インデリブル・ハート - 嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました 作:夢見戸イル
数日経っても、動画の話題は収まることを知らなかった。顔は小さすぎて誰か判別できないはずなのに、下の学年も含めて噂をされている気がした。
最初は、自意識過剰なのかと疑った。本当は全く関係ない話をしているのかもしれない。それを勝手に自分の話だと思い込んでいるのかもしれない。
けれども、あの人が動画の先輩、そんな声が確かに聞こえた。それと同時に
自分に向けられた視線が悪いものであるときは、律花に申し訳ない気持ちはあったけれども、評価自体に疑問は感じなかった。けれども今は、居心地が悪くて仕方なかった。
そして生徒会の集まりの日、灯夜の感覚は自意識過剰ではなかったと証明するように、陽が言った。
「いやあ、俺のクラスでも先輩の話題で持ちきりっすよ! 先輩のこと紹介してって言われるっす! 先輩そういうの苦手そうなんで、とりあえず断ってるっすけど、いいっすか?」
「うん……。助かる。ありがと」
陽の言葉に、灯夜はそう返しながらも小さくため息を付く。
「危険な
「登下校の時間には、駅までのルートを警察がこれほどまでかと思うほど巡回していますからね。不安になる方が難しいでしょう。あなたの作った魔道具のおかげで、近くに強いエネルギーを持つ
涼の言葉に、それもそうかと灯夜は思う。
律花しか使えなかった魔道具は、警察からお願いされ、利用者の魔力に合わせて調整し直したものを提供した。
それからは定期的に小さい
そんなことを思っていると、紬がぐいと灯夜に近付いてきた。
「新城先輩の凄さを皆が知らなさ過ぎただけですから……! この動画を布教して、
「紬ちゃん、ナイスだわ! この調子でどんどん灯夜の良さを広めるのよ!」
律花が笑顔でそう言えば、紬は少しだけ挙動不審になりながらも頷いた。
そんな2人の様子に、灯夜は記憶を失ってから始めて登校した日の律花の謎の笑顔を思い出して、不安になる。
「宵原さん。律花に振り回されてない……? 大丈夫……?」
「ひえっ⁉ い、いえ、寧ろ自発的というか……。ま、前も言いましたが、わ、私は中学のときから、新城先輩の素敵なところ、ちゃんと知っていましたから……」
「いや、でも、一度だけ助けただけ、だよね……? そこまで恩を感じなくても……」
「……もしかして、私がやったこと、迷惑でしたか……?」
「そ、そんなことはない、けど……」
本当は過剰な評価を広めないで欲しい。そう思ったけれども、紬が目をうるうるとさせて不安そうに灯夜を見るものだから、灯夜は何も言えなかった。
明希が、小さくため息を付いて灯夜の隣に座る。
「私も目立つの苦手だからわかる。だけどあまり卑下されるのも面倒くさい。だから気にせず堂々としてるのが一番。そう思うようにしてる」
「そう、なのかな……」
卑下、なのだろうか。本当は過大評価だった場合、それは卑下と言うのだろうか。
けれどもこれ以上何か言っても、面倒くさいと思われるだろうことは理解した。
それならば大人しく生徒会の仕事でもしていようか。そう思ったけれども、こんな雑談ができるほど、やることはなかった。
安全に登下校できているとはいえ、
だから今、この魔道具作りに手を出すわけにもいかなかった。
けれども今までまともに生徒会の仕事をやっていないことが明らかな状態で、生徒会とは関係のないことをする勇気もなかった。だからなんとなく、灯夜は今までの活動の記録が並ぶファイルを手に取った。
「あれ、これ……」
今年の活動の記録を開いて、まず目に飛び込んだのは、灯夜が記憶を無くすきっかけとなる事件のことだった。
内容は聞き取り調査がメインだったけれども、それだけではないことを灯夜は知っていた。だって魔道具を使ってどんな調査をしたのか、一切書かれていなかったから。
「ねえ。この事件を調べた資料、もっとあるよね? どこにある?」
純粋に、灯夜は気になっていた。ネットで調べるには限りがあり、けれども信悟も律花も簡単にしか話してくれなかった。
けれども、この資料を見ればわかるかもしれない。そんな期待があった。
そんな灯夜に、律花は不安そうに資料を持つ灯夜の手に触れた。
「……そんなもの、見なくて大丈夫よ。また嫌な思いするかもしれないし」
「大丈夫。ネットとかで調べても何ともなかった。それに、もしかしたら記憶思い出すヒントになるかもしれないでしょ?」
純粋に、律花を安心させるために言った言葉だった。けれども律花の顔色は、更に青く染まった。
どうして律花は記憶を思い出して欲しくないのだろうか。1つの可能性が灯夜は浮かんで消えなかった。
自分と律花は恋人同士ではなかったから。
最近色んな人から本当に付き合っているのかと聞かれるようになった。そのたびに、罪悪感で恋人のフリをしているのか、記憶を失う前から好きでいてくれたのかわからなくなる。
けれども記憶を思い出せば答えは出る。記憶を思い出せば律花のサポートもいらなくなる。その時に、律花の本心もわかる。
ずっと律花に支えられたままではいけないことも、わかってる。
ああ、でも、記憶を思い出して、サポートもいらなくなって、それでも律花が自分と恋人同士でいたいと言ってくれるのなら。
俺も好き。そう言えたらいいと思ってしまうのだ。
灯夜は事件のことで、1つだけ聞かされていないことがあった。灯夜も新城零一と一緒に、何かしら動いていた可能性があるということ。
新城零一と律花たちが対面したとき、新城零一の命令を聞くフリをしていたことから、その場にいた人は察していた。
けれども誰も伝えていなかった。だって新城零一の仲間のフリをしながら、現実は捕まっていた全員を助けたのだから。
そして灯夜が否定の言葉を伝えかけたのに、誰も灯夜を信じなかった。もし信じていたら、何か変わっていたかもしれない。そんな後ろめたさから、誰もが灯夜にその時の話をできずにいた。
けれどもまさか、その時の資料を見たら灯夜が察してしまうのだと、誰も思いもしなかった。どちらかというと、その資料をきっかけに記憶を思い出してしまうことがいいのか悪いのか、そのことで心は揺れていた。
何も知らない灯夜は、資料の場所を教えてくれない律花を横目に、紬に視線を向けた。
「宵原さん。宵原さんは書記だから、場所知ってるよね」
「ひえっ!? え、ええっと……」
「お願い。教えて」
灯夜の言葉に、紬はチラリと律花を見た。けれどもすぐに目をそらし、小さく呟く。
「……やっぱり、記憶戻らないままなの、ダメ、だよね」
それだけ言って、紬は段ボールの1つを指差した。
「えっと、あれ、です」
「ありがと」
それだけ言って、灯夜は段ボールに手を伸ばした。
結局、資料を読んだところで灯夜は記憶の欠片も思い出さなかった。けれども灯夜が察してしまった理由は、別にあった。
資料の中身は、これが事件解決のための資料と言うならば、あまりにも稚拙で違和感がありすぎた。
勿論、資料1つ1つは根拠のあるものだった。内容も
けれども、それが子供の誘拐事件を解決するための資料と言われたら、それは違う。しかも犯人がわかっていない段階なら尚更だ。
特に地域に残る伝承はおとぎ話のような話も多く、これを根拠として提出しても笑われるだけだろう。
そこに、それらしい根拠が並べられていたメモが添えられていた。筆跡を見れば、それが灯夜が書いたものであることは確かだろう。
そのメモを中途半端に知識がある者が見れば、並べられた根拠がいかにも繋がりがある事実に見えるかもしれない。それこそ、藁にもすがる思いで情報を欲している者であれば。
そして、自分が書いたであろうメモは明らかに1つの結論にたどり着くように、読む相手を誘導していた。
灯夜はそこまで理解して、ゆっくりと唾を飲み込んだ。
ずっと、自分は不運にも事件に巻き込まれただけだと思っていた。だってニュースを見ても、周りから話を聞いても、おまえは被害者だと言われるだけだったから。
だから灯夜自身も、父親と暮らす過程で父親が何かをやっていることに気付き、律花と一緒に調べ、事件の真相に気付いたから何とかしようとした、そう思っていた。
察してしまった。これは、最初から全てを知っていなければ誘導できなかったことだと。しかも姑息にも、結論を明記するのではなく相手が結論を見つけ出せるような形で情報を提供していた。
どうしてここまで回りくどい行動をしていたのか、灯夜はわからなかった。けれども、律花を助けようとしたのではなく、利用しようとしたのだとしたら。
罪悪感が滲み出目で灯夜を見る律花の顔が、灯夜の頭に浮かんだ。
律花の言う通り、記憶を失う前の自分が生徒だけで行くことを止めたのであれば、それだけは想定外の行動だったのだろう。
けれども、律花を巻き込んだのは記憶を失う前の自分のだとしたら。律花には考えずに動くなと偉そうなことを言ったくせに、自分の方が律花の想定外の行動にまで頭が回らず、律花を危険な目に合わせたのだ。
その結果
そんな考えがぐるぐる回って止まらなかった。資料を読めば読むほど、そんな考えが頭の中を浸食していった。
とん、とん、と、誰かの手が灯夜の腕に触れる。顔を上げた瞬間、律花の顔が目に入った。
「相変わらずの集中力ね。……辛く、なってない?」
「……大丈夫」
そう言えば、律花はホッと息を吐いた。元を辿れば原因は全部自分にあるのにと思うと、そんな顔をさせているのが灯夜は申し訳なくなった。
紬も、灯夜の傍に駆け寄って恐る恐る顔を覗き込んだ。
「あの……。記憶は……」
「残念ながら、思い出せなかった」
「そう……、ですか……。あっ、えっと、もう下校時間なので、資料片付けるの、手伝いますね」
見渡せば、いつのまにか自分の周りには書類の山が散らばっていた。窓の外の日も落ち始めていて、灯夜も慌てて片付る。
と、片付けようとした資料の1つを取ろうとしたら、律花と手が触れ合った。灯夜がどうしようかと考えているうちに、律花はニコリと笑って資料を片付けてしまった。
そうやって、律花はいつも助けてくれた。そんな律花を、自分は利用して危ない目に合わせた。
律花と自分の気持ちが同じなら自分も好きだと伝えたいと思ったはずなのに、好きだと伝える資格があるのかすら、灯夜はわからなくなってしまった。
全部自業自得。そう思ったけれども、灯夜はどうすれば良いのかわからなかった。
記憶を思い出すことができればそれが一番なのだろう。もし真相を全部知っているのであれば、律花たちに迷惑をかけないだけでなく、まだ解決していない事件を解決できるのかもしれない。
けれども現状は、あの
それだけじゃない。悪夢を見てはパニックを起こし、原因となった
せめてこれをなんとかしないと。そう思って、灯夜はスマートフォンに手を伸ばした。
調べれば、解決のための手法はすぐに見つけ出すことができた。トラウマの克服には、
安全な環境で、何度もトラウマのことを思い出したり、時には対面したりする。本当は専門家と一緒にやるほうが良いとは書いてあったし、対面することは流石に無理だけれども、思い出すぐらいなら1人でできる気がした。
「魔道具のことで、集中して考えたことがあるから1人になりたい」
家に帰ってから律花にそう言えば、律花は少し不安そうな顔をしながらも頷いてくれた。
これで信悟の部屋に籠れば、誰にも邪魔はされないだろう。信悟の帰る時間はだいたいいつも同じで遅いから、それまで頑張ればいい。
望むなら、律花に不安な顔をさせない状態になりたい。けれども、大丈夫であることを証明できない限りは消えないこともわかっていた。
どうせなら夢の環境と近い状態にしようと、部屋の明かりを消した。カーテンを閉めて、布団を被って、すぐに逃げ出せないように扉から離れた。
そして、スマートフォンで成長した
人のように本体から伸びた体と手足。顔に値する部分はまともに見れていないけれども、口のようなものがあって笑うようにこちらを見ていたのだろうか。
それから声が聞こえたはずだ。
『ミツケタ』
その瞬間、ゾワリと体が震えて、息ができなくなった。けれども早く慣れなければと、溢れ出しそうな感情を必死に押し込める。
押し込めながら、苦しいはずなのに別の冷静な自分が思考を始めた。
記憶を失う前の自分は知っているはずだった。忘れてしまっても、無意識にしていることで事件に繋がることもあるかもしれない。生徒会室にあった資料だって、何かヒントになるはずだ。
そこまでは考えられるのに、それ以上を考えようとしても脳がフリーズしてしまう。
ただ、なんとなく上手くはできている気がした。だからトラウマに慣れるための
けれども、どうしても
それでも、ちゃんと冷静なつもりだった。呼吸もうまくできるようになって、恐怖も消えて。
それなのに、いつもよりも早い時間に玄関が開く音も、部屋の扉が開く音も気付くことができなかった。
「灯夜……?」
自分の名前を呼ぶ声に、思考は現実に帰ってくる。けれどもそれ以上頭が回らないまま、電気が付いて少し明るくなった世界と近付いてくる足音をぼんやりと感じていた。
布団をめくられると、ぎょっとしたような信悟の顔が目に入った。
「……どうした。何かあったのか?」
「何も、ない。訓練してるだけ」
ちゃんと、大丈夫で冷静なところを見せないと。灯夜はそう思って、信悟の顔をまっすぐ見る。
「
けれども信悟は、少し焦ったような表情で、厳しい目で灯夜を見た。
「こんなの、1人でやるもんじゃない! 危険だ! ……灯夜。ここまでするぐらいなら、トラウマに詳しいとこのカウンセリングにでも行こう? な?」
「大丈夫。別に話すことは何もないし。それに、思ったよりも思い出しても平気なんだ。だからカウンセリングなんか行かなくても大丈夫」
実際、信悟から提案されて1度だけ行ったことはあった。けれども、記憶もないのに話すことは何も思いつかなくて、ただ時間だけが過ぎて終わってしまった。そんな状態で、お金も時間も無駄にして行く意味なんて無い、そう思ってしまった。
「……わかった。灯夜がそう言うのなら、無理には言わねえ」
信悟の言葉に、灯夜もホッと息を吐く。
信悟は基本的に、灯夜の希望を尊重してくれた。だからこそ、灯夜も安心できた。
信悟は灯夜の被っていた布団を完全に取っ払って、灯夜の背中を撫でる。
「ただし、もうこんな無茶はすんな。焦ってもなんもなんねえどころか、悪化する可能性だってあんぞ」
「でも……」
「それとも、急いで治したい理由でもあんのか? 聞いてやるよ」
それを聞いた瞬間、思い浮かんだことは数日前に生徒会室で見た資料のことだった。
信悟の優しい声に思わず言いたくなって、けれども信悟の大切な家族を巻き込んだという事実に、信悟から責められる恐怖が灯夜の喉を絞めつけた。
「……別に、何もない」
「そうか。何もなくても焦っちまうこともあるよなあ。まっ、何か思うことがあったら、そんときは話してくれや。それに焦ってやるより、意外とそういうので治っちまうこともあるぞ。だからもう、こういうのはやんないって約束してくれ」
「……わかった」
きっと、どれだけ大丈夫と伝えても、信悟は止めるのだろう。だから灯夜はそう嘘を付いた。
けれどもあまりにも灯夜を撫でる信悟の手が優しくて、どうしてか涙が溢れそうになって、灯夜は必死に耐えた。