嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました   作:夢見戸イル

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3.夢と灯夜の過去

 それから、灯夜は律花と一緒にスマホの設定をして、食事をし、風呂に入り、律花の部屋でぼんやりとスマホを眺めていた。

 スマホに映るのは、律花と先程一緒に撮ったツーショット。スマホの中の律花は満面の笑みで、けれども灯夜の心は晴れなかった。

 

 と、部屋の扉が開いた。

 

「お待たせ」

 

 そう言って入って来たのは、風呂上りの律花だった。

 頬は少し上気して、しかもパジャマ姿という無防備な姿。しかもそのまま隣に座るものだから、ふわりとシャンプーの香りが灯夜の鼻に届いた。

 一般的な高校生男子なら、誰もが見たがる彼女の姿。けれども同時に、別の薄暗い感情が灯夜の心に溢れ出す。

 

「ねえ」

「なあに?」

「隣にいるの、俺でいいの?」

 

 律花は綺麗だった。見た目だけじゃない。真っ暗闇の中でどこに行けばいいかわからなかった自分に道を作り、こっちにおいでと行先を示してくれた美しすぎる花だった。

 だからこそ不安になった。今の自分が隣にいていいのだろうかと。

 

「……灯夜は、私の恋人よ。嫌なわけないじゃない」

「でも、違うんでしょ? 記憶を失う前の俺と、全然……。律花にとって、今の俺は……」

 

 そう言った瞬間、灯夜は律花に抱きしめられた。

 

「違ってもいいの! 違ってもいいから……。だから、そんなこと言わないで……」

 

 そう言った律花の体は震えていた。それは自分という存在そのものが失うことを恐れているようで、嬉しくもあり申し訳なくもなった。

 早く思い出したいのに、思い出そうとしても頭の中は空っぽだった。いや違う。正確には、思い出そうとしたら頭の中にエラーが出てフリーズしたように、思考が動かなくなった。

 

「ありがと。俺、なんとか記憶思い出すように頑張るから」

 

 なんとかそれだけ言ったけれども、律花の震えは止まらなかった。寧ろ灯夜に縋るように、強く灯夜を抱きしめた。

 

「頑張らないで」

「えっ……?」

「お願いだから、何も頑張らないで。お願い。お願いよ……」

 

 どうしてそこまで言うのだろうか。灯夜は律花がそこまで言う意味がわからなかった。

 恋人同士なら、いつかは思い出して欲しいと願う方が自然な感情ではないのだろうか。それなのに、どうして……。

 

 そこまで考えた所で、灯夜の思考は止まった。律花が潤んだ目で、灯夜を見つめ始めたのだ。

 

「やっぱり、一緒に寝ましょう?」

「へ?」

「灯夜と離れたくないの。だから私、考えたわ。このまま一緒に寝てしまえばいいのよ。お父さんも灯夜を起こして連れて行くまではしないわ。それにちゃんと普通に寝てたら、お父さんも大丈夫だって安心してくれるわよ。だから……」

 

 そう言いながら律花は更に灯夜に体を密着させる。その瞬間、とあることに気が付いてしまった。

 自分の自宅のお風呂上り。だからこそ、律花自身何も考えていなかったのかもしれない。ただ、密着された時の胸の柔らかさは、どう考えても以前抱きしめられた時に()()()()()()()()がなかった。

 

「いや、あの……。律花さん……?」

「灯夜、ダメ……?」

「いや、その、流石に……」

 

 ここは彼女の実家。律花のお父さんもいるし、夜は一緒に寝ないと約束したばかりなのだ。そう思って必死に拒否しようとするが、心の奥底はぐらついていた。

 

 と、突然ノックの音がした。その音に、慌てて灯夜は律化の体を離し、思わずその場に正座する。

 

 入って来たのは信悟だった。

 

「灯夜。そろそろ俺の部屋に来い。良い子は寝る時間だ」

「そ、そうですね! 律花、おやすみ!」

 

 助かった。そう思いながら、灯夜は慌てて律花の部屋から逃げ出した。

 

 

 

 信悟の部屋は、本で溢れていた。そのどれもが魔数式に関するもの。その背表紙がどうしてか懐かしくて、けれども勝手に触れるわけにもいかず、灯夜はぼんやりと本棚を眺めていた。

 そんな灯夜を見て、信悟は口を開いた。

 

「ここにあるものは好きに読んでもいいからな」

「えっ、いいの?」

「まっ、おまえにとっては簡単すぎてつまらんかもしれんがな。ただ、今日はもう寝ろ。慣れない環境で疲れてるはずだ」

「簡単……? えっと、とりあえず、時間のある時にお借りします」

 

 そう言って、灯夜は床に敷かれた布団の中に潜った。

 けれどもすぐに眠れたわけではなかった。病院にいた時は、たまにどこかの病室で鳴るナースコールと看護師の足音が、誰かが見守ってくれている気がして安心した。

 けれども今聞こえるのは、信悟の静かな寝息と、外を走る車のエンジン音、そして時計の秒針が出す規則的な音。目を開ければぼんやりと見える廊下へ続く扉と床にある隙間が、簡単に侵入を許しそうな気がして怖くなった。

 理由もない不安な感情が溢れてきて、体を丸めて布団にくるまった。

 

 再び目を開けると、灯夜はいつの間にか真っ暗な闇の中に立っていた。目の前には扉が1つ。その扉は、隙間1つなく完全に閉じられていた。

 なんとなく、灯夜はその扉から逃げなければいけない気がした。けれども鍵がかかっているのか、扉は押しても引いても開かなかった。

 焦りと恐怖で頭がいっぱいになって、けれどもどうにもできなくて、そんな時、背後から声がした。

 

『ワア、スゴク、オイシソウ』

 

 その瞬間、灯夜は布団を跳ねのけ飛び起きた。冷たい汗が、背中に、額にまとわりついて気持ち悪い。

 夢を見ていたのだろうか。目は覚めたのに感じた恐怖は消えなくて、息ができなくなる。頭の中がぐちゃぐちゃで、ノイズがかかったようにぼんやりして、それなのに呼吸だけが荒くなって止まらなかった。

 

「灯夜、大丈夫か!」

 

 突然聞こえた信悟の声に、ほんの少しだけ息ができた。信悟は灯夜の頭を自分の肩に乗せ、優しく灯夜の背中をさする。

 

「ほら、ゆっくり息を吐け。ゆっくりだ」

 

 その言葉のまま何度か息を吐くと、ようやく思考だけは動くようになっていた。けれども動くようになったからこそ、信悟を夜中に起こしてしまったことに申し訳なくなる。

 

「あの、ちょっと、変な夢、見ただけで、だから、大丈夫……」

「どんな夢を見た」

「わかん、ない。ただ、真っ暗なとこ、閉じ込め、られて、扉、開かなくて、そしたら、美味しそうって、声が……」

 

 灯夜の言葉に、信悟が灯夜をさする手がピタリと止まった。少しして、静かに息を吐く音だけが部屋に響いた。

 

「安心しろ。ただの夢だ。まあでも、そうだな。電気でも付けて寝るか」

「いや、でも、先生の、寝る邪魔に……」

 

 灯夜が断ろうとすれば、信悟はぽんと灯夜の頭に触れた。

 

「大人に気なんか遣うな。おまえも説明受けただろ。悪い夢見んのも、魂喰われた後遺症でよくあることだ。時間経てば見なくもなる」

「でも……」

「まだ退院した初日だ。余計なこと考えずに、辛いって喚いて我儘言って甘えろ」

「あ、ありがとう……、ございます……」

 

 信悟の声を聞いているうちに、灯夜も普通に呼吸ができるようになった。そして同時に、こんな情けない姿を律花に見せなくて良かったとも思った。

 ああでももしかしたら、信悟経由で律花にバレてしまうのではないだろうか。そう思うと、不安になった。

 

「あの……」

「なんだ」

「律花には、言わないでください……」

 

 灯夜の願いを、信悟はすぐにわかったと言わなかった。ただ少しの間の後、信悟はゆっくり口を開いた。

 

「わかった。律花()()言わねえ」

「……っ。あの、できれば他の人にも……」

「約束はできねえ。あんま眠れねえようなら、病院連れてって医者には話す。……睡眠薬飲まねえと眠れねえやつなんて沢山いんだよ。特に魂喰われたやつはな」

 

 信悟の言葉に、それならいいかと灯夜は思った。それに眠れなくても睡眠薬があればなんとかなる。そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。

 

「……わかった」

「なら、もう寝ろ。ほら、布団に入って」

 

 言われるまま灯夜が布団に入っても、信悟は灯夜のそばから離れなかった。

 先生ももう寝て。そう言おうとしたけれども、幼い子供をあやすように頭を撫でられると、瞼が重くなって、そのまま眠りに落ちた。

 

 

 

 灯夜が再び眠った後も、信悟は暫く灯夜のそばで灯夜の寝顔を見つめていた。

 恐らく灯夜が見た夢は、記憶を無くす前、悪魔《マリス》に魂を喰われた時のことが夢となって現れたもののだろう。律花や大地から聞いた話から、状況は簡単に想像が付いた。

 

 あれから、灯夜の父親である新城零一は捕まっていない。目撃情報が1つも無いことを考えると、悪魔《マリス》の力を借りて逃げているのだろう。公にはなっていないが、理性を持つ悪魔(マリス)がいることも律花から聞いていて、その謎もまだ解明されていない。

 そして一番手掛かりを知っているであろう灯夜の記憶が戻ることは、この事件に関わる多くの人が望んでいた。

 

 信悟自身も、灯夜の記憶が戻って欲しいという気持ちが強い。大切な娘と息子を危険な目に合わせた手掛かりがわかるかもしれないのだ。それを望むのは、親として当然のことだろう。

 けれども不安な環境であればあるほど、記憶は固く閉ざされる。だから灯夜の安心できる環境に置いて、思い出しても良いと脳が判断できるような状況にしたかった。

 

 律花と灯夜が記憶を失う前から恋人同士でないことも、信悟はなんとなく気付いていた。

 ただ、律花が灯夜のことを好きなのは事実だろう。そして嘘から始まった関係だとしても、灯夜の安心材料になっていることは間違いなかった。だからこそ、2人の関係に何かを言うつもりはなかった。

 

 けれども同時に迷いもあった。律花の話を聞く限り、新城零一は大地たちを絶望に落としたうえで喰わせようとしていたのだろう。そして灯夜は大地たちの代わりに絶望させられ、記憶を失い、結果として悪魔が少ししか魂を食べなかったのだとしたら、辻褄はあった。

 つまり今自分が望んでいることは、灯夜が絶望したときの記憶を再び思い出して欲しいということ。信悟は中学時代の灯夜のことを知っていからこそ、元担任という立場としては記憶を忘れたまま幸せに生きて欲しいと望んでしまう。

 

 灯夜が中学の時、注意深く見る必要がある生徒として教員間で共有されていた。

 小学5年生で起こった両親の離婚、小学校6年生で起こった灯夜の祖父であり新城カンパニーの元会長である新城(しんじょう)雪雄(ゆきお)の死亡。

 雪雄は灯夜と同居しており、灯夜の全てを管理していたというから、灯夜の心理状態に何かしらの影響があったのは間違いなかった。

 

 それを証明するように、灯夜は授業をサボるようになった。受験予定だった中学の入試試験すらサボり、信悟が勤める公立の中学校に入学した。

 

 祖父の遺産で、生活だけは問題無かったようだった。けれども中学に入っても尚、灯夜の行動は改善されなかった。

 

 それでも、学校にだけは必ず来ていた。だから信悟がサボっている灯夜を探しに行くと、人気のない校舎の裏で、灯夜は1人魔数式を描いていた。

 

『こんなとこで何をしているんだ?』

 

 信悟はなるべく優しく声をかけたつもりだった。けれども灯夜はどうしてか自分の腕を強く掴みながら、威嚇するように信悟を睨んだ。

 

『あんたには関係ないだろ』

『別に怒らねえよ。サボりたい時もあんだろ。それより、ちょっとお話でもしよや。色々思ってることでもあるんじゃないのか?』

『何もない。俺に近付くな』

 

 大丈夫だと頭を撫でようとしたら、灯夜は体を強張らせ、ぎゅっと目を閉じた。その時は、自分に怒られると勘違いしたからと思っていた。

 けれども違ったのだろう。この頃は既に、父親に暴力を振るわれていたのかもしれない。

 

 それを証明するように、三者面談の時の灯夜だけは大人しかった。いや、今思えば大人しいというだけでは済まない程、父親である零一の隣で、灯夜は人形のようにただ座っていた。零一もまた、信悟の前では子を思う良い父親に見えた。

 あの時、父親の隣だから落ち着いているのかと勘違いした自分を、信悟は殴りたくなる。

 

 あの時の自分は、学校でも安心できる場所を作ってあげたいと思っていた。だから授業をサボる灯夜に補習という理由をつけて、放課後一緒にいる時間を増やした。灯夜は天才で、中学を卒業するまでに、ほぼ独学で高校の範囲まで勉強し尽くしてしまった。

 魔数式に関して言えば、中学の時点で大人顔負けの知識を持っていただろう。魔数式だけは専門だったこともあり灯夜の会話に付いていくことができたが、魔数式のことを話す灯夜の目は少しだけ楽しそうで、自分には心を開いてくれている、そう勝手に思っていた。

 

 まさかこんな事になっているなんて、思いもしなかった。陸天堂学園でも授業をサボっていることはとあるルートから聞いて知っていたけれども、徐々に居場所はできつつある、そう聞いて勝手に安心していた。

 

 けれども灯夜は、父親の操り人形のフリをしながら、律花に情報を流し父親の起こした事件を解決に導こうと動いていた。

 猪突猛進すぎる律花の行動までは読めなかったかもしれないが、適切な方法とタイミングで警察まで呼び、結果として全員を助けた。

 否、全員とは違うかもしれない。自分を悪役にして、最後には魂を喰われてまで、自分以外の全員を助けた。

 

 どうして灯夜が魂を喰われることになったのか、信悟も詳しくはわからない。ただ、記憶を失った後の灯夜は想像以上に遠慮がちで、相手の顔色をうかがい、過剰なほどに相手を気遣おうとする子供だった。

 記憶を失う前の灯夜を知らない人なら、今の灯夜を見てこう言うだろう。優しくて相手のことを気遣える良い子ですねと。けれども良い子過ぎるのもまた、良くないのだ。

 

「ガキってのは、大人のふりをしたがるもんだ。でも、力を過信し過ぎてツメが甘くて怒られる、その程度が丁度いいんだ。ガキがやんなくてもいい経験して、本当の大人になんかならなくていい」

 

 信悟は眠っている灯夜にそう言って、灯夜の頭を優しく撫でた。

 

 

 

 灯夜が再び眠りについてから、一度も目を覚ますことなく朝が来た。それから足りないものを買いに行って、律花と一緒に月曜日からの学校の支度をしていた。

 と、律花が何かを思い出したように、灯夜に尋ねた。

 

「そういえば、灯夜は滑走靴(ゼロ・フリクション)の使い方は覚えてる?」

滑走靴(ゼロ・フリクション)……? えっと、多分……」

 

 滑走靴(ゼロ・フリクション)とは、魔道具の1種で靴に浮遊に関する魔数式が含まれたものだった。

 主にスケート型とボード型があり、スイッチを入れると地面から足が浮き上がって、地面を滑るように移動することができる。

 

「お父さんがね、灯夜が持ってるのはボード型で使うのが難しいし、独自の魔数式も組み込まれているみたいで、念のため練習しておいた方がいいんじゃないかって」

「そうなんだ。とりあえず、どんな式が埋め込まれてるか見てみようかな」

 

 灯夜は専用のライトを律花から借り、玄関に行って靴を照らした。すると靴に、いくつもの式が浮かび上がる。

 

 この魔数式を、どんな大きさでどこに書き込むかで、スピード、バランスのような調整ができる。勿論滑走靴(ゼロ・フリクション)を買う時に最初に付いている魔数式だけでも十分に利用できるため、そのまま利用することが一般的だ。

 けれども魔工学に詳しい者であれば独自に魔数式を付け足すこととができるため、自分用にアレンジする人もいた。

 

「なにこれ、凄い……」

 

 と、隣で見ていた律花が目を輝かせて灯夜の魔工靴を見た。

 

「凄い! 凄いわ、灯夜! こんなに書き込んでるの、初めて見たもの!」

「そうなの……? そんな難しいこと書いてるわけじゃなさそうだけど……」

「そんなことないわよ! 少しでも狂ったらまっすぐ進まなくなるんだから! それなのにここまで書き込んで、それを使っていたのでしょう? この靴で滑っているところ、見てみたいわ! さっそく家の前の道路で使ってみましょう!」

 

 笑顔でそう言った律花に、灯夜の心の奥はざわついた。

 どうして付き合っていたのに、自分が滑走靴(ゼロ・フリクション)で滑っている姿を今まで見たことないような口ぶりで感動しているのだろうか。けれども灯夜はその疑問を口に出せなかった。

 だって記憶を無くす前のことを聞けば、毎回困った顔を見せるから。それなのに何度も聞いて、律花を困らせたくなかった。

 

「灯夜……?」

 

 心配そうに灯夜の顔を覗き込む律花に、灯夜はいつも通りを装って立ち上がる。

 

「そうだね。使ってみよう」

 

 そう言って、灯夜は滑走靴(ゼロ・フリクション)を履き、家の外に出た。

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