インデリブル・ハート - 嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました 作:夢見戸イル
その日は信悟も早く家に帰ってきた。どうやら高校から連絡がいったらしい。
家に着くなり、信悟は律花に詰め寄った。
「ったく。おまえは本当に無茶ばっかり……。律花……?」
目を真っ赤に腫らした律花を見て、信悟は深く息を吐いた後、律花の頭を撫でた。
「そんなに泣いて、どうしたんだ?」
そう優しく言った信悟を、律花はキッと睨む。
「どうして灯夜が悪夢にうなされてること教えてくれなかったの⁉」
「待って、それは俺が……」
言わないでと頼んだから。そう言おうとしたけれども、信悟は灯夜を見て、何も言わなくていいと首を振った。
そして、もう一度律花の目を見る。
「夜の間だけなら、知識のある俺が対処すればいいと思っていた。俺の判断ミスだ。びっくりさせたな。悪かった」
「……私のせいで灯夜はこんなことになったの。だから灯夜のことは全部知りたいわ。知って、灯夜が辛くならないようにサポートして……」
「そういうのは、俺に任せろ。仕事柄、専門まではいかないが、ある程度の知識はある。そもそも何気ない日常を一緒に過ごすのも、十分なサポートだ。灯夜もそう思うだろう?」
信悟の言葉に、灯夜も迷いなく頷いた。
「うん。律花がいたおかげで安心して過ごせてた。俺、話すのあんま上手くないし、律花が色んなこと楽しそうに話してくれて、誘ってくれて、そんな時間に救われてた」
これは、灯夜の本心だった。勿論、信悟の意図を理解したというのもある。けれどもきっと今みたいに泣かれていた方が、もっと苦しかっただろう。
灯夜の言葉に、律花も恐る恐る灯夜を見た。
「本当に……? 私、ちゃんと灯夜のサポートできてた?」
「サポートとかそんなんじゃなくて、一緒にいる時間そのものに救われてた」
「時間そのもの……」
律花はそれだけ言って、今度は安心したように泣き始めた。
どれだけ自分のことで律花は思い詰めていたのだろうか。灯夜はそのことに、申し訳なくなる。
早く大丈夫だと伝えたい。けれども過呼吸を起こしたばかりで、説得力なんて皆無だろう。自分の無力さに、灯夜は虚しくなる。
それから暫くして、律花は泣き止んだ。泣き止んだところで、信悟は真面目な顔で律花を見る。
「灯夜の件で、律花はちゃんと反省はできてるんだな」
「勿論よ。もう2度と、子供だけで危険なことをしようとはしないわ」
「そこまでわかってるなら、原因不明の
信悟の言葉に、律花はムッとして信悟を見た。
「それとこれとは別よ! 私が助けないと女の人は
「逃げて先生なり何なり、周りの大人に助けを求めれば良かっただろう。灯夜が助けてくれなかったら、2人とも喰われてたかもしれねえんだぞ」
「でも無事だったじゃない! 女の人にも警察にも感謝されたわ!」
「無事だったからこそ美談にできた話だ。灯夜の援助ありきで成功してたなら、自分に見合った行動をしてたわけでもないし、律花が喰われるだけじゃなくて、また灯夜や誰かを巻き込んだ結末だってあったかもしれないだろう?」
信悟の言葉に、律花は言い返す言葉がないのか黙り込んで俯いてしまった。それでも納得はできていないのだろう。律花の顔から不満は消えていなかった。
けれども灯夜自身も、目の前で見ていて律花の行動に焦ったからこそ、信悟の言葉が正しいと思えた。
「俺が見てても、律花が喰われるかもってヒヤッとした。例えば宵原さんと一緒に行けば、守りもちゃんとしながら安全に助けられたかも。律花は飛び出した後のことは何も考えずに、とりあえず飛び出したように見えた。俺、律花が
「灯夜の言う通りだ。大人に頼れって言った意味は、経験や知識がある分、より安全な選択ができる可能性があるからだ。わかったか?」
灯夜と信悟の言葉に、律花の顔から不満は消え、悔しさが代わりに表れていた。
「そうね。そこまで考えられるようになってこそよね」
その言葉に、信悟はホッと息を吐いた。
きっと律花のことが心配なのだろう。信悟の目は厳しさの中に、不安も滲み出ていた。
「理解してくれてなによりだ」
そう言ってもう一度律花の頭を撫でたあと、今度は灯夜を見た。
「おまえは、ほんと……」
それだけ言って、信悟は灯夜の頭をワシャワシャと撫でた。
「えっと、何……?」
「別に何もねえよ。言うことが何もねえ。おまえは冷静に状況を把握して動いてくれたんだろなあ」
信悟はまるで幼い子供をあやすように撫でながらも、困ったように笑いながら灯夜を見た。
「俺の大切な子供たちを、何度も助けてくれてありがとな」
そう言った信悟が、どうして複雑そうな顔をしながら自分を見るのか、灯夜はわからなかった。
次の日、陸天堂学園を含む陸川公園の周辺の学校は安全確認のため休校となった。警察の
「お父さんから聞いたとは思うけど、灯夜の意識が戻る間も凄かったのよ。学校からも、憶測での発言は気を付けるようにとも言われたわ。流石に今回は前より変なことにならない気がするけど」
そのことは、灯夜も信悟から聞いて知っていた。そして信悟自身もいくつか取材を受けたことも。
灯夜のことは、親から虐待を受けた後、何とか助けを求めたけれども最終的には
その根拠となる証言は中学時代の担任の先生であり、誘拐された大地の親でもある信悟。最初は深く考えなかったけれども、学校での灯夜の印象を考えると、信悟は自分を守ってくれたのだろうと灯夜は悟った。
今から思えばこれは灯夜からのSOSだったのかもしれない。そう語った信悟の言葉が、後から出てきた灯夜の情報が悪い内容でも、虐待を受けてきた子供の特徴として解説されていた。
「まあ家の中にいれば大丈夫でしょうし、せっかくの休みだから勉強でもしましょうか」
「そうだね」
灯夜と律花はあくまで受験生。受験勉強だけでなくそれ以外の学生らしい興味関心も大切にするという校風から、3年生になった今も様々な活動は認められていた。
けれども、だからこそ受験勉強を疎かにしていい理由にはならないというのが、生徒の中での共通認識だった。
灯夜も国内最難関である東之京大学の過去問25年分が載っている教科毎の赤本を買ってもらい、解き進めていた。
流石に学校の授業で解くものとは違って時間がかかったり手が止まるものもあった。まだどれも1周目ということもあり、特に魔数系の問題は興味を惹かれた。
気付けば夕方。まだ夏前ということもあり外は明るいが、流石に灯夜も集中力が切れていた。律花も同じなのか、伸びをして体をほぐしていた。
「休憩にする?」
「そうね。流石に疲れたわ」
「1つ気になってたんだけど、律花、俺に魔道具のことで相談したいことあるって言ってたよね。それ、聞こうか?」
昨日からずっと気になっていたことだった。けれども事件のこともあり、聞けずにいた。
律花は罪悪感から自分を支えようとしてくれていることは理解したけれども、灯夜としては律花に支えてもらった記憶しかなく、何か返したかった。
「確かに、すっかり頭から抜けてたわ。今からお願いしようかしら」
そう言って、律花は2段のカラーボックスに付いていたカーテンを開けた。そこには、沢山の論文とノートが保管されてあった。
「灯夜には、お母さんが
「うん」
「これはね、
そう言いながら、律花は1つのファイルを開く。
「理論的に実現可能なことは、もう証明されているのよ。でも魔道具はまだ完成していないの。利用する人の魔力に合わせて、複雑な魔数式を細かく書く必要があって、調整が難しいの」
「もしかして、俺にその魔道具を作って欲しいってこと?」
「流石にそこまでは……。ううん、本当は少し期待しているのかも。だって、夕柳君も言っていたでしょう? 灯夜の魔道具は、警察ですら欲しがるものだって。まずは汎用性なんて無くてもいいの。1人だけでも目を覚ますことができたら、可能性は一気に広がるわ」
確かに、律花の言うことはかなり難易度が高い。医学的な知識と魔工学の知識、両方が必要なのだから。
けれども、既に理論的に証明されていることならば、医学面は詳しくなくてもなんとかなるかもしれない。そんな期待もあった。
「とりあえず一度見せて」
「勿論よ。ここにあるものは、好きに持ち出してもらって構わないわ」
その言葉に、灯夜は吸い寄せられるように律花の持っていたファイルを手に取った。
律花の助けになりたい。その気持ちも勿論あったが、読み始めればまだ知らない物事への興味関心が止まらなくなった。
魔数式は、人に書いても意味がない。魂が邪魔をして魔数式が上手く発動しないのだ。
けれども
勿論本物の魂ではないから、定期的に魔道具に魔力を供給する必要はあった。けれどもそれでも目を覚ましてほしいと望む人は多いだろう。
実際律花の母親も、まだ病院で管に繋がれながらも生きているのだから。
それから数日。
可能なら授業をサボっていくつかの魔数式を試したいという欲が湧き上がっていた。けれどもその行動が隣にいる律花にも迷惑をかけることを身をもって知っていたから、できなかった。
だからせめて休み時間だけは好きに過ごしたかった。けれどもそうはいかない状況になってしまった。
「律花。お手洗い行ってくるから」
灯夜が律花にそう言えば、律花は少しだけ不満そうな顔で了承した。
実際了承を得る必要などないはずなのだが、そうでもしないと男子トイレの前まで付いてこようとするのだから仕方ない。
最初だけは案内してもらったけれども、それ以降も付いてこられたのは流石に恥ずかしくて、何度もお願いして諦めてもらった経緯がある。
そしてその短い時間が、灯夜が1人でいる時間だった。1人で歩けば、チラチラと目線が灯夜に集まる。
少し前までは灯夜を警戒するような視線だった。けれども今日は、別の物に変わっていた。
女子生徒の3人組があからさまにこちらを見ながら何かを話していた。それに気付かないフリをして通り過ぎようとすれば、突然灯夜は囲まれた。
「これ、新城君だよね……?」
そう言って見せられたのは、
「えっと、そう、だけど……」
否定する理由もなく肯定すれば、女子生徒たちは目を輝かせながら灯夜を見た。
「やっぱり……! もしかして、前の授業で見せてくれた
「うん」
「
「いや、単に連射機能消して、威力上げただけで……」
「じゃあ実力!? 凄い、かっこいい……」
「ねえ、新城君! 今度
「えっ……? ええっと……」
「魔工学のことも教えて欲しいかも! 放課後とかもし時間あれば……」
「いや、その……」
女子生徒たちが灯夜を見る目は、完全に憧れに変わっていた。女子生徒たちだけじゃない。周りが灯夜を見る視線の多くが、完全に塗り替わっていた。
別に悪い話ではないはずだった。自分に向けられた嫌な視線に律花が巻き込まれないのだから、良いことであるはずだった。
それなのに、落ち着かなかった。突然変わった周りからの反応に、向こうは何か勘違いをしているのではと不安になった。
「えっと、あの……。動画見たなら知ってると思うけど、倒したの、ほとんど律花だから……。俺は残りを倒しただけで、凄いのは律花で……」
何とかそれだけ言えば、女子生徒たちはどうしてか顔を見合わせた。1人の女子生徒が、灯夜の顔色をうかがいながら口を開く。
「ねえ。新城君は本当に朝比奈さんと付き合ってるの?」
「えっ……? ええっと、うん。なんで、そんなこと……」
「だって、ねえ」
「新城君が入院する前は、そんな噂なんて全然……」
言いたいことは、察してしまった。けれどもそれ以上は聞きたくなかった。
「俺が、律花のこと好きなだけだから」
それだけ言って、灯夜は逃げるように席に戻った。
席に戻ると、律花はパッと笑顔になってニコニコとしながら灯夜に視線を向ける。それが嬉しくて、可愛くて、安心して、けれどもその裏にあるかもしれない嘘が、怖くて怖くて仕方ない。
どれだけ律花が自分のことを好きだという根拠を探しても、聞けば罪悪感で嘘をついたと言われる未来が見えた。その癖、律花の笑顔を目の前にすると本当のことを聞くことすらできない自分があさましくて嫌になる。
それから暫くして、灯夜が
SNSをやっていない灯夜は、そのことに全く気づいていなかった。ネットニュースにもなっていたらしいけれども、律花の資料に夢中になっていた灯夜はそれすら見ていなかった。
たった数秒の動画で、灯夜の評価は完全に書き換わっていた。けれどもその前には律花が大半の
それなのに一部だけを切り取られて吊り上がっていく評価が、周りを騙しているようで苦しくなる。
それからもあまりにも何度も声をかけられるから、そのことを説明しようとした。そうしたら、灯夜を見る目は心配に変わった。
「何かあったの? よかったら相談に乗るよ?」
そんな言葉をかけられ、灯夜は慌てて大丈夫だと言って逃げた。
自分が評価されるに値しない人間なのだと知って欲しかっただけだった。それなのに同情を誘うような発言をしてしまったことに気付き、それ以上何も言えなくなった。