嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました 作:夢見戸イル
目の前にいる少年は、いったい誰なのだろうか。わからなくなる程、
記憶を失った彼は、律花たちを見て怯え、震えていた。
律花は、灯夜のことが好きだった。そのことに、灯夜を失いかけてようやく気付いた。
もう失いたくない。そんな顔をさせたくない。そう思った瞬間、律花は動いていた。
「安心して。私はあなたの恋人よ。何も覚えていないかもしれないけれど、あなたの味方。だから、お願いだから怖がらないで」
そう言って、律花は灯夜を抱きしめた。
灯夜の第一印象は、一言で言えば最悪だった。
毎回授業をサボるほど不真面目で、中学時代には暴力事件を起こしたという噂もある、律花が一番嫌いなタイプだった。
それでも律花が灯夜と関わらざるを得なかったのは、灯夜が生徒会役員だったからだ。
律花と灯夜の通う
けれども灯夜の成績は嘘ではないかという噂があった。灯夜は魔道具を世に広めた新城カンパニーの元会長の孫であるためだ。
陸天堂学園は日本屈指の名門校であるため、コネ入学があるなんて信じたくもなかったが、灯夜の普段の行動を見ていると、律花も内心疑っていた。
それに加え、生徒会の仕事すらサボる灯夜に苛立ちを覚えていた。
陸天堂学園の生徒会は、日本屈指の名門校の首席が集まる組織であるため、学校に関することだけでなく、人類の脅威として遥か昔から存在する
灯夜の行動に違和感を覚え始めたのは、2年生の春だった。
灯夜の問題行動について生徒会でも話題になった時、生徒会に新しく入った1年生の
「新城先輩は、私を怖い人たちから助けてくれた人なんです! 暴力事件の噂も、面倒な事になる前にって私を逃がしてくれて、そしたら新城先輩が悪者になってて……。だから、今の行動もきっと理由があるはずなんです!」
その後、当時の生徒会長が灯夜は裏でサポートしてくれていると言ったことで、その場は収まった。
そして3年生の春、灯夜とは血の繋がった妹だという
明希は、灯夜が生徒会副会長と聞いたとき、嫌悪感を露わにした。
「あの人は父と母が離婚する前、父と一緒に毎日のように私と母に暴言を浴びせてきました。あのような人間を兄だと思ったことはありません」
律花が3年生になる頃には、律花自身も灯夜の行動に理由があるのではと思うようになっていた。だからこそ、明希の発言は律花を余計に混乱させた。
そんな中、世間を震え上がらせた大事件が起こった。
連続子供失踪事件。小中学生の子供が次々に姿を消したこの事件は、人間が行うにはあまりにも痕跡が無く、けれども
その事件に、律花の弟である
勿論、陸天堂学園の生徒会にも調査の依頼はあった。けれどもあくまで安全な範囲で、分かることがあれば程度。それでも律花は何としても弟を見つけたくて、使える全ての時間で弟の行方やヒントを探した。
けれども手がかり1つ見つからないまま、時間だけが過ぎていった。
その日の放課後も、律花は生徒会室に1人残り、調べたものをまとめながらヒントを探していた。
そんな時、部屋に入ってきたのは灯夜だった。
「もう少し、視野広げてみたら」
そう言って渡されたのは、
それからは早かった。生徒会メンバーも巻き込み、とある別荘地に拠点があるのではということまで導き出した。
不思議な感覚だった。その答えを導き出したのは律花なのに、それを導くための情報は全て灯夜が提供していた。
相変わらず、灯夜は生徒会の集まりには参加しなかった。ただ無言で、重要な資料を置いていくのみ。お礼を言おうとしたら話しかけるなと睨まれたが、そんな言動すら実は恥ずかしがりやなのではと思うようになっていた。
そう思う程に、灯夜の存在は律花にとって救いだった。ずっと1人で必死だった律花にとって、灯夜の存在は闇に灯った光だった。
灯夜と一緒なら弟を救い出せる。そんな万能感さえ生まれていた。
戦いには自信があった。無限にあるのではと言われるほどの魔力量で、相手を押す。人間と手を組み知恵を付けた
生徒だけで別荘地に行くのは危険だ。そう言った灯夜の助言を無視して、律花は生徒会メンバーを連れて別荘地に向かった。
珍しく灯夜も付いてきたから、それだけで心強かった。
「灯夜。約束通り連れてきてくれたのだね。流石は我が息子だ」
その言葉と共に現れたのは、灯夜の父親、
その瞬間、律花は灯夜に裏切られたのだと悟った。
「どうしてこんなことしたの……! あなたのこと、信じてたのに……!」
「ちがっ、これは……」
否定しようとした灯夜の言葉は、耳に入らなかった。裏切られたことに対する怒りと、優しいふりをして非道な行動をした嫌悪感で頭がぐちゃぐちゃになっていた。
それは灯夜の実の妹である明希も同じだったようで、憎しみのこもった目で灯夜を見た。
「やっぱりあんたは、父とも呼びたくないそいつと同じ血が流れているのね。こんな穢れた血が私にも流れていることがおぞましい。早く死んで途絶えてしまえばいいと何度願ったことか」
そう言った明希を、新城零一は見下すような目で見た。
「何を戯けたことを。この世界の全ての血は穢れていると決まっているだろう。力があればもてはやし、力が無ければ見下し何を言っても良いと勘違いする穢れた者が多いことよ。人間そのものが愚かで途絶えるべき存在なのだ」
そう言って、新城零一は灯夜を見た。
「丁度良い。作戦を実行しろ。助けに来たこいつらが何もできない姿を見せ、子供らを深い絶望に落とし、
「……わかった」
灯夜はそれだけ言って、律花たちに背を向けた。そんな灯夜を追う術は、律花たちには無かった。
このままでは弟が
そんな律花たちの前に現れたのは、さらわれたはずの子供たちだった。そしてどうしてか鍵を持っていた大地が、律花たちを檻から出した。
同時に聞こえたパトカーのサイレン音。全員が助かった。そう誰もが思った時だった。
「姉ちゃん! 兄ちゃんがまだ来てない! 俺たちを助けてくれた兄ちゃん! 姉ちゃんを助けることになるからって鍵をくれたのも、その兄ちゃん! 後から行くって言ってたんだ!」
「大地たちを助けてくれた人がいたの?」
「そう! 俺たちが捕まったときから、諦めたら
大地の言葉に、律花たちは大きな勘違いをしていたことに、ようやく気付いた。
大丈夫。まだ危険な状態だと決まったわけではない。そう思って律花は灯夜に電話をかけた。
生徒会の関係で知った電話番号。普段は律花が何度かけても灯夜が出ることは無かったけれども、もし灯夜が何か危険な状態にあるのであれば出てくれる、そんな期待もあった。
単調な音が、スマホの奥で繰り返されて止まらない。
出るわけないか。律花が諦めてスマホを下ろそうとしたその時だった。
音が止まった。
「新城君⁉ 今、どこにいるの⁉ 新城君⁉」
少しの間。その後に、スマホの奥で息を吸う音が聞こえた。
「あなたは、陸天堂学園生徒会長、朝比奈律花さんでお間違いないですね? 私は陸天堂学園の警備をやっている
その瞬間、律花は灯夜が生徒たちだけでここに来ることを止めようとしていたことを、ようやく思い出した。
灯夜は裏切ったわけではなかった。寧ろ、守ろうとしてくれていたのだ。
それに気付いた瞬間、律花はじっとしていられなかった。
「大地! 大地の捕まってた部屋、案内できる⁉」
「勿論! こっち!」
大地と一緒に、律花は走り出した。
場所は地下。その奥に、1つの扉があった。
「ここ!」
そう言って、大地は扉を開けようとした。けれどもガチャンと音だけして、扉は開かなかった。
「なんで閉まってんだよ!」
「大地! 扉から離れて!」
律花はそう叫んで、最大火力の魔力を放つ。けれどもそれは、簡単に吸収された。
「そんな……」
他に策を。律花がそう思った瞬間だった。扉をすり抜けるように、黒い人型の何かが現れた。
これが
「ザンネン……。チョットシカ、タベレナカッタ……。カクサレチャッタ……」
その言葉の後、
「ア、キミモ、オイシソウ」
「
紬の声と共に、ドーム状のバリアが律花と大地を覆い、
「馬鹿兄は⁉」
明希の問いに、律花も我に返り、扉を指さす。
「多分この中よ! 大地たちが逃げた部屋なのに、鍵がかかってるの! それに、魔法で壊せない!」
「魔道具の1種ですね。ここは魔工科首席2年、
そう言って涼は眼鏡をくいと上げ、自作の解析アプリで扉を調べ始めた。明希もそれを覗き込みながら、一緒に解除方法を探す。
「朝比奈先輩は大地君を守ってくださいっす! 戦闘なら俺も得意なんで!」
そう言って、1年魔法科首席の
そんな様子を見て、
「ザンネン、オイシクナクナッチャッタ。マタオイシイエサ、パパ二ヨウイシテモラオウ」
それだけ言って、
「逃がさないっすよ!
廊下を埋め尽くすほどの魔力が、
「やったっすか⁉」
「いいえ。それなら、壊れたコアがあるはずよ。本能のまま魂を喰らわない、理性のある
そう言って、律花は立ち上がった。それよりも気になるのは、灯夜のこと。
扉の奥からは
想像すればするほど、不安と恐怖で吐き気がした。
「解錠完了です!」
涼の言葉と共に、扉が重たい音を伴いながら開く。
目に入ったのは、扉のすぐそばで倒れている灯夜の姿だった。
「新城君! ねえ、返事して! 新城君!」
どれだけ体を揺すっても何も反応しない灯夜に、律花は昔の記憶が蘇る。
幼い頃、母親と歩いていた帰り道、一際大きな
すぐに周りにいた大人たちに助けられたが、母親は目を覚まさないまま、今も病院にいる。
「いやよ! ねえ、疑ってごめんなさい! 謝るから! だからお願い、目を覚まして!」
何度叫んでも、灯夜は目を覚まさなかった。
あれからすぐに、灯夜は病院に運ばれた。律花たちも警察に状況を聞かれ、その後灯夜がいる病院に向かった。
病院には既に、明希が呼んだという灯夜の母親、
「魂に損傷が見られます。しかし、ほんの一部分ですので、目は覚ますでしょう。ただ、やはり損傷があるとなると、何かしらの精神異常がみられる可能性はあります」
医者から受けた説明に、律花は唇を噛み締めた。目を覚ますだけマシなのかもしれない。けれども精神は不安定になり、魂が喰われる時に受けたトラウマにずっと苦しめられることも律花は知っていた。
だから大丈夫かもしれない。そう言い聞かせることでしか、律花は自分を保てなかった。
「それと……」
医者は、険しい顔をしながら依里を見た。
「親権はお父様で一緒に暮らされていないとのことで、ご存じではないと思うのですが、灯夜さんの身体には、今回の件よりも前にできたであろう複数の痣が確認されており……。付いている場所を考えても、普段から誰かに暴行を受けていた可能性が……」
その言葉を聞いた瞬間、依里は泣き崩れた。
「やっぱり……、無理矢理にでも連れ出せば良かった……。お母さんと一緒に住みたくないなんて、そんなこと言う子じゃないって、わかってたはずなのに……」
病院の帰り道、明希が涙を滲ませながら言った。
「記憶の中の兄は、いつも私を見下していました。私よりも賢かった兄は、亡くなった祖父に気に入られ、祖父自ら兄に勉強を教えていました。父は新城カンパニーの社長と認められなくって、だから祖父は兄に期待して、そんな状況に父は癇癪を起して……。そんな父とさえ、兄は上手くやっているように見えていました」
そう言いながらも、明希の目には、兄である灯夜に対する憎しみは消えていた。それ以上に、悔しさが滲みでて涙が止まらなくなっていた。
「祖父が他界してから、一度母が兄を迎えに行ったことがありました。兄が学校から帰るタイミングで会いに行ったみたいで、私も丁度その場面に出くわして……。触れるな、関わるなって叫ぶ兄に、思わず母を守るために前に出たら、兄に突き飛ばされて……。全てを知った後だと、全部違う意味に聞こえますね」
思い出してみれば、灯夜は真夏であれ長袖のシャツとセーターを着ていた。もしかしたら痣を隠すためなのかもしれないと、律花は今更ながらに思った。
次の日、警備員の霧島という人から、灯夜持っていた赤色のスマホを渡された。事情を説明した後、霧島は小さくため息を付いた。
「こういう仕事をやっている関係上、セキュリティには詳しいのですが……。盗聴と、スマホの動きを全て監視する魔数式が組み込まれていました。解除したので、今は問題ありませんが」
魔数式とは、魔道具を動かすために必要なものだった。これを専用のインクで書いて魔道具に埋め込むことで、魔力の無い者でも魔法のような効果を使うことができた。
その魔道具の効果を直接的・間接的に利用した商品も開発され、魔力持ちですらスマートフォンをはじめとする魔道具を日常的に利用するようになった。
律花はそのスマートフォンを見ながら、灯夜の不自然な行動を思い出していた。
電話にすら出ず、無言で資料を渡しては去り、律花が伝えようとしたお礼すら拒んだのは、父親に監視されていることを知っていたのかもしれない。メッセージアプリですら、アカウントが無いと登録を拒んでいた。
そして、灯夜の父親はまるで自分たちが来ることを知っていたようだった。
いつバレたのだろうか。別荘地に乗り込むと灯夜に放してしまったためときだろうか。それよりもっと前だろうか。もし灯夜の言うことを聞いて大人の誰かに頼っていたら、灯夜は魂を喰われることなどなかったのではないだろうか。
そんな後悔が溢れて、吐き気が止まらなかった。
その日もまた、生徒会の仕事の終わりに、律花たちは目を覚まさない灯夜のお見舞いに来ていた。誰が言ったルールでもないが、生徒会の仕事の後に灯夜のお見舞いに行くのが日課になっていた。
病室に行こうとすれば、看護師の1人に呼び止められた。
「丁度良かった! 先ほど新城君が目を覚ましました! ただ……」
その言葉に、律花はその後の説明も聞かず、病室に飛び込んだ。
病室では、確かにベッドの上で起き上がる灯夜の姿があった。
「新城君!」
律花の言葉に、灯夜はピクリと体を震わせ律花を見た。
「ごめんなさい。えっと……、俺のこと、知ってる人ですか?」
灯夜の言葉の意味が、一瞬わからなかった。律花の隣にいた明希が、怒った表情で灯夜に詰め寄った。
「こんな時にまでふざけたことを言うな! 私たちに文句があるのなら、回りくどいことをせずに直接言えばいい! 皆どれだけ馬鹿兄のことを心配したか……。え……?」
灯夜は咄嗟に自分を守るように、体を丸め腕で頭を守るような体制を取った。そして怯えるような目で、震えながら律花たちを見た。
まるで別人。そう言っていいほど、律花たちの知る灯夜の姿とは違っていた。
律花たちを追って来た看護師が、慌てて明希を灯夜から引き剥がす。
「彼を責める行為はやめてください! 彼はまだ目を覚ましたばかりで混乱しています! 一度病室から出て……」
「待ってください! 私たちのことがわからないって、もしかして……」
「解離性健忘……、わかりやすく言えば、記憶喪失という診断が出ています。なので一度外に……」
隠された。少なくとも灯夜が何を隠したのかだけは理解した。
記憶を隠す魔道具なんて見つかっていない。それどころか、灯夜を守る魔道具なんて現場に1つも無かった。たまたま偶然、記憶をなくして灯夜が助かったのだとすれば。
部屋から出そうとする看護師を振り切って、律花は灯夜の手を取った。灯夜は今にも殴られると言わんばかりの目で、律花を見た。
律花は生徒会室で、灯夜に資料を貰った時の事を思い出す。あの日の灯夜の声はぶっきらぼうで、けれどもどうしてか安心して、暗闇に光が灯った気がした。
そんな灯夜のことが好きになった。失いかけて初めて気が付いた。
お願いだから、そんな怯えた顔をしないで欲しい。もう大丈夫だって伝えたい。そう思った瞬間、律花は灯夜を抱きしめていた。
「安心して。私はあなたの恋人よ。何も覚えていないかもしれないけれど、あなたの味方。だから、お願いだから怖がらないで」
「へ……?」
少し情けない声を出した灯夜を見ると、怯えた表情は消えていた。そして顔を赤らめ動揺したように律花を見ていた。
「ごめんなさい。驚かせてしまったかしら?」
「えっ、いや、ちがっ……。その……。でも、よくわからないけど、なんだか安心しました……。忘れてしまってすいません……。その……、ありがとう、ございます……」
そう言って灯夜は、恥ずかしそうに目を逸らす。
ああ、これが灯夜の本当の姿と言うのだろうか。辛い記憶を知らない、灯夜の姿。
それなら記憶なんて思い出さなくていい。何も知らないまま幸せに生きていけばいい。
今度は頼ってばかりにはならない。今度は私が灯夜を幸せにする。
律花はそう、心に決めた。