嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました 作:夢見戸イル
「立ち上がるのが難しそうなら、私が支えるわ。だから安心して」
そう言って、律花は灯夜に手を伸ばした。
けれども浮き上がってからの感覚が、直感的に大丈夫だと灯夜に教えてくれた。
「ありがとう。でも、大丈夫」
そう言って立ち上がり、軽く前に体重をかける。するとエンジンがかかったように、前に進み始めた。
後ろから、スケート型の
「凄いわね! 最初は上手く立ち上がれない人も多いのに!」
「体が覚えてた」
そう言いながら再び前に体重をかけると、
その後の着地も安定していた。こんなものかと今度は右側の後ろ1点に体重をかけると、そこを軸にしてボードは回転し、律花の方を向いた。
瞬間目に入ったのは、慌てた顔をした律花の姿だった。
「ちょ、ちょっと待って! 私、止まる準備してな……」
減速できないまま灯夜に真正面からぶつかりそうになる律花を少しだけ横に避け、そのまま腕と肩を上手く使って受け止める。
「大丈夫……? ごめん、急に方向変えて」
「こちらこそ、ごめんなさい! 灯夜の動きに見とれてた私の責任というかなんというか……」
「とりあえず、怪我はない?」
「え、ええ、大丈夫よ。……ズルいわよ。こんなの」
そう言いながら灯夜の腕に顔をうずめる律花に、灯夜は首を傾げた。あくまで魔数式を使って調整しただけで、ズルはしていないつもりだった。
と、灯夜の目の前にふわりと黒くて丸い塊が現れた。
丸い塊がこちらを向いて、口のようなもので弧を描いた。
「くる、な」
恐怖で、けれども何もできず、体が動かなくなった。そんな灯夜に気付いたのか、律花も後ろを振り向く。
「……っ。
ピンク色の魔力の塊が、いくつか現れ悪魔に向かった。その1つが悪魔に当たり、パキンと音がして黒い塊が下に落ちる。
これが悪魔のコア。これを壊すことで、悪魔は消える。
「灯夜、大丈夫⁉ 何もされてないわよね⁉」
あまりにも悲痛そうな顔でそう言った律花に灯夜は思わず顔を背け、大きく深呼吸をした。
まだ、心臓は煩く鳴っている。けれどもこの動揺を、律花にバレたくなかった。
「……大丈夫。助けてくれて、ありがと。
そう言って、灯夜は律花に顔を背けたまま、ボードを加速した。加速しながら、再び自分のベルトに触れる。
ここに、何かがあった気がした。
そんなことを考えていると、心臓も落ち着いていた。ブレーキのために
「律花。あのさ、俺、記憶失う前、何か武器の魔道具、持ってなかった? 腰に収まる感じの」
「えっ⁉ あー、えっと、灯夜の荷物はお父さんが詳しいから、聞いてみるわ!」
そう言って、律花は慌てて家の中に入って行った。けれども灯夜は家の中に入ることができずに、律花の消えて行ったドアをただ見ていた。
「ねえ、律花。なんでそんなに俺のこと、知らないの?」
付き合ったばかりだとしても、こんなにも知らないことなんてあるだろうか。建物の中は結界を作る魔道具で守られているとはいえ、外を歩けば定期的に
そして律花は昨日、灯夜の記憶が戻らなくてもいいと言った。寧ろ灯夜の記憶が戻らないことを望んでいるようにも見えた。
「俺たち、本当に恋人同士だった?」
その質問を、律花に直接聞く勇気はなかった。聞いて、そして違うと言われたら、もうここにはいられなくなる気がした。
律花と離れたくない。そう願ってしまうほど、灯夜は律花のことを好きになっていた。
灯夜の武器は、信悟が持っていた。
武器は、現代社会で魔力の無い人の大半が持つ
魔工学に関する知識は抜けていないのか、知らない魔数式は無かった。ただこれを使った記憶だけがなく、早くどこかで使ってみたい気持ちがはやった。
灯夜が自分の
「これはおまえに返す。が、あくまで自分を守るために使え。何があっても、自分1人で解決しようとするな。いいな」
「わ、わかった」
「明日からは学校に復帰することになっているが、おまえの状況はおまえの通う学校の先生とも共有してる。もし不安なことがあれば、誰でもいいから頼れ。俺も、家にいる時は聞けるから」
「う、うん」
ここまで信悟が気にかけてくれる理由は、灯夜も理解していた。灯夜の父親である新城零一が起こした事件は、連日報道される大ニュースとなっていたからだ。
子供が次々と失踪する事件を起こしたのは、代々社長という立ち位置で世界的な大企業である新城カンパニーを作り動かしてきた新城家。そして新城零一は親族経営が終わり社長になれなかった人物。そして未だに新城零一は捕まっていない。憶測に憶測を生んで話題が広がるには十分な素材が揃っていた。
そして、事件が解決したのは実の息子の通報がきっかけであることも報道されていた。更にはその息子を暴行していた疑いがあることまで書かれていた。記事に灯夜の名前は書かれていなかったけれども、その息子が灯夜であることは学校社会であれば公然の秘密だろう。
けれども、そのニュースを見ても灯夜は自分がその当事者だとは一向に思えなかった。まるで遠いどこかで起こっているような、そんな感覚だった。そしてそれ以上のことを考えようとしても、頭がフリーズした。
それでも月曜日になれば、自分がその当事者なのだということは、嫌というほど理解した。
学校に近付けば、同じ制服の人たちから向けられる好奇の目。周りからの視線が気持ち悪くて、灯夜は思わず目を伏せた。
「ごめん」
灯夜は隣を歩く律花にそう言った。
「俺と一緒に歩くと、なんか嫌だよね。教室入ったら、行動は別々に……」
「嫌よ」
と、律花は灯夜の腕に自分の腕を絡ませる。
「学校では、私がずっと灯夜の傍にいるって決めたの。それに大丈夫よ。灯夜に何があったかニュースをちゃんと見ているまともな人は皆知っているはずだから、灯夜に興味がある人はいても、悪く思う人はいないはずよ」
そう言った律花の声は2人で話すには幾分か大きくて、灯夜に向けられていた視線がすぐに散らばった。恐る恐る律花を見ると、律花の目は笑っていなくて、灯夜まで怖くなってしまった。
それでも、たった1回の律花の言葉で灯夜への視線がどうにかなるわけではなかった。校内に入ればより集まる視線は、律花が何度散らせても完全に消えることはなかった。
そして教室に入れば、少し騒がしかったはずの教室はシンと静まり返った。
けれどもそんな空気を気にすることなく、律花は灯夜の手を引いた。
「灯夜の席は窓側の一番後ろよ」
律花に引っ張られるまま灯夜が席へと歩き始めれば、教室の後ろにたまって話していた生徒たちは、灯夜を避けるように道をあけた。
自分は好意的に思われていない。それだけはすぐに理解した。灯夜や律花とクラスメイトの間には、明らかに見えない溝があった。
「あ、えっと、律花、ありがと。律花も自分の席に……」
とりあえず律花を自分から離そう。そう思って、律花にそう言ったのと同時だった。律花は灯夜の隣の席に、自分の鞄を置いた。
「ちなみに、私の席はここよ」
「へ……?」
「先生にお願いして、席を替えて貰ったの。灯夜のサポート、必要でしょう?」
律花の言葉に、灯夜は動揺した。
灯夜自身、律花と同じクラスであることは事前に聞いて知っていた。受験時はそれぞれの枠で入学したとはいえ、お互いのことを知る必要があるということで、クラスは成績順に混合となっているらしい。
けれども、隣の席であることまでは聞いていなかった。相変わらずクラスメイトは、少し離れたところで2人を見ている。そんな視線の中心に、律花を置きたくなかった。
「あ、あんま無理しなくていいから。律花だって他の友達と……」
と、静かだった空気に再びざわめきが起こった。そして視線は、灯夜とは別の所に移る。
そしてそれは、灯夜に向けられていたものとは違う、好意的な視線だった。
「あ、明希ちゃん! こっちこっち!」
律花が手を振る先にいたのは東雲明希。1年生の魔工科首席で生徒会役員ということで、誰もが名前と顔を知っていた。
明希は手を振る律花にも表情を変えず、一度お辞儀をしてから灯夜のいる教室に入った。そして、険しい表情のまま灯夜と律花を見た。
「朝比奈先輩、おはようございます。そして、馬鹿兄も。おはよ」
その言葉に、教室のざわめきは困惑に塗り替えられた。
今年の生徒会役員の女子は、誰が一番可愛いか男子生徒の間で定期的に議論される程、人気だった。
明るくて誰にでも平等に手を差し伸べ周りを引っ張っていく朝比奈律花、控えめで臆病だけれども一生懸命なところが守ってあげたくなる宵原紬、クールでミステリアスな雰囲気を持つ東雲明希。そして3人ともが、誰もが認める美少女だった。
だから明希が3年生の教室に来るだけでざわめきが起こることは当然のことだった。
けれども、明希が灯夜の妹だということは、生徒会メンバー以外誰も知らなかった。明希が灯夜の妹と思われることを嫌悪していたこともあり、自らは言わず、生徒会メンバーにも口止めしていた。
だからこそ、明希が灯夜のことを
「兄妹……? でも、苗字が……」
「でも、よく見たら目元似てるような……?」
「じゃあ、なんで……」
灯夜や明希の所まで聞こえてきた声に、明希はその声の方をギロリと睨む。再び声が静かになった後、明希は再び灯夜を見た。
「……病室でも言ったけど、今まであいつ……、新城零一から私やママを守ってくれたこと、感謝してるから」
「えっと……。どういたしまして……?」
「それと、これ、ママから」
そう言って手渡されたのは、弁当箱だった。
「えっと、これ……」
「ママが、せめてこれくらいはお母さんらしいことさせてって。これぐらいは受け取りなさい」
「わ、わかった……」
確かに、今朝律花からも、弁当は後で渡すと言われていた。律花の押しに負けて、朝から弁当を律花に持ってもらっているつもりでいたけれども、律花もこのことを知っていたのだろう。
病室で泣かせるほど拒んだのに、ここまでしてくれる母親に申し訳なさと嬉しさで感情がぐちゃぐちゃになる。
「……ありがと。お母さんにもよろしく伝えておいて」
「直接伝えろ。馬鹿兄」
「そうだね。いつかは……」
いつかは伝えられるのだろうか。けれども直接会う勇気はまだなかった。
何故拒んでしまうのか、その理由は自分のことなのにわからなかった。
「じゃあ、昼休みの終わり、取りに来るから」
「いや、流石に俺が明希の所に持って行くから」
「……目立つ」
「……っ。そう、だね。……ごめん」
明希の言う通り、ただ登校するだけでも嫌な視線が煩かった。こんな兄が自分の教室に来るのは嫌だろう。そんなことを灯夜は思っていた。
けれども明希は、物悲しげな表情で口を開いた。
「……違う。嫌な思いしてまで来ることない、って意味。私がここに来れば、ちょっとはマシ。変な所で気を遣うな。馬鹿兄」
それだけ言って、明希は教室から出ようとした。けれども教室の出入り口でピタリと立ち止まる。
そして廊下にいる誰かの人影に話しかけた。
「……先輩、大丈夫ですって」
「で、でも、3年生のクラスに入るの、やっぱり怖くて……。あ、明希ちゃん、お願い、一緒に付いてきて……」
「……はあ。仕方ないですね。一緒に行きますよ」
そう言って、再び明希は灯夜の元に戻って来た。背中にしがみつく宵原紬を連れて。
「馬鹿兄。宵原先輩も馬鹿兄と話したいって」
「えっ……? あっ、えっと、宵原さん、久しぶり」
「ひえっ。あの、えっと、し、新城先輩、お久しぶりです……」
紬はそれだけ言って、明希の背中にしがみついて話さなくなった。
教室きいる誰もが、紬が何のために灯夜のところに来たのか分からなかった。だからこそ、紬の次の言葉を聞くために、教室全体が静まり返る。
「やっぱり怖いよね……。新城君のこと……」
教室の誰かが小さく言った声でさえ、灯夜たちの所まで届いた。
「……怖くないです」
ぽつり、と、声が聞こえた。誰の声だろう。そう誰もが思った時、紬がパッと顔を上げて、明希を挟まず灯夜の前に立った。
「あの、新城先輩は覚えてないかもですけど、私、怖い人に絡まれた時、新城先輩に助けてもらったことがあったんです! 警察が来る前に、面倒なことになるからって逃がしてくれて、そしたら新城先輩が暴力事件起こしたことになってて……」
そう早口で言いながら、紬は灯夜の手を掴む。
「今まで誤解を解こうとしなくてごめんなさい! で、でも! 新城先輩は、怖い人じゃないですから! 寧ろ、とっても優しい人ですから! だから、新城先輩が嫌なことされたら、私に相談してくださいね! 今度は私が助けになりますから!」
それから紬は、涙目になりながらも声をした方を睨んだ後、走りながら出て行った。置いていかれた明希も、小さくため息を付いて灯夜を見る。
「私も、馬鹿兄からしたら頼りないかもだけど、助けになるから。じゃあ」
それだけ言って、明希も教室から出て行った。灯夜は何が起こったのかわからないまま、律花を見る。
律花は満足そうな顔でニコニコと笑っていた。もしかして律花の差し金なのだろうか。灯夜はそう思ったけれども、怖くて聞けなかった。