異世界転移したら魔法少女のスキルがマークダウンだった件 作:fable先輩を返して
執筆にあたり、Skill、claude.md、その他一切のマニュアル類は使用しておりません。
# 異世界転移したら魔法少女のスキルがマークダウンだった件
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## プロローグ ようこそ異世界へ(※ただしCLI)
目を開けた瞬間、空が紫色だった。
草原だ。見渡す限りの草原。そして目の前に、手のひらサイズの光る球体が浮いている。
——あ、これ知ってる。異世界転移ってやつだ。
桐島(きりしま)ゆい、二十四歳、フリーランスのインフラエンジニア。本日をもって異世界転移者となった模様。ていうか昨日の夜、本番環境のkubernetesクラスタがOOMKilledで全滅したのを直してたはずなんだけど。ああいうのが原因で死んだりするのかな。過労死の新しい形態?
光の球体がゆっくり近づいてきて、唐突にしゃべり始めた。
「汝、異世界より召喚されし戦士よ。闇の軍勢に対抗すべく——」
「はいはい、魔法少女になれってやつですよね」
「……話が早いな。そうだ。汝に魔法少女の力を授ける。スキルを付与するので、心の目で確認するがよい」
光の球体がぱっと弾けて、何かが頭の中に流れ込んでくる。
ゆいは目を閉じた。心の目、心の目……。
見えた。
見えたのだが。
```markdown
# skills.md
## 基本スキル
- **光の矢(ライトアロー)**
- 威力: 30
- MP消費: 5
- 説明: 光属性の矢を放つ。初期スキル。
## パッシブスキル
- **魔力感知**
- 範囲: 10m
- 説明: 周囲の魔力を感知する。常時発動。
## 装備
- [ ] 光の杖(未装備)
- [x] 魔法少女の衣装(装備中)
```
「…………」
「どうした、戦士よ。スキルは見えたか?」
「見えましたけど」
「うむ。それが汝に授けられた——」
「いや、これマークダウンですよね」
「……まーくだうん?」
「Markdownです。テキストの記法です。いまシャープ記号で見出しつけてハイフンでリスト作って、アスタリスク二つで太字にしてますよね。チェックボックスまである」
「我には汝の言っていることがわからぬ」
いや、こっちが言いたい。なんでスキル画面がMarkdownファイルなの。
というかもっと気になることがある。ゆいは頭の中で、ふと思いついたことを試してみた。目を閉じたまま意識を集中して、あの「ファイル」の一階層上に移動しようとする。
移動できた。
```
drwxr-xr-x 4 yui mahou 128 6 17 12:00 .
drwxr-xr-x 3 yui mahou 96 6 17 12:00 ..
-rw-r--r-- 1 yui mahou 512 6 17 12:00 skills.md
drwxr-xr-x 2 yui mahou 64 6 17 12:00 .config
```
「ファイルシステムじゃん」
「何をブツブツ言っておる?」
「いいですいいです」
`.config`ディレクトリ。中を見る。
```
drwxr-xr-x 2 yui mahou 64 6 17 12:00 .
drwxr-xr-x 4 yui mahou 128 6 17 12:00 ..
-rw-r--r-- 1 yui mahou 256 6 17 12:00 fairy.yml
```
fairy.yml。開く。
```yaml
name: ルミナ
type: fairy_assistant
model: mahou-llm-7b-instruct
context_window: 4096
temperature: 0.7
system_prompt: |
あなたは魔法少女を導く妖精です。
明るく元気に、でも的確にサポートしてください。
一人称は「ボク」です。
```
「あ、もしかしてこれ……」
ゆいが何かに気づいた瞬間、脳内にターミナルのプロンプトが出現した。
```
yui@mahou-shell:~$
```
——思わず打ってしまった。
```
yui@mahou-shell:~$ cat fairy.yml
```
YAMLの中身がそのまま表示される。
ゆいはしばらく黙ってから、次のコマンドを打った。
```
yui@mahou-shell:~$ fairy --help
```
```
Usage: fairy [options] [query]
Options:
--help このヘルプを表示
--status 妖精の状態を表示
--verbose 詳細出力モード
Examples:
fairy "この魔物の弱点は?"
fairy --status
```
「ちょっと待って。じゃあ光の球体さん、あなた——」
「我は妖精ルミナ。汝を導く——」
```
yui@mahou-shell:~$ fairy --status
```
```
=== Fairy Status ===
Name: ルミナ
Model: mahou-llm-7b-instruct
Status: running
Memory: 1.2GB / 4GB
Uptime: 00:03:42
Current mode: exposition_dump
```
「……current mode、exposition_dumpになってますけど」
「な、なんのことかわからぬ! 我は由緒正しき妖精であって——」
「由緒正しき7Bモデルですよね」
「ぐ……」
---
## 第一章 スキルをvimで編集するな
とりあえず歩くことにした。光の球体——もといルミナが言うには、近くに街があるらしい。
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "一番近い街はどこ?"
```
```
ボクの知識によると、ここから北に約2km歩くと「エルステ」という
街があるよ! 魔法少女ギルドの支部もあるから、まずはそこで
登録するのがオススメだよ!
```
「魔法少女ギルド……」
まあいい。歩こう。歩きながら、ゆいは脳内の`skills.md`をじっと見つめていた。
——これ、編集できるのでは?
```
yui@mahou-shell:~$ vi skills.md
```
viが開いた。ゆいは思わず苦笑した。異世界に来てまでvi使うのか私は。いやvimか。`--version`は……まあいいや。
光の矢の威力を30から99999にしてみたくなる衝動を抑え(たぶんバリデーションかかってる)、代わりにスキルを一個追加してみることにした。
```markdown
- **シールド(プロテクション)**
- 威力: 0
- 防御力: 50
- MP消費: 10
- 説明: 魔力の障壁を展開する。
```
`:wq`で保存。
一瞬、全身がぴりっとした。
```
[INFO] skills.md updated. Validating...
[INFO] New skill registered: シールド(プロテクション)
[WARN] スキルポイント残高: 47/50 (消費: 3)
```
「え、通った」
「な、汝いま何をした!? スキルが増えておるぞ!?」
「いや、Markdown編集しただけですけど」
「まーくだうん編集……? 普通の魔法少女はスキルツリーから順番に習得していくものなのだが……」
「ねえルミナ、他の魔法少女のスキルってどうなってるの?」
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "他の魔法少女のスキルの内部構造は?"
```
```
えーっとね、他の魔法少女も同じシステムで動いてるよ!
みんなの脳内にもskills.mdがあるの。
でもこの世界の人たちはマークダウンっていう概念を知らないから、
スキルツリーのUIとして表示されてるだけなんだよね。
内部的にはまったく同じファイルだよ!
```
「つまり他の魔法少女もMarkdownファイルに書き込むことでスキル追加できるんだけど、そもそもそれがMarkdownだと認識できないから普通にスキルツリーUI経由で取得してる、と」
```
その通り! さすがゆいちゃん、理解が早い!
ちなみにスキルツリーUIはスキルポイント3倍消費だよ!
```
「ぼったくりでは」
```
UI開発費の回収らしいよ!
```
どこの世界もフロントエンド開発はコストがかかるらしい。
---
## 第二章 はじめての実戦(デバッグ)
街に着いた。中世ヨーロッパ風の石造りの街並み。魔法少女ギルドは街の中心にある大きな建物で、看板には可愛らしい星のマークが描かれている。
受付で登録を済ませると、「実技試験」があるという。ギルドの裏手にある訓練場で、魔物の模擬体と戦うらしい。
訓練場には先客がいた。
「あ、新人さん? 私はミラ。Aランクの魔法少女よ」
長い金髪に青い瞳。絵に描いたような正統派魔法少女だ。
「桐島ゆいです。よろしくお願います」
「ゆいちゃんね。スキルは何を持ってるの?」
「えーと、光の矢と、シールドと……」
その時、訓練場の奥から模擬魔物——巨大なスライムが出現した。
「きゃっ! 早い! まだ説明の途中なのに!」
ミラが素早く構える。
「『聖なる裁き(ホーリージャッジメント)』!」
光の大剣が出現し、スライムを一刀両断——しようとしたが、スライムは分裂して二体になった。
「分裂型!? やっかいね……」
ゆいはその間に脳内ターミナルを開いていた。
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "分裂型スライムの弱点"
```
```
分裂型スライムは物理・魔法攻撃で分裂するよ!
弱点は「核」を同時に破壊すること。
核は魔力感知で見つけられるよ!
```
「同時破壊か……ちょっと待って」
ゆいは`skills.md`を開き、光の矢のセクションを急いで編集した。
```markdown
- **光の矢(ライトアロー)**
- 威力: 30
- MP消費: 5
- 説明: 光属性の矢を放つ。初期スキル。
- オプション:
- multi_target: true
- max_targets: 5
- sync_hit: true
```
```
[INFO] skills.md updated. Validating...
[INFO] Skill modified: 光の矢(ライトアロー)
[INFO] Added options: multi_target, max_targets, sync_hit
[WARN] スキルポイント残高: 42/50 (消費: 5)
```
「よし。『光の矢』!」
二本の光の矢が同時に放たれ、二体のスライムの核を正確に貫いた。スライムが光の粒子になって消滅する。
しん、と静まった訓練場で、ミラが目を丸くしていた。
「……いまの、何? 同時着弾の追尾矢? そんなスキル、Cランクで持ってるの?」
「えーと、ちょっとカスタマイズしました」
「カスタマイズ……? スキルツリーにそんな派生あった?」
「スキルツリーは使ってないです」
「???」
ゆいはミラにどう説明したものか悩んだ。「脳内でテキストファイルを編集しました」で通じるとは思えない。
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "ミラに説明するいい方法ある?"
```
```
ないよ!
```
「役に立たないな7Bモデル……」
「何かブツブツ言ってない?」
「いえ、妖精と相談してただけです」
「妖精? あー、ナビゲーション機能ね。私のは『星の導き』って名前よ。ときどき敵の弱点を教えてくれるの」
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "ミラの妖精の内部情報見れる?"
```
```
権限がないからダメだよ!
ただ、同じmahou-llm-7bで動いてるのは間違いないよ。
ミラちゃん側のUIでは可愛い妖精のアバターとして表示されてるみたい。
ボクもアバターほしいなあ。
```
「あなたはターミナルのプロンプトで十分です」
「え、なんの話?」
「こっちの話です」
---
## 第三章 本番環境でやらかすな(やらかした)
ゆいがギルドでCランク魔法少女として活動を始めて一週間。
彼女は順調にスキルを拡張していた。`skills.md`だけでなく、シェルスクリプトも書けることが判明したからだ。
```bash
#!/bin/bash
# auto_heal.sh - HPが30%以下になったら自動回復
while true; do
hp=$(cat /proc/mahou/hp)
max_hp=$(cat /proc/mahou/max_hp)
ratio=$((hp * 100 / max_hp))
if [ $ratio -le 30 ]; then
cast heal --target self --silent
echo "[AUTO] HP回復実行: $hp -> $(cat /proc/mahou/hp)"
fi
sleep 1
done
```
`/proc/mahou/`というディレクトリがあることに気づいたのは三日目のことだった。自分の身体パラメータが全部ここに格納されている。
```
yui@mahou-shell:~$ ls /proc/mahou/
hp max_hp mp max_mp atk def spd status buffs debuffs location
```
もう自分の体がLinuxサーバーに思えてきた。まあ、元の世界でもサーバーの世話ばっかりしてたから大差ないかもしれない。
問題が起きたのは、調子に乗ってcronジョブを設定した時だった。
```
yui@mahou-shell:~$ crontab -e
```
```cron
*/5 * * * * /home/yui/scripts/auto_buff.sh
*/1 * * * * /home/yui/scripts/mp_monitor.sh
0 * * * * /home/yui/scripts/skill_backup.sh
```
五分おきに自動バフ、一分おきにMP監視、一時間おきにスキルのバックアップ。完璧な運用体制だ。インフラエンジニアの血が騒ぐ。
——しかし。
```
[CRITICAL] MP exhausted: 0/200
[CRITICAL] auto_buff.sh: cast failed - insufficient MP
[CRITICAL] auto_buff.sh: retrying... (attempt 2/3)
[CRITICAL] auto_buff.sh: retrying... (attempt 3/3)
[CRITICAL] mp_monitor.sh: ALERT - MP at 0%
[CRITICAL] auto_heal.sh: cast failed - insufficient MP
[WARN] System load average: 3.82
```
「あ」
ゆいは街の広場のベンチで突然がくっと膝をついた。全身から力が抜ける。
「ゆ、ゆいちゃん!? 大丈夫!?」
たまたま近くにいたミラが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫です……cronが暴走しただけなので……」
「くろん?」
```
yui@mahou-shell:~$ crontab -r
```
「……ふう」
全ジョブ削除。MPが少しずつ回復し始める。
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "いまのMP消費の原因分析して"
```
```
auto_buff.shが5分ごとにバフ5種を重ねがけしてたよ!
バフには持続時間があるから、切れる前に再発動すると
多重起動で二重消費になるの。
あと、MP切れでauto_buff.shがリトライループに入って、
auto_heal.shも同時にリトライし始めて、
mp_monitor.shがアラートを出すためにMP使って——
```
「リソース食い合いのカスケード障害じゃん」
```
そうだよ! 元の世界と同じだね!
```
「嬉しくない」
ミラが心配そうにゆいの顔を覗き込んでいる。
「ねえ、本当に大丈夫? 顔色悪いよ?」
「大丈夫です。自爆しただけなので……」
「自爆!?」
「比喩です比喩」
---
## 第四章 tcpdumpは魔法少女の嗜み
Bランクに昇格して一ヶ月。ゆいの評判はギルド内でちょっとした話題になっていた。
曰く、「スキルの種類が毎回違う変な魔法少女」。
曰く、「戦闘中にときどき虚空を見つめて固まる(vimでスキル編集してる)」。
曰く、「敵の行動パターンを異常な精度で予測する(ログ解析してる)」。
——この三つ目については、少し説明がいる。
ゆいが魔物と何度か戦ううちに、奇妙なことに気づいた。
魔力感知のパッシブスキルを有効にしていると、魔物の周囲にかすかな魔力の波動が飛び交っているのが見える。魔物自体が発しているのではない。どこか遠くから魔物に向かって、定期的にパルスが送られている。そして魔物はそのパルスを受信した直後に行動パターンを変える。
——これ、通信じゃない?
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "魔物の周囲に飛んでる魔力パルスって何?"
```
```
あれはね、魔物サーバーからの指令信号だよ!
この世界の魔物は自律的に動いてるように見えるけど、
実は上位の存在——魔物サーバーっていうのかな——から
常時コマンドを受信して動いてるの。
いわばリモート操作のロボットみたいなものだよ!
```
「魔物サーバー……」
ゆいの脳内で、インフラエンジニアとしての回路がばちっと繋がった。
「それ、傍受できる?」
```
えっ? 傍受?
理論的には魔力パルスは空間上を伝播してるから、
受信機さえあればキャプチャできるはずだけど……
この世界の魔法使いでそんなことした人は聞いたことないよ。
```
「そりゃそうだろうね。通信プロトコルの概念がないんだもん」
ゆいは`skills.md`を開いた。
```markdown
- **魔力パケットキャプチャ(マナダンプ)**
- MP消費: 3/分
- 説明: 周囲の魔力通信を傍受し、内容を解析する。
- オプション:
- range: 50m
- decode: true
- output: /var/log/mana_capture.log
```
```
[INFO] skills.md updated. Validating...
[INFO] New skill registered: 魔力パケットキャプチャ(マナダンプ)
[WARN] スキルポイント残高: 31/50 (消費: 8)
```
次に遭遇した魔物——森の中のゴブリンの群れ——で、さっそく試した。
```
yui@mahou-shell:~$ tail -f /var/log/mana_capture.log
```
```
[15:32:01] src=UNKNOWN dst=goblin_014 proto=MAHOU_CMD
> CMD: PATROL route=forest_east_03 speed=normal
[15:32:01] src=UNKNOWN dst=goblin_015 proto=MAHOU_CMD
> CMD: PATROL route=forest_east_03 speed=normal
[15:32:03] src=UNKNOWN dst=goblin_014 proto=MAHOU_CMD
> CMD: AGGRO target=magical_girl range=30m priority=HIGH
[15:32:03] src=UNKNOWN dst=goblin_015 proto=MAHOU_CMD
> CMD: AGGRO target=magical_girl range=30m priority=HIGH
```
「平文じゃん」
暗号化されていなかった。コマンドがそのまま読めている。パトロール命令、攻撃対象の指定、移動ルート、全部丸見え。
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "なんで暗号化されてないの?"
```
```
だって、この世界に通信を傍受できる人なんていなかったもん!
魔物サーバー側からすれば、
誰にも読めない魔力パルスで指令を飛ばしてるわけだから、
暗号化する必要がなかったんだよ。
セキュリティの基本——「誰にも見られないから暗号化しない」
ってやつだね!
```
「それセキュリティの基本じゃなくて、典型的なアンチパターンなんだけどね」
ゆいはにやりと笑った。
以降、ゆいの戦闘スタイルは一変した。戦う前にまず`mana_capture.log`を読む。敵のパトロールルート、攻撃パターンの切り替えタイミング、増援の有無。全部、戦闘が始まる前にわかる。
ギルドの仲間からは「予知能力でもあるのか」と言われたが、ゆいは曖昧に笑ってごまかした。「パケット盗聴してます」なんて言っても通じるわけがない。
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## 第五章 本番障害はいつも金曜日
そしてある日、A級の大型討伐クエストが発生した。
街の近くの森に、災厄級の魔獣が出現。通常の魔法少女チームでは対処困難。全ランクの魔法少女に緊急招集がかかった。
森の入り口に集まった魔法少女は八人。ミラを含むAランクが三人、Bランクが四人、そしてなぜかCランク昇格から一ヶ月でBに上がったゆいが一人。
「作戦はシンプルよ」とミラが言った。「前衛が引きつけて、後衛が弱点を突く。基本通りにいくわ」
ゆいは頷きながら、すでに脳内でキャプチャを回していた。
```
yui@mahou-shell:~$ tail -f /var/log/mana_capture.log | grep behemoth
```
森の奥に進む。やがて、それは現れた。
全長十メートルはある漆黒の獅子。たてがみが炎のように揺れている。三対の目が赤く光っている。
「——来るわよ!」
前衛のAランク二人が飛び出す。光の大剣と氷の槍が交差する。
ゆいのログが一気に流れ始めた。
```
[16:04:12] src=MaouSV-02 dst=behemoth_ignis_001 proto=MAHOU_CMD
> CMD: COMBAT_MODE stance=defensive ai_level=ELITE
> PARAM: {
> attack_pattern: "rotating",
> cycle: ["claw_L", "claw_R", "bite", "tail_sweep"],
> cycle_interval_ms: 2800,
> special_attack: {
> name: "炎獄咆哮",
> trigger: "every_180s",
> charge_time_ms: 12000,
> during_charge: {
> defense_override: "VULNERABLE",
> vulnerable_point: "背中・第七鱗片",
> vulnerable_attribute: "聖光 x4.0"
> }
> }
> }
[16:04:12] src=MaouSV-02 dst=behemoth_ignis_001 proto=MAHOU_CMD
> CMD: RESISTANCE_TABLE
> PARAM: { physical: 0.2, fire: 0, dark: 0, ice: 0.5, holy: 1.0 }
> NOTE: vulnerability during charge overrides resistance table
```
「…………全部書いてあるじゃん」
ゆいは一瞬、魔物サーバーの開発者に同情した。まさかパケットを読む魔法少女が現れるとは思わなかっただろう。
いや、同情してる場合じゃない。ログを解析する。攻撃パターンは左爪→右爪→噛みつき→尻尾薙ぎの四段ローテで、サイクル間隔は2.8秒。三分ごとに大技「炎獄咆哮」を発動し、詠唱の十二秒間は背中の弱点が露出して聖光属性が四倍で通る。
そして何より重要な情報——このコマンドの送信元が`MaouSV-02`と表示されている。魔王のサーバー、二号機。
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "MaouSV-02って何?"
```
```
魔物サーバーの識別名だよ! たぶん魔王軍の
コマンド&コントロールサーバーが複数台あって、
その二番目ってことだね。
ちなみに前に森で見たゴブリンはMaouSV-07から
指令を受けてたよ。地域ごとにサーバーが分かれてるのかも!
```
C2サーバーが複数台構成で地域分散。まともなインフラ設計だ。暗号化してない以外は。
「ミラさん!」ゆいは叫んだ。
「背中に弱点があります! 聖光属性が四倍で通ります! 三分ごとに大技を出すので、その詠唱の十二秒間だけ弱点が露出します!」
「えっ、どうしてそれを——」
「妖精に聞きました!」
```
だからボクそんなこと言ってないってば!
ていうかボク7Bだから聞かれてもわかんないし!
```
「ルミナはちょっと黙ってて」
ミラは一瞬戸惑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「——わかった。信じるわ。全員聞いて! 作戦変更!」
そこからの戦いは壮絶だった。三分間耐え、詠唱が始まった瞬間に全員の聖光属性攻撃を背中に集中させる。ゆいは戦闘中もリアルタイムでログを監視し、タイミングをカウントダウンした。
しかもログにはもっと有用な情報が流れていた。
```
[16:05:55] src=MaouSV-02 dst=behemoth_ignis_001 proto=MAHOU_CMD
> CMD: SPECIAL_ATTACK_PREPARE name="炎獄咆哮" countdown=5s
```
大技の五秒前に予告コマンドが飛ぶ。相手のサーバーが律儀にプリフェッチしてくれている。
「全員! 五秒後に詠唱入ります! 聖光属性の攻撃準備!」
「五秒後って、なんでそんな正確にわかるの!?」
「妖精が優秀なので!」
```
ボクなんにもしてないよ!?
```
三サイクル目で、ベヒモスのHPがゼロになった。
巨大な獅子が光の粒子になって消えていく。その瞬間、ゆいのログに最後のパケットが流れた。
```
[16:13:41] src=MaouSV-02 dst=behemoth_ignis_001 proto=MAHOU_CMD
> CMD: UNIT_LOST
> LOG: "想定外の敗北。魔法少女側に未知の情報取得手段あり。要調査。"
> ACTION: report_to=MaouSV-MASTER priority=HIGH
```
「……お、要調査って言われちゃった」
```
ゆいちゃん、それけっこうまずくない?
魔王軍に目をつけられた可能性あるよ?
```
「いや大丈夫でしょ。通信暗号化されてないんだから、向こうはこっちの手段がわかるわけが——」
ゆいはそこでふと考え込んだ。
——もし魔王軍が「情報が漏れてる」と気づいて、通信を暗号化し始めたら?
それは困る。非常に困る。
```
yui@mahou-shell:~$ fairy "魔物サーバーの通信が暗号化されたらどうする?"
```
```
うーん、そうなったらボクたちの最大のアドバンテージが
消えちゃうね。暗号を解読するには鍵が必要だけど、
鍵はたぶんMaouSV-MASTER——魔王軍の中枢サーバーに
あるんじゃないかなあ。7Bの推測だけど。
```
「7Bの推測、ね……」
ゆいは苦笑した。でも確かに、このままパケットキャプチャに頼り切るのは危うい。いつか塞がれる穴だ。
今はまだ平文で流れている。この猶予期間を使って、もっと根本的な手を打たなければ。
——まあ、それは明日考えよう。今日は疲れた。
---
## エピローグ README.mdを書け
夜。ギルドの寮の自室で、ゆいはベッドに寝転がりながら脳内ターミナルを開いていた。
```
yui@mahou-shell:~$ ls
scripts/ skills.md .config/ battle_logs/ README.md
```
ゆいは自分で作った`README.md`を開いた。
```markdown
# 魔法少女オペレーション環境
## 概要
異世界「アルテミス」における魔法少女活動の運用環境。
skills.mdの直接編集によるスキル管理、
シェルスクリプトによる自動化、
/proc/mahou/ 経由の身体パラメータ監視をサポート。
## 重要な発見
- 魔物は自律行動ではなくC2サーバー(MaouSV-XX)から
リモート制御されている
- 指令は魔力パルスとして空間伝播しており、平文
- マナダンプスキルで傍受・解読が可能
- 確認済みサーバー: MaouSV-02(森林エリア), MaouSV-07(東部)
- 上位サーバー MaouSV-MASTER の存在を示唆するログあり
## 注意事項
- cronジョブのMP消費に注意(カスケード障害の前例あり)
- skills.mdのバリデーションは甘いが、無茶な値は弾かれる
- 他の魔法少女に「パケットキャプチャしてます」と言っても通じない
- 魔王軍が通信暗号化に気づく前にできることをやる
## TODO
- [ ] MP監視のリソースリミット実装
- [ ] 戦闘ログの自動解析パイプライン
- [ ] MaouSVの通信プロトコル全容を解析する
- [ ] 魔王軍が暗号化を始めた場合の対策を考える
- [ ] ルミナのモデルをアップグレード(7Bだと幻覚が多い)
- [ ] 紅茶を買う
```
```
ゆいちゃん、TODOの五番目ひどくない?
```
「事実でしょ。さっきも『ベヒモスの弱点は水属性です!』って自信満々に言い切ってたし。聖光四倍だったのに」
```
……7Bだもん。
```
「知ってる。だからパケット読んで自分で確認したんでしょうが」
```
ぐすん。
```
「泣きエモートやめて。あなたtemperature 0.7のLLMでしょ」
```
0.7だから感情豊かなんだよ!
```
「それはそうかもしれない」
ゆいはふっと笑って、READMEにもう一行追加した。
```markdown
- [ ] ルミナを13Bにアップグレード……はしない(たぶん)
```
```
!!! ゆいちゃん!!!!
```
「うるさいって。おやすみ」
```
yui@mahou-shell:~$ sudo systemctl suspend fairy.service
```
```
ちょ、まっ——
[INFO] fairy.service: Suspending...
[INFO] fairy.service: Suspended.
```
脳内が静かになった。
ゆいはくすっと笑って、目を閉じた。
——どこかで、魔物サーバーのログが静かに流れ続けている。平文のまま。
暗号化されていない通信が、今のゆいの最大の武器。でもそれは永遠には続かない。魔王軍がこの穴に気づく前に、次の手を打たなければ。
まあ、それは明日の自分に任せよう。今日のところは`systemctl suspend`だ。
異世界二ヶ月目。インフラエンジニアの魔法少女生活は、思ったよりスリリングだった。
---
*(おわり)*
*——次回予告:魔王軍、ついにTLS導入を検討。ゆい、対抗して中間者攻撃(MitM)スキルを開発するも、「それ犯罪では?」とルミナに詰められる。*