーレを無条件に突き放すような真似はしないだろう。が、それにしたって彼の主催したお茶会に出席しているなど、思ってもみなかった。

 

 ましてや「協力」など。そんなの異常にしたって程がある。なにせドットーレの行動の大抵は道徳に反するようなものなのだ。彼への協力というだけで、「高潔」や「公正」からはほど遠くなるのが現実。ゆえに、

 

(……これは、少し事態が複雑になってきましたね)

 

 今回の件は、想像以上に重大なことなのかもしれない。そんな風に考えたラフィアーナは、意を決してドットーレの後に続くのだった。

 

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