嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました   作:夢見戸イル

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5.天才と無自覚

 それから間もなく、今度はクラスの担任だという石田先生が灯夜を呼び出した。灯夜もこの複雑な空気から逃げたくて、慌てて教室から抜け出した。

 

 灯夜は石田先生と、入院中1度だけ会ったことがあった。信悟より一回り年齢が上の、50代ぐらいの先生。

 廊下を歩いている時も、面談室に入ってからも、石田先生は信悟と違い灯夜と目を合わせることはなかった。ただ事務的に状況を聞かれるから、灯夜も事務的に大丈夫だと答える。先生の望む答えがそれだと、灯夜はなんとなく理解していた。

 

「まあ、そうだな……。とりあえず困ったことがあったら、朝日奈に聞きなさい。彼女は面倒見がいいから、なんでも答えてくれるだろう」

「わかりました」

「他、何か質問はあるか?」

 

 ないです。そう言おうとして、止めた。灯夜の頭には、先ほど聞こえた声が蘇った。

 

『やっぱり怖いよね……。新城君のこと……』

 

 クラスメイトに良く思われていないことは、教室に入ってすぐに理解した。けれどもまさか怖いと思われているなんて、思いもしなかった。

 きっと、その理由を律花は教えてくれないだろう。灯夜はなんとなく、そう思っていた。けれども自分に興味のない石田先生なら正直に教えてくれるのではないだろうか。そう思って、灯夜は口を開いた。

 

「あの、俺、記憶失う前、どんな生徒だったんですか? 先生から見た俺でいいんで……」

 

 少しの間。そして石田先生は灯夜から更に視線をそらし、頭を掻きながら口を開いた。

 

「あー……、まあ、そうだな。苦労してたんじゃないか? 色々と」

 

 それは、今の自分に対する感想でしょう。そう言いたかったけれども、灯夜は何も言わなかった。石田先生が答えたくないことだけは、なんとなく理解したから。

 

「……そう、ですか。ありがとう、ございます」

 

 それから、石田先生と一緒に教室に戻った。教室に入れば、灯夜を忌避するような視線は幾分か消えていた。けれども何かを探るような視線だけは、相変わらず消えなかった。

 

 そんな中、小さな足音がその視線を奪っていった。その音の主である律花が、灯夜の手を取った。

 

「灯夜、おかえり。席に戻りましょう」

 

 そう言って握られた手を、灯夜は離すことができなかった。

 

 

 

 朝のホームルームが終わり、授業はすぐに始まった。

 授業は無理についてこなくていいから、とりあえずは慣れるまで聞いてくれればいい。そう言われていたから授業に置いていかれることを覚悟していたけれども、別の意味で暇になってしまった。

 

 灯夜は黒板に書かれた文字を眺めながら、バレないように欠伸をする。

 どうして参考書にも書いてある解説をほぼそのまま黒板に書き写し、説明しているのだろうか。それなら自分で問題を解いて解説を読んだ方が有意義なのではないだろうか。そう思いながら、参考書をペラペラめくった。

 

 中高一貫校ではない高校とはいえ、日本屈指の名門校というだけあって2年生の間に高校のカリキュラムは終わっているらしい。そのため大学受験に向けて事前に出ていたらしい宿題の問題を解説しているが、その場で解いてもまだ解説が終わっていないほど簡単だった。

 暇潰しにと、少し難易度の高そうな問題の載っているページを開いて、灯夜はシャープペンシルを走らせた。

 

「灯夜。分からないことがあったら何でも聞いてね! 私、これでも魔法科の首席なんだから!」

 

 授業と授業の合間の休み時間に律花は灯夜にそう言ってくれたが、読めば分かるところを聞く理由もなかった。

 

 そんな灯夜でも、楽しみにしている授業があった。4時間目の魔工学の実技演習。必要な式や組み合わせはある程度頭に入っていたけれども、実際に書いて動かせるとなれば別だった。

 

「これは、滑走靴(ゼロ・フリクション)の基本となる作業だ」

 

 そう言って渡されたのは、魔数式を書くためのインクと、直方体の物体だった。この直方体の物体を浮かせるために、式だけでなく大きさや位置を調整し、書き込んでいく。

 高校での魔工学の教師は、担任でもある石田先生だった。石田先生が書き込む方法を解説しているが、早く書いて試してみたいと思う欲求が灯夜に溢れ始めた。

 

 席は一番後ろの窓側という目立たない場所。欲求に抗いきれず、灯夜はペンと定規を使って書き込みを始めた。

 

 アイデアだけは無限に浮かんだ。浮かせるだけではつまらない。どうせなら、一から滑走靴(ゼロ・フリクション)を作ってみるか。靴と形は違うから、そこだけ調整すればいい。

 そんなことを考えていると、教室で起こる全ての音が完全に聞こえなくなっていた。

 

 とん、とん、と、腕に何かが触れる。

 

「と、灯夜……」

 

 律花の不安そうな声にハッとして顔をあげると、目の前には石田先生が立っていた。

 やらかした。そう思った時には遅かった。石田先生が大きくため息を付いて、灯夜を睨む。

 

「記憶を無くしてもサボり癖は変わらんか」

「えっ……?」

 

 それは、どういう意味なのだろうか。記憶を失う前の自分は、サボり癖があったのだろうか。

 それを深く考える前に、石田先生は口を開いた。

 

「丁度いい。これだけ無茶苦茶に魔数式を書き込めばどうなるか見せるいい機会だ」

 

 そう言って、石田先生は灯夜が魔数式を書き込んだ物体に、エネルギー源となる魔法石を置いた。すると少しの風が起こり、物体は浮かび上がる。

 

「……綺麗に、浮いているわね」

 

 律花の言葉に、石田先生は信じられないという顔をして、眼鏡を上下しピントを合わせながら灯夜の巻き込んだ魔数式を見た。

 

「これは……、いやでも普通はここまで書けばぐらぐらと揺れるのでは……。……ごほん。新城は、どこかでこれを勉強したのか?」

「いや、その……。覚えてないです……」

「そ、そうだったな。ちなみに、この式は……」

「もしかして、灯夜の履いてる滑走靴(ゼロ・フリクション)に書き込んでた式⁉」

 

 律花は目を輝かせながら、灯夜が魔数式を書き込んだ物体を見た。

 

「うん。そう。作ったときのことは覚えてないから、一度自分で作ってみようと思って。靴じゃなくて綺麗な直方体だから、少し違うしもっとシンプルなものだし、まだ加速部分とブレーキしか完成してないけど……」

 

 そうして灯夜がほんの少しだけ前を押せば、ゆっくりと物体は前に進み始めた。そして左と右に揺らすと、ゆっくりと止まった。

 

「凄い。滑走靴(ゼロ・フリクション)の動きそのまんまだわ。それに、こんなにゆっくりも移動できるのね」

「うん。前に体重をかける……、この物体に関して言えば、押す力の強さによって速度を変えられるようにしてる。本当は強く押せばスピードも出るんだけど、流石にここじゃ危ないから……」

「新城。わかった。とりあえずいったん口を止めろ。朝比奈もだ」

 

 石田先生の言葉に、調子に乗って話しすぎたと灯夜が口を閉ざした。周囲を見渡すと、クラスメイト全員が灯夜を見ていて余計に気まずくなる。

 石田先生は、少しだけ何かを悩むような素振りを見せた後、灯夜に言った。

 

「……新城。おまえの履いている滑走靴(ゼロ・フリクション)、見せてもらってもいいか」

「えっ……? あっ、はい……」

 

 石田先生に言われるがまま、灯夜は靴を脱ぎ机の上に置いた。そして、専用のライトで靴を照らす。

 

「すごっ……」

 

 どこからか、そんな声が聞こえた。石田先生も、大きくため息を付く。

 

「あー、おまえ、俺の授業聞いてたとしても暇だっただろうなあ。どのテストもおまえだけ満点近い点数取るだけあるわ」

 

 石田先生がそう言った瞬間、クラスは大きくざわついた。

 

「満点近い点数……? 嘘だろ……。平均点40点台とかザラじゃなかったか……?」

「この前なんて30点台だったよね……? しかも最後の問題なんて、東之京大学(ひがしのきょうだいがく)の問題だったし……」

「じゃあやっぱり、首席っていうのも実力……」

 

 聞こえてきた声に、特別なことをしたつもりがなかった灯夜は何がなんだかわからなかった。ただ隣に座る律花だけは満足そうな笑みを浮かべて灯夜を見ていた。

 石田先生が、本日何度目かの大きなため息を付く。

 

「……とりあえず、新城は大人しく座っていてくれたらいいから」

 

 石田先生はそれだけ言って授業に戻っていった。

 

 

 

 それ以降は、好きに魔数式を書き込んでいても何も言われなかった。本当は今すぐちゃんと動くか今すぐ試してみたかったが、流石に教室で試すのは危ないのでやめておいた。

 そんな灯夜を見て、律花はふふっと笑う。

 

「灯夜は、本当に魔工学が好きなのね。こんなに目を輝かせる灯夜、初めて見たわ」

 

 初めて見た。その言葉に、灯夜は一瞬固まった。けれども何も気付いていないフリをして、口を開く。

 

「そうかも。凄く楽しい」

「灯夜は流石だわ。私、結局うまく浮かなくてガタガタ揺れてたもの」

「多分浮遊の魔数式の大きさと間隔が少し不均等だったんだと思う。そこを調整したら……」

 

 と、突然背中に衝撃と共に、腕が灯夜の肩に巻き付いた。

 

「よう、新城。昼休みだ。飯、一緒に食おうぜ」

 

 その声の方を見ると、3人の男子生徒が灯夜の後ろに来ていた。

 

「ええっと……」

「ああ、記憶無くしてるんだっけか! 俺達、新城が記憶無くす前はそこそこ仲良いダチだったんだぜ。つかよ、朝比奈さんと付き合ってるなんて初耳だったわ。なんで教えてくれなかったんだよ」

「ごめん、ええっと、何も覚えてなくって……」

「そうだ! 朝比奈さん! 良かったら俺達とも飯食わねえ? 新城って基本無口だし、俺達と一緒の方が朝比奈さんも……」

 

 男子生徒の言葉に、どうしてか律花はムスッとした顔でそっぽを向いた。

 

「いやよ。私、あなた達と関わりたくないもの」

 

 灯夜が記憶を失う前、彼らとつるんでいたことを、律花は知っていた。そしてその関係が、あまり良くないものであることも。

 

 灯夜が彼らと一緒にいることに気付いたのは、律花が2年生になってからだった。放課後廊下を歩いていると、彼らの声が耳に入った。

 

『朝比奈さんも胸でけーって思って見てたけど、今年の首席の宵原さんもでけーよな! どっちがでかいんだろ』

『いやー、宵原さんだろ! まっ、朝比奈さんは胸のでかさだけじゃなくてスタイルも含めて最高なんだけどさー。つか新城、2人のスリーサイズとか調べらんねえの⁉』

 

 自分だけでなく後輩の紬にも下品な目を向け、廊下という公の場で話す男たちが律花は許せなかった。しかもその会話に生徒会の仕事をしない灯夜が入っている。それも許せなかった。

 一言何か言ってやろうか。律花がそう思った時だった。

 

『興味ない』

 

 灯夜がそれだけ言って、彼らから離れた。

 こちらに向かってくる灯夜に律花は慌てて廊下の影に隠れた。灯夜は律花の視線を向けることなく通り過ぎたが、男たちの声が再び律花の耳に届いた。

 

『マジであいつノリわりいよな。空気壊れたわ』

『まっ、でも仲良くしてたら、新城グループの会社に入れて貰えるかもしんねえしな! 勉強だけじゃやっていけねえ時代って言うだろ?』

『違いねえ! それになんだかんだ、グループ課題は真面目にやってくれるしな! こういう世渡り上手なのが、本当の意味で賢いって言うんだよな!』

 

 そう言ってゲラゲラ笑う男たちに、律花は強い憤りを覚えた。そしてその時には紬から暴力事件の真相を聞いていたからこそ、友人であるはずの彼らからこんなことを言われている灯夜のことが心配になった。

 だから律花は灯夜を追いかけた。

 

『新城君!』

 

 律花が灯夜を呼び止めると、灯夜は面倒くさそうな顔で振り向いた。

 

『何』

『あの、さっき、あなたのお友達が……』

『知ってる。会長死んで俺にコネなんかないのに、あいつらも馬鹿だよな』

 

 灯夜は冷たい目のままそれだけを言って、そして歩き始めようとした。

 知っているのにそれを受け入れたまま何もしない灯夜が納得できなくて、律花は再び灯夜を呼び止めた。

 

『待って! 知っているのなら、どうして新城君は……』

『あんたには関係ないだろ』

 

 それだけ言って、灯夜はどこかに消えて行った。

 それからも灯夜のことは何度か見かけたけれども、相変わらず彼らは下品な会話をし、灯夜は興味なさげにスマホをいじっていた。

 

 どうして灯夜が彼らとつるんでいたのか、律花は未だに分からない。けれども灯夜の優しさを知り、彼らと一緒にいた記憶も無い今、自分の利益のために灯夜に近付こうとする彼らと灯夜を近付けたくなかった。

 

  けれども、まさか律花がその会話を聞いていたと知らない彼らは、動揺して律花を見た。

 

「えっ、朝比奈さん、どうして……。おい、新城。朝比奈さんに何か余計なこと言ったのかよ」

「灯夜はそもそもあなた達のことを覚えていませんでしたけれども」

「……っ。そ、そうだったな。じゃあなんで……」

「あなた達が私や紬ちゃん、最近だと明希ちゃんに対しても下品な会話をしてるの、聞こえてないと思った?」

 

 律花の言葉に、3人の顔はサッと青くなった。どうしてあれだけ大きな声で話していて聞こえていないと思っていたのか不思議ではあるが、彼らは心から聞こえていないと思っていたらしい。

 3人のうちの1人が、まだ納得できていないという顔で口を開く。

 

「いや、そんなこと言ったら灯夜だって同罪じゃん。それなのに灯夜だけ許されるやんて……」

「灯夜は言ってないわ。聞こえてるって言ったでしょう? あなた達はノリ悪いって不満たらたらだったみたいだけど」

「……っ」

 

 何も言い返せない男たちに、律花は大きくため息をついた。

 

「そういえばあなた達、2年の時の魔道具のコンテストで最優秀賞貰ってたわよね。あれ、本当にあなた達がやったの?」

「へ……? そ、そりゃあ勿論! ま、まあ、新城もいたけど、発表はサボりやがったし、ま、まあそれも含めてチームってことでさ」

「ふーん。でもさっきの実習は私より酷かったじゃない。まあ別に、どうでもいいけど」

 

 クラスメイトが男たちを見る目が変わったことを確認して、律花は立ち上がった。

 

「ここじゃ、せっかくのご飯も美味しく食べれないわ。灯夜、せっかくなら生徒会室に行きましょう」

 

 そう言って、律花は灯夜の手を引いて教室を出た。

 

 

 

 灯夜の手を引く律花を、灯夜はぼんやりと眺めていた。

 ずっと、律花が本当に自分と恋人同士なのか不安だった。変なところで真面目な律花だから、助けた恩を感じて無理矢理恋人のフリをして自分をサポートしてくれているのではないかとも思った。

 学校に来て、その仮説は確信に変わっていった。自分は律花に好いてもらえるような人間ではなかった。それだけは痛いほど理解した。

 

 けれども律花は、記憶を失う前の自分のこともちゃんと見ていてくれた。律花は記憶を失う前の自分のことも好意的に思ってくれていたのではないか。そんな期待が生まれていた。

 

「灯夜……?」

 

 と、突然律花が灯夜の顔を、不安そうに覗き込んだ。

 

「え……? あっ、何……?」

「もしかして、私、言い過ぎてしまったかしら……」

 

 しゅんとする律花に、灯夜は慌てる。

 

「そ、そんなことない! えっと、そりゃ自分や自分の知ってる人が変な目で見られるの、嫌だよね」

「嫌よ! 気持ち悪いし不快だわ」

 

 心から嫌悪するような律花の表情を見て、自分も余計なことは言わないようにしようと心に決めた。律花の嫌がることを言って、律花に嫌われたくなかった。

 けれども、律花は突然何かに気付いたかのように、ハッとして灯夜を見た。

 

「で、でも、灯夜も男の子よね。そういう会話、興味あるのかしら」

「へ……? いや、ええっと……」

「大丈夫よ! 灯夜とは恋人同士なのだし、問題ないわ! 灯夜が望むのなら頑張って勉強して……」

「別にいい! そういうのは別にいいから! 律花はそのままでいて!」

「そう……? 灯夜がそう言うのであれば……」

 

 興味がないわけではない。寧ろある。けれどもそれは恋人同士としたいものではなく、男同士でとどめておきたいものだ。そんな会話を、恋人同士だったのかも怪しい好きな女の子と話したいものでは決してない。

 そんなことを思いながらも、灯夜は律花の突拍子もない発言に頭を抱えた。

 

 ああ、そういえば律花の家でも、突然自分の胸を押し付けながら一緒に寝ようと言ってきたのだっけ。

 律花自身は本当にただ一緒に寝るだけのつもりで言ったのかもしれない。けれども灯夜自身はどうしてもそれ以上のことを想像してしまう。

 今回のそういう会話に関しても、予想外の方向に頑張り始めて自分の理性が試される状況に陥ることは十分に想像ができた。それこそあらぬ方向の知識を付けてきて、信悟の言う通り襲われるということも……。

 

 そんなことを考えながらも、恋人同士ならと不快なはずの会話ですら自分とすることは許してくれる律花に、灯夜の期待だけはどんどん膨らんでいった。

 

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