月の王とかぐや姫   作:名無しのマスター

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第31話 Update Memory

「あ、やば!」

 

 いやいやと言いながらも素直に動いてくれるかぐやと並んで後片付けをしていると突然、彩葉のスマホが音を立てて震える。お金を失った悲しみと美味しい料理を食べた満足感で床に転がっていたスマホの持ち主は慌てて立ち上がった。

 

「なになに? どったの?」

「私、これからツクヨミに行かなきゃならないの! 白野の言うことを聞いて大人しくしてて!」

「え、彩葉どっか行っちゃうの? 行かないで~!」

「行かない行かない! ここでログインするだけ!」

 

 彩葉が出かけると勘違いしたかぐやが泡だらけの手で彼女を引き留めようとするが寝間着をぐちゃぐちゃにされては困ると彩葉はギリギリのところでかぐやの両手首を掴んで止めた。そのまま膠着状態に陥り、睨み合いが始まる。

 

「ツクヨミって何! かぐやも連れてってー!」

「あんたは片付けがあるでしょ! 私、今日という日をずっと楽しみにしてたんだから! 白野がいるからいいでしょ!」

「彩葉も一緒がいい! 三人ずっと一緒ー!」

「私、これからバイトだから一緒にいられないんだけど」

 

 バイトという名のアシスタント業である。私の言葉を聞いた二人はピシリと体を硬直させ、一気に顔を歪ませた。

 

「ほらぁ! 白野いないんじゃん! 一緒にツクヨミってところ行こうよー!」

「なんで白野には駄々こねないの?! うっ……わかった、わかったからとりあえず、手を洗えー!」

「やったー!」

 

 涙目上目遣いで懇願され、耐えきれずに頷いた彩葉にかぐやは目を輝かせ、両手を大きく振り上げる。その拍子に可愛らしい手から泡が飛び散り、彩葉の顔面に直撃した。怒りが頂点に達したのか、フルフルと震え出す彩葉とマズイと顔を青ざめさせるかぐや。

 

「かーぐーやー!!」

「わー! ごめん、ごめんってば! 許して~!」

「いい加減にしろー!」

「……はぁ」

 

 こうして、つい数日前まで静かだった私たちの日常に随分と賑やかな宇宙人がやってきたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとか落ち着きを取り戻した彩葉たちを置いて私は自室に戻り、ツクヨミにログインする。今日は配信ではなく、ミニライブがある日だ。いつもならアシスタント業はお休みなのに珍しく呼ばれたが、何をやるかは不明である。

 

「やっほー、白野。うんうん、時間通りだね」

 

 いつものミーティングルームでヤチヨが私を出迎えた。そして、珍しくその肩にFUSHIもいる。私が彼に嫌われているようでこれまで話したのは片手で数えるほどしかない。それにいつも何かを警戒するように睨んでくるので私というイレギュラーが気に食わないのだろう。

 

「こっち色々大変なんだけど」

「たははー、あの頃の私は悪童だったからねー。まぁ、それもご愛敬ってことで」

「悪童っていうか狂戦士(バーサーカー)だよ」

 

 あの破天荒っぷりはもはや才能だ。いい意味でも悪い意味でも周りを巻き込むタイプ。もっと言い換えれば人を引き寄せる何か――そう、カリスマである。

 

 ヤチヨ曰く、これからかぐやは彩葉を巻き込んでライバーになるらしいが、あれだけはっちゃけているのなら人気も出そうだ。人は面白い人、元気に何かに打ち込む人に惹かれやすい。その点で言えばかぐやはライバーとして必要なものをすでに持っている。だって、すでに私はかぐやのライバー姿を楽しみにしているのだから。

 

「もー、辛辣だなー……ごめん、少し真面目な話をするね。遅れてもあれだから先に移動しちゃうよ」

「っ……わかった」

 

 ヤチヨの雰囲気が変わり、自然と背筋が伸びる。そして、彼女が指を鳴らすと私たちはいつものミーティングルームからチュートリアルのフィールドへ転移した。

 

「今日、かぐやが初めてツクヨミにログインして、ここでアバターをカスタマイズする。その時、私はいつもみたいにあの子の手を掴んで鳥居に投げるんだけど……白野も一緒にやってほしいんだ」

「……その理由は?」

「前、白野が記憶を取り戻したのは私に触った時だったでしょ? もしかしたらかぐやでも同じことが起こるかもしれない」

「ッ……」

 

 それは一理ある。試してみる価値はあるだろう。しかし、まさか今日という日を待ち望んでいたはずなのに私の方を気にしてくれているとは思わなかった。

 

「当たり前だよ……私、白野にはたっくさんお世話になったし、これからも仲良くしたい。だから、少しでも役に立ちたいの」

「……今日ぐらい自分のことを優先してもいいのに」

 

 少し前、彩葉はヤチヨの握手券付きのチケットが当たったと大騒ぎしていた。これまで何度も応募して、何度も落ちたからかその喜び方は凄まじいものだった。

 

 そして、それはヤチヨも同じ。これまでライブをしている時、遠目で彩葉を見ていたそうだが今日は握手する時に言葉を交わせる。ましてや、そこにはかぐやもいるのだ。そう、彼女がずっと目指してきた未来がやっと始まるのである。私のことは気にせず、こっちに集中してほしかった。

 

「白野」

 

 しかし、私の言葉を聞いたヤチヨは珍しく、目を吊り上げて私の方へと近づいてくる。その気迫に思わず、後ずさりそうになったがその前に彼女に両手を掴まれてしまった。

 

「さすがにそれは許さないよ。確かに彩葉もかぐやも大事だけど白野も同じぐらい大切なの。お願いだから自分を卑下するようなことは……言わないでほしい」

「……ごめん」

 

 さすがに自虐が過ぎたかもしれない。悲しげに目を伏せるヤチヨに謝った。かぐやが来て、ヤチヨの言っていた未来を垣間見て、あの子の結末を変えようと意気込みすぎていたのは否定できない。こればかりは反省だ。

 

「でも、一つだけお願いがあるの。私が倒れてもヤチヨはライブをして。救急車も呼ばなくていい。急いで布団の準備をしてすぐに横になるから」

 

 しかし、私にも譲れないものがある。ヤチヨと初めて接触した時、私は意識を失ってしまった。今回もそれが起こるかもしれない。もし、ヤチヨが私の介護をすればライブに間に合わなくなる。それだけは避けたかった。

 

「ッ……わかった。でも、何かあったらいつでも呼んでね」

 

 私の目を見て譲る気がないとわかったのかヤチヨは不安そうにしながらも頷く。そうと決まれば早い。私はスマコンを付けたまま、目を開けて布団の準備をする。そして、着替えることなく、それに潜り込んだ。

 

「オッケー、準備できた」

「うん、こっちもかぐやのログインを検知した。来るよ」

 

 いつもの犬の着ぐるみに着替えた私とヤチヨがジッと反対側の鳥居を見つめる。そして、そこに光が収束して一人の女の子が姿を現した。紛れもなく、先ほどまで一緒に食器を洗っていたかぐやだ。

 

「おー……あれ、彩葉~?」

 

 キョロキョロと周囲を見渡した後、一緒にログインした彩葉の姿を探し始める。その姿は初めて遊園地に連れてきてもらったが親とはぐれてしまった子供のようだった。

 

「あ、ヤチヨだ……あれ、変な犬もいる」

 

 しかし、目の前に私たちがいることに気づいた彼女は顔を綻ばせる。自分の他に誰かいると気づいたからだろう。

 

「太陽が沈んで、夜がやってきます」

 

 いつもならチュートリアル専門のAIヤチヨが言うセリフをヤチヨは言い淀むことなく、口にした。そして、夕暮れだったフィールドが一瞬で夜に変化する。この光景はチュートリアルの時しか見られず、初ログイン時に意識が飛んでしまった私も今、初めて見たがこれは感動するだろう。

 

「わぁ……」

 

 案の定、かぐやも言葉を失ってその光景を見ていた。その大きな瞳にキラキラと星が瞬く。何も知らないのは悪いことではない。何も知らないから全てに感動できる。今のかぐやのように。

 

「仮想空間『ツクヨミ』へようこそー! 管理人の月見ヤチヨでーす! このもふもふはFUSHI!」

「ヤチヨがツクヨミと僕を作ったんだ!」

 

 茫然としているかぐやの傍へ駆け寄り、歓迎の言葉を口にするヤチヨ。そして、私には一度も向けたことのない笑顔で話すFUSHI。本当に彼にはとことん嫌われているらしい。今からでも仲良くする方法はないだろうか。

 

「そして~、あっちにいるのが私のアシスタント・ザビ子!」

 

 ここからはアドリブ。いつものチュートリアルには私の姿はない。しかし、犬の着ぐるみがここにいる理由を言わなければただの不審者になってしまう。

 

 だが、かぐやには声でバレてしまう可能性もある。仕方なく、ぺこりと頭を下げるだけにした。

 

「さ、出かける前に……その恰好じゃあつまらない!」

「うおっ!」

 

 ヤチヨが指を鳴らすと同時にかぐやの前にウィンドウが展開される。私の場合、真っ暗だったそれは正常に機能していたようでアバターのカスタマイズ画面が表示されていた。

 

「お~! んーっと、じゃあ、髪はこれで。服はこれ!」

 

 普通ならもっと吟味するところだが、さすが猪突猛進(バーサーカー)かぐや姫。直感スキルをここぞとばかりに発揮して手際よくコスチュームを決めていく。私もやりたかった。

 

「うん、これで準備は整ったね」

 

 アバターを決めたかぐやの手を取り、ヤチヨは鳥居へと振り返る。そして、私と目を合わせた。こちらもいつでも動けるようにしていたのでヤチヨの隣を走る。

 

「さぁ、いってらっしゃーい!」

 

 そして、勢いよく腕を振るってかぐやを鳥居へ投げる。その動きに合わせてかぐやの背中に手を添えた。

 

(行っておいで、かぐや)

 

 これからたくさん楽しいことがあって、たくさん悩んで、たくさん悲しんで、たくさん、たくさん面白いことがあるだろう。

 

 だから、行って。あなたはただ真っすぐ未来(ハッピーエンド)に向かって。そんな思いを込めてその小さな背中を押した。

 

 私が必ず――ヤチヨが夢見た未来(ハッピーエンド)のその先へ連れて行くから。

 

 

 

 

 

 

 ――修正プログラム、確認。

 

 ――条件の一部を満たしました。

 

 ――前回のログを確認。

 

 ――記憶(メモリ)の修復を再開します。

 

 

 

 

 

 

「ガッ」

 

 それと同時に頭に凄まじい衝撃が走る。すでに満杯の箱に無理やり物を入れられるような感覚。グラリと視界が歪む中、かぐやが鳥居の向こうへ消える。よかった、彼女には見られなかったようだ。

 

「白野!」

「行って……ライブ、頑張って、ね……」

「ッ……うん、行ってくるね!」

 

 霞む視界の中、最後に見たのは今にも泣きそうになりながら笑うヤチヨの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――一部の記憶の修復(リカバリ)に成功。

 

 ――……余計(ふよう)な記憶の存在を確認。削除します。

 

 ――エラー(絶対に嫌だ)

 

 ――再実行します(我儘言わないでください)

 

 ――エラー(死んでも忘れない)

 

 ――再実行します(しつこいですね)

 

 ――エラー(諦めない)

 

 ――……対象の固い意志により、実行を中止します。

 

 ――今回の実行により、記憶(メモリ)の整理を行います。

 

 ――長旅になります。どうかいい夢を、■■。









い、犬DOGEいいいいいいい!
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