インデリブル・ハート - 嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました   作:夢見戸イル

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16.血の繋がりと親と子

 好きだから、生きて欲しかった。好きだから、幸せになって欲しかった。世界はそんな単純なものであると知ってしまったからこそ、灯夜はようやく、信悟や霧島が自分に望んでいたことを理解した。

 理解して、心が痛くなった。信じることが怖かったのは事実だ。けれども周りから貰っていた愛情を、信じられなかったということもまた、事実なのだ。

 

「先生も、霧島さんも、ごめんなさい。2人の気持ち、踏みにじっちゃった、んだよね?」

「そうだな。おまえのこと大切に思ってるからこそ、こんなことになって悲しかった」

「うん。ごめんなさい……」

 

 そう言った灯夜の頭を、信悟は優しく撫でた。

 

「俺の方こそ、信じさせてやれなくて悪かったな」

「違う。先生は、俺の中学のときからずっと、俺のこと気にかけてくれて、なのに俺、信じられなかった」

 

 祖父である雪雄が死んでから、人殺しの自分が誰かと関わる資格なんてあるとは思えなくて、1人になろうとした。きつい言葉を並べれば、簡単に皆、離れていった。

 けれども信悟だけは違った。何度拒絶しても、何度最低なことを言っても離れなかった。初めて会った、壊れない愛情をくれた人のはずだった。

 

 それなのに、信じられなかった。渡してくれた愛情の全てが理由あってのものなのだと勝手に決めつけていた。

 

「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

 

 謝って、それでも信じなかったという事実は消えなかった。そんな事実が痛かった。

 けれども信悟は、灯夜を撫でる手を止めなかった。

  

「信じられないほど、何度も裏切られてきたんだろ? 信じることが怖くなっても当然だ。そして俺は、そんなおまえのことを分かってやれてるつもりだった。でも、全然わかってやれてなかったんだな」

 

 信悟はそう言って、困ったように眉を下げながら、灯夜に微笑みかけた。

 

「おまえの先生として、教えておきたいことがある。大人でも、こうなんだ。自分の子供と変わんねえガキの考えてることですら、わかりきれねえで失敗する。だから俺の信頼できる人にも頼ったつもりだったが、それでも失敗した。大人は、おまえが思ってるより馬鹿なんだ。だからこそ、教えて欲しいと思ってる。おまえの不安に思ってること全部。おまえの不安が消えるように、何度も何度も説明してやるから」

「うん。わかった。これからはちゃんと聞く。先生、いつもありがと」

 

 灯夜がそう言えば、信悟は声を出して笑った。

 

「まさかあのクソ生意気なガキに、こんな素直なお礼を言われる日が来るとはなあ」

 

 そう言いながら信悟は笑って、そして泣いていた。

 

 

 

 それから数日、リハビリをして、なんとか最低限の生活はできるようになっていた。1週間も目を覚まさなかったから、体力も落ちてすぐ疲れてしまうけれども、それでももうすぐ退院できる、そう医者に言われるまで体は回復していた。

 毎日誰かがお見舞いに来た。何をしたかなんて関係なく自分は愛されていた。そう理解したからこそ、それを証明する今の状況が、温かくてくすぐったかった。

 

 その日は、明希が1人でお見舞いに来ていた。調子を聞かれて、学校のことを少し話してくれる。それがいつもの流れだった。

 けれどもその日は明希に頼みたいことがあった。だから明希が帰ろうとした時、灯夜は明希を呼び止めた。

 

「明希に頼みたいことがある」

「……何?」

「俺、母さんと会って、ちゃんと話そうと思う。だから、母さんが都合のいい日、聞いてきて欲しい。母さんが迷惑そうにしてたら、無理にしなくていいけど」

 

 灯夜がそう言えば、明希は小さくため息を付いた。

 

「今から話せば? 呼んでくるから」

「えっ……?」

「言っとくけど私がお見舞いに来てるときは、ずっとママも病院にいる。だけど会えば馬鹿兄を混乱させるって、ずっとロビーで待ってる。馬鹿兄が知らないだけで、ずっとずっと、ママは馬鹿兄のこと、待ってた」

 

 そんなことを言われて、心の準備が、なんて言えなかった。

 

「……わかった。今、会う」

 

 震える声でそう言えば、明希は呼んでくると言って廊下に消えた。

 

 明希の言う通り、依里はすぐに灯夜の病室に来た。依里は灯夜を見て、優しく微笑んだ。けれども目は少しだけ潤んでいて、必死にそれを耐えているようにも見えた。

 

「あの……」

「なあに?」

「俺はまだあなたのこと、母さんって呼んでいいですか?」

 

 まだ、自信はなかった。だって記憶を取り戻したところで、母親に酷い言葉を投げつけた記憶しかないのだから。

 

「……っ。勿論よ。私にとって、灯夜はずっと、ずっと、私の大切で可愛い息子。離れても、気持ちだけは変わらなかった」

「……そっか」

 

 それでもまだ、2人の間に距離はあった。きっと自分が何度も拒絶したから、待っていてくれているのだろう。だから自分から行かなければと、灯夜は立ち上がった。

 けれども立ち上がった瞬間、依里は灯夜に駆け寄って、そして灯夜をベッドに座らせた。

 

 ただそれだけだった。何も依里は言わなかった。ただ依里は、ずっと灯夜を待っていた。

 だからこそ言わなければと思った。自分が思っている不安を、子供の頃からずっと消えなかった不安を、伝えなければと思った。

 

「母さん」

「どうしたの?」

「どうして俺のこと、そこまで大切に思ってくれるの? 俺、母さんに酷いことした父さんやじいちゃんに似てる、嫌な子だよ」

 

 ずっと思っていたことだった。だって子供の頃、ずっと言われてきたことだったから。

 おまえは間違いなく、新城家の血を引く子供だと。優秀だとか子供のわりに冷静に物事を見て判断できるとか、散々そんなことを言われたけれども、そんなことはどうでも良かった。

 

 新城家の血を継ぐ者は、親戚を含め誰もが依里や明希を罵倒し、傷付けた。雪雄の1人息子である零一ですら無能であるとわかれば切り捨て、いないものとして扱った。そんな零一もまた、依里や明希を傷付ける存在となった。

 だから自分もいつかそんな存在になる。そう思うと怖かった。

 

「一緒にいると、絶対に母さんのこと、傷付けちゃう。だって俺、新城家の血を引く子供だよ? だから母さんは、俺の傍にいないほうが絶対にいいよ」

「私は、そんなことないと思うわ。だって、私や明希を傷付けようとした人たちは、私たちがどれだけ傷ついても、灯夜みたいに心を痛めなかった。けれども灯夜は違う。誰かを守るために言った言葉ですら、こんなにも傷付いてる。傷付いて、そんなことをしたくないと思える。だから灯夜は、私たちを傷付けた人と同じにはならないわ」

 

 確かにそうなのかもしれない。だって依里や明希を傷付けた人たちは、誰かを傷付けることを当然のことのように言っていたのだから。

 けれどもまだ、不安は消えなかった。

 

「でも俺、父さんみたいに感情的になって、手をあげちゃう子だよ。母さんも見たでしょ? 俺が感情的になって、それで明希を突き飛ばした。ちょっと前もね、優しくしてくれたはずの律花を突き飛ばしたんだ。だから俺は、父さんに似てる。父さんに似て、色んな人傷付けちゃう。だから、俺は……」

「灯夜、聞いて。確かに灯夜は、私とお父さんの子供。だからお父さんに似ていることもあるかもしれない。感情的になって体が動いてしまうことは、確かに直していかないといけないことよ。でもね、お父さんに似ているのって、悪いことだけじゃないのよ」

 

 そう言って、依里は灯夜の頬に愛おしそうに触れた。依里を沢山傷つけた父親に似ているはずの灯夜を、心から愛しているかのように触れた。

 

「零一さんは犯罪者で、大切な私の子供たちを沢山傷付けた人。だから、こんなことを言うと怒られるかもしれない。だけどね、私はね、出会ったときはあの人のこと、心の底から好きだったのよ」

「好き、だった……?」

「そうよ。私ね、昔、職場で虐められてたの。嫌なこと沢山言われて、時には酷いことをされて、それなのに逃げる勇気もなくて、ただ泣くだけで何もしなかった。だけどね、そんな私のことを助けてくれたのが、零一さんだったのよ。情けないと文句を言いながらも、上司に掛け合ってくれて、それでも嫌がらせは止まらなくて、それなら自分と結婚して仕事を辞めればいい、なんて言ってプロポーズまでしてくれて。……灯夜もそうだったわね。子供たちが辛い思いをしていることを知りながら、虐められた記憶を理由にして働いて外に出る勇気もなかった。そんな私の背中を押してくれたのが、灯夜だったわよね」

「……だって、そうじゃないと、母さんはずっと父さんから逃げられないって思って」

 

 灯夜の言葉に、依里はゆっくりと灯夜の背中に手を伸ばし、抱きしめた。

 

「ほら、お父さんとそっくり。だけど、全部自分が悪いって思って塞ぎ込んでしまうのは、私に似てしまったのね。傷ついて、人と関わることも怖くなって、閉じこもって。でもね、だから言えるの。灯夜は大丈夫だって。灯夜はお父さんともお母さんとも違う人生を歩む。だって2人の子供だから。2人の良いところも悪いところも混ざり合って、灯夜になってるから。だから灯夜は、お父さんともお母さんとも違う、この世に1人しかいない存在になったのよ。お父さんと同じにはならない。勿論お母さんと同じにもならない。だから、大丈夫」

 

 依里の言葉に、今まで積み上げてきたものが音を立てて崩れた。

 

 ずっと、自分は父さんに似ている気がして、存在自体が駄目なのだと思って生きていた。だから、父さんと一緒に早くいなくなった方がいいのだと思って、ずっとずっと生きていた。

 けれども違った。自分は確かに父さんと母さんの子供で、2人の血を確かに引き継いで、それでも生きていて良かったのだ。

 

 そのことに、ようやく気付いた。

 ああ先生が言ったみたいに、早く母さんに聞けば良かった。いや違う。今までの自分なら、聞いてもきっと、そんなことないと言葉を受け取れなかった。きっとそこが、ダメだったんだな。

 

「母さん、ごめんなさい。沢山傷付けてごめんなさい。ずっとずっと、ほんとの思い、言わなくてごめんなさい」

 

 謝りながらも、灯夜は依里を受け入れるように、依里の背中に手を回した。

 

「俺のこと、助けて……」

 

 そう言って、灯夜は泣いた。依里に何もかも身を委ねるように泣いた。まるで幼い子供のように、流れる涙を止めようともしないで、ただ溢れ出るままに泣いた。

 

 

 

 灯夜が退院する日、灯夜は明希や依里と一緒に零一が眠る病室に入った。1枚の紙を持って。

 零一の体は、頭に思い描いていたよりも小さかった。小さくて、細くて、想像以上に老けていた。

 

「念のため、お兄ちゃんが元気になるまで待ってた。一番長く一緒に過ごしてたの、お兄ちゃんだったから。会いたくないって言うなら、とっととその書類にサインするつもりだったけど」

「……うん。ありがと」

 

 灯夜の手にあったのは、零一をどうするか決めるための同意書だった。

 将来の技術に駆けて延命治療をするか、治療せずに死とするか。そして将来の技術はもう、確立する寸前だった。

 

 零一のことは、大嫌いなはずだった。大切な母親と妹を酷い目に合わせ、気に入らなければ感情的になって暴力をふるう。そんな大嫌いな父親。

 

 けれども、弱った姿を見ると、どうしても思い出してしまうのは違うことだった。

 

『灯夜。おじいちゃんに勉強ばかりさせられて疲れただろう。今日はおじいちゃんは遅くまで帰って来ないから、少しテレビでも見て、お菓子を食べよう。灯夜なら、少しぐらい休憩しても簡単に課題はこなせるはずだ』

 

 幼い頃、零一はそう言って灯夜の頭を撫でてくれた。灯夜が成長するにつれ、いつの間にかその時間は祖父の悪口を聞く時間に変わり、そして零一の機嫌を取る時間に変わったけれども。

 けれども確かに、そんな思い出もあったのだ。

 

 どうしてこんな結末になったのか。全員が幸せになれる未来はなかったのか。考えてしまうのはそんなこと。

 けれども、考えてしまうだけで、どうしても魔道具を使ってまで生きて欲しいとは思えなかった。

 

「……ありがと。もう十分」

「じゃあ、その書類貸して。私がサインするから。馬鹿兄は、こんなクソみたいな父親なことでも絶対に気に病むのわかってるから」

 

 そう言って、明希は書類に手を伸ばそうとした。けれどもそうはさせないと、灯夜は持っていた書類を明希から逸らす。

 

「大丈夫。俺がする。命の責任を負うって、想像以上に苦しいよ」

 

 祖父のことを死ねばいいと願ったから、目の前で悪魔(マリス)に喰われそうになる零一に何もできなかったから、だからこそわかるのだ。どれだけその相手を憎んでいても、その決断をくだしたという事実は一生心に残るのだ。

 それならば、その傷を負うのは自分1人でいい。そう思ってしまうのだ。

 

「大丈夫。これでも俺、明希のお兄ちゃんだから。だからこれぐらい、俺がする」

「でも……!」

「明希。お兄ちゃんは言い始めたら聞かないから、諦めなさい」

 

 と、後ろで2人の会話を聞いていた依里が、そう言いながらも灯夜の持っていた紙を取った。そして零一が眠るベッドの机の上に置いてあったペンを取る。

 

「待って、母さん。母さんは父さんと離婚してるから、この書類にサインはできな……」

「わかってるわ。私はこの人とはもう他人で、同意できる立場にないことも。だけど、私はあなたたちの母親という立場でもある。だから……」

 

 そう言って、依里は灯夜の手を引っ張り、無理矢理書類に向き合わせた。そして後ろから抱きしめるように灯夜の手を取り、そしてペンを握らせた。

 

「灯夜が今からやるサインは、私に言われたからやったの。私にそうしなさいと言われたから、灯夜は子供だから、親の言いなりにならなきゃいけなかっただけ。だから灯夜は何も背負わなくていい。わかった?」

「えっ……、えっと……」

 

 灯夜は改めて同意書と向き合った。けれどもその同意書に書かれた文字を、依里は灯夜にペンを握らせた手と反対の手で隠した。

 

「灯夜。ここにサインしなさい。何も考えずに」

「わかっ、た」

 

 本当は何が書いているかなんて知っていた。だって一度医師から説明を受け、読んだのだから。

 けれども今は、何も見えなかった。何の書類かもわからない。そんな紙に、灯夜はサインをした。ペンを握らされた手に、依里の手が添えられたままサインをした。

 

 サインをしたことを確認すると、依里は灯夜からその紙を無理矢理取り上げた。そして後ろで見ていた医師に渡した。

 

「これで、お願いします」

「わかりました。確かに、受け取りました」

 

 医師もそれだけを言って紙を受け取った。それで終わった。何も考える間もなく、終わった。

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