「昨日のライブよかったー!」
「良すぎちゃってた!」
集中できなくて先生の質問に答えることすらできず、散々な結果に終わった夏期講習の後、芦花からツクヨミに呼び出された私は待ち合わせ場所で待っていた芦花と真実と合流する。因みにかぐやは料理動画を撮影していたため、ここにはいない。
「彩葉の演奏!」
「感動して泣いた!」
「あ、ありがと……でも、周りに人がいるからもう少し静かに、ね?」
「無理、騒ぐ!」
「いろPさいこー! 私たちいろPの友達でーす」
昨日のコラボライブの感動が抜け切れていないのか、私の言葉など知ったことかと言わんばかりに騒ぐ二人。私はただその場で縮こまって少しでも存在感を消すことしかできなかった。
「花丸つけたげる~」
そして、トドメとばかりに芦花が私の額に指を付けて花丸を描いてくれた。花丸を貰ったのは小学生以来だったので少しだけ照れ臭い。
「あ、それと! 白野のあれ何!? ロンドンって!」
「あー……私にもさっぱり。いきなりロンドンに行くって言ってそのまま……」
それを見ていた真実がバンと喫茶店のテーブルを叩いて私に問いかけて来る。しかし、私も白野の事情を知らないので首を傾げることしかできなかった。
「コラボライブの時、具合悪そうだったから心配だったけど外国に行けるなら大丈夫か」
そんな私を見て芦花は小さくため息を吐く。この場に呼んだのはコラボライブの感想と白野の様子を聞くためだったのだろう。
「でも、ロンドンかー。イギリス……何が美味しいんだっけ? あれ、そもそも白野って英語話せるの?」
「さぁ……今は翻訳アプリもあるからどうにかなるんじゃない?」
「用事ってなんなんだろ? 彩葉とかぐやちゃんが知らないなら誰も……あ、ヤチヨは?」
「え?」
芦花の質問に私は声を漏らしてしまう。何故、ここでヤチヨが――と、思ったところで白野がザビ子だったことを思い出した。そうだ、ヤチヨなら何か知っているかもしれない。
「その様子だと聞いてないみたいだねー。コラボライブの打ち合わせで連絡先とか交換したんでしょ? 聞いてみたら?」
「う、うん……」
白野のもう一つの顔、『ザビ子』。きっと、一年以上、アシスタントとして活動していたのならヤチヨも彼女の事情に詳しいはず。そう、連絡すれば白野の用事がわかるかもしれないのだ。それはわかっている、のに私の指は仮想ウィンドウを表示したところで動かない。
「……彩葉?」
「あれ、なんかあった?」
「いや、その……あのヤチヨに個人的に連絡するとかファンとしてやっちゃいけないことだと思って」
私の最推し、『月見ヤチヨ』。彼女の存在を知ってからその姿を思い浮かべなかった日はない。そんな私にとって神とも言える彼女に直接、メールを送るとかマジで無理。緊張で指が震え、まともにキーボードが叩けない。
「かぐやにやってもらおうかな……あ、でも、かぐや、ナチュラルにヤチヨを煽るから怒らせそう」
「アシスタント取られちゃいそうだから? 嫉妬かわいー」
「やっぱ、彩葉から送るべきだよー。ほら、送っちゃいなー」
「う、うん……」
二人から促され、私は震える指を必死に押さえながら一文字ずつメールを書いていく。いや、この言い方だと変な伝わり方しそう。あ、こっちも気になる。えっと、神様に手紙を書く時の作法は、と。
「彩葉、ヤチヨは神様じゃないよ?」
「そんな硬い文章だと壁を感じちゃってヤチヨも悲しいんじゃない?」
書いているメールを横から覗き込んだ芦花と真実がどこか呆れたように言ってくる。うっ、確かにコラボライブもやったのに距離があると思われたら嫌だな。いや、決して私がヤチヨと仲良くなりたいとかではなく、芦花の言うとおり、ヤチヨは距離を感じたら悲しみそうだな、という意味です、はい。
「……こんな感じ?」
「うん、いいんじゃない?」
「よーし、送っちゃえー!」
芦花と真実のゴーサインも出たので早速、ヤチヨにメールを送る――つもりで指を動かしたのだが、震えて送信ボタンのすぐ横をタッチしていた。
「あー、無理! 送れないー!」
「ヤチヨだって彩葉のメール待ってるよ!」
「白野の事情も気になるよね! ほら、一思いに!」
「う、ううううう」
それから十分ほどかけてようやくメールを送ることができた。あー、人生で一番緊張したかもしれない。いや、一番はコラボライブの時か。
「これでヤチヨからの返信待ちだね。因みにかぐやは今何やってるの?」
「あー、魚」
「魚?」
「魚、捌いてたよ」
味のしないドリンクを口に含み、小さくため息を吐きながら答える。あの魚、どんな料理になるのだろうか。焼きか、蒸しか、煮付けか。
「じゃあ、ちょうどいいかもね」
「だね~」
謎の呟きを漏らしながら芦花が仮想ウィンドウを開く。そこに表示されていたのは一枚の電子チラシ。視線をそれに移せば『花火大会』と大きく書かれていた。
「夏の終わりに花火などいかがかな、お嬢さん?」
「ツクヨミもいいけどぉ、やっぱりリアルで浴衣着て~、うちわ持って~、屋台全部巡って~、ね?」
芦花と真実から謎に花火大会に行くように勧められた。いや、屋台を全部巡るのはさすがに無理だよ。でも、花火か。気分転換にはいいかもしれない。
「白野がいないのは残念だけど……彩葉、どう?」
「うん、いいんじゃない? 電車で一時間くらいかな。みんなで行くよね?」
なるほど、今日の本当の目的は花火大会の誘いだったのだろう。確かに白野がいないのは残念だが、四人で遊んでたくさんの写真を送りつけてやる。かぐやの飯テロならぬ遊びテロだ。これで勝手にロンドンに行ったことを後悔するがいい、わはは。
「ノンノン、我らには重要な使命があるから行けないのです」
「え?」
しかし、何故か発案者である真実が真っ先に断った。まさかの展開に思わず目を白黒させてしまう。
「夏休みの宿題を完全に放置してたのです」
「芦花?」
続けて芦花も残念そうな顔をしながらも笑って同行を拒否。これは、もしかして最初から二人は行くつもりがなかった?
「というわけで」
「あとはよしなに~。あ、白野のこと、わかったら教えてね~」
私が詳しい話を聞き出す前に芦花と真実はさっさとログアウトしてしまった。二人とも宿題は早めに終わらせるタイプだ。つまり、様子のおかしい私に気を使ってくれたのだろう。多分、かぐやについて悩んでいることもバレバレだ。
「……かぐや」
今も魚を捌いている彼女の名前を呟きながらチラシに目を落とすと開催日は――今日、8/31だった。
(ちゃんと聞かないと)
頼りになる白野はここにいない。だから、私がやらなければならない。もし、何も聞かずに知らない間にかぐやがいなくなったら絶対に後悔するから。
「……」
チラシを保存した後、私はログアウトする前に喫茶店から夜空を見上げる。そこには一日中、キラキラとツクヨミを照らすミラーボールが静かに回り続けていた。
部屋着に着替えてリビングルームに下りる。動画の撮影は終わったようでかぐやはまな板に余るほどの鯛を握り寿司に変えていた。なるほど、これは予想外。鯛は寿司になったか。
「あー……かぐやさん、絶好調っすか?」
私からかぐやを誘うのは何気に初めてだ。だからか、妙な気恥ずかしさのせいで変なキャラになってしまう。
「お、彩葉。ちょうどいいところに~」
しかし、そんな私の内情に気づかなかったのか、特に触れずにかぐやは刷毛でささっと寿司に醤油を塗り、握りたての甘鯛を私の口に押し込んだ。イノシシ酸だがグルタミン酸だがわからない強烈な旨味が口内を支配する。
「なにこれ、美味すぎ」
「でっしょ~? 明日は麺からラーメン作る!」
「すごっ」
動画の撮影をしたおかげかいつもの調子を取り戻したかぐやは渾身のドヤ顔を披露してくれた。今朝まで彼女の周りを覆っていた透明な膜はすっかり消えたようで今なら言えそうだ。
「……かぐや」
「んー? どったのー?」
あー、駄目だ。やっぱり、面と向かっては恥ずかしい。だから、私はポケットからスマホを取り出して花火大会のページを表示し――。
「あ、あそぼー?」
――下手くそなかぐやの真似をして誘うことしかできなかった。