「かぁ〜! かぐやちゃんが本当に月のプリンセスとは……わかるっ!」
お兄ちゃんを呼んだのは間違いだったかもしれない。全ての事情を聞いた彼の第一声を聞いて私は思わず頭を抱えてしまった。いや、もっとあるじゃん。『そうだったの!?』とか『信じられない!』とかさ。
「築地生まれじゃなかったんだー」
「海行っても肌真っ白だったもんね」
しかし、私の予想とは違い、みんな各々に腑に落ちるところがあるらしく、拍子抜けするほどすんなりと信じてくれた。
「因みにヤッチョも月人だよー」
「……はぁ!?」
いや、そっちは驚くんかい。
とにかく、かぐややヤチヨの正体を共有したところで次のステップへ。具体的な作戦を考えなければならない。
「ヤチヨ、奥の手があるって言ってたけどどんなの?」
「ふっふっふー、奥の手は奥の手だよー。まぁ、言っちゃえば交渉材料があるって感じかにゃあー」
さすが月人と言うべきところか。その交渉が上手くいけば月人たちはかぐやを連れて行かなくなる。それがヤチヨの作戦だった。
「でも、交渉するためには相手の大将のところまでヤッチョ自身が近づかなきゃならないんだよねー」
「じゃあ、俺たちはその護衛か。大将ってことは他にも幹部クラスの敵がいるってことか?」
「うん、そうだよー。だから、みんなには時間稼ぎをお願いしたいの」
時間稼ぎ。その言葉を聞いてここにいる全員が『いえーい』とピースする、ちょっとダサい犬の着ぐるみを着た彼女を思い浮かべただろう。
「はくのんちゃんは?」
「ロンドン」
「……そういうテーマパークか?」
「イギリスの首都。いきなりロンドンに行っちゃったの。いつ帰ってくるもわかんない」
「もー、こんな大事な時にいないとかヤッチョのアシスタント失格だよねー」
私の言葉にケラケラと笑うヤチヨ。だが、白野がいるといないとでは話が違う。帝も白野が参加できないと知ると少し難しい顔をした。
「そもそもライブを中止してかぐやちゃんがここに一生ログインしなければいいんじゃない?」
ここで芦花から別の意見が出る。実は私も同じことを考えた。でも、夏祭りの時、月人がどのように彼女を連れ去るのか、と聞いた時、かぐやは『舟』という言葉を使った。つまり、ツクヨミに来るのはあくまでその方が楽、というだけで『舟』を使えば現実世界にも来られるのだ。
「だから、まだ戦う力を持ってるこっちの方が私たちには都合がいい」
「そうそう! ヤッチョも一緒に戦えるからねー」
そうだ、ツクヨミならヤチヨの力も借りられる。私たちは彼女が相手の大将に辿り着けるように戦うだけ。
「……ヤチヨちゃん、一つ確認していいか?」
「んー、何ー?」
その時、帝が難しい顔をしたまま、ヤチヨに声をかける。声をかけられた本人はのほほんと微笑んだまま、視線を彼に向けた。
「その交渉材料ってのはなんなんだ?」
「えー、気になっちゃうー?」
「かぐやちゃんを諦めるほどのでかい材料なんだろ? 何を犠牲にするんだ?」
「……ヤチヨ?」
帝の言葉に全員の視線がヤチヨに集中する。てっきり、話し合いで折り合いをつけると思っていた。でも、帝はヤチヨが何かを差し出す可能性があると考えたのだろう。
「……なんだと思う?」
しかし、それでもヤチヨは笑顔を崩さなかった。ただニコニコと笑って私たちを見つめ返してくる。その何も映らない瞳に思わず背筋が凍りついた。
「……なーんちゃって! かぐやが月に連れて行かれるのは仕事を放り出してきたからでしょ? なら、その仕事を片付ければいいんだよー。ヤッチョも月人の端くれですからパパッと仕事BOTを作成して渡すだけ!」
だが、その雰囲気も一瞬で霧散して茶化すようにヤチヨが笑った。冗談、なんだよね? でも、確かにこんなすごい仮想空間を作っちゃうヤチヨのことだ。かぐやの代わりに仕事をしてくれるBOTを作れてもおかしくない。
「……わかった。じゃあ、俺たちも準備する。乃依」
「えー、あれ? めんど〜」
「リーダーは絶対」
「はーいはい」
帝もヤチヨの言葉を信じることにしたようで彼らは何かの準備をするためにログアウトした。
「……ぷはっ。窒息するかと思った……」
そして、帝がいなくなったことでずっと黙っていた真実が思い出したように呼吸する。今まで可能な限り、息を潜めていたらしい。いや、気持ちがわかるけどさ。
「彩葉、来年もみんなで海に行こうね」
「あ、温泉も行こー!」
そんな彼女を見て苦笑を浮かべていた芦花が私の方へ振り返り、微笑んだ。それに続くように真実も笑って提案してしてくれる。
「……ありがと」
二人の笑顔が今は何よりも頼もしかった。かぐやはやりたいことはたくさんあると言っていた。それは私も一緒。まだかぐやとやりたいことがたくさんある。
ヤチヨが味方になってくれたとしてもどこまでできるかわからない。でも、最後まで足掻いてやる。きっと、白野も同じことをしただろうから。
「あ、彩葉、おかえりー」
ツクヨミからログアウトして目を開けるとかぐやが当たり前のように部屋にいて、当たり前のように私のPCを操作していた。
「これすごくいい感じじゃん!」
どうやら、作りかけの曲を勝手に聞いているらしい。どこまでいっても行動がかぐやらしくて逆に安心した。
「歌詞で苦戦してるけどもうちょっとで完成するよ」
目からスマコンを外しながら答える。歌詞はかぐやに任せる機会が多かったのでなかなかいい歌詞が思い浮かばない。卒業ライブまで時間もないので早めに完成させたいところだ。
「楽しみー。このメロとかちょー好き! 彩葉天才!」
聞いているのか聞いていないのかわからない態度でかぐやは夢中になって作りかけの曲を聞いている。しかし、私としてはその言葉を素直に受け取るわけにはいかなかった。
「いや……私だけじゃなくて。これ、お父さんと一緒に作りかけてた曲なんだ。初めての曲」
お父さんとの共作。初めてで、最後の曲。それを好きだと言ってくれたこと自体は嬉しい。そして、それと同時にお父さんが生きていればもっといいものになったのでは、と疑ってしまう。
「そうなの?」
「お父さんが死んじゃってからは……一人で何曲か作ってみたんだけどしっくり来なくて。やめちゃった」
私にとってお父さんの作る曲はそれだけ良かった。憧れだった。だから、この先、どんなに曲を作ったとしてもこの感情は消えない。私じゃなくてお父さんだったら、と考えてしまう。それが苦しくて――
(なら、運命から逃げずに受け入れてるかぐやの方が大人だよ)
「そっかー、かぐやは好きだけどなー。彩葉の作った曲全部」
「……ありがと。とにかくこの曲は何が何でも今日中に仕上げちゃうから」
そんな私の心情を見透かしたように褒められ、くすぐったい気持ちになりながらなんとか言葉を紡ぐ。
「なら、かぐやも手伝う! 彩葉の代わりに勝手に歌詞つけちゃおー! きっと、お父さんも喜ぶよね。そうだなー、『壁ドンだって暮らしを盛り上げるプレリュード〜♪』ってね☆」
いや、良くないわ。良く、ないのに。どうして、彼女が楽しそうに笑っているだけでそれでもいいかと思えてしまうのだろう。
「サビはこんな感じだよ! 『この一瞬を――最高のパーティーにしよ――』」
「ねぇ、かぐや」
「ん?」
「……なんでもない。そういえば、ヤチヨが卒業ライブの演出、引き受けてくれるって」
本当に一瞬でいいの? そんな意味のない質問を飲み込んで作戦会議の後にヤチヨに頼んでおいたことを伝える。戦いの準備もあるのにヤチヨは嬉しそうに頷いてくれた。
「マジ!? やっりー! 振り付け考えてくる!」
かぐやはそう言って私のヘッドフォンを放り投げて部屋を出ていく。そして、リビングの方からドタバタと暴れる音が聞こえ始める。本当に防音でよかった。
「……やるか」
かぐやが放り投げたヘッドフォンを装着してPCに向き合う。しかし、不思議なものだ。私はかぐやを失いたくない。そのために彼女には秘密で月人撃退の作戦まで練っている。そのくせ、せっせと卒業ライブの曲を作っているのだから。彼女が地上に残りたいと思ってくれるように作り出した新曲。でも、その本心は――。
(餌なんて言って……本当はあげたかったくせに)
諦めたわけじゃない。でも、彼女のために何かしてあげたかった。ただそれだけ。最後だから、じゃない。私の心をいつも照らしてくれた彼女へ贈りたかっただけだ。
「さぁ、最高のパーティーにしよう」
かぐやからもらった歌詞を口にしながらDTMソフトをいじり始める。編曲済みのサビが耳に流れ込んでくる。かぐやのリクエストに応え、強めのアップテンポで疾走感に溢れた仕上がりのメロディ。
「……ん?」
出来たばかりの歌詞をそのメロディに合わせてみて何か引っかかった。曲を止めて十秒戻す。そして、またサビを流した。自然と体が動き出すような軽快なリズム。作ったばかりのかぐやの歌詞。
『この一瞬を――最高のパーティーにしよ――』
「まただ……」
違和感。いや、既視感。私はこれを知っている。もう一度、サビを頭に戻して再生。うん、やっぱり、私は知っている。歌詞じゃない。メロディの方だ。このメロディを私は何度も――何度も私はこのメロディに救われた。
『大切な――メロディは流れてるよ――』
「同じ、メロディ?」
――『Remember』。ヤチヨのデビュー曲。もしかして、無意識に盗作してしまった? ヤチヨの曲を聞きすぎて無意識に入れ込んでしまった?
いや、違う。サビはお父さんが生きていた頃に作ったからアレンジ以外、特にメロディは変えていない。もちろん、このメロディができたのはヤチヨがデビューする遥か前の話だ。じゃあ、ヤチヨ? それもありえない。ヤチヨが月人であったとしてもこの曲はこのPCに眠っていた。私とお父さん以外、母親でさえ知らない曲なのだ。
(偶然、だよね?)
そう、偶然。ただ偶然にもメロディのワンフレーズが一致しただけ。それだけのこと。
駄目だ、今は時間がない。私はそう言い聞かせて作業を再開する。
「……」
それでもサビを聞く度に違和感を覚えた。何か、重要なことを見逃している、そんな思いが長く尾を引いた。
「本当にいいのね?」
「うん、大丈夫」
「そう……なら、私から言えることはもうないわ」
「ありがとう」
「報酬も貰ったから仕事はきちんとこなすわ。でも、期待しすぎじゃない?」
「そんなことないよ。きっと、彩葉なら気づく。大丈夫、だってあの子は私の戦友なんだから」
「……あ、そう。ま、休暇だと思ってのんびりさせてもらうわ」
「……今までご苦労様。いい思い出はできた?」
「もちろん、最高に楽しい思い出だったよ」
「……本当、罪な人」
「え?」
「なんでもない。じゃあね。存分に暴れてらっしゃい」