インデリブル・ハート - 嫌われ者の俺が皆を助けて記憶を失ったら、美少女生徒会長が恋人を名乗り始めました 作:夢見戸イル
それからは、よりバレないように
悪夢を見る頻度だけは増えた。けれどもそれも
それに目が覚めても、何もなかったかのように冷静になれた。灯夜にとってはそれは大きな前進だった
唯一の問題は、
「……や。灯夜!」
学校からの帰り道、律花に腕を触れられ、ようやく灯夜は自分の名前を呼ばれていることに気が付いて顔をあげた。
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「最近ぼんやりしてること増えたわよね。大丈夫?」
律花にそう言われたけれども、自覚はなかった。ただ心配されたくなくて、それらしい理由を必死に探す。
「そう……、かな……。魔道具のこと、考えすぎてたのかも」
「そうなの? なんだか灯夜らしいわ」
灯夜の言葉に律花は笑っていて、灯夜もホッとする。
「えっと、何の話、だっけ」
「別に、特別な話をしていたわけではないわ。明日から夏休みねって言っただけよ」
律花の言う通り、今日が夏休み前最後の登校日だった。とはいえ受験に向けた任意参加の講習はあるのだけれど、灯夜は参加するつもりはなかった。
そう伝えれば、律花も受けないと言って講習を不参加にした。
「別に、律花は夏の講習受けても良かったのに」
「でも、灯夜は受けないのでしょう?」
「うん。勉強は自分でやったほうが早いし、やりたいこともあるから。律花も別に、ずっと俺に合わせなくていいよ。最近悪夢で過呼吸起こすこと、なくなったんだ。俺、ちゃんと大丈夫になったよ」
「そうなの!? それは本当に良かったわ!」
灯夜の言葉に、律花は心から嬉しそうに笑った。
「でも、不参加にしたのは別に灯夜のためというわけじゃないのよ。灯夜が集中して勉強したり魔道具について調べてるのを見ると、私もそれだけ頑張らなきゃって気が引き締まるの。だから、灯夜といる方が受験勉強にも集中できるのよ」
「そう、なの……?」
「そうよ。それに集中してる灯夜は話しかけても無反応だから、おしゃべりして勉強が止まる心配もないわ。勿論自由英作文とか自分で採点が難しいものは、まとめて先生に見てもらう予定だけれども」
それなら良かったと、灯夜はホッと息を吐いた。自分に合わせてくれようとする律花の行動が、律花の人生の足枷になりたくなかった。
けれども、自分と一緒にいることで律花も集中できるというならば。なんだか嬉しい。そんな感情に包まれていた。
そんな幸せな世界が、反転するまでは。
「ミツケタ」
突然聞こえた声に、世界の音が消えた気がした。あの人型の
そんな光景を、別の自分がぼんやりと眺めていた。
「
腕を強く掴まれた痛みとともに、後ろに向かって思い切り引っ張られた。その痛みで、灯夜は現実に引き戻された。
桜吹雪で、律花の背中以外見えなくなる。けれども律花は焦った顔のまま、灯夜の方、正確には灯夜の背中の先を見た。
「そっちは……」
その瞬間、灯夜も
けれどもヒビが入った程度。もう一発と引金を引けば、その瞬間
冷静に。冷静にならないと。
そんな言葉だけが、灯夜の頭の中でぐるくると回った。
ここは律花の家の近くの住宅街。高校の近くとは違い、警察が灯夜の作ったレーダーを使って監視しているわけでもない。
運良く誰かが通りかからない限り、助けてもらうのは無理だろう。
「律花、背中合わせになろう。後、大技はあんまり、使わないで。連続で技、打てるように」
「わかったわ。でも、なんとか助けを呼ばないと……」
「それなら、
「アノコ、ジャマ。デモ、オイシクナサソウダシ、タベタクナイ。ミンナ、タベル?」
その言葉の後、空高くに浮かんでいた
聞こえた声に、灯夜は人型の
つまり、あの
それに気付いた瞬間、
「律花。多分あの小さい
「放てるわ。でもそうしたら……」
「大丈夫。任せて」
そう言いながら、灯夜は
あの日のように、
「
その瞬間、視界が桜吹雪で埋め尽くされた。それと同時に、灯夜は律花を抱き上げた。
「飛ばすから、捕まって」
そう言って、灯夜は前に強く体重をかけ、最大加速で飛び出した。
普通の
だから、大丈夫。
冷静に。冷静に。そう自分に言い聞かせながら、頭をなんとか回転させる。
確かこの先にコンビニがあったはず。建物の中に入れば、建物に組み込まれた魔数式のおかげで
だから、そこに入れれば大丈夫。
コンビニの明かりが目に入る。けれどもこのままだとガラスの自動扉にぶつかるだろう。
そう思って、扉の少し手前でブレーキをかけて律花を下ろす。人一人分の重さを抱えていたからか、少しだけ手は痺れていた。
律花に反応して、自動扉はゆっくり開く。それを確認して、律花の体を中に向かって押した。
ああ、これでもう大丈夫。そう思ってホッと息を吐いた、その時だった。
「えっ……?」
困惑したような律花の視線が、灯夜とぶつかる。その理由がわからずにいると、灯夜の背後から声が聞こえた。
「ツカマエタ」
――あれ? なんで、俺を、
そう思った瞬間、灯夜の視界は暗闇に飲み込まれた。
暗闇の中は、無だった。音もない、光のない、暗闇だけの場所。
ああ、そういえば
それならば今の自分はどういう状況なのだろうか。いくら考えても答えはでなくて、考えることすらできなくて、灯夜は目を閉じた。
頬に触れる床の冷たい感触に灯夜は目を覚ました。体を起こそうにも、手が後ろで縛られていて動けない。
周囲の様子を確認しようと僅かに体を動かせば、足音が灯夜に近付いて来た。
「目が覚めたのかね。久しぶりだね。灯夜」
記憶にない声。けれどもその声を聞いたとき、灯夜の体は確かに強張った。
冷静に、冷静に。そう言い聞かせて声の主の方を見れば、それはニュースで何度も見た新城零一の姿だった。
灯夜は警戒しながら、零一を見る。すると突然、零一の顔は怒りに変わった。
「親に向かって、なんだその目は!」
そう叫んだと同時に零一は灯夜の髪を引っ張り、灯夜の顔を床に額を押し付けた。
「そうだ、おまえは裏切り者だったな! 何かコソコソしていることはわかっていたが、こんな仕打ちをするとは! 育てた恩を忘れたか!」
そう言いながら、零一は灯夜の背中を何度も蹴りつけた。
「せめて大人しく喰われていれば良かったものを! ただでさえ味の好みが煩かったのに、またおまえの魂が食べたいだの、今は美味しくないだの、理解不能なことを言うようになった! いったいおまえは何をした! 今すぐ言え!」
痛みで頭がくらくらとする中、別の自分が思考を始める。
大丈夫。きっとこの癇癪は、気が済むまで受けて耐えれば落ち着くはずだ。奥にしまい込んだ記憶が、そう教えてくれた気がした。
それならば、どうにかして情報を聞き出せないだろうか。
零一は灯夜に対して裏切り者だと言った。つまり記憶を失う前は仲間として動いていたはずなのだ。
冷静になれ。冷静になれ。そう自分に言い聞かせていれば、蹴られても衝撃を感じるだけで、痛みは感じなくなった。
もし記憶を失う前に仲間として動いていたのならば、この事件を解決する責任は自分にある気がした。
零一の息が上がり、ただ零一が自分を見下ろすだけになったとき、灯夜は零一の顔に視線を向けた。
「ごめん、な、さい……。俺、記憶、無くしてて……。何があったのか、教えてください……」
灯夜がそう言った瞬間、再び髪を引っ張られ持ち上げられたと思ったら、思い切り頬を叩かれた。
「そんな冗談が通じると思っているのか⁉」
感じた痛みに、聞いてくれない、このまま殺されるのではないか、そんな恐怖が一瞬だけ溢れて表に出てしまった。
けれどもそんな灯夜の頬を、どうしてか零一が触れた。
「もしかして、本当、なのか……? 記憶を失ったというのは」
そう言いながら零一は、自分が叩いたはずの頬を何度も優しく撫でた。
「灯夜は私をそんな目で見なかった。辛いとき、落ち込んだとき、いつも私に寄り添ってくれる、そんな優しい子だった」
零一の目は、突然優しいものに変化した。
「ああ、そうか。灯夜はきっとあの時も、誰かに唆されてあんなことをしたのだな。そうだ。そうに違いない。私がちゃんと監視をしていたというのに、どうして気付かなかったのか。まだ未熟だが、大切な大切な我が子だ。一度の過ちぐらい許そうじゃないか」
先程までの怒りの感情から一転し、灯夜を優しく抱きしめた零一のことが、灯夜には全く理解ができなかった。
ただ、まるで縋るように自分を抱きしめる零一を見て、自分が憎くて殴っていただけではないことだけは理解した。
少なくとも今、零一から敵意は感じない。それならばと、灯夜は何も知らないフリをして口を開く。
「あなたは……、俺のお父さん、なんですか……?」
「ああ、そうだ。私はおまえの父親だ。年相応に、父さん、などと呼んでいてね。おまえだけだよ。私を父と呼んでくれるのは」
「そう……。父さん……」
灯夜がそう言えば、零一は満足そうに笑った。だからといって縛られたままの腕の縄を解いてくれるわけでもないことから、完全に信用しているわけでもないのだろう。
また、何かの拍子に感情的になる可能性も十分にあった。だから刺激してはいけない。そう思いながら、恐る恐る口を開いた。
「えっと……。さっき俺に怒った理由、教えてください……。ちゃんと、次は間違えないように、知っておきたいから……」
「そうかそうか。確かに灯夜には教えておくべきだ。さて、何から説明しようか……」
「パパ。ハヤクコレタベタイ。オイシクシテ」
突然聞こえた
そんな
「ああ、そうだったな。まだ待て。灯夜は私たちの仲間だ。しかも灯夜は賢いからな。灯夜を食べずとも、おまえの望む味を提供する方法を考えてくれるかもしれんぞ?」
「ソウナノ? ワカッタ。パパガソウイウナラ、ガマンスル……」
そう言って
理性のある、零一と共謀する
けれども何を基準に美味しいと判断しているのだろうか。この
「えっと、父さん……。あの
「そうか。あの
零一の言葉に、灯夜は一瞬息が止まった気がした。けれども、知らなければいけないことだ。そう思って、灯夜は口を開く。
「俺が、きっかけ……?」
「そうだ。灯夜がまだ小学6年生の頃だったな。
そう言って、零一は愉快なことを思い出すように笑った。
「嫌な人間、そう聞いて、私の父を思い出したさ。父は私を出来損ない扱いし、新城カンパニーの社長になる能力は無いと言ったどころか、他の社員への対応が悪いと難癖を付けて会社からも追い出した。ああ、灯夜にとってはおじいちゃんだな。灯夜は優秀だから父からも可愛がられていたが、灯夜も本心は不満だったらしい。いつも私の味方をしてくれたよ。だから私は、私のためにも、灯夜のためにも父を喰わすと決めた。そして成功したよ。灯夜も喜んでいた」
零一の言葉に、灯夜は生徒会室の資料を読んだときと同じ感情が湧き上がった。
自分は知っていたはずだ。零一が祖父である雪雄を憎んでいたことを。
もし零一に雪雄を殺させるために、自分が情報を渡したのだとしたら。
そんなこと、小学校6年生の自分にできるのか。そんなことを思いながらも、生徒会室にあった資料を見ているからこそ、意図的に誘導したのではと思ってしまう。
何も言えない灯夜に、零一は嬉しそうに口を開く。
「そしてすぐに気付いたのだ。私を不快にした人間は全て
零一は、そう言ってため息をつく。
恐らく健康的な生活はできていないのだろう。ニュースで見た写真よりも、肌は荒れ、老けていた。
「……まあそのことはいい。けれどもいくら不快な人を消しても消しても、不快な人は消えなかった。外を歩くだけで、誰もが私のことを見て馬鹿にして嘲笑うのだ! 昔は新城雪雄の子供というだけで笑顔を向けてきたというのに! 私が新城カンパニーの社長になれなかったというだけで……!」
何を言っているのだろうかと灯夜は思う。
ただ歩いているだけの男が誰かなんて、わかるはずがない。顔が知られたのも、子供誘拐事件で犯人が確定してからだ。
幻聴なのか、思い込みなのかはわからない。ただ零一はそのことを疑いもしていない様子で話を続けた。
「だから私は、全ての人間を
そこからは、誘拐事件の説明だった。零一の話を聞きながら、灯夜の心臓は煩く鳴って止まらなかった。
自分のせい。それは、律花を巻き込んだだけではなかった。
この事件のきっかけ自体が自分だった。
これまで自分のせいで何人
自分のせいで、自分がいたから……。
と、浮いていた黒が、ふわりと動いて灯夜に近付く。
「アレ? ナンダカオイシソウナニオイガ……」
「
聞いたことのない、静かな声。それと同時に、灯夜と