インデリブル・ハート - 嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました 作:夢見戸イル
零一と
そう思って、灯夜は立ち上がる。
「久しぶりだね。父さん」
「何のつもりかね。こんな所に呼び出して」
零一は警戒しているのか、大きなポケットに手を入れながら辺りを見渡していた。そして、灯夜の後ろにある扉を見つめる。
「その扉の先に、誰かいるのかね? まあ私と
「誰もいないよ」
「その言葉を信じるとでも?」
警戒したままの零一に、灯夜は微笑みかける。
「俺の魂、その
「は?」
動揺して何も言えない零一を横目に、灯夜は
「ねえ。俺の魂食べたいんでしょ?」
「ウン。デモ、ゼンゼンオイシクナサソウ……。パパ、オイシクシテ。アノトキミタイニ」
「灯夜。気でも狂ったのか? 自分の魂を喰わせたいなどと……」
「俺も父さんの役に立ちたいと思っただけだよ。だって
灯夜がそう言えば、零一はどうしてか少し焦ったような目で灯夜を見た、
「ふ、ふざけたことを言うな! 喰わせようとしたのは、おまえが反抗的な態度を取ったからだろう! おまえが心から反省し私に謝りたいと言うのなら、その必要などない!」
どうして提案を拒否するのか、灯夜は理解できずに零一を見た。零一にとっては都合の良いことであるはずだった。
不審な目で見る灯夜に、零一は少しずつ灯夜に距離を詰めながら口を開く。
「ああ、そうだ。そこまで反省し、味方になってくれると言うのなら、灯夜、おまえも父さんと一緒に来ないか? 最近、良い拠点が出来たのだ。日本の警察では見つけることのできない、安全な場所だ。
そう提案した零一に、これだけだと以前みたいに感情的にならないのならと、灯夜は口を開く。
「残念ながら、ここからは出れないよ」
「は……? 何を……」
「俺が教えた魔数式覚えてる?
「クソっ」
零一は灯夜を押しのけ、扉へと向かう。けれども扉は、押しても引いても開かなかった。
「懐かしいね。父さんも俺に同じことしたんだっけ」
「はっ、愚かな。これだとおまえも出ることができないだろう」
「そうだね。一緒に飢えて死ぬ? まあその前に、その
「わ、私も馬鹿ではない。解除することだって……」
「本当に?」
そう言って、灯夜は部屋の壁を魔数式を見るためのライトで照らした。
「なんだ、これは……」
そこに広がっていたのは、全ての壁と床に複雑に書かれた魔数式だった。
魔数式のインクは、特殊な機械を使わなければ消すことができない。だからこそ解除する時は、その魔数式を打ち消す効果を持つ魔数式を書かなければいけない。その魔数式は内容だけでなく、大きさや位置も正確である必要があった。
更に灯夜は、この部屋に複数の効果を付与していて余計にどの魔数式がなんの目的で書いてあるのかわからなくなっていた。
この魔数式を自力で解く実力は、零一に無いだろう。
そんな魔数式を見て、零一は灯夜の顔色をうかがうように灯夜を見た。
「灯夜。私の何が気に入らなかった。言って見なさい。昔は仲の良い親子だっただろう? 灯夜も父さん、父さんと言って甘えてきたじゃないか。それなのに、仲違いして2人とも死んでしまうなどと悲しいだろう?」
「俺、父さんと仲良くしてたつもりはないけど」
灯夜の言葉に、零一は信じられないという目で灯夜を見た。
「な、何を言っているのだ! 依里……、おまえの母さんと離婚したときも、父さんがいいと言ってくれたじゃないか。それは私のことが……」
「そんなわけないじゃん。じいちゃんも生きてたんだし、無駄に権力もあったから、俺まで出たら母さんや明希が逃げられないでしょ?」
「と、灯夜がおじいちゃんを恨んでいたのは知っているぞ? だから言ってくれたじゃないか! 父さんと過ごす時間は救いになっていると」
確かにそう言ったのは事実だった。だってそう言うことで零一の機嫌は簡単に良くなるのだから。
けれどもあれだけのことをしておいて、好かれていると勘違いできる零一に、灯夜は大きなため息をついた。
「ずっと、苦痛だったよ。機嫌取るために耳障りの良いことを言われてるの、気付いてなかったの? 父さん、ほんと馬鹿だよね」
灯夜は、敢えて馬鹿という言葉を零一に使った。決して馬鹿ではなかったが、新城家の中では頭の出来は中途半端で、それがコンプレックスになっていることを灯夜は知っていたから。
そしてそれを刺激すれば、感情的になっていつもみたいに狂ったように暴言を吐き、そして手が出るだろう。
それでいい。その方が絶望する心を作りやすくなる。そうしたらきっと……。
「嘘だ……! 灯夜が私のことを嫌いなんて、嘘に決まってる……! 誰に吹き込まれた……! 言ってみなさい……!」
けれども零一はどうしてか灯夜の言葉を否定した。否定して、灯夜に擦り寄ろうと手を伸ばす。そんな零一の手を、灯夜は振り払った。
「誰に何を言われたとかないよ? 物心ついたときからずっと嫌いだった。自分の気に入らないことがあったらすぐに怒鳴って、人のせいにして、挙句の果てに暴力もふるって。そんな人、好きになれると思う?」
「違う……。それは……。それは灯夜のためで……」
理解できないな。灯夜はそう思った。どうしてここまで言っているのに、自分に都合が良いように解釈できてしまうのだろうか。
少しだけ煩わしく感じてしまう。早くいつものようになってくれないと、俺は――。
と、零一と目が合った。灯夜の目を見て、零一は目を見開いた。見開いて、何かを言おうとして、けれども言えないまま口だけを動かした。
「アレ?」
と、零一の後ろでずっと浮いていた
「パパカラ、スゴクオイシソウナニオイガ……」
「は……?」
突然の
零一も
「灯夜、頼む! 父さんを助けてくれ! 今までのこと謝る! 灯夜の望む通りにする! だからお願いだ! 灯夜は優しいから、父さんのこと見捨てないだろう⁉ な⁉」
そう言って手を伸ばす零一を見ても、灯夜の体は動かなかった。
助けなければいけないはずだった。だって作戦と違うから。この作戦で、喰われるのは自分でなければいけないのだ。
寧ろちゃんと罪を問うことができる零一は捕まって、全ての真実を明らかにして、そして罪を償ってもらわなければいけないはずだった。
それだけじゃない。このまま零一が喰われて、
そう思うのに、体は動かなかった。
助けなきゃいけないのに、助けたくなかった。
「あ、父さ……」
「やめろ、やめろ、ああああああああ!」
零一の体が黒に飲み込まれ、叫び声だけが部屋に響いた。
灯夜はその間少しも動けなかった。動けないまま、喰われていく零一を見ていた。
暫くして、零一の体は人形のように地に落ちる。完全に
「パパ、ありガとウ。おかげデ、ちゃんト考えられルようニなったヨ」
そう言いながら、
「チょっとずつデきるコと増えテ、楽しいナ。おしゃべりデきるようにナって、イろんなトこ移動でキるようにナって、チいさな仲間にシジできるようにナって。そしテ、カんがえられるようにナっちゃった」
そして
「キみはまダだね。ナニを考えてイるのかナ。キみの魂はオいしかっタから、モっとおいしくタべたいな。そうダ、いイこと教えてアげる。キみの大切なヒと、タくさんこっちニ向かっテるよ。大切なヒとを全員たべタら、キみはモっと美味しくなるかナ」
灯夜は持っていたスマートフォンに向かって叫ぶ。
「霧島さん! 聞こえてるよね⁉ 霧島さん! 絶対に来ちゃだめだから! もしかして律花もいる⁉ 絶対に来ちゃ駄目だから!」
「キリシマサン? ハやく助けにコないと、このコたべチゃうヨ。でも、チょっとだけ待ってアげる」
それに答えるように、スマートフォンが鳴った。表示されたのは霧島ではなく律花の名前で、灯夜はぎゅっとスマートフォンを握りしめる。
「来ちゃダメ……。お願いだから、来ちゃダメだから……」
「あハハ。まタ美味しそウになったネ」
その言葉に、あの時の記憶が蘇って思わず震えてしまった。けれどもそれよりも、大切な人たちが
大丈夫。まだ絶望的な状況になったわけではない。そう思って、灯夜は腕に括り付けた魔法石を握りしめる。
ああ、早く
自分の価値を誤解して、結局信じてもらえなくて、それで……、
けれども、その感情を打ち消すように、ドアを強く叩く音が聞こえた。
「灯夜! 聞こえる⁉ 灯夜! 今すぐこの扉を開けて!」
「なん、で……」
聞こえてきたのは、律花の声だった。流石にこの状況で、霧島なら律花を連れて来ることなんてするはずはない、そう思っていた。
「何しに来たの!? 今すぐどっか行って! わかってるでしょ⁉ ここがどれだけ危険な場所かって! 霧島さんも、なんで律花を連れて来たの⁉」
「灯夜は私の性格を知っているでしょ⁉ 霧島さんに来るなと言われても来てたわ! それに今回は先のことを考えてるから安心して! 紬ちゃんも傍にいるし、お父さんにも連絡した! もうすぐ警察だって来るわ! だから大丈夫よ!」
「頼んでない! そんなの頼んでないから!」
「頼んでなくても助けたいの! 開けないのなら、無理矢理開けるわ!」
その言葉に灯夜はハッとして息を止めると、金属の扉にペンがこすれるようなそんな音がした。
「何してるの⁉ この扉開けたら、
「馬鹿兄、落ち着け。
「明希もいるの……? なんで……? それに、そんなの、絶対成功する保証も……」
「……っ。馬鹿兄が喰われて欲しくないからでしょうが! どうしてそんなこともわからない! そこまで言うなら、馬鹿兄の考えた計画がどれだけ完璧なのか教えなさいよ!」
「それ、は……」
言えなかった。だって、
これは、律花に頼まれた魔道具を勉強する過程で分かったことだった。そして今、灯夜の体には魔数式を書き込んでいた。
爆弾にも似た、
そしてこの魔数式は、灯夜が魂を喰われた瞬間に発動する。
けれども、だからこそ
だから灯夜は、話しを逸らすために口を開く。
「……明希、言ってたじゃん。穢れた血は途絶えるべきだって。明希の望み通り、穢れた血はこれで途絶えるよ」
「なに、言って……。……っ。もしかして、記憶……」
「うん。思い出したよ。全部。だから……」
「違う! あれは違うの! 馬鹿兄のこと、勘違いしてただけ! だから……」
「勘違いじゃないよ」
灯夜は隣で倒れる零一を見て、再び自分を見る。
「律花から話は聞いたんじゃないの? 俺の罪はちゃんとある。だからちゃんと、罰を受けないと」
「違う! 罰ってなによ! 馬鹿兄のした罪って何よ! 悪いのは新城零一! 馬鹿兄じゃない!」
「彼女の言う通りですよ」
霧島が、いつもの穏やかな口調のまま言った。
「灯夜君。起こった出来事には様々な要素が含まれているのですから、責任は分けて考えなければいけませんよ。灯夜君がきっかけを作ったことは事実なのかもしれません。けれども、誰かを殺せと灯夜君のお父さんに命令したわけではありませんよね。それ以降のことをすると決めたのも、実行したのも、全部灯夜君のお父さんです。しかも灯夜君は止めようとした。それを聞かなかったのも灯夜君のお父さんです。あなたの責任ではありません」
「でもきっかけが無かったらこんなことには……」
「灯夜君。あなたはきっと、きっかけを作ってしまったことを気に病んでいたのですね。それならば、その件についてどう償うのがいいか、私と一緒にもう一度考えてみませんか? 少なくとも私は、灯夜君は自分の命を犠牲にするほどの罪は犯してないと思っていますよ」
そうなのかもしれない。霧島の言う言葉は理論的には間違っていない。それだけは、なんとなく理解していた。
けれども違うのだ。犯した罪があって、それを償っても大切な人を苦しめた事実は消えなくて、それなのに誰かに助けてもらわないといけないこの命を抱えて生きるのが、もう辛いのだ。
そして、この命で皆を確実に救えるというのなら、ようやくこの命に役割を見出せる気がしたのだ。
と、魔数式を書く音が止まった。それと同時に、今まで聞こえなかった足音もいくつか聞こえた。
「皆さん、宵原さんの
ああ、きっと、無事解除できたのだろう。そして警察も来て、今、扉を開こうとしているのだろう。
けれども、それをさせるわけにはいかなかった。
「……ごめんなさい」
ガタン、と、音がした。それだけだった。
灯夜は持っていたペンを床に置き、ゆっくりと息を吐いた。そして扉にゆっくりと体を預ける。
ガタガタと扉が揺れたと思ったら、律花の声がした。
「待って、なんで開かないの!? 明来ちゃん、解錠したはずじゃ……」
「はい! 狂いはないはずで……。まさか……!」
灯夜が書いたのは、完成する少し手前で止めておいた魔数式。
最初から、霧島が来ることは予想していた。そして、解除されても大丈夫なように、予備の魔数式を書いておいたのだ。
それをただ、完成させただけ。
「この馬鹿兄! どんだけ複雑な魔数式書いてんのよ!」
怒りを含んだ明希の声が聞こえた。
「……ごめん」
「謝るなら開けなさいよ! お願いだから開けて! 馬鹿兄……、お兄ちゃんならすぐにできるでしょ!? 私より何倍も賢いんだから! ねえ、お願いだって!」
そんな声を聞きながら、灯夜は
「ねえ、俺を先に食べるのはどう? そしたら、ドアの向こうにあんた好みの魂が沢山できる、かも」
「灯夜……? 何言ってるの……? 灯夜……?」
律花の声と同時に、扉はドンドンと煩く揺れた。
「ダメよ! ダメだって! もし灯夜がそんなことしたら、本当に私、絶望して、食べられちゃう! それでもいいの!? ねえ!?」
「アア、ほんトうだ。外からイい匂いしてキた」
「灯夜! お願い開けて! まだ間に合う! 間に合うの! 灯夜も助かって
そんな声を聞きながら、灯夜は目を閉じた。せっかくなら、最期はいい夢を見たかった。
蘇るのは、律花と過ごした日々。最初は恋人だと言われて抱きしめられて、それから毎日お見舞いに来てくれたんだっけ。退院してから、一緒に寝ようなんて言われて戸惑って。
ああ、そうだ。嫌な視線ばかり自分に向いている間も、ずっと傍にいてくれた。申し訳なかったけど、安心もしてしまって、それから……。
最後に浮かんでしまったのは、失望と怒りの混じった目だった。幸せを思い出せば思い出すほど、あの目がこびりついて離れない。
「アア、美味シそうニなったネ」
そんな声と共に、視界は黒に包まれた。
寒くて、胸が苦しくて、けれども思考だけはクリアになっていく。
今すぐ逃げたくて、けれども逃げることなんてできなかった。独り、助けの来ない苦しみの中で、気を失うことすら許されなかった。
大丈夫。大丈夫。無意識にそう言い聞かせる。
大丈夫。これで終わる。大丈夫。これで皆を救える。だから大丈――。
ああ、やっぱり、苦しい。
「ああああああああ!」