もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から初期地点に帰ってきたら(スバル主人公) 作:ああ
豪勢な朝食の場において、いまだその姿を見せないベアトリスを除いた六人は、再び全員で顔を合わせることとなった。
「――ロズワール。ベアトリスは、本当に大丈夫なの? 昨日から一度も姿を見ていないものだから……心配だわ」
円卓を包む気まずい沈黙を破り、エミリアが全員の疑問を代弁するようにしてロズワールへ尋ねた。だが、問われたロズワールはそれについて深刻に悩んでいる素振りなど一片も見せず、ただ不敵に口角を吊り上げる。
「大丈夫だぁ~よ、エミリア様。私は昨晩、少し彼女と込み入った話を交わしたからねぇ、何一つ問題はないよ」
「そう……。でも、スバルはまだベアトリスと挨拶すらできていないのよ。後でどうにか、彼女に会わせてあげてくれないかしら?」
スバルは、そのエミリアの真っ直ぐな助け舟の言葉に内心で深く感謝した。今の自分の『新人使用人』という立場では、屋敷の領主であるロズワールに対して直接お願い事を通すのは至難の業だ。だが、ルグニカの至高の王を目指すエミリアの側からであれば、ロズワールに対しても正当に口が利けるということだ。
「ありがとう、エミリア。――ロズワール様、俺の方からも是非お願いします。俺は、ベアトリスがどんなに凄い大精霊なのかもまだ知らない新人ですので……会えた時は、礼儀も失礼のないようちゃんと弁えますから」
だが――スバルがそう頭を下げて言葉を発した途端、ロズワールの左右の異なる色の不気味な双眸が、鋭いナイフのようにスバルの顔面を真っ直ぐに睨みつけた。
「――スバルくん……。今の君にはねぇ、そんな悠長にベアトリスと会って親交を深めている暇なんて、一分一秒たりとも残されていないのだよ。君は今日から、そこのラインハルトくんと『毎日欠かさず』外へ稽古に行くんだ。屋敷の日中の仕事は、すべてラムとレムの二人に任せてある。……分かったかぁ~な?」
「……っ、は、……分かりました」
スバルは蛇に睨まれた蛙のようにコクリと頷き、助けを求めるように対面に座るラインハルトの方へと視線を向けた。だが、返ってきたのは雲一つない清々しい極上の笑顔での肯定の頷きだった。やはり、朝一番のラインハルトのあの「覚悟が決まった稽古の申し出」は、昨晩のロズワールとの密談の結果として確定した決定事項だったのだ。
「僕がこのロズワール邸に滞在していられるのは、私の都合上、あと一週間ほどです。その後はフェルト様の元へと戻りますから。……それでも、僕はフェルト様とエミリア様、その『両方の陣営を同時に助ける武官』としての正式な契約を、昨晩ロズワール様と結ばせていただきました。皆さん、改めてよろしくお願いします」
ラインハルトは、流麗な動作で席を立つと、その場にいる全員に向けて深々と気高く一礼を捧げた。
その、あまりにも衝撃的なカミングアウトに対し、スバルも含めたその場にいる全員の呼吸が驚愕で止まっていた。
「えっ……いいのかよ? お前がどこにでも一瞬で飛んでいける『最強』だってことは知ってるけど……二つの陣営の武官を兼任するなんて、どう考えてもハードワークがすぎるだろ。なんでそこまでして、俺たちに肩入れをしてくれるんだよ?」
「ふふ。私の説得が巧妙だったと言いたいところだぁ~けども、これは彼自身の強い願望によるものが大きいんだよ、スバルくん。ぜひ、ラインハルトくんとは仲良くしてあげなさい。君たちはこれから、我が陣営を支える絶対の『要』になるのだからねぇ」
ロズワールが浮かべる道化の笑みの奥底には、その内心で一体何を企み、何を考えているのかが全く分からない底知れない不気味さがあった。だが、スバルはあの『傲慢の予知夢』の記憶を通じて、ロズワールという男が異常なまでに冷徹で賢い人物であることは知っている。どんな悪魔の言葉を用いてラインハルトを契約に縛り付けたのかは分からないが、客観的に見れば、これはスバルやエミリアの生存にとってはとてつもない良い事のはずだ。
「スバル。これはね、僕の側からの切実な願いでもあるんだよ……。なぜなら、僕の見たあの予知夢は、ロズワール様の見ているものと『完全に同じ』だからだ」
ラインハルトが静かにそう告げた瞬間――食堂全体の空気が、一瞬にして完全に凍りついた。
「同じ……予知夢、だと……?」
「驚いたかい? これはねぇ、私にとっても初めて経験する、神の理を超えた『奇跡』だぁ~よ、スバルくん」
スバルは王都で目覚めて以来、この不条理な予知夢のシステムについてずっと一人で思考を巡らせてきた。そして今、ロズワール邸の朝食の場で、初めての異常事態が起こる。
まったく同じ世界線の予知夢を共有している存在が、同時に現れたのだ。
ラインハルトとロズワール――この二人の化け物は、全く同じ凄惨な未来を見て、その記憶を共有したまま今ここに存在している。
その決定的な事実に、エミリアがガタッ!!! と急激に激しい音を立てて席を立ち上がった。
「――同じ予知夢を見た人が、ここに二人もいるなんて……っ! お願い、みんな、自分の見た予知夢について今すぐ私に全部教えてほしいの! 言いたくない悲しいこともあるだろうけど……まだラインハルトとロズワール以外にも、同じ未来を見た人がこの中にいないか、私はどうしても、今すぐここで確認したいの……っ!!」
エミリアの紫紺の瞳は不自然に血走っており、その剥き出しの必死さと焦燥の質量は、スバルの魂にも痛いほどに伝わってきた。だが――なぜ彼女がそこまで異常なまでに他人の予知夢の暴露を求めて必死になっているのか、その本当の理由はスバルには分からなかった。
エミリアの見てしまったあの予知夢では、スバルがエミリアを冷酷に拒絶し、その後スバルは何者かに無残に殺害された。そして、そのスバルを殺した犯人のことを、エミリア自身が激昂して殺したらしい。あまりにも物騒で、あまりにも血生臭すぎる未来だ。
「ま、待てエミリア。それは……それは絶対にダメだ。 俺は、俺自身の見たあの予知夢については、一文字だって、一ミリだって誰にも話したくないんだよ。 だから、他の人たちの予知夢の話も、俺は一切聞くつもりはねえ」
スバルにとっては、自分が大罪司教となって世界を焼き尽くしたあの『傲慢の予知夢』の内容など、この人々の前で話せるわけが絶対にない。今この場で、最悪な人達の予知夢暴露大会が始まってしまわないか、恐怖で心臓が破裂しそうだった。
「私とラインハルトくんの見た内容については、別にここで話したってかまわないけぇ~れど。……ただ、ベアトリスの見た予知夢の内容についてだけは、私はすべて知っているけれど、私の口からは話せないねぇ。ラムとレムはどうだい? 私は何も、二人に無理に予知夢を話すよう強要するつもりは一切ないよ」
「お……」
ロズワールは、あの引きこもっているベアトリスの予知夢の内容についても、すでに把握しているというのか。スバルは、そのベアトリスの予知夢の内容こそが、彼女が昨日から一度も姿を現そうとしない決定的な理由と深く関係しているのだと直感した。
それはそれとして――話を振られたラムとレムの二人は、一体ここでどう答えるつもりなんだ?
ラムは昨晩、スバルに対して「予知夢について誰にも話すつもりはない」とハッキリ拒絶していたが――もしも主であるロズワールがそれを開示することを望むなら話す、などとレムを巻き込んで言い出したら、この場はスバルにとって取り返しのつかない最悪の修羅場と化してしまう。スバルは冷や汗を流しながら、固唾を呑んで双子のメイドを見つめた。
最悪の想定が、スバルの脳裏を過る。この緊迫した流れのままでは、結果的に『ナツキ・スバルだけが頑なに予知夢の内容をひた隠しにしている卑怯者』として、全員から吊るし上げられる形になってしまうかもしれない。
「――ロズワール様。大変に申し訳ありませんが、ラムは自らの見た予知夢について、この場で一文字たりともお話ししたくはありません」
「――ロズワール様。大変に申し訳ありませんが、レムの頭にある予知夢の記憶は、ただの真っ白な『空白』で……いくら思い出そうとしても、何一つ思い出せないのです」
「えっ……!?」
二人のメイドが立て続けにそう拒絶と戸惑いを口にすると、スバルよりも先に、他ならぬエミリアの方が裏返った驚愕の声を漏らした。彼女の痛々しいほどの悲痛な表情に、スバルはより一層強く驚き、焦燥を募らせてしまう。
「話せない、んじゃなくて……話したくない決定的な理由が、何かあるんじゃないの……っ?」
エミリアは、普段の彼女の温厚さからは到底想像もつかないほどに鋭く、そして狂気的な厳しさで双子の姉妹への追及を始めた。これ以上は空気が保たないと、スバルはもう黙っていられなくなる。
「エミリア……っ、待ってくれ! そんな風に詰め寄るの、もうやめようぜ……っ!? 予知夢なんてさ、あくまで、俺たちの手でいくらでも変えられる『最悪な未来の可能性』だろ……っ。本人たちが話したくないくらい嫌な未来なんだとしたら、無理に話さなくたっていいじゃねえか。そんな未来に二度とならないように、俺たちが今ここから、全力で素晴らしい現実に変えたらいいんだからさ……っ!」
スバルも勢いよく席を立ち上がり、なんとかエミリアを納得させて落ち着かせようと言葉を尽くした。だが――エミリアのその烈火のごとき紫紺の瞳は、「今は黙って下がっていて」と言わんばかりに、スバルの存在を強く強く睨みつけてきた。その底の知れない『憤怒』の気配の怖さに、スバルは一瞬、本能的にすくみ上がって怯んでしまう。
「――たとえ、ロズワール様やエミリア様の絶対の命令であったとしても、ラムは言いたくありません。ラムが信用できない、この屋敷に置いておくには不穏であるとおっしゃるのであれば……ラムには、もうこの身にここの居場所がない、というだけの話です」
「……っ!」
ラムのその、退路を断ったかのような断固たる言葉に、横に座っていたレムが咄嗟に弾かれたように姉の方を見た。
ラムがここで口にしたのは――予知夢のことを強制開示させられるくらいなら、今すぐこのロズワール邸から永遠に去る、という不退転の決意だった。それほどまでに凄惨で、それほどまでに重大な予知夢を彼女は見たのだという、逆説的な事実の告白でもあった。
「れ……レムも、これ以上は話せません……っ。レムは本当に、頭の中が空白で予知夢の内容が分からなかっただけなのですが……どうか、どうか姉様のその強い意思を、受け入れて貰えないでしょうか……っ?」
スバルが傍から見ていて胸が苦しくなるほどに必死な、レムのエミリアに対する、頭を下げての懇願だった。そしてそれと同時に、「レムの予知夢は見た記憶すら奪われた空白である」というのもまた、衝撃の事実だった。
「……ごめんなさい。……分かったわ、もう聞かない」
レムのその必死な態度に、エミリアもようやくこれ以上の追求は不可能だと折れたようで、どこか虚ろな様子で椅子に座り直した。スバルも、張り詰めていた心臓の鼓動をなんとか落ち着かせ、安堵の息を深く吐き出した。
「ははは。朝一番の食卓から、なんとも血の気の引くドキドキさせてくれる場になって、私としてはとても面白いよ」
「……っ、ロズワール様」
スバルからしてみれば、ひょっとすれば今この瞬間にでも、この陣営が崩壊して取り返しのつかないくらいの最悪な修羅場になるかもしれなかったのだ。それを、対岸の火事のように軽薄に笑い飛ばすロズワールの態度に、思わず責めるような低い声音が漏れてしまった。
「おや? スバルくんは、本当に生きた心地がしないほど焦っていたようだぁ~ね。なぁに、私とて同じくらい内心では焦っていたとも。今もし、この屋敷からラムという存在がいなくなれば、私の積み上げてきた計画はそこで完全に潰える。だったら、私は私の都合のために、ラムの意思を最大限に尊重するまでだよ」
「――ロズワール様、そのお心遣いに深く感謝します」
ロズワールの打算に満ちた言葉に対し、ラムはいつもの落ち着いた口調で、静かに感謝を述べた。主従関係にありながら、ラムなしではロズワールの計画は破滅するらしい。だが、ともあれその奇妙な関係のおかげで、こうして予知夢の強制カミングアウト大会を回避することができたわけだ。
「……あの、レムのその『予知夢が空白』っていう点なんだが……。実は俺に、ちょっとした心当たりがあるんだ……」
この重苦しい空気を別の方向へ切り替えるためにも、そして、今のレムの発言を聞いた瞬間にスバルの脳裏に電撃のように閃いた仮説を確かめるためにも、スバルはあえてそう話を切り出してみた。
「スバル君に……レムの記憶の心当たりが、ですか?」
レムは、底知れない猜疑の目を隠そうともせず、スバルに向けて厳しい視線を送った。最上席のロズワールもまた、黄色と青の目を細めて、何事かを深く考え巡らせている。
「あぁ……。予知夢を見せられたはずなのに、その記憶が完全に『空白』で、何も思い出せねえってことはさ……。それは、魔女教の『暴食』の大罪司教の権能が、夢で仕出かした仕業かもしれない、ってことだ」
「ほう……? スバルくん。……君は、本当に私の期待以上だよ。実はねぇ、私も全く同じ仮説を考えていたんだ」
スバルは、咄嗟に口にしてみた自らの意見が、ストレートにロズワールに頷かれ、さらに彼も裏で同じことを思考していたという事実に内心で激しく驚かされた。
スバルは、あのサテラの『傲慢の予知夢』において、大罪司教のすべてをその手で泥臭く倒しきっている。だからこそ、相手の記憶や名前を食い荒らす『暴食』の悍ましい権能の特性をあらかじめ熟知していたのだ。
予知夢が空白で何も覚えていないということは、サテラに未来を見せられたあの時間軸のなかで、レムは暴食の大罪司教によってその『記憶』を根こそぎ食い尽くされてしまった未来を経験した、ということに他ならない。
「大罪司教……? それは、あの『魔女教』たちのこと、ですか……?」
レムがぽつりと、押し殺したような声でそう呟いた。
見れば、白いテーブルクロスの上にある彼女の小さな両手は、白くなるほどに強く強く握りしめられており、激しく小刻みに震えていた。そこには、レムという少女のなかに眠る、魔女教という存在に対する根深い、底の知れない烈火のごとき『怒り』が明確に視覚化されていた。
「――なぜ、スバル君が、大罪司教の権能のことまでそんなに詳しく知っているのですか?」
「おや? 確かにそれは、不思議だぁ~ね。私達とは出会わずに、なぜか魔女教の大罪司教たちの情報には異様に詳しいという君のその予知夢は……いささか、何やら怪しい匂いがプンプンするねぇ、スバルくん?」
レムの鋭い詰問に重なるように、ロズワールが愉しげに追及の言葉を畳み掛ける。
その場にいる全員の、値踏みするような視線がナツキ・スバルの一点へと集中した。スバルの背中に、滝のような冷たい汗がだらだらと流れ落ちていく。
「や、やめてくださいよ! ロズワール様、そんな意地悪で不穏な言い方はよしてください。俺はなにも、ただ純粋に良かれと思って、自分の知っている有益な情報をこの場で共有しただけです! 俺は俺自身の予知夢の内容については、極力話したくないっていうのが本音ですが……! これからの生活で必要なことなら、その都度、情報提供は一切惜しまないつもりですから……っ!」
「――そうよ! スバルのおかげで、あの憤怒の大罪司教にも勝てたんだから……っ。ロズワールもレムも、スバルが怪しいなんてそんな意地悪なこと言わないで!」
結婚しよう、エミリアたん……っ。
スバルは内心でエミリアに向かって大感謝を念じまくった。それほどまでに、今の彼女の真っ直ぐな言葉に救われた気持ちだった。
特に、隣に座るレムから向けられていたあの針のむしろのような鋭い視線は、スバルの豆腐メンタルを引き裂くのに十分すぎる威力だったのだ。つい今朝方、仕事に取り組む新人としての姿勢をほんの少しだけ認められたと勝手に喜んでいたこともあって、ここで一気にレムからの信頼の距離を遠ざけられるような最悪の事態にだけは、どうしてもなりたくなかった。
「あはは。すまないねぇ~え、エミリア様。つい言ってみただけだよ。ほんの少し、上司からの可愛いちょっかいというものさ」
「いや、そんなに……俺って朝一番からイジリがいのある都合のいい新人ですかね……!? 労働基準監督署にパワハラで即座に訴えますよ、?」
スバルはロズワールという男の性格のろくでもなさを再確認し、内心で毒づいた。まるでスバルが慌てふためく反応を純粋に楽しんでいるか――いいや、こちらの隠し事の化けの皮を剥ごうと冷徹に『試している』かのようにも見えて、その底知れなさが恐ろしかった。
「スバルくんはねぇ、私にとっての『希望』さ。もしも、その希望が最悪な形で裏切られるようなことになるのなら……この私にはもう、お手上げだ。この私、ロズワールにとって、君の存在の質量はあまりにも大きすぎる。……ゆえにねぇ、私には君の本当の本質を見抜くことが、未だにできていないのかもしれないねぇ」
「そこは、どうか男ナツキ・スバルを信じて信用してくださいよ……! 俺を正体不明の怪しいテロリスト扱いするのはマジ勘弁してくれ……」
その神妙な返答すらも、俺を揺さぶって困らせるための遊び心なのか。スバルは胸の内に苛立ちと焦燥を募らせ、おどけた顔のロズワールに向けて不満の視線をダイレクトに送ってしまった。
「自分から『信用してください』と必死にお願いする人ほど、私は真っ先に疑ったほうがいいと思うけぇ~れど? ――まぁ大丈夫さ。私よりもずっと、そういう不審者を見抜く優秀な『目』がここに二つある。……ラム、レム。君たちは、このスバルくんについてどう思うかい?」
結局、この最初の朝食の場は、スバルにとって終始針のむしろの修羅場っぽくなってしまった。
ロズワールが絶対の信頼を寄せる双子のメイド姉妹。彼女たちが主の言う通り『信頼できる目』としての正確な力を持っているのなら、スバルとしては自分が決して怪しいものではないという無実の真実を、その目でしっかり見極めてほしくなった。
「姉様……」
だが、レムは自分の主観的な意見をすぐには口にせず、困惑したように隣のラムに助けを求めて視線を送ってしまった。雲行きがにわかに怪しくなる。
「――ラムの目には、このバルスという男は怪しい潜入者などではなく、そこまで時間を割いて注視するような価値も一片もない『ただの凡人』に見えます。もしもこのバルスがどこかの陣営の怪しい者だったとして……自らみすみす『暴食の大罪司教』の重大な機密情報を相手に漏らすなんて、無能の極みだわ」
「ありがとう……っ! なんだか言葉のナイフで心が傷つけられた気がするけど、全力でありがとう! ……流石はラム姉様だぜっ!」
とにかく、ここで怪しいスパイだと言われずに済んだことの安堵があまりにも大きくて、スバルはハイテンションで両手を叩いて感謝した。だが――親しみを込めた軽口のつもりで、ラムのことを「姉様」と呼んでしまったその瞬間。
隣のレムが、この世の終わりかと思うほどにおぞましい『殺意の籠もった目』で、スバルを射殺さんばかりに睨みつけてきた。スバルは速攻で調子に乗った己のバカな失言を後悔する。
「あ、すみません、俺に姉はいませんでした……調子乗りました、本当にすみませんでした」
「その通りですが……。レムは、自分の予知夢の中にあったというその『空白』の正体が、一体何なのかをどうしても知りたいと思っています。……スバル君がもし、その暴食の権能の手がかりについて協力してくれるというのなら、是非レムからもお願いしたいと思っています」
レムはそう言い切ると同時に、椅子からすっくと立ち上がった。
「お……おい、レム?」
「レム……?」
スバルとラムの二人は、そのレムの突然のただ事ではない必死さに驚いて同時に声をかけるが――レムはそんな周囲の声を撥ね退け、ついさっきまであれほど冷たく接していたはずの不審な男に向けて、深々と、腰を90度に折る絶対の敬意の礼を捧げていた。
そこまでしてでも、失われた予知夢の記憶の真実が知りたいという、レムの魂からの必死の懇願だった。
「レム。そんなに一人で必死にならなくたって、何一つ大丈夫だぁ~よ。君とラムには、これまで通りいつも通りに私を支えてくれたらいいんだからねぇ」
ロズワールが、立ち上がったレムに向けてどこか優しげな声音でそう声をかけた。ただのパワハラ塗れの悪徳領主ではなかったのかと、スバル的には彼の好感度ポイントがほんの少しだけ上がるが――当のレムには、その主の慰めの言葉に安堵する素振りは一切見せなかった。
「……俺はさ、俺にできることならなんだって全力で協力するつもりだ。……それに、暴食の大罪司教の野郎だって、この現実世界でも絶対に生かしておいちゃいけない、いつか必ずぶっ殺さなきゃいけない敵だと思ってる。その結果としてさ、レムのその失われた予知夢の記憶が元通りに戻るかもしれないしな。……でもさ、レム。なんでそこまでして、予知夢の記憶を知りたいんだ? ……見たくないような、怖い最悪な予知夢かもしれないんだぞ……?」
「――これに関しては、珍しくバルスの言うことが一理あるわね、レム。……もしその暴食とやらが、別の世界線の記憶のなかで少しでもレムのことを傷つけていた可能性があるのだとしたら……そんな気味の悪い記憶、思い出さなくていいわ。ラムがその大罪司教とやらを八つ裂きにしてあげるから。だから……そこまで一人で思い詰めなくてもいいのよ」
ラムは席を立つと、レムの強張った背中を優しく、ゆっくりとなだめるように撫でた。
その姉の手の温もりに触れ、レムの激しく乱れていた呼吸が、少しずつ、少しずつ和らいでいく。今のレムという脆い少女の心の支えにおいて、ラムという存在がどれほど絶対的な重要性を占めているのかが、スバルの目にも痛いほど理解できた。
「レムは……ただ、何も知らないままで、何もできないでいるのが……耐えられないんです……」
絞り出されたその細い言葉には、この華やかな食堂の空気を一瞬で凍りつかせ、ただ重苦しい沈黙を生むだけの悍ましい重みがあった。エミリアもラインハルトも、そのあまりの少女の悲痛さに、長い間言葉を発することができずにいた。
「――まぁ、ここでこれ以上思い悩んでいても仕方がないさ。スバルくん、ラインハルトくん。……君たちには特に、これからの『時間』というものが何よりも大事だ。早速、今日の分の稽古へと行ってきなさい」
「そうさせてもらいます。……スバル、すぐに行こうか」
ラインハルトはロズワールのその促しの言葉に、待ってましたとばかりにその綺麗な双眸をキラキラと輝かせ、スバルに即座の出発を促した。
スバル的には、まだ最強との稽古がどんな地獄の形になるのか全く分かっておらず、不安でしかないのだが。
「……分かったよ。よし、男ナツキ・スバル、今ここでやる気スイッチ押させていただきます! ――ってわけでさ! エミリア、……もしよかったら、俺たちの稽古に一緒にいこーぜ?」
スバルは、ずっと張り詰めた顔で無言のままでいたエミリアをどうしてもそのままにしておけず、完全に自分の独断で付き添いに誘ってしまった。隣のラインハルトや最上席のロズワールから、「新人の分際で余計な真似を」と何か苦言を呈されるかもしれないと背筋に冷や汗が流れたが、今の彼女の痛々しい佇まいを見て、誘わずにはいられなかったのだ。
「――っ、行く……! 行く、行く、絶対に行くわ!!」
「おう……! なんか知らねえけど、すげえ強烈なやる気スイッチを俺の手で押しちまったようだぜ」
スバルの不器用な勝手極まりない誘いに対し、先ほどまで何かに深く思い悩んでいたエミリアは、まるで暗闇から救い出されたかのように一瞬でパッと瑞々しい元気を取り戻した。
そして――新人のあまりにも身勝手な陣営の主への提案に対し、一番厳しいはずのロズワールも、これから地獄の特訓を始めるラインハルトも、意外なことに眉一つ動かさず、何も口を挟んでくることはなかった。
☆☆☆☆
こうして、スバルとエミリア、ラインハルトの三人は、緑豊かなロズワール邸の敷地を出て、近くに広がる静かな森へと出かけることになった。
木漏れ日が差し込む美しい森の中を三人並んで歩きながら、スバルは頭の片隅で、先ほどまでの朝食の場を思い出してぐるぐると考え事をしていた。
――この最初の一見平穏な朝食を通じて、痛烈に分かってしまったこと。
それは、とにかくこの世界におけるロズワール邸の人物たち全員の、それぞれの背負っている感情と執念が「あまりにも重すぎる」ということだ。
皆がそれぞれ、予知夢の果てに、何かしらの必死な重い感情をその心臓に突き立てて、必死に前に進もうともがいている。かく言うスバル自身だって、毎晩夢でエルザに腸を弄くられるという最悪の睡眠恐怖のデバフを背負わされているのだ。
屋敷の奥に引きこもっている大精霊ベアトリスに関しては、いまだに姿すら見せてくれていない。もしそこに、スバルの全く知らない別世界線での『ナツキ・スバルの行動』がダイレクトに影響しているのだとしたら、それは考えただけでも恐ろしすぎる不気味な謎だった。
ラムは一見、毒舌の調子でそこまで重い感情は持ち合わせていないように振る舞ってはいたが――よくよく深く考え直してみれば、彼女こそが完璧にその内側の地獄を『隠し通しているだけ』の可能性が非常に高かった。
ラムは、自分の予知夢の内容を絶対にこの場で強制開示させられるくらいなら、この屋敷から今すぐ永久に去るという、不退転の姿勢を絶対的に崩さなかったのだ。今のスバルには到底想像すらも及ばないような、あまりにも凄惨な予知夢だったのだろうという事実だけが、冷たく脳裏をよぎる。
それに加え、昨夜からずっと起きたままでいるこの脳みその『眠気』も、時間の経過と共に着実にその泥のような濃度を増してきていた。スバルにとっては、これ自体が目下のところ死活問題となる重すぎるハードルだ。ぶっちゃけ他人の心配ばかりして自分の手綱を疎かにしていられる余裕なんて、これっぽっちも残されていないのは分かっている。
スバルは、前方を爽やかに歩く騎士の背中に向けて、歩きながら恐る恐る尋ねた。
「あのさ、ら、ラインハルトさん……。俺ってば見ての通り、格闘ゲームのコンボもまともに繋げないくらい戦うのが苦手なんだけど……一体、これから森の奥でどんな恐ろしい地獄の稽古をするんでしょうか……?」
「そうよ、ラインハルト。お願いだから……スバルは傷が治ったばかりなんだから、すごーくほどほどにしてあげてね? もしスバルが泣きそうになったり危ないって思ったら、後ろから私が全力で止めるからね」
隣のエミリアに過保護にそう優しくフォローされるのは、男ナツキ・スバルとしてはなんだか抜群に情けなく感じてしまう部分もあったが――魔法も権能も失った今の自分にとって、それが覆らない事実である以上、今は大人しく受け入れるしかなかった。
「――ん? あぁ、すまない。僕の言葉が足りなくて、二人を不安にさせてしまっていたね。……この稽古はね、スバル。君を英雄に仕立て上げるための在り方の稽古であって、肉体を痛めつけるような『戦闘の稽古』では全くないよ。――だって、君が戦うための最強の【剣】には、この僕がなるんだからね」
「「――――えっ?」」
稽古と言われれば、間違いなく100%過酷な木刀での戦闘訓練や肉体トレーニングをイメージしていたスバルとエミリアの二人は、綺麗に声をそろえて間抜けな疑問の声を木霊させた。
「これからの僕たちの稽古はね……『人をどう救うか』という、君の中にある英雄としての正しき在り方を、完璧に”カサネル”ということだよ」
ラインハルトが振り返って紡いだその静かな言葉には、物語の騎士様のようにたいそう立派で崇高な意味が込められていた。
――だが、サテラの予知夢の不条理を経験したナツキ・スバルの耳には、その『カサネル』という美しいフレーズの奥底から、底の知れない果てしない暗黒の重さと、逃れられない奴隷の呪縛の足音がハッキリと聞こえた気がして、その背筋を冷たい悪寒が駆け抜けた。
ロズワールとラインハルトは同じカサネルルートです
スバルを外出させて、その間に怪しい面談でレムになにか吹き込もうとしている悪者が一人います・・
敵だったら怖い人
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アヤマツ記憶持ちスバル
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カサネル記憶持ちロズワール
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本編記憶持ちペテルギウス