インデリブル・ハート - 嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました 作:夢見戸イル
灯夜の叫び声と同時に、光が扉の隙間から漏れた。何かが倒れる音がしたと思ったら、それ以上何も聞こえなくなった。
それから、魔工学の専門家が何人も来て、何時間もかけて灯夜の書いた魔数式を解除した。そんな様子を、律花はただ呆然と見ていた。
中に入っても、
「……灯夜君の作戦とは、こういうことだったのですね」
腕に、腹に書かれた魔数式に、灯夜が何をやったのかは律花も分かった。だって律花も、人の体に魔数式を書くことの意味は知っていたから。
けれども、自分が灯夜に魔道具作りを頼んだせいでこうなったとは思わなかった。思いたくなかった。だってそれを認めてしまうと、灯夜が自分を犠牲にする選択をした理由まで正しいと認めてしまうことになるから。
涙は出なかった。それよりも怒りが強かった。選択肢はあったはずなのに、何度も止めたのに、それでも喰われることを選んだ灯夜が許せなかった。
けれども怒りを向けたい張本人は眠ったままで、どこに怒りをぶつければいいのかもわからなかった。
状況の確認が終わった後、霧島は律花たちと、そして後からやってきた信悟に頭を下げた。
「灯夜君を任せてもらったのに、こういうことになってしまい申し訳ありません。灯夜君にあそこまで気付かれているのは、想定外でした。逆に私に不信感を抱くきっかけになってしまった。魔道具作りに夢中になっていると思い込んで、異変にも気付けませんでした」
「霧島さんは悪くないです。元はと言えば、念のため灯夜に渡すスマートフォンに監視機能を付けてくれと言ったのは俺ですし。それに、あいつが感情を抑え込んでるのを見て、出してやりたいと焦りすぎてしまった。もっと、ゆっくりやるべきでした」
信悟の言葉に、霧島は少しの間だけ黙り込んだ。そしてゆっくりと口を開いた。
「いえ。やはり悪いのは私です。本当は、
霧島の言葉に、律花はゆっくりと顔をあげた。
「作戦って、何……。灯夜が魂を喰われてもいい作戦って、何ですか!」
「おい! 律花、落ち着け! 霧島さんの判断は間違ってない! あの
「じゃあお父さんも、灯夜だけなら
「いえ、灯夜君も生きる作戦です。寧ろ、どうしてここまで完璧な作戦をたてた灯夜君が、このことを想定しないまま動いていたのか理解が出来ない。まあ灯夜君の性格を考えると、この作戦を思い付いていたら逆に避けていたかもしれませんねえ」
そう言って、霧島は律花を見た。
「ただ、この作戦に関しては、私の判断ではできません。律花さん、あなたの同意が必要です」
「同意って、何の……」
「律花さんが灯夜君に頼んでいた魔道具が完成したようです」
頼んでいた魔道具と言われて、浮かんだものは1つしかなかった。
霧島の言葉に、律花は心の中に1つの光が灯った気がした。
「やる! やるわ! 絶対にやる! お父さんが止めてもやるわ!」
「……律花。意味、わかってんのか。それこそ、灯夜の一生を背負うことになるぞ」
「わかってるわよ! でも、灯夜が目を覚ますのよ⁉ やらないなんて選択をしたら、それこそ私、一生その後悔を背負っていくことになるわ! だからやる! 絶対にやる!」
律花がまっすぐな目で信悟を見れば、信悟は大きくため息を付いた。
「ほんと、おまえは母さんにそっくりだな。親としては複雑な気持ちだが……。まあ、そうだな。俺もきっと、律花を止めたら一生後悔する。それだけは、紛れもない事実だ」
律花と信悟の言葉に、霧島は静かにほほ笑んだ。
「わかりました。それでは、私は準備を始めますね。私の人脈をフル活用し、確実に灯夜君を助けることが出来る場を提供しましょう。そうやって、灯夜君のような子の未来を作る。それが私のお仕事ですから」
それから暫く、律花はもどかしい日々を過ごさなければならなかった。
どうやら医師や魔工学に強い専門家が集まり、灯夜の作った魔道具を改めて検証しているらしい。そして、灯夜の指示通りに灯夜の体に魔数式を書く必要もあった。
それだけでなく、既に書いてある魔数式を消す必要もあった。専用の機械を使って消すことが決まったのだが、人の体に使った事例などあるはずもなく、安全性を検証する必要もあった。
それでも、通常ではあり得ないスピードで進んでいた。特に複雑な魔数式を体系化する研究をしている大学の教授が、寝る魔も惜しんで灯夜が目を覚ますために奔走しているらしい。
どうやらその教授は霧島が灯夜に紹介する予定の教授だったらしく、4月に灯夜が東之京大学に入学してもらわないと
そしてあの事件から1週間後。律花は灯夜が眠る病院に呼ばれた。多くの人が見守る中、霧島が律花かに向かって口を開く。
「律花さん、覚悟はいいですね。これから灯夜君の魂は、律花さんの魔力を使って動くこととなります。定期的に補給をしないと、灯夜君はこのように再び眠ってしまうでしょう。嫌になったら離れることも簡単にはできなくなります。それでも、いいのですね?」
「勿論よ! 灯夜を助けたいって気持ちは少しも変わらなかったわ!」
律花の言葉に、灯夜までの道は開かれた。そして、灯夜の腕に嵌められた魔道具に触れ、魔力を流し始めた。
少しずつ、意識が戻っていく感覚がした。ふわふわとした中にいる気がして、けれども頭は回らなくて、けれども微かに聞こえる声が、足音が、確かにここにいると灯夜に教えてくれた。
そして手に温かい何かを感じたとき、灯夜は目を開けた。
声は出なかった。ただ視線を動かすと、律花が泣いている姿が目に映った。
起き上がりたくて、けれども体を動かすことも辛くて、考えることすらまともにできなくて、ただぼんやりと天井を見つめることしかできなかった。
気が付けば律花はいなくなって、医師や看護師が集まってきて、色んな検査をされた。
徐々に記憶は整理され、思考は鮮明になっていく。そして腕に嵌められた魔道具を見て、自分がどうして目を覚ましたのかだけは理解した。
それを証明するように、あの日の事件のことはニュース記事に記されていて、自分が目を覚ましたことすら大きなニュースになっていた。
そんな自分の身体はベッドに座るだけでもすぐに疲れてしまって、まるで同姓同名の別の誰かのニュースを見ている気分にもなった。
1人では何もできない自分が嫌で、だから次の日に律花たちがお見舞いに来たときも灯夜の心は晴れなかった。
「灯夜。調子はどう? って、流石に1週間も眠っていたのだから、良いわけないわよね」
「……なんで、俺にこの魔道具使ったの」
律花の優しい声に、灯夜が言ってしまったのはそんな言葉だった。
「こんなことしたら、律花はずっと俺に魔力を与え続けなきゃいけないんだよ?」
「あら、覚悟の上よ」
「でも、これは律花のお母さんの目を覚ますために作ったもので……」
「それなら早く元気になって、もう1個作ってくれたらいいじゃない。この魔道具のチェックをしてくれた大学の先生も、こんなの真似しても相当器用な人しか書けないって言ってたわ。灯夜は本当に凄いのよ」
その言葉に、灯夜はようやく生かされた意味がわかった、気がした。灯夜は怠くなる体を無視して、何とか起き上がる。
「わかった。ということは、きっと律花のお母さん以外にもすぐに必要な人がいるんだよね。何個必要? 教えてくれたら、もう少し体が動くようになったら、入院してる間にでも……」
その瞬間、病室が凍り付いたことだけはわかった。一緒に来ていた信悟も、霧島も、全員が固まった。
霧島が、優しく灯夜の手を包んで口を開く。
「灯夜君。あのですね。私たちは決して……」
「なんで……、まだそんなことを言っているの……?」
霧島の言葉を遮って言ったのは、律花だった。聞いたことがないほどの低い声でそう言ったと思ったら、律花は起き上がった灯夜の体を、無理矢理ベッドに押し返す。
律花の目は笑っていなかった。
「そんなこと言ってない。私、今、そんなこと一言も言ってないわ」
「でも……」
「そもそも自分を犠牲にして
それは灯夜が初めて見た、失望でもない、嫌悪でもない、憎しみの籠った怒りの表情だった。そんな律花が怖くて、灯夜は霧島と慎悟に助けを求め視線を送る。
「で、でも、それが俺に求めてたこと、ですよね……? だから先生も霧島さんも、他人でしかない俺にここまで優しくして……」
そこまで言えば、信悟は大きくため息を付いた。
「まさか灯夜がそんな勘違いをしていたとはなあ。俺ももうちょっと話せば良かったか?」
そう言って、信悟は灯夜の頭を優しく撫でた。
「確かに、いつか記憶を思い出して、それが解決のヒントになればいいとは思っていた。けれどもそれだけだ。おまえに解決して欲しいなんて少しも望んでいなかった。俺が求めてたのは、灯夜のやりたいことを見つけて、学んで、その夢に向かって頑張りながら高校生らしい生活を送ること。なんたって俺は、おまえの
「私もです。だから事件のことを少しでも忘れられるように、灯夜君の興味のあることに夢中になってもらおうと思ったのです。灯夜君に黙ってスマートフォンに監視の機能を入れていたのは申し訳ありませんでした。けれどもそれは、事件解決のためではなく、灯夜君のお父さんが灯夜君に接触したときにすぐに助け出すためだったのですよ。勿論、緊急事態のときしかその機能は使っていません」
信悟と霧島が言った言葉はあまりにも単純で、単純すぎて灯夜には理解が出来なかった。
「ねえ、なんで? 俺、わかんない。だって、事件解決できた方が良かったはずでしょ? 父さんが好き勝手して、
そう言った灯夜に、まだ怒ったままの顔で言った律花の言葉は、更に単純すぎるものだった。
「そんなの、灯夜のことが好きだからに決まってるじゃない!」
「好き、だから……?」
「そうよ! 好きだから危険な目に合って欲しくなかった! 好きだから
律花の言った言葉は、決して難しいものではなかった。けれども、簡単に納得できるものでもなかった。
だって灯夜にとって、好きという感情は役目を果たすことで初めて与えらるものだったから。
勉強ができなければ価値が無いと育てられた。望む言葉を言わなければ罵倒され、時には暴力を振るわれる日々を送ってきた。
だから相手の望む役割を果たせなくなった時点で相手にとって自分は価値のない存在になる。そう思って生きてきた。
けれども律花は、律花が灯夜を好きだからこそ役割を果たせなくてもいいと言った。灯夜の生きてきた世界をひっくり返すような言葉が、灯夜は飲み込めなかった。
「意味わかんない。そもそも好きになってもらえる理由もないし。俺、記憶を失う前ってろくな奴じゃなかったよね?」
「大地のことで誰も助けてくれないと思ってたとき、灯夜が助けてくれたわ! だから好きになったの!」
「でも、結局そうなったのも俺がきっかけで、その解決のために律花を利用しただけで……」
「灯夜が何を考えてたかなんて関係ないの! だって私は嬉しかったもの! それは紛れもない事実よ! それに、それだけじゃないわ!」
そう言って、律花は灯夜の手を握る。
「灯夜と一緒にいて、もっと好きになっちゃった! 私が相談したら自分のことみたいに考えて調べてくれる、優しくて真面目なところが好き! 危険なことするのは嫌だけど、皆を守ろうとする正義感の強いところも好き! 私が突っ走ったら後ろでフォローしてくれる冷静なところも好き! 好きなの! 大好きなの!」
まっすぐな曇りのない目で律花は灯夜を見た。
その目を見ていると、どうしても期待してしまう。律花は純粋に自分の幸せを願ってくれているのだと。その想いを貰うために灯夜は何もしなくてもいいのだと。
けれども、同時にノイズが混じる。そしてどうしても、失望と怒りの混じった目で自分を見る律花の姿が重なってしまう。
どちらが本当の律花かわからなくなって、灯夜は思わず目を逸らした。
けれども律花は灯夜の頬に触れ、逃がさないと灯夜と視線を交わらせた。
「もし灯夜の中に、不安なことがあるならなんでも言って」
「……っ。別に……」
「好きだから、知りたいの。灯夜が不安に思ってること、ちゃんと解消したいわ」
そう言われても、怖かった。また失望するのではと怖かった。
けれども律花の目が、もう一度だけ信じていいのだという気持ちにさせてくれた。
「信じてくれなかった。律花も、皆も、俺が裏切り者だって、父さんの言葉を信じた。だから、律花の好き、信じるの、怖い」
震える声で、なんとかそれだけを言った。けれども律花の目を見続けることはできなくて、思わず腕で目を隠した。
そして言ってしまえば、後悔ばかりが灯夜の中に溢れかえってしまった。
「違う。律花は悪くない。元はといえば、俺の普段の行いが悪かったから。だから信じられなくて当然で……」
「それとこれとは別よ。灯夜がどうだったかは関係ない。私が信じられなかったのは事実よ。だから、あの時灯夜を信じることができなくて、ごめんなさい」
その言葉に、灯夜は恐る恐る腕の隙間から律花を見た。律花は真剣な顔で、灯夜に頭を下げていた。そんな真剣すぎる律花の姿に、灯夜は逆に慌ててしまった。
「いや、別に、そこまで……」
気にしなくていい。そう言おうとしたけれども、律花は何かを決心したように顔をあげた。
「そうよね。言葉だけじゃ足りないわよね。だから行動で示すわ! でも行動って何を……。とりあえず、灯夜が信じられるまで、何度も好きって言うわ! それでどう⁉」
真面目な顔で、けれども口から出たのは単純すぎる提案で、灯夜がぐちゃぐちゃと考えていること自体が、なんだか馬鹿らしく感じてしまった。
「いや、別にそこまでは、大丈……」
「勿論、灯夜が嫌ならやらないわ! だから嫌なら正直に言って! だってこれから、長い時間を一緒に過ごしていくのよ? だから嫌なことはちゃんと知りたいの!」
そんな律花の言葉に、灯夜はどうしてか、力が抜けていく気がした。
律花の言葉を信じたくなった。そして信じれば信じるほど、どれだけ自分の行動が律花を傷付けて来たのか、ようやく理解し始めた。
そして、理解し始めたからこそ、それでも尚、長い時間を一緒に過ごすと曇りのない目で言ってくれた律花の言葉が、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
「嫌、じゃ、ない。全然嫌じゃない。寧ろ、嬉し……」
「なら決まりね! 勿論、言葉だけじゃなくて行動も考えるから! 他にも灯夜が望むことがあれば何でも言って!」
「ううん。もう、何も……」
そう言いかけて、けれどもどうしても、あの日のことを思い出して不安になってしまう自分がいた。
だから灯夜は縋るように律花を見て、そして手を伸ばした。
「律花、お願い、俺を信じさせて」
「勿論よ!」
灯夜が初めて助けを求めた言葉に、律花は嬉しそうに笑った。