花火大会が終わり、家に帰ってきたかぐやはライバーの引退と卒業ライブを発表した。その途端、SNSは沸騰。驚きと悲しみと撤回を求める声で溢れ返った。
「……」
真実や芦花、兄からも心配するDMが届く中、白野からのメッセージはない。ロンドンには到着したのだろうか。わからない。ただ、こんな状況になっても反応しないのは白野らしくないと思ってしまう。一年ちょっとしか一緒にいなかったのに知った気になっている自分に少しだけ嫌になった。
(あれ、メッセージ……)
心配するDMに『大丈夫』と返して数時間ほど経った頃、新たなメッセージを受信した。もしかして白野だろうか。そう思って送信者を見れば『ヤチヨ』と表示されている。そうか、ヤチヨか。ヤチヨ? ヤチヨ!?
慌てて体を起こしてメッセージを開く。そういえばヤチヨに白野の事情を知らないか、と聞いていた。その返事だろうか。
「……?」
そのメッセージの内容は『白野とかぐやのことで今から話せないか?』という単純なもの。え、今から私、ヤチヨと話すの? それも白野のことだけじゃなくてかぐやのことも?
「……よし」
正直、ヤチヨと一対一で話すのに抵抗はある。だが、ヤチヨなら何とかしてくれるかもしれない。そんな藁にも縋る気持ちで私はツクヨミにログインして指定された場所へ向かった。
「あ、いろP。いきなり呼び出してごめんねー」
ヤチヨに指定されたミーティングルームへ辿り着くとそこにはヤチヨがいつもの優しい笑みを浮かべて待っていた。コラボライブの練習で何度も顔を合わせたが今でも緊張してしまう。
(でも、今はそれどころじゃない)
「……いえ、全然大丈夫、です」
しかし、私の小さな心臓は言うことを聞いてくれず、口から漏れたのはあまりにも情けない震えた声だった。
「もー、そんな緊張しなくていいのにー……ほら、そこに座って」
そんな私を見てヤチヨは苦笑を浮かべ、座るように勧めた。断る理由はないのでロボットのようにガチガチになりながらなんとか着席する。
「さぁて……大変なことになっちゃったね」
「……それははくのんのこと? それともかぐやのこと、ですか?」
「敬語はいらないよん☆ んー、かぐやの方だねー。正直、ヤッチョも白野のロンドン行きは寝耳に水羊羹なんだよー」
そう言って彼女はため息を吐きながらウィンドウを開き、こちらに投げた。それを指で受け取り、目を通す。白野がヤチヨ宛てに送ったメッセージであり、その内容は私とほぼ変わらなかった。
「連絡は?」
「ぜーんぜん。メッセージを送っても、通話を掛けても全部、無視! ヤチヨのアシスタントっていう自覚あるのかなぁ!」
「……ふふっ」
プンプンと怒るヤチヨを見て思わず吹き出してしまう。その顔はザビ子を雇ってから配信でよく見せる顔とそっくりだったから安心してしまったのだ。
「あ、いろP、やっと笑った」
「ぁ、えっと……はい」
「……かぐやのこと?」
私の顔が強張っていたのに気づいていたのだろう。ヤチヨは心配そうな顔を浮かべ、かぐやのことを口にした。多分、気づかれている。誤魔化しても無駄だろうと素直に頷いた。
「そうだよねー、いきなり月に帰っちゃうとか戸惑うよねー」
「……え?」
待て。今、ヤチヨはなんと言った? 月に帰る? そんなこと、かぐやはSNSで言っていない。そもそもかぐやが月から来たことは私と白野しか知らない。なんで、彼女はそれを知って――。
「――だって、ヤッチョも月人だから、ね」
そんな口に出していない私の疑問にヤチヨは小さく笑いながら答える。ヤチヨが、月人? いや、待って。どういうこと? いきなり開示された情報に私は混乱するしかなかった。
「ねぇ、彩葉。かぐやには帰ってほしくない?」
「え、あ、なんで、名前……」
「いいから答えて」
そこへ続けざまに名前を呼ばれ、私の頭は大パニック。えっと、とにかく彼女の質問に答えよう。
「……はい。帰って、ほしくないです」
「そっか。理由を聞いてもいいかな?」
「そりゃ、もちろん――」
もちろん、何なのだろう。何故、私はかぐやに帰ってほしくないのだろう。答えはすでに持っているはずだ。そうでなければこんなに苦しいはずがない。でも、それを言語化するのはどうしても難しかった。
「……」
そんな私をヤチヨは黙って見つめている。私が答えるのをジッと待っている。急かしもせず、ヒントも出さず、テストの問題がわからず困っている生徒を見守る先生のように。
「……私、はかぐやと一緒にいたい」
まだこの気持ちを言葉に変換できていない。それでも私の口は自然と動いていた。まずはどうしたいか。それは決まっている。私はかぐやと一緒にいたい。それが答えだ。
「それはなんで?」
ヤチヨが続きを催促する。次に何故、一緒にいたいか。その理由は――彼女のいない生活は考えられないから。いや、違う。そうじゃない。そんな誤魔化したような言葉を使いたくない。こんな時、かぐやなら、きっと――。
「――私はかぐやが好き」
彼女の顔を思い浮かべた途端、今まで出てこなかったのが不思議なほどするりとその言葉が出てきた。そうだ、私はかぐやが好き。それだけで理由には十分だ。
「っ……そっか」
私の言葉にヤチヨは一瞬だけ目を見開き、小さく笑った。あ、待って。今、思ったけどこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいのでは?
「じゃあ、最後。どうやって、かぐやを止める?」
「ッ……」
どうしたいか――私がかぐやと一緒にいたい。
どうして、そう思ったのか――私はかぐやのことが好きだから。
なら、どうやってそれを実現させるか。その答えは――ない。月人のことを何も知らない私では対策を立てられない。
仮にかぐやを説得できたとしても月人はそれを許さない。あれほど高度な文明を築いている宇宙人だ。中途半端な作戦ではきっと、無理やりにでもかぐやを連れて行ってしまうだろう。『かぐや姫』のように。
「ふっふっふ~。そこでヤッチョの出番、というわけですよ」
「え?」
「さっきも言ったでしょ? ヤッチョは月人。奥の手の一つや二つ、用意してます!」
「え? えっと……ヤチヨなら月人をどうにか、できるの?」
「色々準備は必要だし、彩葉たちの力を借りないと駄目だけどねー……どうする?」
ヤチヨには聞きたいことがある。月人のこと。私の名前を知っていたこと。どうして、そこまでしてくれるのか。たくさんあるけど――もし、彼女の言葉が本当だとしたら。
「……お願いします、一緒に戦ってください」
「よし来た、ヤッチョにお任せあれ!」
頼るしかない。彼女の力を借りるしかない。懇願するように静かに頭を下げるとヤチヨは嬉しそうに笑った。
「おい、ヤチヨ!」
詳しい作戦は後日、ということになり、彩葉がミーティングルームを去った直後、ずっと隠れていたFUSHIが怒った様子で私の名前を呼んだ。
「んー、どうしたのー?」
「何考えてんだ! なんで、自分が月人だって彩葉にバラした!」
「その方が動きやすいからかなー」
どうやら、私の行動が気に食わなかったらしい。確かに今の話し合いはFUSHIに相談せずに実行した。だからといってそんなに怒らなくてもいいじゃないか。
「前の時、卒業ライブにヤチヨはいなかった! まさか今回は参加するのか!?」
「もちろん、月人と交渉するためには直接、会わないとね」
「ッ……やっぱり、月に行くつもりなんだな」
「前にも言ったでしょー?」
そう、私は月に帰る。かぐやの代わりに月に行く。それが私の考える最高のハッピーエンド。これで彩葉はかぐやと白野と一緒にいられる。もちろん、最推しの私がいなくなったら悲しむだろうけど私がかぐやだと知らなければダメージは最小限に抑えられるはずだ。
(かぐやと白野に彩葉を任せちゃうのは心苦しいけど……仕方ないよね)
きっと、二人なら彩葉の傷を癒せる。こんな卑怯者の私なんかよりも彼女たちの方がその役目にふさわしい。
「……僕は今でも反対だぞ」
「うん、ごめんね」
今にも泣きそうな顔をしながら去っていくFUSHIを見送り、罪悪感で胸を締め付けられた。私が月に行くことを知っているのは彼だけ。それを黙っているというだけで苦しいだろう。
でも、私は止まらない。ツクヨミの引継ぎ作業も順調であり、かぐやの卒業ライブ前には終わらせられるだろう。うん、大丈夫。今度こそ上手くいく。
(上手くいかなきゃ駄目なんだから)
思い出すのは昨日のコラボライブ。原因は不明だが月人たちは予定よりも早くステージに上がってきた。白野との初めてのライブ。最後の思い出として最高のものになるはずだったそれを邪魔された。いや、違う。詰めが甘かったせいで成し遂げられなかった。
(上手くやらなきゃ。そう、上手く……上手く……)
私はもう失敗しない。だから、彩葉を巻き込んだ。私一人で何とかしようとするから失敗する。なら、彩葉やみんなと一緒にやればいい。その反面、白野がロンドンに行ってくれて助かった。多分、彼女なら私の思惑などすぐに見破ってしまうだろうから。
「……」
白野のロンドン行き。その理由は私にもわからない。何だろう、私は何か重要なことを見落としている――いや、根本的な何かを忘れているような気がする。
「ん?」
その時、不意に私の目の前にウィンドウが表示された。たまにツクヨミをクラッキングしてこようとする輩がおり、不審なアクセスがあった時に自動的に知らせるように設定している。きっと、今回もその類だろう。そう思いながら相手の情報を引っこ抜こうと仮想キーボードを叩いて――止まった。
「?」
ない。痕跡が一切、残っていなかった。いや、そういうこともたまにはある。様子見だけ、とか。相当な手練れが相手の時はこっちも本腰を上げなければ捕まらないことだってある。
でも、これはそのどちらでもない。例えるなら幽霊? 後ろに気配を感じて振り返ったのに何もいなかったような少し不気味な現象。それからいつも通りにセキュリティチェックを行ったがその原因は結局、わからなかった。
「……」
やはり、様子見だけだったのだろうか。かぐやの卒業ライブがあるせいで神経質になっていただけかも。とりあえず、かぐやの卒業ライブが終わるまでセキュリティレベルを上げておく。
さて、寝るには少し早いが彩葉が仲間たちに声をかけている間に寝ておこう。私はミーティングルームを後にしていつもの部屋へと戻った。
「ふふっ、お邪魔しまーす。さぁて、暗躍暗躍♪」