もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から初期地点に帰ってきたら(スバル主人公) 作:ああ
あの凄惨極まりない通り魔殺人事件を目撃したその瞬間から、スバルの脳裏には「死んで、やり直さなければいけない」という強迫観念めいた絶対の義務感が張り付いていた。
――だが。あの地獄の現場から、すでに刻一刻と残酷に二時間もの時間が経過してしまっていた。
スバル、エミリア、ラインハルトの三人は、重い足取りのまま一度ロズワール邸へと戻っており、死体の転がるアーラム村の現場調査と事後処理は、主の命令によって急行したラムとレムの双子のメイドの手によって執り行われていた。
「――――――――」
ロズワール邸の、夜の静寂が満ちる広大な食堂。
そこでラム、レム、そしてロズワールの三人が現場から戻ってくるのをただ座って待つことしか許されないスバル、エミリア、ラインハルトの三人は、もはや一言の言葉すらも紡ぐことができずにいた。
誰もがお互いの顔を見ることすらできず、まるでその肉体から魂のすべてが綺麗に抜け落ちてしまったかのように、ただ一点を見つめて呆然と、死人のように静まり返っていた。
――見て分かる通り。
王都の英雄と持て囃されたはずのナツキ・スバルたちは、現実の陰惨な事件の現場調査において、何の役にも立たない不穏分子として、体よく爪弾きにされたのだった。
☆☆☆☆
「――ははは。おやおや、揃いも揃って、随分と深刻でお通夜のような顔だぁ~ね」
静まり返っていたロズワール邸の食堂に、ラム、レム、そして主であるロズワールの三人がようやく戻ってきた。
「あの惨劇を引き起こした犯人は、一体何者だったのですか?」
沈黙を破り、張り詰めた声でラインハルトがまず尋ねた。
「あれは、この付近にあるアーラム山監獄からの脱獄犯のようです」
「脱獄犯……?」
ラムは感情を一切排した淡々とした口調で、ラインハルトに向けて説明を始めた。スバルの耳にもその会話は届いてはいたが、脳髄は完全に思考を停止させており、ただ言葉が右から左へと虚しく通り過ぎていくだけだった。
「今日、まさにこの地で死刑が執行される予定だった極悪人――ボロ・ドレイク。彼が監獄から脱獄し、このアーラム村へと逃げ込んだ。……そして、どうせ自分が捕まるのも時間の問題であるならと、人生の最後に悪趣味な無差別殺人に走ったのよ。」
ラムは冷酷な事実をそう突きつけた。
それは魔女教の陰謀でも何でもない、ただの邪悪な人間の身勝手な衝動が引き起こした、何の罪もない村人たちが無惨に命を奪われた『通り魔殺人事件』の全貌だった。
「これはねぇ、ミーティアですでに確認が取れているから、何一つ間違いのない確定した情報だぁ~よ」
「――――――」
「ところで――今回の凄惨な事件を、あれほど近くにいながら防ぐことができなかった君たちにはねぇ、私はとても、失望してしまったよ」
ロズワールは重いため息をつきながら、円卓の最上席へと深く腰掛けた。
スバルは這いつくばるような恐怖を覚えながら、恐る恐るロズワールの方へと視線を向けてしまい――そこで、青と黄色の非対称の双眸と、完全に視線が噛み合ってしまった。
「――当然、我が領地でこれだけの不始末をしでかしたのだ。君たちにはそれ相応の、絶対的な『責任』をとってもらおうかぁ~な」
「せ……っ、責任、って……っ」
「ナツキ・スバル。君には今後、エミリア様の騎士になってもらうことなんて『二度と』! ありはしない! ……そ~れにねぇ、エミリア様。君も……私の用意した盤面の上で、二度と私に逆らうんじゃあ、ない!」
「……っ、う、あ……っ!」
スバルは喉を物理的に締め付けられたかのように、完全に言葉を失った。エミリアもまた、その理不尽な宣告に息を呑み、絶望に身体を震わせる。
「……ロズワール様、僕は……? 僕に対する処分は、どうなるのですか?」
ラインハルトが沈痛な面持ちで尋ねる。
「ラインハルトくん。君はねぇ、これからもこれまで通り、私にとっての、そしてエミリア様にとっての、ただの都合の良い強力な『剣』でいなさい。それ以上でも、それ以下でもない」
「ま……っ、待ってください……っ! ロズワール様、……っ!」
食堂に悲痛なスバルの声が響いた。
「おや? 何だい、スバル君。……もはやエミリア様の騎士になる資格すら剥奪された君が、この私の決定に対して意見する必要など、これっぽっちも残されていないはずだが?」
「――――――っ」
「スバル君……。はっきりと自覚したまえ。君は、”負けた”」
「うっ……っ!!」
ロズワールの放ったその決定的な一言が、スバルの限界を迎えていた精神にトドメを刺した。衝撃のあまり、スバルは座っていた椅子から力なくズリ落ち、床の上へと不様に転げ落ちてしまった。
「ロズワール……っ! 今回の事件で本当に悪いのは、その犯人の、ボロ・ドレイクっていう脱獄犯でしょう!? どうしてそんな風に、スバルをそこまで責め立てるの……っ!」
ずっと唇を噛んで黙っていたエミリアが、ついに耐えかねたように、怒りと悲しみに声を震わせながらロズワールに対して叫んだ。
「エミリア様。この世界において、いつだって結果こそが全てだ。」
「……そんな……っ」
「どうかな? スバル君。さっきからずっと床に転がったままふてくされていないで、この私に向けて、誠意ある謝罪の一言でも言ったらどうなんだぁ~い?」
「――――――」
「さぁ、言いなさい。……ほら、さぁ!!!」
「た、大変……申し訳……ありませんでした……っ」
椅子から転げ落ち、ロズワールの前で跪いたままの姿勢だったスバルは、全ての力を失い、重力に逆らえずに自然と額を床に擦り付ける土下座の体勢になっていた。涙と、嫌な冷や汗が、冷たい床を汚していく。
「君の代わりとなるエミリア様の正統な騎士は、追って私が相応しい者を外から探すとしよう。ナツキ・スバル君。君はこれから、ラムとレムの下で、一介の無力な使用人として、ただの雑用を泥水をすする気概で頑張ってくれたまえ」
「……っ、お待ちください……っ! お……俺に、俺にもう一度だけ……もう一度だけ、チャンスをください……っ!!」
スバルは再び額を激しく地面に打ち付け、泣き叫ぶような声を絞り出してロズワールに縋り付いた。
ロズワールはそんな不様な姿のスバルにゆっくりと近づくと、その場に屈み込み、誰も聞き取れないほどの冷酷な低音で、スバルの耳元へと直接囁いた。
「――できるわけがないだろう? 君には心底失望したと、今言ったはずだ。……せいぜい、与えられた仕事をきっちりとこなすがいい。……負け犬、ナツキ・スバル」
そう冷たく言い捨てると、ロズワールは一瞥もくれることなく、食堂から一人で悠然と出て行った。
主が去ったあとに残された、五人の沈黙する空間。夜の闇よりも深く、静まり返ったその部屋の中に――ただ一人、床に額を擦り付けたままのスバルの、小さく、惨めな嗚咽の音だけが、どこまでも虚しく響き渡っていた。
☆☆☆☆
「い……行かないと」
蹲っていたスバルは、身体を不器用に揺らしながら、ふらふらと立ち上がる。
その両足は、すでに自身の死に場所を求めて無意識に動き出していた。
「スバル?」
エミリアが不安そうに、その紫紺の瞳を揺らしてスバルの背中を呼び止める。
「ちょっと……外の空気を吸いに、出てくる」
スバルはそれだけの最低限の説明で済ませ、逃げるように食堂の出口へと歩を進めた。
「待ちなさい」
「……っ、――!」
背後から突き刺さったラムの冷徹な声が、スバルの両足を床に縫い付けた。
「バルス。良くないことを考えているわね」
ラムのその確信に満ちた言葉に、スバルは心臓を跳ね上げ、驚愕に顔を引きつらせて振り返った。
「姉様……?」
ここまでずっと一言も発さずにいたレムも、ラムが明確な意志を持ってスバルを呼び止めたことに驚き、薄青の目を丸くしている。
「……お前に話すことなんて、何一つ……ねえよ」
スバルは、なぜ今このタイミングで自分に鋭く踏み込んできたのか分からないラムに対し、怪訝な視線を向けた。
だが、今の自分には時間がない。すぐにまた出口の方へと向き直る。
「完璧な人間なんて、この世に一人もいないわ」
「……っ」
だが、吐き捨てられたラムの次の一言が、どうしてもスバルの足を再び止めさせてしまう。
「ど……どういう意味で、そんなことを言ってるんだよ……?」
スバルは気まずそうに、明らかに動揺した様子を隠せないまま、ラムにその言葉の真意を厳しく問い質した。
さっきまで会話を拒絶して部屋を出ようとしていたくせに、ラムの放ったそのフレーズだけは、どうしても聞き逃せないと言わんばかりの過剰な反応だった。
「今のバルス、全く正気には見えないもの。
一人で外に出たところで、ロクでもない真似をするのは目に見えているわ。
だから――みっともない真似はやめて、大人しくそこに座りなさい」
「は……っ、?」
スバルは立ち止まったまま、きつく目を瞑って思考を激しく巡らせた。
そして、次に目を開いた瞬間、剥き出しの敵意を込めてラムを強く睨みつける。
「……お前、本当に自分の心の中を全部見透かされてるみたいで、恐ろしいぜ。
でもな、今はとにかく時間がないんだ。俺のことは放っておいてくれ!」
スバルは強制的に会話を終わらせ、今度こそ出口の扉の取っ手へと手を伸ばした。
だが、ラムは素早い動作で詰め寄ると、出ていこうとするスバルの細い手首をがっしりと掴み、力任せに食堂の中央へと引き戻した。
「おい……っ! 離せよ……っ!」
「いいから、やめておきなさいって言っているのよ」
その押し問答が交わされた、次の瞬間――食堂の空気が、パキリと音を立てて完全に凍りついた。
「――ラム。スバルに……気安く触らないで」
エミリアが信じられないほど冷徹な、絶対の拒絶の声をラムに向けて言い放ったのだ。
ラムが思わず手首の力を緩めると、スバルはあからさまな苛立ちを隠そうともせず、勢いよくその手を振り払って引き剥がした。
「エミリア様。……これは、一体どういうことですか?」
「ラムの方こそどうして? なんでそこまでして、頑なにスバルを外に行かせまいと止めるの?」
ラインハルトとレムの二人は、目の前で急激に膨れ上がった不穏な女同士の空気感に、それぞれが神妙で重苦しい顔つきを隠せずにいた。
スバルもまた、火花を散らすエミリアとラムの二人から、どうしても目が離せなくなる。
「今このバルスを一人で外に行かせたら、それこそ二度と『取り返しのつかないこと』になります。
エミリア様。我が陣営の主として、あなたの方からもこの愚か者を引き止めてください」
ラムのその、すべてを見越したかのような言葉に、スバルの目が大きく見開かれた。
「――止めないわ。スバルの中に、何か考えがあるのだとしたら……私はそれを絶対に否定しないし、いつだってスバルのことを、全力で助けてあげたいの」
エミリアはラムの合理的な進言を真っ向から拒絶し、信頼を込めた瞳でスバルの顔を真っ直ぐに見つめた。
だが――スバルはエミリアと目が合った瞬間、その綺麗な光が痛すぎて、不自然にガバッと視線を床へと逸らしてしまった。
「これは……俺に、俺にしかできないことだ……っ」
スバルは自らに言い聞かせるように、震える声でぽつりと独り言を呟いた。
エミリアはその拒絶されたようなスバルの態度に疑問の色を浮かべ、ラムは不愉快そうにその細い眉間に深い不快のシワを寄せた。
「何を、バカなことを・・」
「――ラムっ! スバルのことを、そんな風にバカなんて言わないで!」
スバルの頑なな態度に対して怒りの火を燃やすラムと、そのラムの言葉に対して過保護なまでの怒りを向けるエミリア。
だが、当のスバルは、自分の本質を正確に突いてくるラムに対する底知れない『恐れ』を、どうしても顔面から隠しきれていなかった。
「お前に……っ! お前に、俺の何が分かるって言うんだ……っ!!」
スバルはラムへの恐怖と不快感を爆発させるように、食堂に響き渡る大声で叫んだ。
その、放出されたスバルの激しい激怒に対し、ラムは微塵も動じずに冷たく見下ろしていたが、エミリアの方は、スバルが自分ではなくラムに向けて感情を剥き出しにしたことに、驚愕で紫紺の瞳を見開いていた。
「……スバル君。レムは、あなたのことを根本から誤解していました」
「はぁ……っ?」
予想だにしない斜め上の方向からの声に、スバルは背後から冷水を浴びせられたような感覚に陥った。
声の主は、静かにスバルの背中に視線を据えているレムだった。
「レムはさっきまで、スバル君のことを、怪しい人だと疑っていたんです」
「急に、お前、何を言い出すんだよ……」
「ですから、すみません。レムのそのくだらない勘違いは一度脇に置いておくとして……。今の姉様は、心からスバル君のことを心配して止めてくれているのです。どうか、姉様のその温かい思いやりを、素直に受け入れてください」
スバルはあまりの理不尽な状況の噛み合わなさと苛立ちに、己の短髪をガリガリと音を立てて激しく掻きむしった。
「だったら……っ、そんな余計な思いやりは今の俺にはいらねえって、そこのラムに言ってくれよ! 人の頭の中を勝手に覗き込んでくるような真似も含めてな……っ!」
「ちょっと! ラムもレムも、お願いだから今これ以上スバルを混乱させるような真似はやめて!」
エミリアにそう険しい剣幕で詰め寄られてもなお、ラムとレムの双子のメイドは、微塵もその佇まいを崩しはしなかった。
「だったら――今ここでバルスの方から、その盲目なエミリア様を言葉で納得させてみなさい。
これから、『一人で』行かなきゃいけない理由があるのでしょう?」
「……っ、は、……っ!?」
ラムは冷酷に腕を組み、突き放すようにスバルにそう言い放った。
スバルは尋常ではないほどの致命的な動揺をその全身に晒し、血走った目でラムを激しく睨みつける。
それは客観的に見ても、自らの絶対に隠しておきたい致命的な秘密がバレかけて、完全にパニックを起こしている人間の反応そのものだった。
「ほら、どうしたの? 早くエミリア様に言いなさい」
「スバル……? 頼むから、私と一緒にいきましょう? ねぇ……?」
「――――」
スバルは、金魚のように口を微かに開けたまま、何一つ言葉を返すことができなかった。
「ねぇ、スバル……どうして私の言葉をそんな風に無視するの……?
こんな時くらい、もっと私を……私を頼ってよ……っ!!」
エミリアの様子が明らかに異様なものへと変貌し、じりじりとスバルへ向けてその距離を詰めていく。
スバルは恐怖に目を見開き、助けを求めるようにラムの方を見たが、ラムはやはりその胸の内を全て見透かしているかのように、冷徹にスバルを見返した。
「よせ……っ、来ないでくれ……!」
「どうして?」
スバルは拒絶の意思を示し、一歩大きく後ずさる。
だが――その逃避の行動を見た瞬間、エミリアの紫紺の瞳が、ゾッとするほど狂気的に細められた。
「ラインハルト……っ!!」
「――そこまでだ」
スバルが咄嗟にその名を呼ぶと、世界最強の騎士は一瞬の迷いもなく、スバルとエミリアの間にその巨大な体躯で割って入った。
この絶対の盾のおかげで、スバルを遮る障害は消え去り、食堂の出口からいつでも駆け出せるクリアな退路が確保される。
「エミリア様。どうか、今はスバルのことを信じてあげてください。彼が一人で行くと言い張るのには、きっと僕たちには計り知れない『何か正当な考え』があるはずです」
ラインハルトの、そのあまりにも純粋にスバルを全肯定し、信じ切った騎士の言葉。
スバルの胸には、その無垢な信頼が鋭いトゲとなって突き刺さり、気まずそうにその唇をギチギチと噛みしめることしかできなかった。
「ラ……ラム……っ」
「――何?」
「お前……俺のこと、一体どこまで『知って』やがるんだよ……っ!? なんで俺が、今から一人で外に行こうとしてるのか……その理由まで、全部知ってんのか……っ!?」
スバルは、サテラの禁忌に今すぐ触れて心臓を握り潰されるかもしれない恐怖を味わいながら、恐る恐る、掠れた声でラムへ尋ねた。
「さあね。ラムはバルスの薄っぺらい中身になんてこれっぽっちも興味はないわ。
ただ――今のバルスが一人で行ったところで、後悔することになるわよ」
ラムのその突き放すような言葉を聞き、スバルは恐れていた「最悪な情報の暴露」がこの場で起こらなかったことに、安堵の息を微かに漏らした。
「うるせえんだよっ!! 黙れよ…っ!!」
スバルは精神の限界を迎えたかのように、ただの八つ当たりの罵声をラムに対して吐き捨てると、完全に彼女たちに背を向けた。
この最悪な暴言で全ての関係性を終わらせて――今度こそ、完全に向こう側の暗闇へと出ていくつもりなのだ。
「――ふざけないでっ!!!!」
だが、鼓膜を震わせたエミリアの凄絶な激怒の咆哮に、スバルの両足の膝がガタガタと恐怖ですくみ上がった。
スバルは決して振り返ることはしなかったが、重い木製のドアに右手を当てたまま、またしても不様にその場に立ち止まってしまう。
「スバル……っ。もし今ここを出ていって、私の元に二度と戻ってこなかったら……私、あなたのことを絶対に、絶対に許さない……っ!!」
背中越しに浴びせられた、身体の芯の底からガタガタと震え出すほどのおそろしい『憤怒』の質量に、スバルは完全に当てられていた。
スバルはその呪縛を無理やり振り切るように、狂ったように頭を激しく振ると――そのまま夜の廊下の奥へと、全速力で走り去っていった。
☆☆☆☆
走る。走る。
スバルはただ、夜の闇を無我夢中で走り続けた。
狂った運命の糸に手繰り寄せられるようにして、スバルが最後に辿り着いた場所。
それは、ロズワール邸の敷地を抜けた先の深い森の奥にひっそりと佇む、とある荒涼とした断崖絶壁だった。
切り立った崖の先端から、スバルはその遥か下方の奈落を見下ろす。
「十分だな……。これだけの高さがありゃ、確実に死ねる……っ」
周囲はすでに、完全に夜の深淵に包まれた真夜中と化していた。
鬱蒼とした森の中は一寸先も見えないほどに真っ暗で、自分が一体どこに向かって走っているのかすら途中で分からなくなっていたが――狂った磁石に引かれるように、スバルは偶然にもこの死に場所へと行き着くことができたのだ。
土の足場が確かに存在している場所から、その先が完全に消失している崖の境界線へ向けて、ガタガタと情けなく震える足取りで一歩ずつ進んでいく。
崖下は完全な虚無の闇であり、真夜中ということもあって、激突することになる最期の落下点すら視認することはできない。
「……っ、くっそ……っ!!」
スバルは、すぐにその場から飛び降りることができなかった。
「なんで……っ、なんでこんな、簡単なことが……ううっ……!」
真夜中の容赦のない冷たい突風にその細い身体を激しく揺さぶられ、意図しない形で足を踏み外して落ちてしまいそうなる。ただそれだけの重力の事実に本能的な恐怖を植え付けられ、スバルは情けなくもその場にガクリとしゃがみ込んでしまった。
「エミリアの騎士は、俺だ……っ」
スバルは涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、自分自身に必死の呪いを言い聞かせる。
「あのろくでもねえロズワールの野郎に……意地でも俺の価値を、認めさせなきゃいけねえ……っ」
スバルは一度、肺に溜まった冷たい夜気を目一杯に深く吸い込み、そして、激しく吐き出した。
「3……2……1……っ、――!!!」
自らの口で最後のカウントダウンを刻み、虚空へとその身を躍らせる絶対のタイミングがやってきた。
――それでも、ナツキ・スバルの肉体は、どうしても前方へ向けて跳ぶことだけはできなかった。
「……この、……弱虫が……っ」
☆☆☆☆
限界だった。
スバルは這うようにして崖の先端から少し距離を取り、近くにあったゴツゴツとした岩陰の地面へと、力なくそのまま倒れ込んでしまった。
あれから何分経ったのか分からないが、真夜中の森は心地良い孤独だった。
瞼が鉛のように重い。思考を止めた途端、夜通し耐え続けてきたあの暴力的なまでの睡魔が、一気にスバルの脳髄を丸ごと乗っ取ろうと優しく襲いかかってくる。
だが。
この静まり返った真夜中の断崖に、絶対に現れるはずのない、確かな『第三者の足音』を耳が拾った瞬間。
スバルは全身の毛穴をぶち開けるような悪寒に襲われ、弾かれたように思わずその場に飛び起きた。
「――ようやく、死にたくなったの? バルス」
敵だったら怖い人
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アヤマツ記憶持ちスバル
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カサネル記憶持ちロズワール
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本編記憶持ちペテルギウス