ヤチヨとのコラボライブ。彼女の企てた作戦を決行し、白野をステージまで連れて来ることに成功した。やっと、ヤチザビのライブが見られる。そう思ってドキドキしながら二人を眺めていた。
「彩葉、好き」
「……は?」
そこへ隣から放たれる突然の告白。慌てて隣にいるかぐやを見れば興奮をはらんだ、妙に色っぽい顔をこちらに向けている。あまりにいきなりな出来事に私は戸惑うしかなかった。
「あー、もー、彩葉と結婚しよっかなー」
しかし、かぐやはどこか茶化した様子で言葉を続ける。結婚。ヤチヨカップ中にかぐやにリスナーたちが告白して大変なことになったことがあった。多分、彼女は『結婚』という言葉を本当の意味で理解していない。
「あ、なら、白野とも結婚しないと! 三人で一緒に暮らそ?」
「白野も?」
白野とかぐやとの三人暮らし。確かに面白そうだ。だって、高級タワマンに引っ越して、ほぼ毎日のように白野は泊っていく――それはほぼ一緒に住んでいるようなものだろう。この生活がずっと続く。そう考えると少しだけわくわくした。
「……まぁ、生活費を折半してくれるなら、一緒に住むのはいいけどさ」
「え、本当?」
しかし、私の口から出たのはそんな照れ隠し。それを聞いたかぐやは受け入れられるとは思っていなかったようで目を白黒させる。なんだよ、そっちから言ってきたことじゃん。
『どうか私と一緒に歌ってくれますか?』
その時、ヤチヨが白野をライブに誘った。もう少しで念願のヤチザビが見られる。そう思っていたのに先ほどのかぐやの言葉が妙に頭にこびりついていた。
「なに、あれ? 故障?」
そして、そんな熱に浮かされた私たちの周囲をいつの間にか謎の白い人型が取り囲んでいた。
「月ってさ、味も温度もなくてマジつまんないの。決められた役割をずーっと繰り返すだけなんだよね」
「そう、なんだ……」
かぐやの言葉に私は曖昧に頷くことしかできなかった。味も温度もなく、決められた役割をずっと繰り返すだけの日々。私がそんな状態になったらどう思うのだろうか。そんな経験をしたことがないので想像すらできない。
(白野ならわかるのかな)
相手の気持ちを見透かすほどの観察眼を持つ彼女であればかぐやの気持ちがわかるのだろうか。もし、そうだったら――少しだけ悔しい。
「こっちで言うならゲームのNPCみたいな感じかなー。真似っこすら誰もしてくんなかったし。終わればまた始まって。始まればまた終わる。そのループをぐるぐる繰り返して……新しいお話しなんていつになっても始まらない」
「……」
「てか、そんなことを考えること自体、異常っていうかさ。かぐやだけ……浮いてたんだー」
自分だけが回りと違う存在。疎外感、孤独感、つまらない。そんな気持ちを抱えながら彼女は月にいた。それはとても悲しいはずなのに、かぐやの笑みは憎たらしいほど綺麗で、それに見惚れてしまう自分の単純さに呆れてしまう。
その次の瞬間、周囲から歓声が沸いた。空気を切り裂くような高音と共に光弾が筋を引いて空へ上がっていく。そして――。
「わぁ!」
――見上げるほどの高さで炎の花が咲き誇った。それから数秒後、花火が開いた音が私たちの鼓膜を震わせる。
「綺麗」
夜空に開いた大輪の花を見て素直な感想を口にするかぐや。ああ、本当に綺麗。次から次へと咲き続ける花火に照らされるその顔を私は花火そっちのけで見続けてしまう。
「寂しいし、退屈。それが毎日だよ? 退屈で死にそうだった。もうやだ。どっか行きたーいって思ってたら違う世界が見れる窓を見つけたの」
「窓?」
「そう、窓。その窓から彩葉たちの世界が見えてさ。みんな好き勝手動いてて、複雑で、一回きりで……自由に見えた」
「私たちが?」
「うん。でも、こっちに来てわかった。みんな抑えてもいるんだよね、自分の気持ち。多分、もっと大事な物のために」
花火を見ながら話すかぐやを見て私は小さく息を吐いた。この間までパンケーキを強請って泣いていたはずなのに今では大人になったように見えてしまう。そんな彼女の成長が嬉しく思いつつも――怖くなってしまった。母親のように私を置いて行ってしまうのでは、と胸が締め付けられてしまった。
「へぇ、大人じゃーん?」
「えへへ、彩葉の真似、かなー」
だからだろうか、そんな気持ちを誤魔化すように茶化したような言い方をしてしまう。しかし、彼女は特に気にした様子もなく、嬉しそうに笑った。
「ま、月の生活とかかぐやちゃんの心情はこんな感じでしたーってこと! いやぁ、気づけば遠くに来たものですよ」
「まだ二か月も経ってないっつーの」
「あはは、そうだっけ?」
そうだ。まだ二か月弱。かぐやが地上に落ちてきてからそれしか経っていない。それしか経っていないのに――私の心にはかぐやがいる。
朝、目覚めてリビングルームに下りれば朝食を用意して待っていてくれた。
昼、夏期講習を受けていると今日の晩ご飯は何がいいかメッセージで質問してきた。
夜、わざわざ玄関まで来ておかえりと笑い、希望の晩ご飯を用意してドヤ顔を披露してくれた。
そうだ、かぐやがいない生活なんてもう考えられない。だって、彼女はすでに私の心の中にいるのだ。癇癪を起こして暴れても、すんすんと鼻をすすりながら料理をするところも、私が『美味しい』と言えば救われたように笑うことも、寝る前に枕を抱えて『一緒に寝よ?』と甘えてくるところも。
「――月に帰っちゃうの?」
そんな生活がなくなってしまうと考えたら私の口から自然とその言葉が溢れた。かぐや、お願い。『何言ってんの?』って笑ってよ。私の気にしすぎだって馬鹿にしてよ。ねぇ、かぐや。
「うん」
しかし、私の祈りは月には届かず、かぐやはあっさりと頷いた。笑うことも、怒ることも、泣くこともなく、ただ私が口にした事実を肯定した。
「いやー、月の仕事を放り出してきちゃってさー。強制送還、みたいな?」
かぐやの苦笑いを真似するように花火が夜空に笑顔の絵文字を描いた。続けてハート。その次は土星。普通の花火と違う、自由なそれはまるでかぐやのようだった。
「かぐやはね、かぐや姫だったみたい」
「ッ……」
『かぐや』。私があげた名前。それをかぐやが口にすると同時に再び、普通の花火が夜空を照らした。こんな悲しい話をしているのに、花火に照らされる彼女の横顔はいつまで経っても綺麗なままだった。
「次の満月の夜にお迎えが来る」
2030/9/12。次の満月を示すあの数字はかぐやが月に帰るタイムリミットだった。残り二週間弱。それが私たちに残された時間。
「……お迎えってうちに来るの?」
思わず震えそうになる声を必死に抑えながら質問する。お迎え。もしかしてあの謎の白い存在がたくさん来るのだろうか? そうなれば大騒ぎになってしまう。
「ううん、多分ツクヨミに来る。仮想の世界って月ととても近いから。あそこなら舟を飛ばさなくても簡単に干渉できるはず」
もし、仮にあいつらが月に高度な文明を築く宇宙人だとすればコラボライブで起こった謎の現象も納得がいく。きっと、あの時、かぐやは月人に触れられた時に思い出したのだろう。
「……白野は?」
「え?」
「あの時、白野が命令したら止まったじゃん? あれはなんで?」
そして、忘れてならないのは月人を止めたのは白野だったということ。短い言葉だけで言うことを聞かせたのはなんだったのだろう。
「さぁ?」
「……え? わかんないの?」
「うん、ホントにわかんない。かぐやならともかく、白野の言うことを聞いたのはマジでわけわかんない」
腕を組んで唸るかぐや。そういえばかぐや本人も白野の言葉に素直に従っていた。もしかして、白野には月人に対する特攻、のようなものがある? でも、それが本当だとしても彼女がそれを持っている理由まではわからない。
「あ、そうだ。白野といえば」
その時、かぐやは何かを思い出したようにそう言った後、私の手を優しく握る。そして、ぐいっと顔を近づけて笑った。
「ねぇ、彩葉」
「な、に?」
至近距離で見つめられ、言葉が詰まる。蛇に睨まれた蛙のように体が動かなくなり、心臓が跳ねた。だって、驚く私を映す彼女の瞳がどこか憂いに満ちていたから。
「白野のこと、好き?」
「……は?」
彼女の口から飛び出したのはあまりに予想外な質問だった。私が、白野のことを、好き? 何故、このタイミングでそんなことを?
「そりゃ、好きか嫌いかで言われたら好き、だけど」
「かぐやもね、好き。白野も彩葉も……芦花も真実も。一応、ヤチヨも?」
何が言いたいのだろう。何を聞きたいのだろう。わからない。わからないよ、かぐや。
「でもね、白野と彩葉に対する好きと芦花たちに対する好きはなんか違う気がするんだ」
「え?」
「彩葉の好きはどんな好き?」
好き。それには色々な意味が込められている。かぐやはその種類を問うた。私が白野に対するこの好きは友愛なのか。それとも別のものなのか。この場ではっきりしろ、と言わんばかりに。
「そ、れは……えっと……」
もちろん、白野のことは好きだ。去年の春に出会ってから顔を合わせない日はなかったほど一緒にいた。
戦友。いつしか白野は私との関係にそんな名前を付けていた。それを聞いて私は純粋に嬉しかったのを覚えている。彼女は私を置いていかず、隣を歩いてくれる。お互いに支え合って、笑って、泣いて、悲しんで、それでも立ち上がって――やったね、と拳と拳を突き合わせるような漫画のような関係。そんな対等な存在になったのだと気持ちが高揚した。
「……」
あの頃はそれで十分だった。白野。岸波白野。今はここにいない戦友。私が彼女に抱いているこの感情の正体は――友愛、なのだろうか。
「……彩葉、好きだよ」
そんな私の思考を遮るようにかぐやはコラボライブの時と同じ言葉を口にする。でも、月に帰ると言った時でさえ、笑っていた彼女の顔はどこか悲しげだった。
「だからさ、かぐやは月に帰るよ」
「ッ……なんで、そうなるの?」
「最後の日までめちゃくちゃ楽しく過ごしたいから、かな」
ドン、と花火がまた夜空に咲いた。その光を受け、かぐやの今にも泣きそうな顔が明るく照らされる。そのあまりにも美しい微笑みに私の思考は完全に停止した。
「これが
――受け入れて、覚悟して、前に進むしかない。
違う言葉なはずなのにかぐやのそれを聞いた時、ふと彼女が地上に落ちてきた日に言った言葉を思い出した。
ああ、あの時の私は何もわかっていなかったのだろう。理不尽な現実を受け入れて、覚悟して、前に進むこと。それの大変さと恐ろしさを私は何も知らなかった。
そして、やっと理解した。かぐやには逃げるな、とか言っておきながら私も逃げていた。母親から逃げ出していた。大人ぶってかぐやに言った言葉こそ、私がぶつけられるべきものだった。特大のブーメラン。何も知らなかった私が放ったそれは今頃になって私の胸に突き刺さった。
「本当はさ、もっともっと彩葉と歌いたかったよ。白野と戦いたかったよ。新しい曲だって、試したことない
でも、かぐやはすでにその覚悟を決めていた。逃げ出したくなるほど嫌な場所へ連れ戻されそうになっているのに、最後の最後まで楽しもうと走っている。
いつの間にか彼女は私以上に大人になっていた。むしろ、今もなお、彼女に帰って欲しくないと考えている私の方が我儘な子供のようだった。
「……」
今もなお、花火は夜空を照らしている。それをかぐやは楽しそうに笑って見上げていた。そんな彼女に気づかないうちに離されていた手を伸ばし、私は静かにそれを引っ込めた。
ねぇ、白野。かぐや、帰っちゃうんだって。だから、早く帰ってきてよ。お願いだからさ。私の代わりにかぐやを引き留めてよ。白野ならできるでしょ?
(そういうところでしょ、私)
そんな他力本願を自覚し、情けない自分を呪いながらかぐやにバレないように静かに涙を零した。
お母さん問題が発生しなくてよかったですね!(満面の笑み