嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました   作:夢見戸イル

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6.役割と後悔

 それから、律花と昼食を食べ、教室に戻った。いくらか距離を取るような視線は消えていたけれども、溝があることだけは変わりなかった。

 せめてこれからは真面目に振舞って、律花が嫌な思いをしないようにしたい。ただでさえ何もかもマイナスで、支えてもらってばかりで、それなのに何も返せていない自分がもどかしかった。

 

 それは生徒会でも同じだった。律花は生徒会長で自分は副会長。けれども生徒会の仕事すらまともにしていなかったことは明らかで、自分の役割すらあるはずがなくて、更に記憶を失っている自分にできることなんて何もない。

 そう思っていた。

 

 その日は、生徒会のメンバーで定期的に行う悪魔(マリス)退治の日だった。律花はレーダーのようなものを見ながら口を開いた。

 

「今日は陸川公園に行きましょう」

「何それ」

 

 見たことがない魔道具に惹かれ、灯夜は律花の手を覗き込む。魔道具の中の画面では、陸天堂学園を中心とした地図に、大小様々な丸い点が描かれていた。

 灯夜の質問に、律花は少しだけ寂しそうな表情で口を開く。

 

「……灯夜は覚えてないわよね。これ、灯夜が作ってくれた魔道具よ」

「俺が……?」

「そうよ。この魔道具は、悪魔(マリス)の場所と強さの程度を教えてくれるものなの。だから……」

「これのおかげで、大地君たちの居場所に目星が付いたんすよね!」

 

 1年生の青瀬陽が、目を輝かせながら灯夜を見た。隣にいた2年生の夕柳涼も、眼鏡をくいと持ち上げながら悔しそうにその魔道具を見る。

 

「こんなもの、警察も欲しがる代物ですよ。まあ僕の解析アプリで解析した結果、朝比奈先輩の魔力が動力になるように詳細な調整がされており、汎用性がない所が残念でしたが」

 

 そう。魔道具には2つの種類がある。1つは滑走靴(ゼロ・フリクション)のように、小さな魔法石で動く汎用性のあるもの。そして2つ目は、個人の魔力に依存して動く汎用性のないもの。

 個人の魔力に依存する魔道具は、使う人の魔力の成分を含めて設計されているため汎用性はないが、その分汎用性がある魔道具よりも高性能なものが多い。魔道具が広まったこの時代でも魔力持ちが重宝されるのはこのためでもあった。

 

「後で見せて」

 

 灯夜がそう言えば、律花は灯夜を見て笑った。

 

「気になるのね。自分の作った魔道具」

「うん。俺の作った魔道具っていうのが変な感覚だけど、色んな所にこだわりがあって、見ていて凄く楽しい」

「楽しいだけじゃなくて作ってしまうのが凄いわよ。……ねえ、灯夜。もし灯夜が良ければ魔道具のことで相談したいことがあるのだけれど、家帰ってからいいかしら」

「いいよ。俺ができることなら、なんでも言って」

「ほんと! 灯夜がいると心強いわ!」

 

 そう言って、律花は心からの笑顔を見せた。そんな律花を見て、灯夜はホッと息を吐く。

 ずっと、何も返せていないと思っていた。けれども記憶を失う前も、役に立っていたことはあったらしい。

 自分には魔道具を作ることしか良さがないことは分かっていた。だからこそ、その少ない良さで律花に返したかった。

 

 

 

 古くから人間の脅威であった悪魔(マリス)は、魔道具の発展により悪魔(マリス)の被害者は激減した。それでも人の悪意を餌に繁殖する悪魔(マリス)を殲滅することは叶わず、時に魔道具すら効かないほど成長することもある。

 だからこそ悪魔(マリス)は定期的に駆除する必要があった。そしてその駆除は、生徒会の仕事の1つ。生徒であるため、小さな悪魔(マリス)しかいないと言われる比較的安全な公園での活動という制限はあったが、人手不足の問題もあり十分な地域貢献となっていた。

 

「桜弾《ブロッサム》」

 

 律花の声とともに、桜色の魔力の塊が悪魔(マリス)を貫く。そしてコアがカタリと落ちた。

 魔力のない自分にはわからない感覚だが、頭にイメージした魔力がそのまま放たれるため、魔力を使う者は魔力を放つと同時にイメージしやすい言葉を紡ぐ必要があるらしい。

 

「こんな感じで灯夜も見つけ次第魔法銃(マギア・ガン)で倒してもらえればいいわ。とはいっても、記憶を無くしている灯夜がどこまで戦えるかわからないから、傍にいるけど」

「わ、私も新城先輩の傍にいますから! 絶対に、絶対に先輩を守りますから……!」

 

 そう言って、背中にぴったりとくっついているのは紬だった。紬は主に防御魔法が得意で、成長した悪魔(マリス)と出会ったときは一旦そこに避難して作戦をたてるのだという。

 とはいえ、紬は灯夜と距離が近かった。明らかに律花が不機嫌な顔を見せるほどに。

 

「……紬ちゃん。もう少し、灯夜と離れてもいいんじゃないかしら?」

「で、でも……! こっちの方が先輩を守れます……!」

「守るように言ったのは私だけれども、その、流石に……」

 

 彼女が不快に思っているのに、嫉妬されて嬉しいと思ってしまうなんて、自分はひねくれているだろうか。そんなことを思いながらも、灯夜は少しだけ紬の体を離す。

 

「ごめん。守ってくれようとしてくれるのは嬉しいけど、もう少しだけ離れて」

 

 そう言ったけれども、紬は灯夜の服の裾を掴んで離さなかった。

 

「……ズルいよ。本当は、私の方が先に先輩のこと……」

「宵原さん……?」

 

 何を言っているのか聞こえない。そう思って、灯夜が紬の方を向こうとした時だった。

 大きな叫び声が、公園に響いた。

 

 声の方を見て、灯夜は目を見開いた。まず目に入ったのは、群れとなった悪魔(マリス)。それが、1人の女性を襲おうとしていた。

 

 最初に動いたのは律花だった。律花は滑走靴(ゼロ・フリクション)を起動し、群れの中に向かった。そして左足を軸にくるくると回る。

 

桜吹雪散弾(チェリー ブリザード)!」

 

 律花の回転と同時に、律花と女性を隠すほどの無数の桜色の魔力の塊が、桜吹雪のように周囲を覆いつくした。

 けれども量が多すぎた。そもそも悪魔(マリス)が群れで行動すること自体あり得ないことだった。

 

 全てを倒しきれていない。そう察した灯夜も滑走靴(ゼロ・フリクション)を起動する。

 それと同時に桜吹雪は消え、中から律花と女性が現れた。

 

 見えた悪魔(マリス)は10体。滑走靴(ゼロ・フリクション)で滑りながら、魔法銃(マギア・ガン)でまずは正面に見える3体の悪魔(マリス)を倒す。

 残りは2人を挟むように4体と奥に3体。そして大魔法を放った後の律花が次の魔法を放つためには、少しだけ時間が必要であることも知っていた。

 そんな2人を、悪魔(マリス)は今にも襲おうとしていた。

 

 間に合わない。そう思った灯夜は、更に勢いを付けて律花たちの頭上に向かって飛び上がった。そして体を横に回転させ、1体ずつ狙っていく。

 まずは1体、そして2体。体が反対方向を向いたと同時に、もう1体、2体。

 そしてもう半回転して律花たちの方を向いたまま着地し、残り3体を打ち抜いた。

 

 もういない。それを確認した後、灯夜は律花に近寄った。

 

「大丈夫⁉」

「え、ええ。大丈夫よ。それより……」

「良かった……。本当に……」

 

 無事だと理解した瞬間、体の力が抜けてその場にへたり込んだ。

 他の生徒会メンバーや、一緒に同行していた先生も慌てて駆け寄ってくる。先生が律花と灯夜の無事を確認し、襲われそうになった女性の対応をしている中、涼がくいと眼鏡を持ち上げ灯夜を見た。

 

「いったいあれは何なのですか!」

 

 何故灯夜だけに向かって涼が言ったのかわからないまま、灯夜は口を開く。

 

「確かに気になるね。悪魔(マリス)が群れで行動するなんて……」

「そうでなはなくてですよ! いや、それも気になりますが……! 新城灯夜! あなたの人間離れした技ですよ!」

「技……? 普通に撃っただけだけど……」

 

 灯夜の言葉に、明希は大きくため息を付く。

 

「馬鹿兄は一般的な基準というものを知らないの? 普通はね、狙った的に確実に当てられない。だから……」

 

 そう言って、明希は人のいない方向に魔法銃(マギア・ガン)を向ける。引き金を引くと、灯夜の魔法銃(マギア・ガン)が放ったものより大きい弾が連射された。

 

「連射して、何とか一発当てるのが精一杯。しかも成長した悪魔(マリス)なら、それを数発当てなければいけない。しかも私の魔法銃(マギア・ガン)は追加の魔数式を加えて連射数と速度を上げたつもり。ここまでしてようやく倒せる。それなのに馬鹿兄は……」

「全部一発で当ててたっすよね! しかも滑走靴(ゼロ・フリクション)で滑りながら! そもそも滑走靴(ゼロ・フリクション)の動きも半端ないっすし、かっけえっす!」

 

 陽も目を輝かせながら灯夜を見た。

 確かに1発で当てることを前提に、連射機能を消し、代わりに弾となる魔力の密度を上げて威力をあげる調整をしていた。そうやって使うことを灯夜自身疑いもしなかった。

 

「灯夜は規格外過ぎるのよ。まあ、おかげで助かったのですけれど」

 

 律花は困ったように笑いながらそう言った。

 

「そう? 少しは役に立てた?」

「少しどころじゃないわよ! 大助かりよ!」

「それなら良かった」

 

 律花の言葉に、灯夜の心は満たされていく。

 ああ、ちゃんと今の自分でも役に立てた。律花に少しだけでも返すことができた。そんな気持ちが心に溢れて、気が抜けていた。

 

「ミツケタ」

 

 聞こえた声に、灯夜は心臓の奥底から震えが湧き上がった。恐る恐る振り返ると、そこには人の形をした悪魔(マリス)がいた。

 

銀傘守護(アンブレラ)!」

 

 紬が、ドーム状の守護(バリア)を全員に覆う。

 紬の守護(バリア)は、どんな悪魔(マリス)の攻撃も通さない。それは灯夜も聞いて知っていた。

 

 知っていたけれども、震えは止まらなかった。

 

「待って⁉ あれって、あの時の……。って、灯夜……?」

 

 律花の声が遠くに聞こえた。

 ああ、また律花に迷惑をかけてしまう。ちゃんと普通に息をしなきゃ。ちゃんと何でもないフリしなきゃ。

 そう思うのに、頭は真っ白になって呼吸がうまくできなかった。

 焦って、冷静にと思えば思う程、わけがわからなくなって視界すら滲んで見えなくなっていく。

 

 色んな人の声が交じり合う中、1つの声だけがハッキリ灯夜の元に届いた。

 

「チョットオイシソウ? デモマダチガウ。ザンネン」

 

 その声と共に視界にあった黒は一瞬で消えた。その瞬間、少しだけ息ができるようになる。

 

「灯夜! しっかりして! 灯夜……!」

 

 律花の声も、やっと耳に届くようになった。けれども届いたからこそ、情けなくて、申し訳なくて、どうしようもなかった。

 何とか大丈夫なことを伝えたくて、灯夜は口を開く。

 

「だい、じょう、ぶ。よくあること、だから。暫く、すれば、大丈夫に……」

「よくあること……?」

 

 動揺する律花の声を聞きながら、灯夜は余計なことを言ってしまったと後悔した。

 

 こんなの、よくあること。そう言えるほど、灯夜は定期的に悪夢にうなされては過呼吸を起こしていた。

 時には信悟を起こしてしまうこともあったが、最近は上手く息をする方法も覚えて上手く夜を過ごすこともできるようになっていた。

 

 そしてそのことを、律花には言っていなかった。信悟も灯夜と約束した通り言わないでいてくれたのだろう。

 だからこそ灯夜にとってはいつものことでも、律花にとっては見慣れない光景だった。

 

「こんなこと、前にもあったの……?」

「それ、は……」

「いつ……? 私たち、いつも一緒にいたわよね……? なんで私、気付けな……」

「ちがっ、夢、で、なる、だけ……。さっき、の、夢で、聞く声、と、似てた、から、かも……」

 

 灯夜がそう言えば、律花の顔はサッと青くなった。律花だけじゃない。全員の表情が悲痛なものに変わっていた。

 

「……ごめんなさい。本当に、本当にごめんなさい」

 

 そう言って、律花は灯夜を抱きしめた。抱きしめる律花の体は震えていて、逆に自分の呼吸は落ち着いた。

 落ち着いたけれども、あの悪魔(マリス)の正体を知らない灯夜にとって、周囲の反応に理解が追い付かず困惑だけは消えなかった。

 

 

 

 その日はすぐに解散となった。警察もやってきて、灯夜たちも安全を確保されながら家に帰された。

 

 帰り際、灯夜はあの悪魔(マリス)が自分の魂を喰ったものだと教えてもらい、1人納得していた。

 ずっと、夢で聞こえる声の正体が何なのかわからなかった。勿論今でも湧き上がる恐怖は消えないけれども、その恐怖の正体に輪郭が見えた気がした。

 

 問題は律花だった。律花は自分の傍から離れないまま、ずっと灯夜が記憶を失った事件のことを謝り続けていた。

 

「私が悪いの……。私が余計な決断をして、灯夜が危険な目にあって……」

 

 本当に律花の言う通りなのか、灯夜には判断が付かなかった。

 だって記憶がないから。当時の状況を律花から聞いたとしても、絶対に律花の責任だとは言い切れなかった。

 

「わからないでしょ? もしかしたら俺が何かやらかしたのかもしれないし……」

「でも、それでも、灯夜の言う通り、私たちだけで行かなかったら……」

「それでも、同じ状況になってたかもしれない。俺も完全に喰われたわけじゃないし、律花と大地も無事だったし、結果としては良かったんだと思う。そもそも俺の父親が起こした事件なわけで、律花は悪くないし……」

 

 そう言った灯夜を前に、律花の涙は止まらなくなった。

 

 律花は、灯夜が記憶を失ったままであれば幸せに生きられると信じて疑っていなかった。

 嫌なことは全部忘れて、周囲の誤解を解いて、周囲が灯夜の優しさや良いところを知れば、灯夜は新しい幸福な人生を歩めるのだと信じていた。

 

 違った。記憶を失っても、灯夜は定期的に悪夢に苦しめられていた。過呼吸を起こした灯夜があまりにも苦しそうで、結果として良かったなんて言えなかった。

 

 あの頃の過ちは、律花の中に巣食って消えなかった。大地が誘拐されてすぐ、生徒会でも調査をしたいと言えば、先生たちにたしなめられた。

 

『そういうことはプロに任せなさい。子供にできることはない』

 

 最初からできないと決めつける大人に腹が立って教師である父親の信悟に文句を言えば、信悟も諭すように律花に言い聞かせた。

 

『学校は生徒を守る義務がある。危険な事件に首を突っ込ませたくないのは当然のことだ』

『でも……』

『こういうのは大人に任せておけ。それに……、俺は律花まで失いたくない。だから律花は、安全なところで守られていてくれ』

 

 そのときの律花は、任せろと言いながらも何もせず、まるで大地のことを諦めたような信悟が許せなかった。母親は悪魔(マリス)に魂を喰われ目を覚まさないままで、そのうえ弟の大地まで失いたくはなかった。

 

 結局、目撃情報すら見つからないまま時間が過ぎ、陸天堂学園の生徒会にも調査の依頼が来て、学校も頷いた。大人に任せた結果なにも成果がなかった現状も、外から依頼が来たらあっさり頷いた先生たちにも不満が溢れて止まらなかった。

 しかも、調査には制限があった。あくまで目撃情報がないかの聞き込みのみ。外を調査するときは先生と一緒に行動すること。

 今考えれば当たり前のことだけれども、そのときの律花は大人という存在に嫌気がさしていた。だから律花は言いつけを無視して、生徒だけで調査をした。

 

 最初は、生徒会の他のメンバーも乗り気ではなかった。だから1人で調査をすることも多かった。

 

 そんな時、現れたのが灯夜だった。灯夜だけが、律花の行動を認め、助けてくれる存在だった。

 灯夜のくれた資料が、魔道具が、次第に生徒会の皆の興味すら引き、自分たちだけで事件を解決できる、そんな空気になっていった。

 

 生徒だけで行くなと言った灯夜の忠告を無視したのもそれが理由だった。その時は、自分たちでも解決できるのだと、大人には負けないのだと証明したかった。

 

 その結果がこれだ。

 

 大人は正しかった。最初から大人に相談していれば、せめて乗りこむときだけでも大人に助けを求めていれば、何か変わったのかもしれない。

 しかもずっと助けてくれたはずの灯夜を、新城零一の言葉1つで裏切っていると思い込み、非難した。全員を助け、灯夜だけは魂を喰われた。

 

 せめて記憶を忘れていることだけが救いだと思っていた。記憶に関係するものは遠ざけて、幸せな時間を作る。恋人だと嘘を付いたことは少しだけ心に引っかかるけれど、ただ苦しむ姿を遠くで見ているぐらいなら、一番近くにいれる場所で支えたかった。

 控えめだけど笑ってくれていることも増えて、幸せな時間を作れているのだと信じていた。

 

 そんなことはなかった。一度付いた傷は見えなくても存在し続けていた。

 自分の安直な選択で取り返しの付かない結果を招いたのだと、改めて思い知らされた

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